2012.01.29

「普通の家族がいちばん怖い」

「普通の家族がいちばん怖い-徹底調査! 破滅する日本の食卓ー」

という本を図書館で借りてきて読みました。

・・・面白い!

いえ、実は、読み終わった後は、
(うわぁ、これが今の日本の「普通の家族」なのか・・・怖い~・・・)
などと思っていたのですが、Amazonのレビューを見たら、ちょっぴり調査そのものに偏りがありそうな感じで。そっくりそのまま事実だと思ってしまうといわゆる「トンデモ本」の類になってしまいます。

つまり、ほら「食べてはいけない」みたいな本と同じで。
確かに人体に有害な物質がその食品に含まれている可能性はあるけど、客観的に判断したら、ごくごく微量で、それもすぐ排出されるから大丈夫、みたいなね。

私は本を読むとすぐ本に書いてあることに影響されてしまうたちなんで「食べてはいけない」も読んだ当初はかなりその内容に震撼したものですが、「食べてはいけないは読んではいけない」というようなタイトルの本をまた別の機会に読んだら、1のことを100というトンデモ本だという論旨でした。

たとえば味噌は大量の塩分が含まれていて、味噌を取りすぎると肝臓が破壊される。
でも味噌ばかり大量に摂る人は現実にはいなくて、逆に発酵食品としての効用が味噌の場合はあるわけです。

「味噌は大量の塩分が含まれていて、とりすぎると肝臓が破壊される」
確かに嘘じゃない。

嘘じゃないけど・・・ってことです。「食べてはいけない」もそういう本。
そういう本は、読み手がしっかりと事実を踏まえて読めば参考になります。

「普通の家族がいちばん怖い」も、そう思って読めば、とても面白いです。
今は、ここで書かれているような家庭も実際に実在するんだろうし、その割合が増えていることも確か。
それに、私の実感からしても、そういう家庭って増えているんだろうなと。

この本で書かれている「普通の家族」って何かというとですね。

この本は、正月とクリスマスの家庭の食卓を通じて、どれだけ日本の食卓が崩壊しているかを著わした本です。
Amazonを見るとどうやら文庫になっているようです。

文庫版のAmazonのぺーじはこちら

興味のある方はぜひ読んでみてください。

いわく、今の30代、40代の主婦たちは、お正月におせちを自分で作らない。
実家に帰ればおばあちゃんたちが用意してくれている。
自宅でおせちを用意する家だって、実家からもらってきたり、買ってきたものだったり。

まあ、どっちみち子供は食べないから、日本文化の継承のため、一応、買ってきたものをディスプレイ的に食卓に飾りはするけれど、飾り以上の意味はない・・・とかね。

あとお屠蘇もみんなが好きなものを飲んでいる・・・とか。

一方、クリスマスは飾りつけや、子供にサンタクロースを信じさせることに夢中。
理由は「自分がクリスマスを楽しみたいから」で子どものためじゃない。
クリスマス料理は、買ってきた鳥もものローストやフライドチキン、それに冷凍のピザ、フライドポテトなど。
簡単で手がかからない。

正月だというのに、家族一緒に食卓につかない。
家族バラバラで好き勝手なことをしている。
食べるものもみんな好きなものを好きな時にバラバラに食べる・・・などなど。

著者は、家庭の主婦が「自分中心」になってきた、と分析しています。だから面倒なことはしない。楽しくないことはしない。子供に対しても機嫌ばかりうかがい、子供のやりたいことを全てにおいて優先する、と。

う~ん・・・ま、この先は皆様、ぜひ、本を読んでみてくださいね。

30代から40代の主婦、なんて、年齢的には私にジャストミートで、まるで自分のことを言われているようだったなぁ。
その世代の女性が「自分中心」なのだとしたら、まさにそれを極端な形にしたのが、主婦どころか、結婚してない私のような女性になるんだろうし。

でも、そうねぇ、もし私が結婚してても、おせち、作ってないかも。
そもそも、私も親からおせちの作り方は習わなかったもんなー。
実家にしてから、黒豆もきんとんも買うものでしたし、煮しめは私、本を見て自分で作りました。親は作ってなかったな。

想像ですが、多分、私の母自身も親から習わなかったんじゃなかろうかと。
ということはもう三世代に渡って、日本の伝統なんて、そこに存在しないのです。
お屠蘇の習慣も私の実家には皆無でした。

