2017.10.15

リベラル公園

 あるところにリベラル公園という公園がありました。
 ここにはいろいろな人達がやってきます。

小学生
小学校入学前の子供とそのお母さん(たまにお父さん)
犬の散歩の人
ベビーカーの赤ちゃんを連れたお母さん(たまにお父さん)
近所のお爺さん、お婆さん
公園の隣の病院に入院している入院患者
失業者
ニートの青年
目の不自由な方
足の不自由な方
喫煙者
路上生活者
貧困者

 リベラル公園はリベラルなので、あらゆる人を拒みません。
 でも、みんな本当は「自分」の居心地のいい公園であるといいと思っていて、現状に不満があるのです。

・あの公園ってボール遊びが禁止なんだよね。前に目の見えない人に当たったからなんだって。小さい子もいるから当たった危ないからだって。
・あの公園ってなんで全面禁煙にしないのかな。灰皿を無くしてほしいよ。
・あの公園にいつも汚い格好で段ボールに住んでいる人いるよね。ヘンな匂いもするし、役所がなんとかしてくれないかなぁ。
・あの公園は子供多くてうるさいんだよな。ずっと入院していてリハビリのために散歩に出るけど、子供がぶつかったりしてきて怖いよ。
・あの公園の水飲み場からいつも水を大量に汲んでる人いるよね。そういうの禁止にした方がよくない?
・あの公園にいつもヘンな男いない? 子供をじーっと見てて、誘拐とかそういう事件が起こらないかと心配。
・あの公園、犬を入れちゃいけないんだよ。路上生活者に吠えたり、子供が怖がったりするからだってさ。いつも外を散歩してるんだ。
・あの公園、好きですが、昼間はいきません。お母さんたちが占領してて入りにくい。
・あの公園で私も歩きやすいように点字ブロックを設置して欲しい。
・あの公園にもっとベンチを増やしてほしい。日陰を増やすために屋根付きだといい。そうすればお母さん達だけでなく老人も座れる場所が増える。
・あの公園に車イスでも入れるように、段差を無くしてほしい。入り口ももっと広くして欲しい。

「もっと『私に都合の』いい公園にしてほしい」

 ただ、喫煙一つにとっても、喫煙者は灰皿を置いて欲しいし、非喫煙者は禁煙にして欲しい。
 多様性を認めるリベラル公園では、喫煙者を追い出したりはできません。
 ホントは犬もボール遊びもOKにしたいのですけど。

 屋根付きベンチや点字ブロックの設置にはお金がかかる…

 みんなの公園です。みんなが使えるようにみんなが助け合える公園にしたい。
 車イスが入れない段差は近くの人が手伝ってあげてください。
 ベンチは長時間占領しないで、譲り合って下さい。
 失業者や貧困者や路上生活者の公園の利用も認めて下さい。排除しないで下さい。
 
 こういう公園がいい公園かは分かりません。
 いつも公園で子供達をじっと見ていた中高年男性が、ある日、3才の女の子を家に連れて帰っていたずらするような事件があったら、公園のせいになっちゃうんだろうか。
 ただ…誰でも入れる。誰も排除しない。そういう場所はあった方がいい。
 
 たとえば、子育て支援を掲げて当選した政治家が、その公園をつぶして保育園にしちゃったとしたら、いつもその公園を散歩していたお爺さん、お婆さん、入院患者、遊んでいた小学生、足の不自由な方、目の不自由な方、犬を連れた人などなどは行くところがなくなってしまいますし。
 
 「自分に都合のいい政治をしてほしい」
 思えば、自民党の政治ってのは究極これなんでしょう。
 だからお友達が優遇される。
 議員さんとお友達になれば、いいことがある。
 だから自分とお友達のセンセイを応援する。

 でも「政治」ってのは、ホントは、特定の誰かの都合のいいように配慮することが政治じゃなくって、リベラル公園のように、できるだけたくさんのいろいろな人が利用できる場を、限られた予算の中でしっかり話し合って作っていくことじゃないのかな。

 リベラルっていう言葉は使う人それぞれに定義が違っているので、私はあまり好きじゃない。
 でも私は基本的に自分は「弱者」で何かが起こったらまっ先に排除される存在だと思っているので、そうならない社会であることを願います。

 失業者には仕事を。
 路上生活者には住まいを。
 貧困者が水を公園で汲まなくてもすむように。
 問題の解決は、そうやって考えていくべきで「排除」が最初の答えであってはならない。

 …なんてね。やっぱ選挙の前はいろいろ考えますねー。

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2017.10.12

風邪-2017・秋-

「風邪-2017-」
という記事を今年の2月に書いていますが、1年経たずにまた風邪をひいてしまいました。

まだ10月なのに~!
そりゃ急に寒くなったり、暑さがぶり返したりの季節の変わり目ですが、そんなに年に何回も風邪ひいてたらこのブログも風邪の記事ばっかりになっちゃうじゃないの。
そうでなくても今年は、子宮筋腫に椎間板ヘルニアと病院通いばかり。
椎間板ヘルニアに起因する「まともに歩けない状態」もまだまだ継続中のところに風邪でまさに踏んだり蹴ったりです。もういい加減にしてくれー。

