2012.05.13

憧れのアルテピアッツア(2)

Photo_5 (前の記事から続く)
 こちらが、その四角い作品です。そばにいくと見上げるほどの高さで、なかなか雄大でした。後で知ったのですが、安田侃(かん)さんの作品は、触ったり、座ったり、くぐったり、上に乗ったり、何でもしてよいそうなんですよ。
 この□の中、くぐってみたかったなぁ。一人旅だったので、写真は撮れませんけども。

 あとで元小学校校舎の方の事務室にいらした係の人に教えてもらったのですが、たとえば東京の六本木、ミッドタウンにある作品なども中が空洞になっているので、中に入ってじっとしていると、都会の真ん中で周囲の喧騒から隔絶され、なかなか快適なのだとか。・・・でもなぁ。あれに入ってたら変な人だよなぁ~~ ちょっと一人ではやる勇気がありません。友達で付き合ってくれる人いないかなぁ。もし、誰か付き合ってくれるなら一度やってみたいですが。

 もとい、アルテピアッツアの傾斜地を登り、この□の作品の近くまでいくと、アルテピアッツアの敷地はまだまだ奥に広がっていました。どんどんいってみましょう。

Dsc00362_2 丘を登り切り、そこからちょっと奥へ進むと、とても広い緑の草地が広がっており、その奥にこの作品があります。アルテピアッツアの作品群の中でも、最近新しく配置された作品だとか。
 この作品に進むまでの途中に、カフェアルテという木造のカフェがありまして、その情報はあとでそこの店員さんに教えてもらいました。
 
 ここに至るまでに、思ったより広いアルテピアッツアの敷地にびっくり。そして、どこにどの作品があるか地図もないまま進んでいるので、ちょっとした冒険気分です。

 この作品のさらに奥に進むと、何やら林に囲まれた場所にどうも作品がありそうです。よし、探しに行こう。

Dsc00365 ありました、ありました。写真でわかりますか?

 ここまで来るともっと近くで見たくなりますよね。でも、この林の中、周りの雪が溶けて流れ出す水で、地面がびしゃびしゃのぬかるみになっていました。それに思ったより、雪が深いぞ。
 一応、作品の周りは軽く除雪されているのですが、それでも、登っていくと雪に踏み込んでしまいます。慎重にルートを選択していきますが、ずぼっと雪にはまってしまうことも。普通の運動靴で行ってしまったので失敗しました。長靴が必要だ・・・・

 以下の写真は、1枚目が下から見上げたところ、2枚目が上の作品の近くまでいって上から撮ったもの。
 いや~達成感♪ なんだかとても満足です。
 北海道までそう簡単に何度も来られないですから、たとえ靴の中までビシャビシャになろうとも、アルテピアッツア、隅から隅まで見なくては♪ そう決意した瞬間でした。
(3)へ続く

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2012.05.06

憧れのアルテピアッツア(1)

Dsc00343_2 2012年のGWは、前半、4月の3連休に北海道、美唄にあるアルテピアッツアに行ってきました。

 アルテピアッツアがどんなところか、というのはリンク先を見ていただくと詳細が分かりますが、簡単に紹介しますと・・・

 以前にテレビで、北海道に、廃校になった小学校の木造校舎をそのまま彫刻公園に作り替えたという場所があるというのが紹介されていまして。
 それを見た時に、ここには絶対にいきたい、と思ったんです。

 もともと長野の美ヶ原高原美術館とか、箱根の彫刻の森とかが大好きで、そういう野外の彫刻公園で、ちょっと不思議な彫刻をたっぷり時間をかけて眺めたい、というのが私の夢でありました。