なので、私はこの本を読んで、実は、著者が「本来こうあるべき」と思っているらしい正月像がすでにピンとこないのです。
それは、日本の伝統うんぬんということでなく、中流以上の家庭はどうか知らないけど、おそらく、祖母の代から、おせちが受け継がれていず、お屠蘇の習慣もなかったのは、当時のその家庭があまり裕福じゃなかったからに違いないからで。

つまりこれが何を示すかというと・・・おせちを作るも作らないもそこにはそれぞれの家庭の事情がある、といういうだけの話。
それを「日本の食卓の破滅」とか言われてもなぁというのが正直、あります。

でも、家庭の主婦を例にとっても、全てが自分中心となっているようだ、という論旨については、同意。家庭というだけでなく、個人主義がどんどん進む社会にあって、そのことがそれまでなかった社会的な・・・まあ「歪み」と言えば「歪み」なんでしょう・・・問題を生み出しているのが、現代社会だというのは確かなことで。

私自身、それを体現している一人として、いろいろ考えさせられます。

過去、「常識」であり、それが日本の良さとして捉えられてきた事象が、すべて「個性」の名のもとに多様化し、あらゆる在り方が可能となってきています。

たとえば40過ぎても結婚していないという「マイノリティ」である私にとっては、それはとても・・・ぶっちゃけ「都合のいい」ことではあるのですが、この本が示唆しているように、そういう多様化や個人主義が、日本のこの先をどう形作るのかという問題があります。

「気持ちのいい」「都合のいい」「楽しい」ことだけを優先して、嫌なこと、面倒なことを先送りして、本当に向き合わなければいけないことややらなければならないことをやらずに、そのせいでうまく回らなくなっていることを誰かのせいにしていないか???

このままで本当にいいのか? それをみんな真剣に考えているのか?

そう、今、この本を読み終えて感じています。

「普通の家族がいちばん怖い」ねぇ。
家族がいない、一人暮らし世帯が増えているのだから、なんかあと数年後には「家族でいるだけいいじゃないの」なんてことになりそうな。いや、現時点で、私はそう言えちゃう。

それでいいのかな? 本当に?

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2012.01.25

5回目の大阪

 先日、大阪に行ってきました。のぞみで2時間半。近いな~

 大阪を訪れるのは、数えてみたらもう5回目でありました。

 初めて行ったのは、記録によると1997年の6月。このブログを始めるよりも前ですね。
 この年は萩や秋芳洞の観光のため、高速バスに乗って、初めて一人旅をしました。

 萩に行ったのは、その年、多分、「おーい!竜馬」だったと思うのですが、一気に借りて読んだら、竜馬ではなく、すっかり高杉晋作ファンになりまして。吉田松陰などの足跡の残る、長州藩の聖地を見にいったというわけです。
 あと、何気に鍾乳洞ファンでもあるので、秋芳洞ははずせません。感動しました~

 おっと、大阪の話でした。帰路、萩からはバスで防府に出て新幹線で帰ることにしまして、せっかくなので途中下車で大阪に一泊。新大阪のメルパルクに宿泊しました。そのときに行ったのは、まず太陽の塔を見に万博記念公園へ。そして宝塚にある、手塚治虫記念館へ。一人旅ですから、自分が行きたいレアなところばかりです。太陽の塔も堪能したし、手塚治虫の記念館、よかったなぁ。「火の鳥」は私のバイブルなのです。

 と、最初の大阪旅では、中央を思いっきりはずして周辺ばかりに行きましたので、二回目はがっつり、海遊館を見て、お好み焼き食べて、たこ焼き食べて、の食い倒れ旅行。このときは友人複数名とのグループ旅行でありました。当時一緒に行った仲間たちは、今もみんな元気かな。

 三回目の大阪旅行は神戸とセット。このときは神戸の洋館めぐりが楽しくて、大阪は現地在住の友達と会っただけで終わったのですが、大阪のアーケード街をいっぱい歩いた思い出があります。でも人と行くと、すっかりお任せで、どこに行ったか忘れちゃいますね・・・。あのアーケードはどこだったのか、全く思い出せません。