前回の風邪の記事でも書いていますが、風邪になったときのダメージが辛さを増している上に回復に時間がかかるのも悩みです。

今回は10月9日の祝日、のどが痛いな…と感じ始めてから(でもその日はまだ外にでかける元気はあった)坂道を転げ落ちるように一気に動けなくなってしまいました。9日夜の状況で、翌日の仕事は休むことにしたのですが、10日は、1日中、これでもかというくらい寝ていました。たまに起きて水分をとったり、みかんやビタミンC、買い置きのおかゆなどをとり、ちょっと起きているともう辛いので、すぐ布団に潜り込み、また2時間後くらいにトイレにいきたくなって起きる、の繰り返し。テレビも見られないし、本も読めない。とにかく布団にくるまって七転八倒するばかりです。
熱は37度台の微熱が上がったり、下がったり。微熱から見てもインフルエンザではなくただの風邪には違いないのですが、そうは言ってもとにかくキツイ。

こんなに急激に具合って悪くなるものなのかとそれがショックです。
地震などの天災と同じ。備えておいて発生したら被害を最小に食い止める。そうするしかないのは分かっていますが「明日がどうなるか分からない」って怖いなぁ。

後学のために今般の経過を書いておくと、発生後、3日目、11日朝には熱が下がり、マスクをしながら仕事へ。フラフラするし、ヘンな汗は出るし、食欲はないし、調子は全く出ませんでしたが、なんとか乗り切る。
4日目、12日が本日でしたが、朝は普通に起きられて、食事も出来ました。
たまに少しセキが出てそれがまたヘルニアに響くんですが、だいぶ頭はしゃんとしてきました。
完治、とはいきませんが、回復してきている。
くしゃみ、鼻水、鼻づまりは今回はそれほどひどくないので、このまま体調が戻るといいな。

こんなこともあろうかと、鼻炎薬とビタミンCは常備しており、レトルトおかゆも災害用にいつも買い置きがあります。
なってしまったのを嘆いてもしょうがない。
ならないようにはしたいですが、今回は被害が少なくて済んだことに感謝して、以後は再発防止に努めたい!

とはいっても、風邪予防はいつもやってることばかり。
何がいけなかったかなんて分からないよー!
やけにならず、地道に健康に気をつけます…。

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2017.10.04

立憲主義とは

◇立憲主義とは?
(引用開始)
政治権力の専制化や政治の恣意(しい)的支配を憲法や法律あるいは民主的な政治制度の確立などによって防止・制限・抑制しようとする思想原理。
(引用終わり)
出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

これって確か小学校でそう習ったなぁ。

専制政治とか独裁主義に対抗する概念です。
ナチスドイツのユダヤ人虐殺があった第二次世界大戦の反省を踏まえ、総理大臣でも誰でも、権力を私物化し、恣意的に使ってはならないわけで、そこに法の歯止めを設けるってこと。

ネット民は枝野さん達を「社会主義」だと揶揄するけど、安倍さんや小池さんのように自己の思いや信念や好き嫌いだけで、議会を軽視したり、勝手に政治をやられたら困る。
たとえ議会がしらがみや足かせであっても。
ネット民は、上から目線で一般大衆を馬鹿にするけど、それは自らに跳ね返る話だと分かってるんだろうか。

モリカケ問題にしても法に基づいた運用だったのかということ。
問題がないならそれでいいわけで。

トランプがアメリカファーストを主張して大統領になってしまい、北朝鮮が武力によって周辺諸国を従わせようとしている昨今では、憲法前文が理想でしかなく形骸化してしまったのは分かるんだけど、武力による「専制と隷従」は最終的には世界から消え失せるべきだと私は思っています。
恣意的に権力を振るう政治家の登場を私達は許してはならない。

まぁ、知事はいいんですよ。それこそ特区的な意味合いでの地方自治。時にはユニークで個性的な知事がいてもいい。
小池さんは東京都知事だけしててくれればいいんじゃないかな。都民がそれを選んだのだから。

でも、首相はだめ。立憲主義なんだから、もし何かやりたいことがあるなら、法律を変えるために議会の承認を得る必要がある。
安倍さんは危ない。戦前の日本を取り戻そうとする思想がまずい。日本に誇りを持つのはいいけど、教育勅語復活を本気でよいと思っているなら時代錯誤。
そういう右派な保守が、政治の実権を握っているとしたら危険です。

強い日本も危険。
アメリカに守られているだけで自分達は戦わないのが卑怯だとしても、では日本も軍隊を持って、徴兵して、戦争ができる国にするのがよいのか。
日本も核武装が必要なのか。
何もしなければ、北朝鮮からミサイルを撃ち込まれて日本が滅ぶというのが仮に真実だとしたって軍拡競争の果てだって破滅しかない。

