2017.05.26

100年後(2117年)の日本

・寿命をコントロールする遺伝子が発見され、人類は不老を選択できるようになる。

・病気はなくなりはしないが、病院に行けば全て治るようになる。

・体重をコントロールできるようになり、みんなが標準体型になる。

・食事はカロリーメイトのようなものになり、今のような食事は贅沢品となる。

・不老不死が実現したので、子供はいなくなっても問題はなくなったが、社会の新陳代謝をどうするのかが世界的な議論となる。

・体外受精、体外出産が実用化する。子供を求める夫婦は専用施設に精子と卵子を提供すれば、施設で赤ちゃんが生まれ、夫婦に渡されることになる。

・子供は普通の町にはいなくなる。子供を育てる夫婦とその子供は「養育特区」に集められてそこにしか子供はいない。

・しかし学校は現在と同じようにある。大人が通うようになる。

・単純労働はほぼロボットが代行するようになる。

・車、飛行機、鉄道など、全ての移動手段が自動化される。

・スポーツや芸能、芸術、娯楽の提供、などが人の仕事になる。

・働かなくても、衣食住には、基本、お金はかからず生きて行かれるようになる。

・死にたい人は死ぬことを選択できるようになる。合法的に安楽死できる薬を処方してもらえる。

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2017.05.10

何をどうすればよかったのだろう

おそらく世の中の大半の男女の誰もが、心から愛する相手と出会えて、相手からも大事にされる…
そういう相手と結婚し共に人生を歩み、その結果、自然と子供に恵まれ、幸せな人生を送る…
なんていうのを漠然と心に思い描きながら、20代、30代を過ごすのだろうと思います。

結婚や出会いは縁だと言います。
職場、学校、趣味のサークル、別に合コンや今時なら婚活アプリでもいいでしょう。
もちろんお見合いだっていいし、友達の友達だっていい。
そういう出会いを重ねていって、自然と出会い、結婚に至る。

そういうものだと20年前は、思っていました。

ところが現実はさにあらず(苦笑)

私は当時、男性も多く勤務する職場にいましたし、趣味のカラオケサークルにも入っていたし、合コンもありましたし、お見合いパーティにも持ち前の好奇心で参加しました。
親の知り合いや友達の紹介があれば、それも出会いの一つということでお見合いもしました。
たいして取り柄がない私、若さだけしか売りがありませんから、
「後になって『あのときこうしておけばよかった』という後悔だけはしたくない。若い内に婚活(って言葉は当時ありませんでしたが)、がんばろう」
と思っていました。

が、こんな活動を重ねる内にちょっと勘違いに気がつきました。

誰かの紹介でお見合いすると、断るのが大変です。人によっては「顔をつぶされた」と怒る。
「最初から結婚する気もなかったのか、そんな気持ちで話を受けたのか」
と叱られるのです。
それが親の知り合いの紹介だと、親の顔もつぶす。

私は結婚したいという思いはありましたが、好きな人とじゃないとできないと思っていました。
お見合いで私が会った相手の人は、悪い方ではなくもちろんいい方でしたが、好きかどうかと言われると、2、3回会っただけじゃ判断できません。
だったらもっと付き合いを続けてもいいんですが男性側がどうも煮えきらない。
付き合いを続けたいのか、やめたいのか、どちらかというとやめたいって感じに私には見えたので(親から言われて仕方なくお見合いしている感じ)、じゃあやめましょうか…となってしまいます。
で、本人同士がお互いにそう合意した後に、仲介人から電話かかってきて、上記のように叱られて、なんだかバカバカしくなってしまいました。

結婚のために結婚したいわけじゃない。
食べていくには仕事もあるので自分一人ぐらいならなんとかなる。
ただ、好きな人と出会いたいだけ。自分を好きだと言ってくれる人と一緒に暮らせたらいいと思うだけ。
以降、お見合いはやめました。
「好きじゃないと結婚できない」とか言うとアホかと思われるようなので。

私から好きになった人はいました。
告白はしたけどふられた人もいるし、告白しようとしたら距離を置かれた人もいました。
いずれもうまくはいかなかったけど、人を好きになるっていい経験ですね。ちゃんと私も自分以外の誰かを好きになれるんだなって思えてよかった^^
ま、いろいろありましたが(笑)、がんばったので悔いはないです。

結局縁がなかったってこと。
ま、しょうがないですな。
やるだけはやったし、仕事はあるし、一人の暮らしもそれなりに幸せで、私は自分の人生を後悔したことはありません。