 四回目の大阪旅行は一昨年のGW。このときも、まずは深夜の高速バスで福井に行きまして、現地の友人と福井観光。一泊して翌日電車で、大阪へ移動しました。新大阪のスーパーホテルに泊まり、翌日、京都在住の友人と待ち合わせて、日本棋院関西総本部へ。囲碁をいっぱい打って帰りました。すでに観光ではなくなっている・・・

 で、今回が五回目となります。
 今、こうして思い出を振り返ったら、日本棋院関西総本部は梅田だったのか・・・今回泊まったのは、東梅田の東急インだったので、意外に近かったんだなぁと思いました。
 棋院にいったときも友人と一緒だったから、ほとんど場所の記憶がなかったのに気づいて、我ながらびっくりです。

 今回も、現地在住の方にお好み焼き屋に連れて行ってもらい、一緒にカラオケに行き、晩御飯は551蓬莱で中華を食べるというフルコース(笑)。一昨年も、そういえば深夜バスで東京に帰る前に蓬莱に行って豚まん食べたなぁ。 翌日の夜は、これも別の現地の方に「ここか」というたこ焼き居酒屋に連れて行っていただきました。

 「ここか」のたこ焼き、おいしかった~~♪ 感動したので、ここにリンクを貼っておきます。

http://r.gnavi.co.jp/kahr600/

 東梅田の東急インは、なかなか快適でありました。今回の旅行は、新幹線と宿のパックを初めて利用してみたのですが、もちろん深夜バスよりは高いのですけど、自分で新幹線と宿をとるよりはやはりリーズナブル。それに、おかげで梅田周辺にはちょっと詳しくなったかも。 

 私は、海外旅行でもそうなのですが、どうも「街」が好きなようで。その街にしかない何かを見に行ったり、歩いたりするのが好きです。

 そう考えるとまだまだ国内でも、まだ行ってない面白そうなところがありそう。

 上に挙げた以外でも、金沢、仙台、京都、盛岡、札幌、長野、松本、静岡、浜松、伊勢、新潟、広島、沖縄・・・主要な場所は大体いったことはあるのですが、四国はまだ未踏の地(実はわざととってある(笑))。和歌山も行ったことないな。九州は長崎と鹿児島くらいで福岡にもいったことないし、湯布院もいつか行きたいと思っている場所です。

 これをご覧の皆様はどこかおすすめの場所はありますか^^
 なんだか、今年の旅行は海外でなく国内かな~という気がしてきました。
 ぜひいいところがあったら教えてくださいませ。

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2012.01.16

あけましておめでとうございます♪

というわけで、遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いしますm(__)m

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poem(98)

『魔法の杖』

人生のある時からよくこう思うようになった
「願いを叶える魔法の杖は
 もうこの手に握られている」
あとは願いを口にするだけ

何でも願いが叶うとしたら
あなたは何を願うだろうか

物心がついた頃からすでに
私の一番の願いは
「自由であること」
その願いは叶えられた
私は職を得て
一人暮らしを始めた

その先も
魔法の杖の力は絶大で
願う端から願い事は叶えられた

海外旅行も温泉もスキーも沖縄も
都内のホテルのレディースプランも
行きたいところはどこでもいけた
歌が大好きだからカラオケも行ったし
見たい映画も見に行ったし

ダイエットと恋は
いまいち成功してないけれど
それはまぁ本気度が足りないのだろうな(苦笑)

魔法の杖は今もこの手にある
叶う願いは3つだけとかケチなことは言わない
いくらでも望むだけ願い事は叶うのだ

さて次は何を願おうか?
実は今
私は途方に暮れている

願うのは
「きみの幸せ」

でもどうやらこの杖は
自分についての願いしか
叶えることはないらしい

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2011.12.23

君の姿は僕に似ている~家政婦のミタ~

「君の姿は僕に似ている」というのは、「君は僕に似ている」(作詞:石川智晶、作曲:梶浦由記)という歌のフレーズの一節です。とってもすてきな歌です。

さて、「家政婦のミタ」終わってしまいましたね~
視聴率40%越えという脅威の記録を樹立したということですからすでにご覧になった方が多いと思いますので、改めて作品解説等はしないでおきましょう。