日本も核武装が必要だというのが日本人の総意なら従うしかないのかもしれないけど、ちゃんと国会で議論して欲しい。それが立憲主義。

少なくとも、数を頼みにした、手前勝手な自己都合解散は立憲主義じゃないよ。

現安倍総理が北朝鮮やアメリカと、日本の顔として対等に渡り合うために必要だというなら、それはそれでもいい。
でも自民勝ちすぎはよくない。
衆議院には、ちゃんと内閣の動きをチェックすることのできる勢力が必要です。

旧民進党の、希望の党から排除された人々に貼られたリベラル派というレッテルが「社会主義」だとか「親中」だとか言われるとちょっと鼻白むところはあるんだけど、「立憲民主党」という党名は私は気に入っています。
政権交代は望んでない。
ただ、専政にはNOを。自民党にやりたい放題させてはいけない。

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2017.10.03

私、結婚します!

当ブログをご覧の皆様、こんにちは。

皆様は「自分婚」ってご存知ですか。
私も昨日まで知りませんでしたから、多分、日本での認知度はまだ低いんだろうなぁ。
ネットで検索してみると、こんな記事がヒットします。

「「自分婚」がトレンドの兆し?女性たちの決断とは」

「日本では流行らないんじゃないか」みたいな分析もあり、私にしても自分婚したとして、友達を結婚式に招くのは非常に抵抗があります。
正直、頭がおかしくなったと思われそう(苦笑)。
あんまり理解してくれる人、いなさそう。

でも私はこの「自分婚」、記事を読んでみたらすごくしっくり来たんですよ。
私が「自分婚」を知ったのは以下の記事を読んだのがきっかけでした。

梅宮アンナ、結婚相手として同性から「NO」くらう

この記事を読んでふと思いました。

(もし私だったら、私自身を結婚相手として考えられるだろうか?)

皆様はいかがでしょうか?

私は、私自身を結婚相手として考えた時に、
「この人こそ理想のパートナーじゃないの!」
と大げさではなく思ったんですよ。

けっこう頼りがいがあるんですよね。
ピンチのときにずいぶん助けられています。
困った時にも肝が据わり、じっくり考えられる。
この人とならどんな困難も乗り越えていけそう。

病気の時や弱ったときもそばにいてくれる。
私は甘え下手であまり他人に弱みを見せることができませんが、このパートナーになら、好きなだけ甘えられるし、弱音も吐ける。

真面目だけど、根は明るく、いつもユーモアを忘れない。
好奇心旺盛で、新しいことにもチャレンジするフロンティアスピリットがあり、刺激もずいぶん受けています。
趣味も多彩ですし、頭の回転が早く、でも謙虚で、身の程を知っている感じも好感が持てます。
何より他人を否定することなく、どんな在り方も受け入れられる広い心を持っていて、優しく懐深く、どんな私でも受け止めてくれる安心感がある。

こんな人が自分の一生のパートナーになると思ったら、心の底からほっとしました。

今まで…まあなかなかそういう相手に出会えず、一人で生きていく覚悟はとっくにできているんですがやっぱり不安でした。寂しさもあった。

でも「自分と結婚するのもあり」と気づいたら、そういう不安から解消された感じ。
私は私と生きていく。
それは今までもそうだったしずっと私は私のそばにいたわけですが、パートナーとして結婚しようと思ったらもう一人じゃないんだ、安心していいんだと思えました。

「私」にとって、この、もう一人の私との二人旅の感覚はそれほど目新しいものではありません。
まあ、ずっとお馴染みの人ですからねぇ。
でも結婚相手として意識したことはこれまでなかった。
けっこういい奴で頼りがいもあることは分かっていたけど、そういう対象ではないというか。

ずっと友達としてしか思っていなかった相手が、実は理想の結婚相手だったという、そういう感じに近いかも。

もうね、この人と結婚することにします。
大好きなんだもの。

昨日はたまたまちょっと具合が悪く、自宅で伏せっておりました。
そういう時もこのパートナーは静かにそばにいてくれます。
黙って手を握っていてくれるような気がしました。
(この人に任せておけばきっと大丈夫)
そう思いました。

また元気になったら一緒に旅行しよう。
見たことのないものを一緒に見に行こう。

まだまだ人生、楽しいことはたくさんある。
その残りの半生をこの人とならずっと一緒に歩いていける。

不思議なんですよね。
「自分婚」してもしなくても、する前とした後で何も変わらないはずなんですが、ずっと自分自身をパートナーとして、これからはこの人とやっていくんだ、と思えただけで人生変わった感じがします。