今までも書いていますが、私はそもそも一人が向いてるみたいだなぁというのも最近気がつきました。
一人でいるとほっとする。誰かがそばにいると緊張しちゃう。

おそらくこの先、年をとっても一人で生きていけるでしょう。そのための準備も今、がんばっています。

読売新聞の「発言小町」という相談コーナーでこんな相談を見かけました。
「私は結婚できませんか?寂しいです。」

私が上記に書いたように結婚や出会いに「がんばった」のは20代後半から30代前半にかけての頃の話で、30代後半にはもう結婚はないな、と思っていました。

なので、一読して相談者の世間知らずと箱入りっぷりに驚くとともに、ここまで箱入りなら、なぜ親がもっと彼女が若い内にいい縁談を世話しようとしなかったのか、非常に疑問に思いました。

相談への回答はかなり厳しいものが多く、結論から言えば相談者が望む結婚は37才じゃかなり難しいのは「事実」なのでしょうがないのですけど、自分の来し方を振り返ると、私は、この相談者の少々無理な相談をナンセンスだと切って捨てることはできないのに気づきます。

そう、誰しもが…それを何歳から意識し始めるかの違いはあるとしても…
「自分が好きと思えて、相手にも愛される」
そういう相手と結婚したい、と思っていると思うんですよね。

相談者がそれを望み、結果、今、37歳になってしまっていることを私は笑えない。
自然にそういう相手と出会い、結婚に至るのだろうと、普通は思いますよ、うん。

そういう認識が甘いと言われればそうなので、自然に任せてたら出会わないから、婚活アプリだのなんだのが登場するわけですが。数だけ重ねりゃいいってもんでもないし、出会えば出会っただけリスクもあるのでねぇ。リスクを恐れてたら何も得られないというのも事実ですが、自分から進んで「傷つきたい」人間なんて存在しません。

年収が1000万、顔が人並み、×1じゃいやだ、年齢も同じくらいがいい、まあ条件がいろいろあるのが批判されちゃってますが、そりゃ条件だけ聞かれれば、いい方がいいに決まってます。

でも一番大事なのは、やっぱり「自分が好きと思えて、相手にも愛される」。
これなんだと思うんですよね。
好きな相手のためなら、条件なんていくらだって変わります。私もそうだったもん。

この相談はあくまでも一例。
今、非婚率が跳ね上がっていますが、じゃあ、「自分が好きと思えて、相手にも愛される」、そういう、人間だったら誰もが望む当たり前の幸せを手に入れるために、私達は何をどうすればよかったのだろう?

処方箋があるなら教えて欲しい。
自分のためにではなく、これから適齢期に入る若い男女のためにね。
私達が何か間違っていたのなら、同じ間違いを繰り返さないために。

無論、今の時代、結婚だけが幸せではないと思います。
今の私のように、結婚しなくてもそれなりの幸せはある。

でも、笑われるんだろうけど、正直な話、今でも思いますよ。
「自分が好きと思えて、相手にも愛される」
そういう相手と一生の内に出会いたかったなぁって。

出会ってる人はちゃんと出会ってます。
それこそ10代の内に出会って、結婚に至る人だっているのだし。
出会えないんだったら、やっぱりそれは単に「縁がない」ってことじゃないのかなぁ。
それを本人の努力がどうとか、条件がどうとか、言ってみたって始まらない。

で、もし出会えなくても、ちゃんとパートナーがいなくても一人でこの人生を歩いて行けるように、私はこれまでやってきた。
それならそれもありでしょ。少子化なんて知るかー(笑)。

件の相談者がこれからどうなるのかやや気になりますが、もしかしたらこれからすぐにいい人が見つかって結婚しちゃうかもしれません。
そうじゃなくても、親の財産で、一人でも幸せにやっていけるのかもしれない。
それは誰にも分らない。
彼女なりに幸せになれるといいなと思います。というか、なってほしい。
幸せは人と比べるものじゃない。

彼女と比べたら、私なんて大卒で就職して、それなりに社会経験も積んで、しっかり一人で働いてます。
それだって結婚できないんだもの。
彼女が37歳まで家事手伝いをしてたからってそれを責めてもねぇ。

結婚なんて、結局は縁だと思います。できなきゃできないでしょーがない。
そういうもんですよ。たぶんね。

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2017.05.09

poem(117)