見終わって、私が一番感じたのが、表題のフレーズでありました。

「家政婦のミタ」についてこのブログでは前に、ミタさんとうららちゃんが同じ、というのがどういう意味なのかという話を書きました。

最終回でも、ミタさんが「私のようになってはダメ」とうららちゃんに告げることで、二人がもしかしたら同じ道を歩みかねなかった可能性が示唆されるわけですが・・・

なぜミタさんがうららちゃんと似ているのか、これは身に覚えがある人とない人では受け取り方がかなり違うだろうなぁと実は思っています。

私は・・・身に覚えがありまくりなので、ミタさんにビンタを食らったのが自分のように感じながら見ていました。
「私のようになってはダメ」という言葉も自分に言われたように感じました。

つまりは、こういうことです。

・人の顔色ばかりうかがって生きている。
・嫌われたくなくて自分の思っていることを素直に表現できない。
・だから、誰かのため、を思ってやることが全て裏目に出て、相手にとっては迷惑行為となる。
・嫌われたくない一心でいつも笑っている。

・・・やれやれ・・・全部、私のことやんか~

なぜ自分がミタさんが好きなのか、ミタさんの境遇に納得してしまうのか、このドラマがどうして好きなのか・・・
なんかこの一言で全部明らかになってしまった気がしますわ^^;

昔、好きになった人に「BUBIさん(仮名)はいつも笑ってばかりいるよね」と言われたことがありました。
そのときまで私はいつも自分が「笑ってばかりいる」ことにさえ気がついてはいませんでした。
まあ、私はミタさんよりははるかにましなはずなんですけどね~

私もうららちゃんのように、おそらく大好きな人のパートナーになることはないだろうなぁ。

でも保護者にはなれる、か・・・よい言葉だ。
私もそれを目指すかな。うん♪

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2011.12.14

今年も歌ってきたよ、ぷれなみで♪

 「ぷれなみ」とは「Let’s play 中島みゆき」の略でして、中島みゆきさんのファンで、中島みゆきさんの歌しかやらないバンド、なんてのを作って、中島みゆきさんの曲を楽しんでおります。

 年に2回、横浜の弘明寺にあるREHA(レイア)というライブハウスを貸切で、他の音楽好きな皆様(バンドあり、ギター演奏あり)とお互いの演奏を披露しあうというライブに出ています。

Live&Pub RHEA(レイア)

今年は「ローリング」「たかが愛」「ヘッドライト・テールライト」の三曲をご披露しました。

私はボーカル&コーラスを務めまして。バンドメンバーが録音してくれたのを聞いてみましたが・・・自分のアラは見えるなぁ~。上ずってたり、下がる音を下がり切れてなかったりなど、反省点しきりです。

でも楽しく演奏できました。メンバーのみんな、ありがとうね。

RHEA(レイア)のホームページに演奏風景が掲載されていますので、私を知っている方はこっそりご覧ください(笑)

第29回スタジオライブ

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2011.12.13

分からないから不安なのだ

・・・近頃、どうもあれですな・・・

私は埼玉在住ですが、中部地方にお住まいの方の、
「夫が関東に転勤になり、いつ戻れるか分からない。家族で一緒に暮らしたい気持ちはあるが、関東地方に住むのは子供への放射線の影響が心配だ。夫は単身赴任させるべきか」
という意見がネットに載っていました。

http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2011/1206/466289.htm?o=0&g=01

その前は群馬大学の教授が「福島で農作物を作る農家はサリン製造のオウム信者と同じ」というような発言をツイッターでして物議を醸し出しました。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20111208-00000303-alterna-soci

3.11の後、日本から外国人が軒並み逃げ出したのも人ごとではない感じになってきてしまいましたね。

ちょっとネットで検索すると、今の関東の放射線のレベルがたいしたことないのが分かるのですが、こういうことを言うと
「大丈夫だとか心配ないとかの情報を集めて無理矢理安心したがっている」
と言われるんだろうなぁ。

実際、私は幼い子供を持つ母というわけではなく、単身の女性で守るべき家族があるわけでもないので、全く説得力がないのですが、どうもやはり「関東地方は放射能で汚染されている」的な話を聞くと、複雑な心境になってしまいます。