 彫刻は「安田侃(かん)」さんという世界的に有名な彫刻家の作品です。

 アルテピアッツア以外にも札幌駅や、札幌市内の創成川公園にも作品が展示されています。東京の各所や香川の直島にも。

 今回は創成川公園ももちろん行ってきましたし、帰ってきてから有楽町の東京国際フォーラムにもあらためて見に行ってきました。

 今日からしばらくは、ゆっくり私のアルテピアッツアやその他、安田侃(かん)作品めぐりを当ブログにつづっていきたいと思います。

 リンク先でもアルテピアッツアにある作品は見られるのですが、実際にその場にいって見るとやっぱりその時ならでは、の景色が見られていいです。特に、今年のGWのアルテピアッツアはまだ雪が残っていて、まるで雪も、作品の一部かのようでした。

 まずトップの写真は、美唄からバスで20分、バスを降りて最初に見える作品です。

 バスを降りて最初に思ったのは、実は
「あら案外小さいのね?」
 でした。美ヶ原高原美術館や箱根の彫刻の森と比べると、普通の小学校跡地、みたいな感じ。わざわざ、さいたまくんだりから、飛行機に乗って行ったのに、正直、ちょっと外したかと思いましたよ(こらこら)。

 が、アルテピアッツア、大変奥が深いんです。もうびっくり。
 その全貌は徐々に明らかになってい参ります。

Dsc00346_2 たとえば、こちらの写真も、ちょっとびっくりな作品でした。
アルテピアッツアに最初に足を踏み入れると左手側にちょっとした丘があって、その丘を登っていくと、その丘のてっぺんにまるで火山の火口のようにすり鉢型にへこんでいるところがあって、そこにこの作品が鎮座しています。登ってみないとそこにそんな作品があるなんて分からない。そういう仕掛けが、アルテピアッツアのあちこちにあるんですね。

 バスを降りて見渡せる範囲は、アルテピアッツアのほんのごく一部でしかないってこと。
 いや~いろいろとびっくりでした。

Dsc00351_2 こちらの写真は、小学校の体育館が音楽ホールのようになっていて、そのホールを上から眺めたところ。
 この日はピアノ教室の発表会がここで行われる予定になっていて、ちょうど私が見に行った時は調律をしていました。
 おそらく普段、何もないときは、椅子は取り払われて、ホールにもいくつかある彫刻の展示場になっているのでしょう。

 体育館と小学校の校舎はまずバスを降りた瞬間に視界に入るので、中に作品が展示されているのだろうな、と見当はつきます。小学校の方はあとのお楽しみにして、私はまず野外をまわってしまうことにしました。

 Dsc00352 こちらは、アルテピアッツアの中央に小さな川が流れていて、その川にかかっている不思議な作品。周りに雪が残ってるのがこの写真でもわかりますか。
 後方に見える四角いモニュメントの近くまでいってみたくて、私はアルテピアッツアの奥へと導かれていくのでした。(つづく)
 

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春のToshi Yoroizuka

 先月、4月21日、昨年スイス旅行で同じツアーだったメンバーのお三方と、都内で同窓会をしました。
 六本木のスイス料理店「スイスシャレー」でチーズフォンデュをいただきながら、スイスの思い出話をいろいろと。楽しかったな~♪ チーズフォンデュ、本場に負けないくらい、おいしかったです。

 桜はもう終わっちゃってましたが、その後、六本木ヒルズのスカイデッキで東京の眺めを堪能しました。
 スカイデッキからは東京タワーがドアップで見えて、なかなかの絶景です。
 今は、ちゃんと遠くにスカイツリーを臨むこともできました。

201204211828000_3 で、六本木といえば。
 Toshi Yoroizukaですよ~
 スイス旅行のお仲間を連れて、ミッドタウンのToshi Yoroizukaへ♪

 3時過ぎに行ったらなんと二時間待ちで、相変わらずの盛況ぶりでしたが、近くのカフェでおしゃべりしながら時間つぶし。次はどこに旅行で行こうか、なんて楽しくおしゃべりをしていたら、あっという間でした。