      素直

あなたに「君は素直」とほめられた

「君は頑固」
「君は融通がきかない」
「君は人の言うことをきかない」
そう言われるよりはもちろんほめ言葉なんだけど

素直じゃない私は嫌いですか
あなたの言うとおりにしない私は嫌いですか

あなたの命令に従っていれば満足ですか
いつもあなたの思いどおりにしないといけませんか
それって私である必要はありますか

「素直」と言われて喜べない私は素直じゃない

いつもあなたの望むとおりの私ではいられない
でもたまにはあなたの望むとおりの私かもしれない
あなたにとって都合のいい私も都合の悪い私も
どちらも私

友達なら
都合のいいときだけ
都合のいいように
都合のいい私とだけ付き合えばいいよ
でもそうじゃないなら

お願いです
あなたにそう言われると悲しくなる
どうか「素直」ってほめないで

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2017.05.03

『日本を守る』組織は軍隊である必要があるのだろうか。

 本日は5月3日、憲法記念日です。

 安倍総理が、2020年までの憲法改正を目指していると表明しました。9条を改正し、自衛隊の位置づけを明確にするそうです。

 やはりそこなのか…
 新聞に自民党が以前作った改憲草案が出ていましたが、天皇を「元首」と位置付けたり、日の丸、君が代が国旗、国歌であることを明確にしたり、その辺もちょっとなぁと思ったのですが、その草案からまた変わる可能性があるので今はおいとくとして。

 以前の草案では、自衛隊は「国防軍」として明記されています。

 そうか、軍隊になってしまうのか。

 私は自衛隊の仕事ってめちゃめちゃ大事だし、災害のときなどに組織的に動ける存在があることは、とかく災害の多い日本国にとって必要不可欠だと思っています。

 それが自衛隊だと思っていて、自然災害だけでなく、テロとか、北朝鮮からミサイルが飛んできたりとかにも、対応する。とても大事な役割です。

 多分、それに反対する人はいない。

 いないんだけど…国防軍となるとちょっとなぁ。

 現行9条では

(前略)
 国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 となっていて、前段はいいとして問題は後段。

「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」
 
 これよ、これ。「戦力」ってなんだって話だよなぁ。

 「交戦権」とは「戦争をする権利」だから、それも認めないのはよい。つまり現行憲法は、

『日本は国と国との紛争を解決するために武力は使いません。だから「軍隊」は持ちません。もちろん「戦争をする権利」なんて認めません』

 って言ってる。
 
 だから自衛隊は今のところ、実体はおいといても、表向きは「軍隊」じゃない。

 もろもろ災害の時に活躍する、警察とか消防署とか海だったら海上保安庁的な、昔の子供向けアニメ風にいうなら「日本を守るぞ」的な存在なわけです。

 軍隊じゃなくていい気がするけどなぁ。
 だって「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」なんでしょ?

 安倍総理もそこは変えないと言ってたもんな。

「日本を守る」じゃだめなのかなぁ。
 
 海外とのバランスなのかな…

 いえ「戦争」はね、だめだと思う。
 勝てばいいってもんじゃない。
 「国際紛争を解決する手段」は戦争以外にもあるんだし、逆に、戦争すれば解決できるのかといえば、力での解決は力で覆される。それが20世紀だったわけで。

 二度の世界大戦で日本のみならず、ヨーロッパだってアメリカだってロシアだって懲りたんじゃなかった?
 ロシアあたり、懲りてない気はちょっとしますし、そもそもすぐそばの北朝鮮がオカシイので、ついつい丸腰でいるのが怖くなる心理は十分にわかるわけですけども。

 それでもなぁ。結局、力比べによる世界支配などナンセンスにすぎないと人類は悟ったんじゃなかったかなぁ。

 自衛隊には軍隊にはなってほしくない。
 今が違憲だっていうなら、半分すでに軍隊っぽいからそう言われてるわけで、じゃあほんとに「軍隊」にしちゃえ、じゃなく、「軍隊」じゃなくする方の選択肢はないのかなぁ。
 
 国を守るのが軍隊である必要はあるんだろうか。
 国を守るための銃器や地対空ミサイルの整備などは軍隊じゃなきゃ持てないのだろうか。持てないならそこを変えればいいわけで。

 まあでも、いくら兵器を増強してもきりがない。
 疑心暗鬼こそが人類の本当の敵なのでは。
 
 そのための歯止めとして・・・自衛隊を軍隊として9条で位置付ける改憲だけは・・・

 2020年か。まだ多分生きているな。なんとか避けたいよな。

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2017.04.27

#東北でよかった

今村復興大臣辞任という事態はありましたが、ツイッターでは、「東北でよかった」、このフレーズの意味を逆転し「#東北でよかった」というハッシュタグで、東北のよいところをみんなが発信しているとのこと。