これは知り合いに教えてもらったページなのですが、関東各地の放射線がどれだけのものか、目で確認することができます。

http://microsievert.net/

たとえばこんなgooのページも「現在の状況」を確認するのには役立つかも。

http://radiation.goo.ne.jp/

先日、問題になった粉ミルクも基準値は大幅に下回っているわけで実質的な健康被害はないと考えられますが、それでもメーカーは問題の製品を回収し、母親達はそれによって不安になる。福島産の野菜もそればかり大量に食べるわけではないのだから「ベクレル」にそれほど過敏になる必要は個人的には「ない」と思っていますが、これもまあ、私、という一消費者の意見に過ぎない。

飛行機事故の可能性が、歩いていて自動車事故に遭う可能性より遙かに低くても、どうしても飛行機に乗りたくない人がいるのと同じで、0でない限りは避けたいという人がいるのはどうしようもないことです。

でも・・・不安は「知らない」から生まれることも多い。

放射線のこと、今、関東がどういう状況なのかを上にリンクを貼ったgooや

http://radiation.yahoo.co.jp/list/

こちら、Yahooでも見ることができますので、怖い人はまずは知って欲しいです。
それでも「怖い」「避けたい」のは仕方がないですけどもね。

ちなみに昨日買って鍋物にした春菊は栃木産でした。
上記のようなことを書いている私にしても、ちょっと放射線量をはかってみたい気がしました。そう思った直後にはおいしくいただいてしまいましたが(汗)。

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2011.12.03

「ミタさんは本当はうららちゃんみたいな人なんじゃないか?」

 今週の「家政婦のミタ」のミタさんの告白、このドラマのファンの方々、皆様、もうご覧になられたでしょうか・・・

 ものすごく衝撃的な内容で、私も、その晩はいろいろ考えてまんじりとしませんでした。

 翌朝、ツイッターにちょっと感想を流したのですが、改めまして、当ブログにもその内容を再掲しておきます。

(以下、その日のツイートから転載)

ミタさんは本当はうららさんみたいな人、というのは確かにそうかもしれない…やることが全て裏目に出る…ミタさんに過去起こったことはそれにしても酷過ぎるんだけど…

関わった人、好きになった人がみんな不幸になる、というのもまさにミタさん自身のことだ。だからあの一家のおじいさんの気持ちもミタさんには分かる。

うららさんは登場する度に、みんなに、もう何もするな、関わるな、と言われていた。それはミタさんが昔、言われていたことだったんだ。だからミタさんはもう誰のためにも「何もしない」ことに決めた。

本当はあれほどみんなの幸せを願っている人はいないのに…(;;)

(転載終わり)


 誰かを・・・好きな人を幸せにしたいと頑張ると、その行為が相手を苦しめる。
 
 もう私は何もしない方がいいんだ・・・
 
 そんなミタさんの心の内を思うと、その痛ましさに見ている私もつらくなります。
 

 この先は個人的な感想になりますが「もう私は何もしない方がいい」と思ってしまう人の気持ちってすごくなんだかよく分るのです。

 親にいつも罵られて、叱られてばかりで、自己を肯定することができず育った子はそうなる。
 親に愛されたいけど、いつもいつも親は怒ってばかり。 何をしても喜んでもらえない。自分はダメな子だ。生まれてこなければよかった、と。

 ・・・うーん、私自身は親には愛されてたとは思うのですが。
 でもなぜか、自分はダメな子だ、という意識はかなり古くからありました。劣等感とは今でもお友達です。

 囲碁でも「BUBIさんはがんばってるよ、それでいいんだよ」といくら言われてもそれを信じることができない。マイナス思考なんですよねぇ。

 三つ子の魂、百まで、なんていいますが、いい大人になった今でもその呪縛は解けません。
 だからなかなか人と打ち解けるまでに時間がかかるし、結果、今でもひとり身なのかもなぁ。
 
 ま、そんな自分も嫌いじゃないのですけどね^^

 ミタさんだって、ちゃんともう分ってるじゃないですか。
「自分が好きなる人は、みんな不幸になる」なんて嘘だってこと。

 愛する夫と息子は失ってしまった・・・ミタさんはそれを一生忘れず背負っていくのは変わらないにしても。
 またそこから、歩き出すことができるはず。

 ミタさんに幸せになってほしいです。

 人は・・・何度でも生まれ変わることができる。やり直すことができる。
 ミタさんの物語は、同じように苦しむ全ての人への福音となるはず。
 最終回まで、目をしっかりと開けて、ミタさんを見守りたいと思います。
  