すみませんが、式はしませんw 
やっぱちょっと恥ずかしいので。
でもね、気持ち的には今、新婚さんのラブラブな感じ。
このパートナー最高ですよ。

よく「プロポーズの言葉は」と聞くと、特にそういう言葉はなくなんとなくって答える人、いますね。
私の場合もそうかも。以心伝心ですし。
「私、この人が好きだなぁ」
と思ったら、その瞬間に相手も絶対に自分を嫌いにならない、この人なら信頼できるって思っちゃって、もうそのときには結婚することにしちゃってました。

というわけで、昨夜より、私は私と結婚することにしました。
というか、実質もう同棲しちゃってるし、婚前旅行もしてるし、
「私達、結婚しました」
くらいな感覚ですが。でもそのうち、指輪くらいは買おうかな。今日の記念に。

本日、10月3日は結婚記念日になりました。
せっかくならおしゃれなレストランで食事でもしたいところでしたが、ちょっとまだ体調が本調子ではないので、お預けです。ま、ラブラブのパートナーと一緒なら、どこで何を食べてもおいしいし。

この記事をご覧の皆さまで、独身の方がいたら、自分婚、いかがでしょうか。
これほど頼りになり、安心できるパートナーは他にいない。
自分で自分にそう言えるのって、けっこううれしいことだったりしますよ。

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2017.09.27

給食はなぜカフェテリア方式にならないのだろう

「教師による給食「完食」指導で小学生5人が嘔吐 そこまでして「好き嫌い」をなくす必要はあるのか」

今日はこの記事について。

思い起こせば小学校の「給食」は私にとっては鬼門でした。
食べられないものが多くて。

偏食の原因は、今にして思うと、母がそもそも炊事が苦手だったことにありそうです。
子供なんて転がしといても育つと思っていた節もあり、要は子供の食事にあまり意識が高くなかった。
家の食事は決まったものしか出なかったんですよ。
だから、給食では、初めて見るような食べ物が多くありました。

初めて見るったってたいした話ではありません。
そもそも自宅では、生野菜サラダって出たことなかったんです。
マヨネーズも嫌い、酢の物も嫌い、ドレッシングも嫌い。
なのに、給食って「○○の酢の物」や「△△のマヨネーズ和え」がよく出るんですよねぇ。
食べられなくて泣きそうでした。生のトマトも食べられなかったし。
納豆も家では当時、食べたことなかった気がするなぁ。

ということで、食わず嫌いが多く、食べてみたところで美味しいと思えず、給食は「苦行」でした。
小学校入りたての頃は食が細かったので、パンも食べきれなくてよく残して、家に持ち帰ったりしていました。

そういった体験から、私は給食の完食指導には否定的です。
しかし、じゃあ残せばいいのかというとそれもどうかと思う。

食事というのは、他の命を奪って自分の命をつなぐことですから、基本的に食べられる分だけをとって食べるべきで「残す」のはよくない。

給食を出して残されるくらいなら、給食廃止、弁当持参、といいたいところですが、これも自分の体験上、家での食事がそもそもまともでなく、弁当なんてもってこられない子もいるし、用意できない親もいますから、お昼は家に用意させるわけにはいかんのだよなぁ。

カフェテリア方式にできないもんですかね。
食べられるものだけ取らせる。取ったら残さない。
学食や社員食堂みたいに給食もできないものか。
マクドナルドとか、そういう子供向けカフェテリアやらないかしら。

アメリカではそういう形式だというのを以前テレビで見ました。
お菓子やデザートコーナーが充実していて、子供がそういうのばかり取る、なんて問題になっていました。

でも、そここそ教育なのでは。
野菜やタンパク質もとらないといけないよ、っていうのを学ばせる。
で、自分で取らせる。取ったら残さない。
それでいいんじゃないかなぁ。

自分で選べない1、2年生は「お子様ランチ」みたいな感じでいろいろ載ってる一皿メニューでもよいかも。
3年生になったら自分で選べるんだったら、みんな早く3年生になりたいと思うだろうな。

未だになぜ「給食」なのが非常に疑問です。
マクドナルドでもワタミでもファミレスチェーンでも吉野家でも参入して、カフェテリアにしちゃえばいいのに。

カフェテリアといっても、料金は月額一律で何を食べても定額がいいと思います。
それだとカフェテリアというよりバイキング形式か。

「給食&バイキング形式」で検索すると実例もあるみたい。

給食を残す子がほとんどいない保育園

ほう、この記事によれば、なんと、保育園の子も自分で食べるものを自分でちゃんと決められるんだ。
じゃあ、1・2年生もできる。
リンク先はちょっと前の記事ですが、今もやってるかなー。
こういう保育園理想です。

20世紀から21世紀になって、文明も進んだはずなのに、未だに進歩しないものっていくつもありますが、給食もその一つ。
未だに何やってんだって思います。

思うに、たとえば医療の電子カルテとかもそうですが、半分「公」で制度の縛りがあるものってホント、なかなか進歩しないですよねぇ~
変えてはいけないことも世の中にはあるのですが、給食は変わって欲しいものの一つ。
未だに、私が過去、苦しんだ「完食指導」なんてやってんのかと思うと、半分、呆れてしまいました。