 さて1枚目は苺のミルフィーユ♪ おいしそうですね~
 2枚目はトマトとチーズとバジル、というサラダのようなデザート。私はいつも、このトマトのデザートがあるとこればかり頼んでしまいます。だって、ここのトマト格別なんだもん。
 一口食べると幸せが広がります。
 Toshi Yoroizukaには年2回くらいいっていますが、いつも、感動するほどおいしいデザートがいただけます。
 どんなおいしいスイーツだって、そう簡単に感動はしないものですが、やっぱりここは格別

 3枚目は中からアツアツのオレンジソースで出てくる、いうならばフォンダンオレンジの一品。
 そして4枚目はおなじみ、ゴルゴンゾーラチーズのデザートです。
 おなじみの素材でもいつもいく度に盛り付けが違うし、 YoroizukaのYをあしらった飾りが素敵ですね^^

 こうやっていろんな人といくと、それぞれ写真を撮らせてもらえるので、自分が食べたデザート意外も目で味わえてまたおいしさが二倍、三倍となるのでした。
 
 スイス旅行の同窓会、楽しかったな~
 
 もし、これをご覧になられていたら・・・またぜひやりましょう^^
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2012.04.14

女性30歳定年制?

 読売新聞の「発言小町」というサイトをたまに見るのですが、最近「女性は24歳までに結婚するべき」とか「女性の定年は30歳にして、その分、男性の給料をあげればいいのに」とかっていう意見が上がっています。

 うみゅ。
 まあ、少子化対策ってことなのかもしれませんが・・・
 
 実際問題、今や男性だって自分の収入は自分で使いたい時代。
 男が「女・子供を養う」 なんて価値観はもう古いってことなんだと思うのですよね。
 仮に上記が実現したとして、失業した女性を男性は嫁にもらってくれるんでしょうか。

 こういう意見に、女性が社会進出しているから、その分男性の働き口が減り、男は迷惑してるんだヨ、というすごい意見が出たりもして、一見、そんな気もするんですが。

 なぜ女性も、家庭の主婦として、以外に社会に出て働きだしたのかというと、やはり社会全体として、女性が働かずに家にいるのは「もったいない」という思想が基本にあるのではないかと思うのですわ。

 男性も働く。女性も働く。そうすると単純に「労働力人口」が二倍になる。

 女性の社会進出を奨励し、女性にもどんどん働いてもらって、社会全体として二馬力になり、もっともっと活力ある社会にしていくんだよ、という話。

 女性も働けば女性の消費も増える。
 女性が女性同士で旅行にいったり、おしゃれなカフェで食事したり、ちょっと上質なお洋服を買ってみたり、バックを買ってみたりすれば、その分、経済の発展につながる、というわけです。

 つまり、女性が働いていなかったときと女性も働くようになった今では、経済は発展しているわけですわ。

 ・・・
 ・・・ただちょっとここで考えてみました。

 これを読んでいる人には「そんなの当たり前だよ」と感じる人もいるかもしれませんが、要するに、日本って
「どれだけもうかるか」
 ということが基本で社会全体が動いている。

 たとえば一昔前に、男性は働いている、女性は働いていない、という時代があって、これからは女性も働いてもらえれば、そこに市場が発生し、そこをターゲットとすれば新しい儲け口が見つかった、と。

 高齢者が定年になって働いていないのなら、定年を延長し、高齢者にも働いてもらい、給料を得て、消費してもらえばそこにもまた新しい市場ができる。だからこれからはそこをターゲットにしろとか。

 ・・・うーむ。
 考えてみたら、これってきりがないんじゃないの?と思ってしまうのです。

 国内需要を増やせ、増やせったってねぇ。女性も働き、男性も働き、高齢者も働き、子供にはひたすら教育費をかける。
 
 私は女性も働いて、男性も働いて、高齢者も働いて・・・そういうのが悪いと思ってるわけじゃないんです。
 悪いどころか、多いにけっこう。
 みんなが働いて、みんなが仕事があって、みんなが幸せになれればオールオッケーなんです。なんですが。