ということで私の「#東北でよかった」を思い返してみると、とてもツイッターでは文字数が足りないことに気がつきました。

以下、私の「#東北でよかった」。

三陸の海は本当に美しい。
宮古市の浄土ヶ浜を初めて訪れた時は、まさに「浄土」のようだと思いました。
山田湾も最高にきれいでした。

新花巻からSL銀河で釜石まで。電車を見送る地元の方がみんな手を振ってくれたのがうれしかったな。

奥入瀬の緑は本当にきれい。静かな十和田湖はヨーロッパの湖水地方のようです。
十和田市の現代美術館、面白かったな~ おすすめ。

以下、忘れられないものをランダムに…

強風の津軽、階段国道
下北、風間浦のマグロ、ウニ
弘前のリンゴ畑
酒田の花火
田沢湖も美しい
仙台は緑いっぱいで賑やかで大好き。

南北三陸鉄道ローカル線の旅
気仙沼からのBRT
大船渡の屋台村
陸前高田の一本松
気仙沼の海の市
南三陸の防災庁舎跡
石巻市の大川小学校跡
猫の島、田代島
登米の木造小学校
伊豆沼の蓮
秋保の緑水亭
日帰り温泉「一の坊」
弘前のレストラン山﨑、リンゴの冷製スープ
仙台七夕
大河原町の一目千本桜
蔵王のスキー
みちのく湖畔公園
定義の三角油揚げ
岩沼の千年希望の丘
松島の初日の出
閖上さいかい市場
南三陸町さんさん商店街のウニ丼
松島のかき小屋でのカキ食べ放題
宮古のとれたてのホヤ
山田町の牛乳瓶ウニ
大船渡黒船の秋刀魚だしラーメン
陸前高田の夢の樹バウム
大船渡のかもめのたまご
おかせいの女川丼
釜石の海まん
宮古のイカ王子
気仙沼のさんまくん
高政の笹かまぼこ
ひょうたん揚げ
ずんだシェイク
喜久水庵の生クリーム大福

・・・うーむ、いかん、キリがない・・・

東北はホント素晴らしい。おいでよ、東北。

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2017.04.24

好き過ぎる♪ 「正解するカド」

 知り合いの勧めで、この4月から「正解するカド」というアニメを見始めました。

 「正解するカド」? ヘンな名前…。
 というのが第一印象でしたが、第一話を見たら、めちゃくちゃ面白い。一言で言うと「リアル」。

 何がリアルかというと、今のこの日本にもし信じられないような「超常現象」が起こったとして、それに私達はどう対応するのか、というリアルさです。昨年、公開された映画「シンゴジラ」を見たことがある方なら、ああいう感じ、と思っていただければ。

 「超常現象」とは…
 ある日、突然、羽田空港の上空に未知の「何か」が現れます。

 「何か」としか言いようがないのですが、見た目は馬鹿でかい立方体の構造物。一片が2キロメートル以上あります。
 そういうものがいきなり上空に出現し、空から羽田空港の滑走路に降ってきて、たまたま滑走路にいた飛行機が一機、下敷きになってしまいます。

 一体これは何なのか?
 どこから現れたのか?
 それはともかく、下敷きになってしまった飛行機はどうなったのか? 乗客は全員死亡? という大きなニュースになりました。

 立方体は未知の物質でできていて、外部からのどんな干渉も受けません。
 壊すこともできないし、全く、何なんだ、これは?

 と、対応に苦慮しているところへ、いきなり、物体の上部が階段状になったかと思うと、一人の人間がそこから現れました。なんと、それは下敷きになった飛行機の乗客の一人。

 そして、その後からもう一人。
 その人物こそがヤハクィザシュニナ。この立方体の所有者(?)だったのです。

・・・というところが第一話なんですが、導入部がリアルなので、ヤハクィザシュニナの登場シーンに仰天しちゃうんですよね。

 え? 宇宙人? 何なの? 的な。

 いや普通、アニメでSFなら宇宙人や幽霊や未来人や地底人、どんなものが出てきたって驚きませんよ。
 設定が超リアルなため、つい現実を前提に物語に入ってしまうので、目の前に人でないもの、なのに人の形をしているものが登場した時点で、びっくりしちゃう。

 今、アニメは3話まできていますが、そのヤハクィザシュニナという人に見えるソレが何なのかは全く分かりません。もちろん馬鹿でかい立方体の正体も。

 でも、ちょっと分かってきたことはあります。
 どうやら立方体(この立方体が「カド」と呼ばれています)はノヴォと呼ばれる異世界からこの宇宙に出現したらしい。
 そして「ヤハクィザシュニナ」は、人類とのコミュニケート用に用意された「人型(ひとがた)」みたいです。
 でもこのコミュニケート用「人型」はよくできていて、カドに飲み込まれた飛行機に乗っていた人間が持っていたスマフォを調べることで、人類のコミュニケーションの方法や言葉を一瞬にして学習してしまいます。