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2017.09.25

椎間板ヘルニアだった…

「座骨神経痛記」という記事をこの二つ前にアップしていますが、先週、腰のMRIを撮りまして、座骨神経痛の原因が判明。

タイトルどおり、椎間板ヘルニアでした。
腰の骨と骨の間に椎間板というクッションの役目をする組織があるわけですが、それがアンパンみたいな構造だとして、中身のあんこが飛び出し、周辺の神経を圧迫している、というのが椎間板ヘルニアです。

飛び出したあんこですが、これは、手術して切り取ってもいいんですけど、自然になくなることもあるんですって。私の場合も、痛み止めで痛みを抑えながら、様子をみることになりました。

不思議なことに、椎間板ヘルニアと診断がついた日から、耐えきれないほどの痛みではなくなりました。これなら痛み止め飲まなくてもいいかなと思っていましたが、昨日は、お尻が痛くて、座っていられない^^;

ちょっとじっくり付き合うしかないなぁ~

しかし、今年は4月には子宮筋腫がみつかって、今回は椎間板ヘルニア、そして、先日、胃のレントゲンの結果から胃炎が見つかって、内視鏡検査をすることにもなりまして。胃の内視鏡検査は来月、予約を取りました。

年のせいもあるんでしょうが、いろいろ続くなー。

大体、子宮筋腫のときもMRI撮りましたし、年に二回もMRI撮るって普通ないでしょ。まあでも厄年じゃないけど、たぶん今年はそういう年なんだろうな。
覚悟を決めて、しっかり治療します。

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「リフレッシュの森」行ってきました

2017年9月17日から19日まで、2泊3日で「リフレッシュの森」という、断食道場に行ってきました。

「断食道場」という言葉がどれくらい認知されているものか不明ですが、要するにそこに何泊か泊まっている間、断食をしたり、体にいい食事をしたりして、体重を落とすというもの。

「リフレッシュの森」も断食コース、半断食コース、リフレッシュコースと三種類、コースがあって、どれも一泊1万円です。(ただし初回は入会金12000円が必要)

泊まっている間、自由参加の体操やヨガやウォーキングなどの講座があり、講座を受けていれば時間はつぶせますし、体にもよい。
昼間は近くの日帰り温泉やスポーツジムに無料で送迎してくれますので、そこを利用するのもよし。(利用料は別途自費)

結果から言うと、私の場合、断食コース2泊3日で2.8キロ体重が減りました。
2泊3日コースだと着いた日の晩御飯と3日目のお昼が7分粥。2日目が三食、断食ですが、食事をしない代わりに、朝はお茶、昼と晩は酵素ジュースを飲むこととなります。

酵素ジュースはリンゴや麦などの天然素材で作った液体のジュースの元を水で割って飲みます。味は甘いです。それを食事ごとに1杯のみ。美味しくはないですがまあまあ飲めます。

私の場合は、1日目の晚が一番お腹が空きました。早速、参加したリフレッシュ体操の講座がけっこうハードで、腕が筋肉痛になってしまって、その夜はあまり眠れなかったかも。

椎間板ヘルニアで足が痛み、あまり無理できなかったのでウォーキングの講座も欠席でした。
それでも2.8キロは落ちましたので、さすがの断食効果。

1万円もかけず自宅でやればいいとは思うのですが、自宅ではそんなに一気に減ったことないので、やっぱりいいんでしょうね。

断食してみたい方は一度、体験されるといいかも。

が、これから参加しようという方に、いくつか注意事項というか、気になった点を。

ホームページの画像から、高原のペンションやコテージのような雰囲気を想像していましたが、そういうおしゃれっぽさはまったくありません。

たとえて言うなら、会社の保養所や合宿所みたいな感じ。

建物は、何か別の目的で建てられた建物をそれ用にリニューアルしていますので、外観がかなりオンボロです。

本館は基本相部屋。追加料金を払えば個室としても利用できますが、500mほど坂を登ったところにあるコテージ(別館)なら追加料金なしで個室で泊まれます。
私は自分のいびきが心配なので、別館個室に泊まりましたが、このコテージがまた、普段あまり使われてなさそうな感じ。トイレの壁はカビが生えてるし、部屋もなんともジメッとした感じ。山の中なので、周りは草がいっぱいで虫もたくさんいそう。コテージの外灯のそばにはセミの抜け殻が張り付いていました。

今の若者は知らないと思いますが、私などの世代では、昔、格安スキーツアーなどにいくと、よくこういうところに泊まったなぁ。

きれいなリゾートホテルステイをするのが目的ではないので、こういうものだと思って諦めて下さい。
断食「道場」というほどの縛りはないですが、断食「合宿」というところですかねぇ。
私のように人見知りのコミュ障でなければ、相部屋の方が楽しいかも。
一人参加の方が多いので、いろいろ情報交換ができます。
1泊1万だと、2泊で2万、私などは払えるとしてもそれが限界ですが、周囲の人はもっと長く泊まっていてダイエットに関しても意識が高い人もいて、刺激になります。