 ひたすら、需要のないところに需要を生み出す。

 あなたの生活、こうすればもっと便利になりますよ、こうすればもっといいですよ、だからこれ買いませんか、消費しませんか。
 そうやってひたすら走り続けることを人類の「進化」と呼べるんだろうか。

 ・・・なんかねぇ。いや、それが我々の生きる「資本主義社会」ってことなんだろうとは思うのですが、どーも。
 何のためにどこへ向かっているのか、ちゃんと分っている人はいるのかしらん。

 果ては宇宙開発だって、何かの研究だって「金にならない」からって切り捨てられる。

 私たちってこうして消費し続けて一生を終るのかしら。

 と、雨の土曜日につらつら考えてしまった、というお話です。


 ちなみに最初の、女性が24歳までに結婚すべきとか、30歳で定年にすべきとかって話は、絶対やめてほしいと思います。
 てか、そういう意見をする人って、24歳女なら誰でもいいから、男は結婚したいもんだ、と考えているんでしょうか。そんなことないと思うんだよなぁ。 

 結婚しないで30才で定年になったら、その先、女性はどう生きればいいのでしょ。
 
 私は今のところまだ独身ですが、たとえば30歳で定年になって仕事を失くしてたら、路上生活者になるしかなかったです。

 つまり「仕事がない」から「結婚」、「仕事がある」から「結婚しない」ってそんな単純な話ですか、結婚って???ってこと。

 結婚は、大好きな人と巡り合い、結婚したいと思う人はすればいいし、そうじゃない人はしなくていい。それだけの話で、どっちを選んでも生きていける社会であることが大事だと私は思います。
 少子化対策のためとはいえ、女性には仕事を与えない、なんてありえません。

 ま、結論は誰が考えてもそうなるのですが、いろいろ考えてしまいました。

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2012.04.07

ブラックボード第3夜を見て

 裁判シーンで大宮くんが真実を叫ぶシーンで、思わず涙が・・・
 
 今日はTBSのスペシャルドラマ「ブラックボード」の第3夜目でした。第1夜は戦後、戦時中は日本が勝つことを教えてきた教師の話、第2夜は校内暴力吹き荒れる頃の話、そして、第3夜目は現代。

 う~む、一番衝撃的だったのは、やはり、学力格差の真実。

 教室で寝てばかり、教師のこともバカにしたように反抗的な男子生徒は、中学校3年生なのに実は小学校3年生レベルの漢字も読むことができない子だった・・・

 このシーンはかなり衝撃的でした。

 現代の日本でそんなことってあるの?
 でも、これはホントらしいですよ・・・

 子供をまともに育てることのできない親がいて、そういう親の子を守るセーフティネットも今や、存在しない。
 学校は、できない子に時間をかけてじっくり教えることなんてせずに(できずに?)、平等に、事なかれ主義で、授業というノルマをこなしていく。

 う~む。
 私はかなりバカな子でしたが、それでも、まったく授業が分からないってことはなくて済みました。

 正直言うと、現在の算数能力は小学生レベルですが、中学当時は、一応授業にはついていけてた気がします。
 高校でも、がんばってはいた。今はすっかり忘れていますが。

 英語は、親が塾に通わせてくれたんでね・・・
 いや、英語は、今はどうだかわかりませんが、当時の基準でもはっきり言って、学校の授業受けてるだけでは人並の英語力を身に着けるのは無理なんじゃないかと、今でも思います。
 その証拠に、経済的事情から塾は中学のみで、高校ではやめちゃったので、とたんに英語能力は落ちましたしね。

 何かを学ぶ、ということは、実はかなり難しい。できない子であった私はつくづくそう思います。
 よく、できる人にはなぜできないかが分からないって言いますが、私はできない子だったから、なぜできないかがよ~く分かる。