 カドに飲み込まれた飛行機は、カドの中で無事で、乗客も全員生存していました。
 たまたま載っていた外務省の役人が「タフネゴシエーター」と呼ばれる交渉人のスペシャリストで、彼が、人類として最初にヤハクィザシュニナと接触しました。
 ヤハクィザシュニナも人類とのコミュニケートに彼を間に立てることが有効だと判断し、以降、人類とカドの交渉は彼が間に立って行われることとなります。

 真道(しんどう)という名のその交渉人は、かなり優秀でこれまでも様々な交渉を手がけていることから、ヤハクィザシュニナという得体の知れない存在にも臆することなく接しています。

 「臆することなく」
 普通、こういう場合って「冷静」に、というのが一般的な気がするんですが、真道さんという人は不思議な人です。冷静って感じでもないんですよね。
 未知の存在を目の前にして、クールではないんですよ。恐れもない。普通は怖いと思うんですが、どうも怖いとは思ってないみたい。勇気があるなぁ。
 相手が何をしようとしているのか。何を求めているのか。それに興味がある。というか相手の存在に自分も興味がある。
 ヤハクィザシュニナとのコミュニケートを本人も楽しんでいるように見えます。
 そして彼の言葉、彼の意図を人類に伝えることが、自分の役割であることに「燃えている」という感じ。

 カドが出現の際に飛行機を飲み込んでしまったのはたまたまで、真道さんがその飛行機の乗客だったのもたまたまなのですが、「カド」と「ヤハクィザシュニナ」にとっても、ファーストコンタクトがこういう人類だったのはまさに僥倖だったでしょう。普通はこうはいかないよなぁ。

 「カド」の出現の目的は不明で、ヤハクィザシュニナの話だと「人類を推進するため」らしいですが、何のために「人類を推進」させたいんですかねぇ?

 ヤハクィザシュニナはまずその証として「ワム」と呼ばれる、無限の電力を、彼らがやってきた「異方」からこの世界に供給するという物体を現出させます。

 もう一つ一つがパニック。
 ファーストコンタクトには「贈り物」は必須なのかもしれませんが、この贈り物はちょっととんでもなさ過ぎでは・・・

 というか、人類との接触にあたり、最初にワムの提供を申し出ろと言ったのは、誰なの? 真道さんなの? もうびっくり。

 真道さんとザシュニナ(略称で呼ぶのは信頼が深まった証らしい)は、どうも舞台裏でずいぶんいろんなことをコミュニケートしているみたい。ザシュニナの意図をかみくだいて分かりやすく伝えるのも真道さんの役割みたいですが、私はこの舞台裏に非常に興味があります。どうやってるんだろう? 

 つまり真道さんは人類ではあるけれど、ザシュニナの代理人なんです。
 ザシュニナの意図を汲み、彼の提案を人類に受け入れさせるように動いている。どこまで彼はカドとザシュニナのことを理解しているんだろう? 興味は尽きません。

 ザシュニナは謎ですねぇ。
 なんであの姿と格好なんだろう。
 カドもなんであの形なんだろう。
 あれだけ大きいものが出現したら、確かにオオゴトで政府が動くわけですが、そういうの分かってたのかしらん。全人類が相手ならたとえば地球の外から彗星のふりして現れてもよかったのに、なんで「カド」なの?

 ザシュニナはなぜあの姿形なの? もっと年配でもよかったんじゃ? 日本に出現するのに、なぜ日本人をシュミレートした人型じゃないんだろう。髪が白、目が赤なのはなんで? 女性型でもよかったのになぜ男性型なの? 裸じゃないほうがいいと言われてなんであの服なの? 上着は絵本の王様を参考に作ったみたいだけど…

 もうね、謎だらけ。
 そして知りたいことだらけ。
 
 そして・・・
 この作品もDVD化されるし、あとでまとめて見る人もいそうなんですが、リアルタイムで毎週放映されるアニメを見るというこの体験はまた格別です。まさに今しかできない。
 次の回まで、カドとヤハクィザシュニナの正体をあれこれ想像し、後の展開を予想する・・・楽しいなぁ。
 DVDでまとめて見るんじゃこの楽しみは体験できない。