ダイエット効果はばっちりですが、私はできればあまり積極的にまた行きたい感じではないというのが正直なところ。この年になって合宿所みたいなところにあんまり泊まりたくない。
昼間に行った「白寿の湯」という地元の日帰り温泉が楽園に思えましたよ。清潔でいいにおいがしていました。ああいう感じじゃないとなぁ。

もう行きたくないなら、がんばって自力でダイエットせねば。ある意味、そういう効果はあるかな。

引き続きがんばります(汗)

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2017.09.12

座骨神経痛記

 記録によると、最初に
「なんか変」
 と思ったのは今年の6月。

 立っているときに左足にしびれを感じることがありました。
 
 で、たまに座っていて立った時とか、朝、動き始める時に同様のしびれを感じ、朝、しびれていても、午後には治ってるので、なかなか治療するきっかけがなかったんですが、8月後半になってから、しびれている時間が長くなってきた気がして、やっと近所の整骨院に。

 整骨院と整体の違いってこのブログをご覧の方はご存知ですか?

 整骨院は資格をもっていて開業できますが、整体は特に資格はありません。

 整骨院は保険が使える場合もありますが、整体は使えないので、マッサージするのに3000円とかけっこうとられる。

 安い方がいいからというわけではなく、なんとなく整骨の方が保険も使えることを考えるとちゃんとしている気がする。
 それともうかなり前になりますが、足を捻挫した際に、整形外科はしっぷを出されただけでしたが、整骨院にいったら捻挫した足をかばったせいで体がゆがんだせいか生じた腰痛を治してもらったという、いい記憶があったため、今回も、整骨院にいくことにしました。

 いろいろネットを見ると、結局のところ、整骨院だから、とか、整体だから、とか、整形外科だから、という名前ではなくて、「人」のようなんですけどね・・・

 整体は保険が使えませんが、名整体師はやはりいいらしいです。
 整骨院だってもちろんそう。

 整形外科は体に触って様子を見てくれたりはしませんけど、整骨には整骨の、整体には整体の技術があるので、いい人にあたって、自分の症状との相性がよければ、劇的に回復します。

 以前、亡くなった母も座骨神経痛でトイレにもいけなくなったことがあったのですが、近所の整骨の人が往診できてくれました。それで起き上がれるようになったときは、神様みたいに見えたっけ。

 そんなわけで、今回は自身の症状で整骨に行ってみたら劇的に治ったりはしないものの、癒される感じはしました。

 なので、8月の後半から9月の始めにかけて4回くらい通いました。

 ところが。
 のっぴきならない状況になったのは先週土曜日(9月9日)に、朝、整骨に行った後。
 
 朝は大体、いつも調子が悪いのですが、整骨にも行ったし、大丈夫だと思ったんですよね。

 ところが、自宅を出て、駅まで15分を歩くうちに、左足がしびれ、つったような痛みで途中で歩けなくなってしまいました。その場でしゃがんで少し休むと痛みが軽減されたので、また歩く。

 痛む。
 また座る。

 その繰り返しで駅までいきましたが、今度は電車で立ってると、左足のつったような痛みで立っていられない。しゃがんだり立ったりしながら、ごまかしていると、席が空いたので、座ったらなんとか痛みが治まってくれました。

 いやぁ、つらかったなぁ~
 
 土曜、日曜、月曜、そして、本日火曜、と4日過ぎましたが、自転車で移動するなら痛みはないんですけど、今朝は雨だったので、歩いて駅へ。

 やっぱり途中で二回くらいしゃがまないと、駅までたどり着けなかった。
 駅でもトイレで休憩しないと電車にも乗れない始末。トイレでも痛みであぶら汗。

 これは、ちょっと尋常ではない感じです。こんなに歩けないんじゃ、仕事にも差し支えるわ。

・・・
・・・
・・・
 ということで、本日午後は、2時間ほど年休を使い、整形外科に行ってきました。

 以前、その、捻挫をしたときに、腰もレントゲンをとったら脊椎すべり症だと言われましたっけ。
 あのときもどっちの足だったか忘れましたが、まともに歩けなくなって、一生このままだったらどうしようと思ったっけ。
 幸い、半年くらいで治ったんですけどね。
 自分の人生の中でもかなり手こずった部類に入ります。 
 
 今回も、これは思ったより重症だなぁ。

 でも、今日時点では、朝はあれほどひどいありさまだったのに、整形外科にいった夕方にはあまり足は痛まないのですよ。
 普通・・・ではないけど10分以上歩ける。痛みで歩けなくなるってことはない。