 何かを覚える、ということが極端に遅く、時間がかかる人、というのは確かに存在するわけで。
 それを人並にするためには、要領のいい人の何倍も時間と根気を費やさなくてはなりません。

 途中でイヤになる。どうせ自分はできないんだから、と思う。何度やってもできない。覚えられない。
 
 努力が足りない、とか、できる人は責めるじゃないですか。
 あなたレベルに、私がなるのにはどれくらい時間がかかるのか、あなたにはわからないでしょーに。

 いえ、実は、趣味で囲碁を十年くらい前からやってますが「できる」「できない」の格差を、囲碁では実感します。囲碁ってゲームは、ゲームであるにも関わらず、運が勝敗を左右することは少なく、絶対的な能力で勝ち負けが決まるゲームですから。(プロとかの世界はわかりません。アマチュアの話)

 今日のブラックボード第3夜の子はどうだったんだろうな。
 確かに家庭環境は悪い。宿題とかできる環境にない。親が子育てを放棄してるから、食べ物もろくにもらえず、万引きで、とにかく食いつなぐ。
 しかし、もうちょっと要領いい子だったなら、小学校3年で学力が止まるってことはなかったんじゃないかと思ったりしました。もしかすると、問題の小学校3年生の頃に何かがあって、学校に通えなくて、そのまま4年生になっちゃったとか、いろいろ事情があったのかもしれません・・・

 勉強には時間と根気がいる。
 まずはそこからですな。
 
 囲碁は別に必修じゃありませんから、できなくても、どうってことはありません。
 でも学校の勉強はね。

 少なくとも。
 私はかなりバカな子だと書きましたが、唯一、本を読むことは大好きでした。漢字も読めたし、当時、小学校では忘れ物をすると罰として漢字の書き取りをやらされました。一応、普通のレベルの漢字は書ける。

 本を読める、というのは、ものすごい武器になります。
 世の中には本があふれています。インターネットで何かを調べる際に、画面に現れるのも文字情報です。
 電子機器の使い方が分からなくても、説明書を読むことができれば、なんとかすることができる。

 囲碁は文字情報で理屈は分ってもそれだけでは片付かない部分があって、それで悪戦苦闘しているわけですが、私の場合は、おそらく「本を読む」能力で、ここまでやってこれたんじゃないかと。

 だから、全ての子供に「読み書き」はあるレベルまでできるようになってほしいと切に願います。

 しかしこういうドラマを見るとつくづく思います。
 私は教師にならなくてよかった。
 
 今、私は一人暮らしですが、たった一人の人間の心にも寄り添うことのできない私に、30人以上の子供の心に寄り添うことなどできるわけがない。

 とてもとても責任の重い仕事ですよね・・・

 おそらくそれは私ができない子だったせいもあるのかも。できない子だったから先生にもっと寄り添ってほしいと願っていたからかも。

 仕事だと割り切って、淡々と平等に、授業だけをやっていく教師がいるのは、そういう意味では分かるような気もします。しょせん、一人一人の生徒の心に寄り添っていくことなんてできはしないのだ、と。

 でも、できない子だった私はもっと先生に自分を見てほしかったからな・・・なんかいろいろ思い出してしまいました。 

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2012.03.24

荒野より・・・「走(そう)」

4)「走(そう)」

 アルバム「荒野より」のラストに入っている曲です。正月のスペシャル時代劇「忠臣蔵」のテーマ曲に使われていたんですけど、ちょっと忠臣蔵には合わなかった(汗) ドラマと切り離して聞いた方がよい感じです。

(以下「♪」は歌詞からの引用です)

♪応援はとうに終わっている
♪表彰はとうに終わっている
♪ちぎれ去ったテープも ゆき交った杯も伝説に変わっている

♪僕は迷っているのだろうか
♪僕は走っているのだろうか
♪約束の船は風の中 はるかな吹雪の中
♪どこまでもどこまでも荒野は続いている

♪たどり着けたら誰がいるだろう
♪力尽きたら誰が知るだろう
♪報われたなら その時泣こう
♪それまでは笑ってゆこう


・・・うわぁ~

 アルバム「荒野より」から何曲かご紹介してきましたが、自分で書いていても、最後がこれか、と思いました^^;