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2011.11.28

大阪W選は大阪維新の会の勝利

 大阪の選挙に密かに注目していましたが、結果は、大阪府議選、大阪市長選とも橋下氏率いる「維新の会」の圧勝でした。

 以前、大阪の人と話をしたときに、橋下さんたちがどんなに熱く改革を語っても、当の住人達は意外とシラケている、なんて聞いたことがあったので、結局、組織票を持つ既成政党が勝つのかと思ったら・・・あにはからんや。

 なんだ、みんな、実は政治にまだまだ期待しているし、なんとかしなくちゃいけないと思っているんだ。
 橋下さんがどうというよりは、大阪の人々の選択にちょっと感じ入りました。

 思い返せば、民主党が政権をとったときもみんなそう思っていたのよね。
 なのに、相変わらずなんとなくはっきりしない現状にもやもやしているのは私だけではありますまい。

 大阪の選挙の記事を読んでいたら、こんな記事を見つけました。

「おばけやしき政治」に、さようなら
http://blogos.com/article/25585/

(引用開始)

現状の病状の根底にあるものは、議員さんたちが自らの地位を失うことを恐れることによって生じる、選挙への「恐怖」と、この恐怖心から生じる政策を語らない「卑怯」にある。

(引用終わり)

 まさしくそのとおり、と記事を読んで思いました。
 なんで、リスクばかりをおそれて保身ばかりを願うのかしら・・・政治家のくせに。
 保身が一番なら政治家なんか志すなよ~

 私個人は保身の固まりですが(おいおい)、だからこそ政治家になんかなってないし、できるわけがない。
 自分が大事、家庭が大事、自分の組織が大事、な人は世の中に大勢います。いや、ほとんどはそうかもしれません。だからそれが悪いというつもりはありません。

 でも政治家はそれじゃダメでしょ。
 非難されることをおそれて何も言えないなんて・・・もうなんだか情けないったらありゃしない。

 所詮、この国はここまでか、なんて思っていたら、なんと大阪で山は動いてしまいました。
 維新の会だって、橋下さんだって、いっぱいリスクはあったはず。非難だってされたし、もちろんこの先だって彼らが抱く理想にはいっぱい困難があって・・・

 私は「十二国記」シリーズと呼ばれる小野不由美の小説が大好きです。
 理想に燃えて王を倒し、政権をとった集団が瓦解していく姿などが「華胥」という作品に描かれていて、「大阪維新の会」はそうじゃないといいなぁと思ったりは致しますが。
 でもリスクばかりを言ってたら始まらない。
 仮に国が一時傾いたとしても、そこからまた素晴らしい執政者が生まれる可能性だってあるのですから・・・。

 よほど脳天気な人でない限りリスクを考えない人なんていないでしょう。でも、それを越えて前に進める人を日本の国の人たちは求めているんだなぁと思います。人ごとのように言ってますが、無論、私もね。

 国政ももっとしゃんとして欲しい。
 いや、しゃんとしている人はいるのだと思うので、そういう人たちがちゃんと活躍できるように、足の引っ張り合いばかりしてないでがんばれと。政治家は保身やリスクへの懼れを乗り越えて、自分の信念を語れ。それが支持されるかされないかは、そのときこそ国民の判断が問われる。

 大阪のニュースは久々にいいニュースだと感じました。ファシズムだと、リスクを訴える記事もたくさんあるのですが・・・どこまでやってくれるか、もう少し私は見てみたいです。

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「妖怪人間べム」を見ております

 「家政婦のミタ」の記事を書きましたが、実はミタさんよりも前から今季はハマっているドラマ・・・それが「妖怪人間べム」。

 べたなドラマが好きなんですw

 べムはいいですよ。べムたちが初めて、自分たちの本当の姿を見ても怖がらずに受け入れてくれる人間と出会って、存在を受け入れてもらえて、「あなたたちは人間です」っていってもらえた前々回では泣けてしまいました・・・

 それにべムもベラもかっこいい。ベロはかわいい。

 私は原作を全く知りませんけれども、このドラマは本当によくできていると思います。べムのぼそぼそしたしゃべり・・・いかにもしゃいで臆病な感じ。ん~、もしかすると原作のべムとは違うのかもしれませんが、私はこのドラマのべムが好きです♪