 整形外科ではレントゲンをとってもらいましたが、レントゲンでは異常はなかったようです。
 つまり骨には異常はない。

 足の片方にしびれがある、私の症状をネットで検索すると「坐骨神経痛」に間違いないのですが、その原因はというと、いくつかあって、既往歴があるすべり症もそうですし、有名な椎間板ヘルニアも原因となりうるようで。後日、MRIをとることになりました。

 今年、子宮筋腫に続き、二回目だわ、MRI。
 いろいろと続くわねぇ。

 とりあえず本日は、痛み止めの薬が出ました。
 朝のあの痛みがなくなるといいんだけどなー。
 MRIをとって、神経痛を起こしている原因が特定するか、(それとも特定できないか)わかるまで、取りいそぎ、これで様子を見ます。

 でも・・・今、座って、このブログを書いている瞬間は痛くないんですよね・・・
 『喉元過ぎれば熱さ忘れる』…なんて言ってないで、しっかり治そう。

 来週は待ちに待った夏休みです。が、歩けないんじゃなぁ~ 旅行の楽しみも半減です。
 やっぱり何をつけても健康第一。

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2017.08.20

父の胃がん・手術無事終了

 父の胃がんの手術、無事、終了しました。事前に説明があったリスク、

○手術でおなかを見てみたらないと思っていた転移があった
○手術中に大出血して、輸血した
○手術中に腹空鏡での手術が困難になり開腹手術をした
○手術中に脳溢血、または心筋梗塞などが発生した
○手術で感染症に感染した

等々はなく、予定どおりに手術は終わり、そのあと、傷は結構痛んだと言っていましたが、本日、術後6日目の時点では傷の痛みはなくなっていました。

昨日までは、尿をとる管がついていたそうですが、今日はそれもとれて、自分でトイレに行けるようにもなっていました。

食事も今日は重湯やみそ汁が出たそうです。
やっぱり手術してから5日間は、食事はとれなくて点滴なのか・・・まあそうだよなぁ、胃をとって食道と小腸つなげたんだもんな。

無事につながっているらしく、飲み物はちゃんとお腹に入っているようで何より。点滴を引き連れながらですが、廊下を普通に歩き、会話も普通にできました。

心配だったのは手術をしたあとに、入院して何もしないでぼーっとしていることで元気がなくなっちゃうこと。
でも今日の様子は全然、普通でした。逆に元気なくらい。
今日からみたいですが、自分で髭剃りもできてさっぱりしてました。

入れ替わり立ち替わり、お見舞いの人も毎日、誰かしらきてくれるそうです。
すごいな、人徳だなぁ~

もし私だったら、たぶん誰もこないもんな。それについては、やはり父はすごいなーとつくづく思いました。

先日、ふと気が付いたのですが、父は今年で77歳で喜寿です。
食事は食べられないので、お祝いといっても食事会ってわけにはいかないんですが、今日、その話をしたら、

「じゃあ、旅行でもいくか」

なんて言っていて、母が半分あきれていました。

でもまぁ、とりあえず、終始、笑顔で、元気な様子を見せてくれました。
お見舞いに行った私に気をつかってるのもあるんだろうなぁ。

なんというか…

普段接していると、それが当たり前なので、つい忘れてしまいますが、父は普段も、怒ったり、愚痴を言ったり、苦しいときに苦しいと言ったり、嫌なことを嫌だと言ったり、というのをほとんどしない人です。

それが、娘である私に対してだから、という可能性もあるんですが、公平に見ても私の知る限り、私に対してだけではなく、誰に対してもそうみたい。

これってなかなかすごいことです。
人間である以上、嫌なことも困ったこともあるだろうになぁ。

私自身は、一人で今、生活していて、一人の時は痛かったり苦しかったりしたときに、心の中やこのブログで、いろいろ吐き出しているわけですが、父はそういうのあるんだろうか?

改めて考えるとなんだか不思議なんだよなぁ。

昔、一緒に住んでいたころを思い出してみると、父はほとんど何もしゃべらない人でした。
仕事オンリーで家族との会話はほとんどなし。

母が亡くなって、そのころは私はもう家を出て一人暮らしで、お互い一人暮らしになって、ひと月に一度、母のお墓参りをするようになってからだなぁ、私が父と話をよくするようになったのは。

その後、父は今の母と再婚したのですが、再婚したころはけっこうしゃべっていたし、マメに母が買い物にいくのに車出したりして、私は
「こんなにマメでよくしゃべる人だったのか」
とびっくりしたっけ(苦笑)。