 最初に「バクです」について書いた記事に、夢を追い続けることは苦しいけど、それでも夢を見てしまうから、この世界から生きる苦しみは消えない、というようなことを書きましたが、どうやらそれは、荒野をたった一人で走り続け、報われるまでは涙も我慢して、いつか力尽きて倒れるまで続くようです。

 みゆきさんらしい結論というか、なんというか。
 
 無駄かもしれない、何の意味もない、そして走り続けてもそこにゴールがないかもしれない・・・人生ってそんなものかもしれない、と、もしかしたら、けっこう多くの人が人生の折り返しを過ぎると思い始めるわけですよ。

 そんなときにみゆきさんの「走(そう)」みたいな歌を聴く。
 
 ・・・うん。これはなんとなくの私の予感ですが、これで終わりではなくて、みゆきさんは、これからまだ、この「先」まで私たちを連れてってくれるんじゃないかという気がします。

 以前の「転生」というアルバムの「命のリレー」という歌では、

♪この一生だけではたどり着けないとしても
♪命のバトンつかんで願いを引き継いでいけ

 と歌われております。行きつくのはもしかしたらそこかな。アルバム「転生」の最後の曲は「無限・軌道」という歌。

♪誇らしくもなく珍しくもなく普通の暮らしの1日のように
♪ある朝、ある夜、君は乗るだろう
♪懐かしいあの人々と永遠をゆく鉄道の客となって

力尽きた先は無限へと続く。そう信じて恐れずに前に進みたいです。

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荒野より・・・「ギヴ・アンド・テイク」

その3)「ギヴ・アンド・テイク」

 中島みゆきさんの最新アルバム「荒野より」の8番目に入っている曲です。

(以下「♪」は歌詞からの引用です)

♪Give & Take 与えられることは
♪Give & Take 心苦しくて
♪困ってはいない 望んでもいない
♪そんなふうに言うのは返せない借りだと恐れてしまうから

 ♪Give & Take それは違うよ
 ♪Give & Take 僕は君からもらえる
 ♪君が受け取って呉れる ほら僕は貰えている

 みゆきさんの歌では、このテーマでは別のアルバムで「 I Love You,答えてくれ」というのがありまして、それで言い尽くされている気もしますが、ふと忘れたころにまたこういう曲が新曲として出てくるのは・・・

(みゆきさんも、忘れられない片思いの経験があるのかな~~)

 と私などは思ったりします。みゆきさん「も」と言う以上は、私もまた然り。「困ってはいない、望んでもいない」と言われてなんとも情けない気持ちになったっけなぁ。いやはや。今、思い返してもなんとも言えない気分になります。

 しかし、今までの経験で、私は「思う方」一辺倒であまり思われて困った経験はないのですが、人間はもっと愛するだけじゃなくて、愛されることもうまくならなければいけないよなぁと思うようになりました。

 相手の思いを受け取ること。
 それに相手の求めるようにではなくても、誠実に応えること。ホントはそれで充分。

 「返せない借り」だと思うのではなく、ね。

 そう思うようになれたのもまた、私自身が愛されることが苦手で、私が大好きな人もまた愛されることが非常に苦手なタイプだからです。似たもの同士だから好きになっちゃったってのもきっとあるのですが、それにしたって、もうちょっとうまく、互いが幸福になれるような片思いの終着点ってのもあるだろうと。

 私がその恋で「貰えた」ものは非常に大きく、借りはどちらかというと私の方にあるんだろうと、今でも私は思っていますが、そのことをどう伝えたら分ってもらえるのか。
 これについては、今も実は思い悩む日々です。

 みゆきさんがしばしばこのテーマで新曲を出してくるのは、みゆきさんも「分ってほしい」誰かがいるのかなぁ?