 皆様、まだ間に合います。見逃した方はネットで動画が配信されていますので、3話まではそれで見て、残りは一緒にリアルタイムで見ましょう。
 これ、すっごく面白い♪

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2017.04.16

人間の限界~「ふわふわの泉」野尻抱介~

 「ふわふわの泉」という本を読みました。

 タイトルは、まんま、ふわふわしてますが、中身はけっこうハードなSFです。

 2001年に刊行された小説で、後書きにあるように9.11も3.11もなかった頃に書かれています。が、内容は今よりも未来。だって2017年現在、まだ人類は人以外の知的生命体とのファーストインパクトを済ませていないですから。

 小説の後半、人類は、未知の知性体と、先方が作り出したコミュニケーション用の模造体(シュミラクラ)を介していろいろな会話をします。

 彼らは肉体を持たない、情報化されたデータとして存在し、複製によって自己増殖できる存在です。
 …すごい設定だけど、なんとなくそういう存在って、今の時代だとイメージはできます。

 小説の中で、人類もまた宇宙に出ようとチャレンジしているんですが、未知の知性体は、有機体である人類には無理、と言い切ります。

 肉体にはいろいろ限界があって、これを宇宙に持っていくのは難しい。

 じゃあ、人間も「情報化」した存在になれば宇宙へいける?
 でもそれもその生命体(小説ではスターフォッグと呼ばれています。)は無理と言います。なぜかというと。

(引用開始)

 みなさんの自意識には中枢がありません。人間の自意識は、自己と周囲の環境とのかかわりを類推することで生まれる一種の錯覚です。

(引用終わり)

 他にもこんなふうに彼らは人類を評します。

(引用開始)

 みなさんのような有機体は適応的な存在であって、環境の一要素でしかありません。

 人間の視覚は太陽スペクトルの最も強い部分しか知覚できない。
 聴覚は空気がないと機能しない。
 生存できる温度条件がきわめて狭い。
 食料とは別に酸素呼吸を必要とする。
 脳は三次元空間しか理解できない。
 
 みなさんは食と性と他者の支配にほとんどの関心を向けています。すべての欲求は遺伝子をより広く継承させるためにデザインされていますが、それは個体の意志とは無関係に発生したシステムであって、遺伝子の継承自体にはなんの価値もありません、この段階の生命が獲得する知性に、おのずから限界があることはおわかりでしょう。

(引用おわり)

 うーむ。うすうす分かっていたけどそこまではっきり言われるとは(苦笑)。

 人も一応「知性体」ではあるんでしょうけど、まだまだ、地球環境に縛られていて、生命としての限界を超えることはできない。

 まあそれが「人」って生き物ではあるんですが・・・

 こうして少しだけ、宇宙や意識や次元というものを認識できるようになってきただけでもすごいのかな。

 作者の野尻抱介さんは後書きでこう書いています。

(引用開始)

 人類は太陽が黄色矮星のままでいる限り、滅亡することはなさそうだ。
 苦悩に満ちた現代は過渡期にすぎない。
 持続可能な社会の構築を心がけ、テクノロジーの発展をやめない限り、いずれ全人類は不老不死になり、永遠に遊んで暮らせるようになる。
 そのことを悟ったとき、人はどんな反応を見せるだろう?

 本書の終わりでなぜ三人が笑い転げているのか、おわかりだろうか?

(引用終わり)

 うん。
 そう思いたい。
 
 トランプさんがかなりぶっとんでて、北朝鮮がますます危険で、シリアで化学兵器が使われ、日本では原発が津波でぶち壊れ、出生率が低下して2050年に人口が半減するとしても・・・

 「持続可能な社会の構築を心がけ、テクノロジーの発展をやめない限り」

 我々は地球に存在し続け、宇宙に出る「いつか」に向けて歩みを止めないだろうと。

 子供の頃、手塚治虫の「火の鳥」や萩尾望都の「ポーの一族」などを読んで、不死の存在に憧れていました。
 こういう小説を読むと今も思っちゃうな。

 ずっとずっと生きて、人類の行く末を見届けたい。
 価値観や考え方は、どんどん変わっていって今とは全く違う世界になっているのだろうけど・・・

 肉体には限界があるとして、人の意識が情報化して肉体のくびきを離れ、永遠を手に入れるまで、直観的にはあともうちょっとの気がするのよね。

 どうも私の寿命的には、「私」が消滅するまでには間に合いそうにないのがとても残念だけど、ブログのこのデータはもしかすると残るかも!?
 それが私の今の一番の夢なんですよ^^