今は再婚からもう10年以上経ち、最近は耳が遠くなったのもあって、夫婦の会話も再婚したてのころよりはさすがに少なくなってる感じはありましたが…

でも、今日の父はずいぶんいろいろしゃべっていました。

体は相応に年はとってきましたが、なんとなくまだおじいさん、って感じはありません。
もう77なんだけどね。
今のところ、まだまだ元気です。

いつ何があってもいいように心づもりだけはあるのですが、ま、今回はとりあえず取り越し苦労だったようです。

家族で旅行、いけるといいな。

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2017.08.11

続・父の胃がん

 前回の記事はこちら

 昨日は、主治医から手術の説明があるというので立ち合い、行ってきました。
 手術は14日ですが、糖尿があるので、父は少し早めに9日から入院になりました。

 前回、ステージ1Aだけど、未分化がんというちょっと質の悪いガンのため、胃を半分切除する手術は致し方ないという説明があり、ただ初期なので腹腔鏡による手術でいける、というところまで聞いていました。

 今回はより具体的にどういう手術かという話。

 父の胃がんは、胃がんでは比較的少ないケースだそうですが、胃の上側にできています。
 そのため、胃を半分切除するとしても切除は上半分。

 胃の入り口には噴門という、普段はキュッとしまっている場所があり、それがあるから一度食べたものは上に上がってこないわけですが、今回はそれも切っちゃうんですよねぇ。

 胃は下半分を切るよりも上半分を切るのが非常にやっかいで、主治医いわく、上半分にできると、胃の全摘出になることもあるそうです。噴門を切って食道と胃を直接つなげてしまうと胃の中身が食道に上がってきちゃうので、つなげられない。だから胃を全摘出して、食道と小腸をつなげてしまうということですな。

 うーむ。なんかすごいな。
 胃がなくても人間生きていけるんだろうか。
 いや、生きてはいけるんでしょうけど、普通に生きていけるんだろうか。

 父の場合、下半分の胃も残すんですが、その胃と食道は直接つなげられないので、小腸をちょっと切って、その小腸と食道をまずつなげるらしいです。そして、そこからまっすぐに小腸へいくルートと、下半分の胃を通るルートと二つ作るそうです。

 なんとまぁすごい手術だこと。

 これを腹腔鏡でやるわけですが、今回、手術を受ける病院は腹腔鏡の手術に関してはかなり経験があり、ほとんどの手術を開腹ではなく腹腔鏡でできるそうです。

 主治医によると、腹腔鏡だとおなかにカメラを入れ、そのカメラの映像を見ながら手術するんですが、目で見ながらやるよりも、拡大できるため、細かい作業がしやすいと言っていました。
 へぇ、そういうメリットもあるのか。

 もう手術は来週の月曜日なので、すでにまな板の上の鯉状態で、手術を待つばかりなんですけども・・・

 その説明の最後に父が主治医にこう聞きました。

「手術をしないでそのままにしておいたらどうなったんでしょうか」

 そしたら主治医はこう言いました。

「がんが進行して、転移して、(余命)二年でしょうね」

 ・・・うん、まあ、もう手術することにしてるんだからその説明で別にいいんですけど。

 ただ、いわゆる近藤誠信者の私としては、ほんとかよ、と思わないでもありません。

 結局のところよりよく生きるためにはどうするかって話だよなぁ。

 今、父は特段の症状が出ているわけじゃありません。だけど、手術すればリスクはあるし、胃が半分なくなるから、食事は普通に取れなくなるわけで。

 それで痩せて糖尿が改善するから、父の場合はよりメリットはあるわけですが、それにしても、手術前よりQOⅬは確実に落ちるだろうという予測はできる。

 もちろん手術しても、何の合併症もなく元気になる人もいるから、それはあくまでも「可能性」ですけども。
 「可能性」というよりは「賭け」だな。

 痛くもなんともないけど今のうちに手術をしてしまって、手術をしたことによるリスクを引き受けるか、手術はしないでそのままにしておいて、胃を温存したまま、ガンが進行しない方に賭けるか。

 手術をしても余命がのびるかどうかは、実はなんとも言えない。
 結局、人間はいつ死ぬかわからない。
 極端な話、こうしている私の方が父より早く死ぬかもしれないのだし。

 まあ、でも今回の父の場合は、本人が手術に前向きだし、いろいろ調べてみても、同じ賭けでもうまくいく確率が高い賭けではあります。

 手術で胃を半分取ったからって、それでガクッと弱る可能性は今のところ低そうだし、それでなくても人間、死ぬときは死ぬんだし、本人が後悔しないことが一番。

 なので、家族としてももう手術でいいんですが、ただ、どうしても、もし自分がそうなったらどうするかなぁって考えるんですよ。

 今、このブログを書いている間にも、胃がんの手術について検索してみるとホント、いろんな情報があります。少なくとも胃を全摘出すると、やはり食事がとれなくなり、体力や筋力がガクッと落ちて、余命が逆に縮まるケースはあるなー。まあ、父は胃を半分残せるので、賭けの確率としてはよい方に転びそうではあるけれど。

 ♪何につけ 一応は 絶望的観測をするのが癖です♪(中島みゆき「あした天気になれ」より)

 ふふ。
 古い歌を思い出しちゃったわ。

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