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荒野より・・・「BA-NA-NA」

その2) BA-NA-NA

 「BA-NA-NA」は、中島みゆきさんの最新アルバム「荒野より」の3番目に入っている曲です。
 「バク」の次が「バナナ」だなんて、どんなアルバムだよ、と、実はアルバムを買って最初に見た時には思いました(笑) 
 いえ、このアルバムの前に出たのが「真夜中の動物園」というアルバムで動物特集だったので、このアルバムも、そういうコンセプトなのかと・・・多分、違いますが。

(以下「♪」は歌詞からの引用です)

♪私には何が有る 他と比べずに何が有る
♪私には何が無い 他と比べずに何が無い
♪アジアの国に生まれ来て
♪アジアの水を飲みながら
♪アジアの土を這い 風を吸い
♪強い国の民を真似ては及ばず

 この「荒野より」というアルバムの中で、実はこの「BA-NA-NA」が、私は一番好きです。
 
 「強い国」というのが何を指すのか? どういう状況を想定して歌われる歌なのか?
 ついつい考えてしまう歌詞なんですが、みゆきさんは、いつも自分の曲に解説はほとんどしません。
 正解はない。あとはその曲を聴いた一人一人が、それぞれのイメージをしてよい、ということなのでしょう。

 今までのみゆきさんの作品の中でも、「アジア」を意識させる歌がいくつかあるのですが、そういう歌を聴くといつも、自分が「日本」というアジアの中の国の人間であることを強く思います。

 今日はこの曲を聴いていて、みゆきさんの歌、もっと海外の人にも聴いてほしいなぁとちょっと思いました。

 みゆきさんのアルバムの歌詞カードには、いつも英訳された歌詞がついています。この歌に込められたメッセージには日本にいる私たち以外の国の人、無論、アジア以外の人にとっても共感を呼ぶんじゃないかと。

最近は由紀さおりさんが海外で大ブレークするなど、日本で生まれた作品が欧米で認められることも多くなりました。みゆきさんももっと海外で売れないかなぁ。

 ちなみに上に引用した歌詞の内、最初の二行の英訳はこうなります。

♪What do I have? Without comparting to others,what do I have?
♪What do I lack? Without compating to others,what do I lack?

 このアルバムの7曲目には「ばりほれとんぜ」というタイトルの歌があります。
 「ばり」=すごく 「ほれとんぜ」=惚れちまったよ~!
 という意味のタイトルですが、これを英訳すると

「Really Crazy About You」

 となります。クレイジーね・・・いや、確かに! なんか笑っちゃいました。「ばりほれとんぜ」もなかなか楽しい曲ですよ。「ばり・惚れる」と人間、どうなってしまうのか、とても共感できる曲です。恋人の前で歌いたいわ。ひかれるかな(笑)

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荒野より・・・「バクです」

 本日、土曜日は、中島みゆきさんの曲だけを演奏する「ぷれなみ」(Let's play 中島みゆき、の略です)の仲間で集まって、バンド練習をする予定だったのですが、朝起きたらおなかがとんでもない事態になっておりました。

 トイレに入って、用を済ませて、トイレを出た瞬間に、また戻る、というのをしばらく繰り返して様子を見ていましたが、トイレから5m以上離れることがどうもできそうになく、仕方なく練習はお休みしました。

 う~、なんてことだ。

 結局、家に閉じこもっているのですが、気持ちはみゆきさんモードなので、先ほどより中島みゆきさんの最新アルバム「荒野より」を聞いています。

 なんだかいつもよりも今の気分にぴったりくる感じ。
 なんていうか・・・荒れ果てて、何もないところに一人という「荒野より」の気分です。

 「荒野より」というアルバムはキムタク主演のドラマ「南極大陸」の主題歌の「荒野より」が入っていて、この曲ももちろん悪くないのですが、他の曲も今日はなんだか胸にしみいる感じです。
 たとえばどんな曲かというと。