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2017.04.11

ステーキは座って食べたいという話

つい先日のこと。
町で店舗を見かけても行列してたりして、なかなか入れなかった「いきなりステーキ」を、初めて体験しました。
おいしかったし安かった。あのボリュームであの値段。すごいなぁ。

でも、うーん、やっぱりステーキは座って食べたいと、つくづく思いました。
立ち食いそばは抵抗ないのに、ステーキの立ち食いってかなり抵抗がありました。
せっかくのおいしいお肉ものどを通らない感じ。(と言いつつしっかり食べたけど)

一般に、ご家庭できちんと躾けられたお坊ちゃん、お嬢さんは、歩きながらクレープ等を食べたり、駅の自動販売機で飲み物を買って立って飲んだりすることに抵抗があると聞きます。
私はそんなにいい家で育ったわけでもないので、食卓以外の場所で何かを食べたり飲んだりすることに全く抵抗はありません。

そんな私でも、なんとなく立った姿勢でナイフとフォークで肉を切るのはちょっと嫌だった。
我ながら不思議です。どうしてそう感じるんだろう。

子供のころのことを思い返してみました。

小学校高学年の頃に、近所に不二家レストランができました。
そこで、初めて「ハンバーグステーキ」をナイフとフォークで食べる経験をしました。フォークの背にご飯をのっけて食べる(これ、ホントは正しいマナーじゃないらしいですね)のもそのときに教わったっけな。

なので、おそらく鉄板に乗っていてナイフとフォークで食べるものは、私の中では「ごちそう」なんだと思います。ごちそうは明らかに「天ぷらそば」とは違う。座ってゆっくり食べたい。

つまり、立ってステーキを食べることに抵抗があるのは、親の「躾け」ではなく、単純に食習慣のせいみたいです。
これをお読みの皆さんは、立ち食いってどのラインまでOKでしょうか。

いきなりステーキのお肉、おいしかったんですけどね・・・多分、私はもう行かないなぁ。

お肉を食べたかったら、実は肉屋で肉買って、自分の家のキッチンで焼いて、自宅でゆっくりいただくのが一番安上がりでおいしいのです。。

あー書いてたらお肉食べたくなってきたー♪

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2017.04.02

経験は時に判断を誤らせる

平成29年3月27日に栃木県那須町の那須温泉ファミリースキー場で高校生ら10人以上が雪崩に巻きこまれ8人が死亡するという事故が起きました。

高校生達は、25日から2泊3日の日程で、栃木県内の7つの高校から山岳部の生徒ら51人と引率の教師11人、あわせて62人で、春山安全登山講習会に参加していたとのこと。

スポーツ庁は昨年11月、高校生の冬山登山を原則禁止とする通知を各都道府県に出していたそうですが、この講習会は50年以上続いている恒例の研修だったようで、講習会としては「春山」なので、この通知の対象ではないという認識だったみたいです。

事故の起こった当日は天候が悪く、本当は登山の研修だったのを変更し、スキー場での「ラッセル訓練」という雪をかきわけて進む訓練にしたのだとか。

訓練だからだと思いますが、スキー場自体は今季の営業は終了しており、営業中であれば実施する雪崩防止の措置も取っていなかったのこと。
おまけに、事故の現場はスキー場の敷地外であったことも判明しました。

事故が起こってから検証すれば、当日は雪崩が起きやすい条件が揃っていたことや、死亡した8人が位置情報を知らせるビーコンをつけていなかったことなど、どんどん「このときこうしていれば」という情報がでてくるんですけど、多分・・・

・普通、研修でビーコンをつけることはない
・春山だし、スキー場だったから、安全に問題はないと思った
・そもそも過去、こんな事故は起こったことがない

うーーーーーーん。
起こってしまってから「なんでそんな危険な状況で訓練をしたんだ」と言うのは簡単ですけど、もし自分が当事者だったら、どうしただろうと考えてしまいます。
思うのは、「経験が判断を誤らせる」ということ。
東北大震災の津波だってそうですよね。まさか、そんな高さの津波が来るとは誰も思ってなかった。
過去の前例なんて全く参考にならず、逆にそれに捕らわれてしまうことで最悪の事態を招く。

もう一つ、この3月には「てるみくらぶ」という旅行会社が突然倒産し、その旅行会社のパックで海外に行っていた旅行者が旅行の途中で、宿も予約が取れていない、帰りの飛行機もないという事態に巻き込まれたという話がありました。

「てるみくらぶ」も倒産してから振り返れば、かなり前から粉飾決算だったなど危ない情報がいくらでも出てくるんですが、日本旅行業協会正会員企業であり、実績もそれなりにあり、それでいて安いということで人気の旅行会社だったようです。私は使ったことなかったんですけど。