 で。
 いつもいつも泣かされたり、人間の業のようなものを考えさせられたりするドラマなのですが、昨日は「恋」がテーマでした。三人の妖怪のうち、女性のベラが人間の男性に恋をする。

 ベラは杏さんという女優さんが演じているのですが、とても素敵な方です。美女♪ そんな美貌と反対に性格は男まさりでキップがよくかっこいいんですけどね。少なくともいかにも親切っぽい優しい話し方はしない。恋をした相手にもぶっきらぼうで。
「まったくあんたらはしょうがないねぇ」
 なんて感じのしゃべり方をします。
 いつもつっけんどんで、突き放したようなことばかりいうベラさんですが、本当はとても優しいベラさんです。

 恋をしたベラさん、かわいかったなぁ。
 いつもと同様、ほとんど笑顔もないし、あの感じでいきなり訪ねてこられたら
「え?? な、何?」
 と私が相手の男性だったらやはりちょっと怖く感じるような気もしますが(^^;
 ベラさんはドラマの中で、最初は分かってないんですけど、何人かの人間の女性に尋ねてまわるうちに、自分の感情が人間が「恋」と呼ぶものだということに気が付きます。

 何を見ても、その人のことを考えてしまう。
 でかけると会いに行きたくなるし、寒いときはその人が風邪をひいてないか心配になるし・・・
 (録画を消してしまったのでなんと言っていたかうろ覚えですが^^;)

 ベラさんは、最後にその人に会いにいき、そんな自分の思いを伝えた上で、そういう思いを感じさせてくれたことに「ありがとう」と言います。

 ・・・ふむふむ。そうか。何を見てもその人のことを考えちゃったり、うれしいとき、悲しいとき、その人に伝えたくて仕方なくなったり、外を一人で歩いていて会いたくてたまらなくなったり、ってやっぱりそれは「恋」なのか~♪

 だったら、私のもやっぱ恋だったんだなぁ。ベラさんを見ていて、自分自身の思いがそこに重なりました。

 恋はいいもんですな。
 恋をしていると、世界がその人、一色になる。その人のためならなんでもできるような気になる。

 そういう感情をちゃんと感じることができて、その人が大好きで、とっても幸せで。
 ベラさんと同じでやっぱりそういう恋をしたときに、相手に伝える言葉は「ありがとう」という言葉しかありません。

 でも、言われた方は何に礼を言われているのかさっぱり分からないんだよな~。だってその人は何もしてないものね。恋ってのはまったく一方的に盛り上がるものでして。恋をした方はもうその人がこの世界に存在してくれているだけでうれしいというのに。

 ベラさんは、自分の気持ちになんとか踏ん切りをつけることができたようです。
 せつない思いもしましたが、それは第三者の悪意によって引き起こされたことに彼女は気づいたかなぁ。

 でも・・・気づいたにせよ気づかないにせよ。
 恋って、本当に一方的なもの。
 どんなにこっちが幸せでも、それが大好きな相手も幸せにできるものとは限らないので・・・
 ベラさんの恋もあのへんが潮時ってことだったのかな。大丈夫、人間になったら、もっといい男と出会えるよ、ベラさん♪

 昨日のドラマの中ではこんな話もありました。
 
 べムはとてもとても臆病なので・・・人間を好きなんだけど、人間に対して心を開けない。
 傷つくことが怖いのかな。分かるよーべム。

 でも臆病だからこそ・・・優しくなれるのだそうだ。

 私がたぶんべムを好きなのは、私もべムに負けないくらい臆病で傷つくことが怖いせいでしょう。だからなかなか人に自分をさらけ出せなかったりします。人間だけどw
 でもその臆病さを、このドラマの中ではちょっと許してもらえた気がしました。

 べム達は、結局人間なんだよな。人間だからこそ、自分たちが普通の人間と違うことに苦しむ。
 
 どうなんだろう、原作を全く知らないので思うのですが、彼らは結局、人間になれたのだろうか? 
 それとも、今もこの世界のどこかにいて、まだ人間になる方法を探し続けているだろうか?
 べム達がべム達のままでも、生きていけるような、そんな場所がどこかにあればいいのにね・・・

 と、一応、人間として生まれ、人間として社会に受け入れられている私は自分の幸運に感謝しながら思うのでした。

 「妖怪人間べム」、面白いです。興味がありましたら、皆さんもぜひ♪

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