(以下「♪」は歌詞からの引用です)

その1)バクです

♪バクです 今の今からバクになる
♪バクです バクになることにしたんです

 アルバムの二曲目に入っている「バクです」っていう笑っちゃうようなタイトルの歌ですが、じっくり聞くととてもとても切なくなる歌です。

 バクは夢を食べると言われる動物で、なぜ、そんなバクになりたいかというと

♪あんたのつらい夢を喰っちまいます
♪あんたの泣いた夢をを喰っちまいます

♪バクはまったく悪もの喰いでなんでもかんでも喰うんです

♪バクの上に夢よ降り積め あんたの捨てたい夢を降れ

♪バクは一人で喰い続けてる
♪笑ってるあんたの夢を見るまで

 ・・・夢・・・
 時として夢は破れる時がある。
 いろんな事情から夢をあきらめなくちゃいけない時もある。

 歯を食いしばって届かない夢を追い続ければ、最後に叶えば美談だけど、全部の夢がかなうほど世の中は甘くないから、そんなとき多くの人にとって「夢」は苦しみや悲しみをもたらすものだったりします・・・

 叶うと信じてあきらめず追い続けるのも苦しいし、
 かといって酒でも飲んで全て忘れてしまおうとすることも苦しい。

 おそらく「バクになる」と言ってるこの曲の歌い手は、そんな苦しみに打ちのめされる人を目の前にして、「バクに なる」ことを決めるわけですな。

・・・こんなに苦しむくらいなら最初から夢なんか見なきゃいい。

 なんて私はたまに思うのですが、それでも夢を見るのが人間だから、この世界から生きる苦しみは消えません。

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2012.03.17

Toshi Yoroizukaのデザートと後楽園の梅

 そういえば、先日、パティシエで、川島なお美さんのご主人でもある鎧塚さん、左目失明、という報道がありました。デザートのお店、Toshi Yoroizukaのファンである私としても、お見舞い申し上げます。
 手術等で回復の治療に務めておられるそうです。早くよくなるとよいな・・・

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 今日は関東は雨でしたが、都内の庭園に梅を見に行ってきました。小石川後楽園の梅の写真はこちら。

ちょっと雨にけむった感じに撮れてますが、雰囲気は伝わるでしょうか。


で、この写真を携帯で撮った際に、ふと過去の履歴を見てみると、前回、Toshi Yoroizukaに友人と行ったときの写真があったのですが、それをアップしていないのを思い出しました。

だいぶさかのぼりますが、前回Toshi Yoroizukaに伺ったのは2011年の10月16日。友達二人を連れて、またおいしいデザートに舌鼓を打ってまいりました。

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写真はこちらです。
友達といっしょにいくと、自分で食べたメニュー以外も目で味わえるのでうれしいのです♪
最初のデザートはこれ、ほおづきのデザート。見た目にもユニークな一皿。

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二番目のはこれイチジクのアイスののったミルフィーユ。季節の果物のデザートはToshi Yoroizukaの楽しみです。定番の果物でも、他で食べるフルーツの味と全然違って、感動するほどおいしいのです~。


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そして最後の写真はスフレ。最初にこのデザートのお店に友達に連れて行ってもらったときから、アツアツのスフレは定番のメニューなのですが、他の素敵なデザートに惹かれてしまって、スフレは食べずじまい。今回はついに、食べてみることができました。

ん~おいしい♪


なんて、これが昨年の10月ですから、来月で半年。年に二回くらいミッドタウンを訪れて、ちょっとぜいたくにToshi Yoroizukaでデザートを堪能するのが最近の楽しみですので、またそのうち、行きたいな~

毎度、書いていますが、デザート好きなご覧の皆様、次は貴方とご一緒しましょう^^

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