私は旅行だと「クラブツーリズム」をよく使っていますが、クラブツーリズムが大丈夫かとはあまり考えたことがありません。「てるみくらぶ」のように安くはないですが、ネットで簡単に予約できるのが便利なので使っちゃう。
どんなものでもリスクって常にあるんですけど、普段はあまり気にしていない。それが通常の感覚だったりします。

難しいな…
どれだけ注意を払ってもリスクは0になることはない。
経験則から「まあ大丈夫だろう」と思ってしまうことも多いですが、雪崩事故のような最悪の事態、自分だけでなく周りの多くの人の命に関わるようなことになってしまったら取り返しが付かないので、「経験則」に頼る時もいつもそのリスクを考えていないといけないのかも。

そういう注意喚起の意味でも、もっとこの二つのニュース、報道して欲しいのだけどな。渡部謙の不倫報道なんかよりもね。

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2017.03.28

「ひとり」の自分に10の質問

Q1 なぜ一人暮らしなんですか。

A1 親元を離れて一人暮らしを始めたのは27才の時。
  それ以来ずっと一人暮らし。それで困ったことないし、大人だし、働いているし、一人暮らしが「当たり前」って感じです。


Q2 一人でさみしくないですか。

A2 うん。むしろ一人が快適。一人の部屋に帰るとほっとします。


Q2 一人で困ったことってホントにないの?

A2 高いところのものが取れないのがちょっと困る。キッチンに作り付けの食器棚があるんですが、一番上は何も置けない~。


Q3 一人暮らしを始めてよかったことは?

A3 親と暮らしていた時と違い、自分の人生はそこから始まった気がします。何でも自分で決めなくていけない。その代わりなんでも自分の自由にできる。まさに「自分の人生」を手に入れた感じ。
 そんなに束縛が強い親でもなかったんだけど、親と暮らしていた頃は自分の人生を自分で主体的に生きていなかった感じがします。親がそうあれと望むように生きていたんだろうな。自分でそうとは気づかずに自分で選んだのではなく誰かが望んだように生きている人って案外多いのかもしれないけれど。


Q4 結婚しようと思ったことはありますか。

A4 「結婚」とはちょっと違うけど、この人となら一緒に暮らしたい、人生を共に歩みたいと思ったことはありますよ。残念ながら相手にふられちゃいましたが^^


Q5 もう結婚しないの?

A5 うん、しないなぁ~。だってもう子供を産める年齢も過ぎたし、この間、気がついちゃったのよね。私は「一人がいい」ことに。誰かがそばにいると安心できない。人に頼るのも頼られるのも好きじゃない。ほっとかれるのが一番楽。子供の頃から「誰もいない一人きりの場所」にずっと行きたかった。だから今は理想の生活なのです。


Q6 もし「結婚しよう」という人が現れたらどうする?

A6 本気で言われたら「ごめんなさい」します。


Q7 もっと年をとったら一人は困るんじゃない?

A7 目や耳がきかなくなって、頭も働かなくなって、体も思うように動かなくなる時がいつかは来るんだろうけど、そうなってもまともに人生を終えることができるように、とりあえず今は貯金をしっかりしています。公共サービスとかもできるだけ使いながら、可能な限り一人暮らしを続けていきたい。
 将来的には、独身の友達同士で隣同士で暮らしたりしたいなーと考えています。けっこう多いのよね、独身の友人。


Q8 ぶっちゃけ、何のために生きているの?

A8 あ~、それ、よく考える。でもね、命って別に何のためじゃなくても生きていていいんだと思う。というか「生かされている」んだと思う。何か、役目があるのかもね。ここにいるだけで。なんとなくそう信じています。


Q9 何が楽しくて生きているの?

A9 一人で一番いいと思うのは自分がやりたいと思ったことはなんでも出来ること。旅行が好きでね。見たことのないところ、行ったことのないところに行って、いろんなものを見たり、体験したりするのが楽しいよ。一人ならいつだってどこへだって行けるもの。


Q10 最後の質問です。でもホントは恋人ほしいよね?

A10 うん!(笑)
 お互いに一緒にいても苦じゃなくて、一緒にいるときが一番リラックスできて、全然気を遣わない、そんな相手がいたらな~。相手にとっても私が、私にとっても相手がいると、一人でいるときよりも癒やされて、断然、二人でいた方が幸せで。
 どこかにいないかなーーーーーーーー♪
 ま、ぜいたくだよね。分かってますとも♪

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