2017.09.12

座骨神経痛記

 記録によると、最初に
「なんか変」
 と思ったのは今年の6月。

 立っているときに左足にしびれを感じることがありました。
 
 で、たまに座っていて立った時とか、朝、動き始める時に同様のしびれを感じ、朝、しびれていても、午後には治ってるので、なかなか治療するきっかけがなかったんですが、8月後半になってから、しびれている時間が長くなってきた気がして、やっと近所の整骨院に。

 整骨院と整体の違いってこのブログをご覧の方はご存知ですか?

 整骨院は資格をもっていて開業できますが、整体は特に資格はありません。

 整骨院は保険が使える場合もありますが、整体は使えないので、マッサージするのに3000円とかけっこうとられる。

 安い方がいいからというわけではなく、なんとなく整骨の方が保険も使えることを考えるとちゃんとしている気がする。
 それともうかなり前になりますが、足を捻挫した際に、整形外科はしっぷを出されただけでしたが、整骨院にいったら捻挫した足をかばったせいで体がゆがんだせいか生じた腰痛を治してもらったという、いい記憶があったため、今回も、整骨院にいくことにしました。

 いろいろネットを見ると、結局のところ、整骨院だから、とか、整体だから、とか、整形外科だから、という名前ではなくて、「人」のようなんですけどね・・・

 整体は保険が使えませんが、名整体師はやはりいいらしいです。
 整骨院だってもちろんそう。

 整形外科は体に触って様子を見てくれたりはしませんけど、整骨には整骨の、整体には整体の技術があるので、いい人にあたって、自分の症状との相性がよければ、劇的に回復します。

 以前、亡くなった母も座骨神経痛でトイレにもいけなくなったことがあったのですが、近所の整骨の人が往診できてくれました。それで起き上がれるようになったときは、神様みたいに見えたっけ。

 そんなわけで、今回は自身の症状で整骨に行ってみたら劇的に治ったりはしないものの、癒される感じはしました。

 なので、8月の後半から9月の始めにかけて4回くらい通いました。

 ところが。
 のっぴきならない状況になったのは先週土曜日(9月9日)に、朝、整骨に行った後。
 
 朝は大体、いつも調子が悪いのですが、整骨にも行ったし、大丈夫だと思ったんですよね。

 ところが、自宅を出て、駅まで15分を歩くうちに、左足がしびれ、つったような痛みで途中で歩けなくなってしまいました。その場でしゃがんで少し休むと痛みが軽減されたので、また歩く。

 痛む。
 また座る。

 その繰り返しで駅までいきましたが、今度は電車で立ってると、左足のつったような痛みで立っていられない。しゃがんだり立ったりしながら、ごまかしていると、席が空いたので、座ったらなんとか痛みが治まってくれました。

 いやぁ、つらかったなぁ~
 
 土曜、日曜、月曜、そして、本日火曜、と4日過ぎましたが、自転車で移動するなら痛みはないんですけど、今朝は雨だったので、歩いて駅へ。

 やっぱり途中で二回くらいしゃがまないと、駅までたどり着けなかった。
 駅でもトイレで休憩しないと電車にも乗れない始末。トイレでも痛みであぶら汗。

 これは、ちょっと尋常ではない感じです。こんなに歩けないんじゃ、仕事にも差し支えるわ。

・・・
・・・
・・・
 ということで、本日午後は、2時間ほど年休を使い、整形外科に行ってきました。

 以前、その、捻挫をしたときに、腰もレントゲンをとったら脊椎すべり症だと言われましたっけ。
 あのときもどっちの足だったか忘れましたが、まともに歩けなくなって、一生このままだったらどうしようと思ったっけ。
 幸い、半年くらいで治ったんですけどね。
 自分の人生の中でもかなり手こずった部類に入ります。 
 
 今回も、これは思ったより重症だなぁ。

 でも、今日時点では、朝はあれほどひどいありさまだったのに、整形外科にいった夕方にはあまり足は痛まないのですよ。
 普通・・・ではないけど10分以上歩ける。痛みで歩けなくなるってことはない。

 整形外科ではレントゲンをとってもらいましたが、レントゲンでは異常はなかったようです。
 つまり骨には異常はない。

 足の片方にしびれがある、私の症状をネットで検索すると「坐骨神経痛」に間違いないのですが、その原因はというと、いくつかあって、既往歴があるすべり症もそうですし、有名な椎間板ヘルニアも原因となりうるようで。後日、MRIをとることになりました。

 今年、子宮筋腫に続き、二回目だわ、MRI。
 いろいろと続くわねぇ。

 とりあえず本日は、痛み止めの薬が出ました。
 朝のあの痛みがなくなるといいんだけどなー。
 MRIをとって、神経痛を起こしている原因が特定するか、(それとも特定できないか)わかるまで、取りいそぎ、これで様子を見ます。

 でも・・・今、座って、このブログを書いている瞬間は痛くないんですよね・・・
 『喉元過ぎれば熱さ忘れる』…なんて言ってないで、しっかり治そう。

 来週は待ちに待った夏休みです。が、歩けないんじゃなぁ~ 旅行の楽しみも半減です。
 やっぱり何をつけても健康第一。

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2017.08.20

父の胃がん・手術無事終了

 父の胃がんの手術、無事、終了しました。事前に説明があったリスク、

○手術でおなかを見てみたらないと思っていた転移があった
○手術中に大出血して、輸血した
○手術中に腹空鏡での手術が困難になり開腹手術をした
○手術中に脳溢血、または心筋梗塞などが発生した
○手術で感染症に感染した

等々はなく、予定どおりに手術は終わり、そのあと、傷は結構痛んだと言っていましたが、本日、術後6日目の時点では傷の痛みはなくなっていました。

昨日までは、尿をとる管がついていたそうですが、今日はそれもとれて、自分でトイレに行けるようにもなっていました。

食事も今日は重湯やみそ汁が出たそうです。
やっぱり手術してから5日間は、食事はとれなくて点滴なのか・・・まあそうだよなぁ、胃をとって食道と小腸つなげたんだもんな。

無事につながっているらしく、飲み物はちゃんとお腹に入っているようで何より。点滴を引き連れながらですが、廊下を普通に歩き、会話も普通にできました。

心配だったのは手術をしたあとに、入院して何もしないでぼーっとしていることで元気がなくなっちゃうこと。
でも今日の様子は全然、普通でした。逆に元気なくらい。
今日からみたいですが、自分で髭剃りもできてさっぱりしてました。

入れ替わり立ち替わり、お見舞いの人も毎日、誰かしらきてくれるそうです。
すごいな、人徳だなぁ~

もし私だったら、たぶん誰もこないもんな。それについては、やはり父はすごいなーとつくづく思いました。

先日、ふと気が付いたのですが、父は今年で77歳で喜寿です。
食事は食べられないので、お祝いといっても食事会ってわけにはいかないんですが、今日、その話をしたら、

「じゃあ、旅行でもいくか」

なんて言っていて、母が半分あきれていました。

でもまぁ、とりあえず、終始、笑顔で、元気な様子を見せてくれました。
お見舞いに行った私に気をつかってるのもあるんだろうなぁ。

なんというか…

普段接していると、それが当たり前なので、つい忘れてしまいますが、父は普段も、怒ったり、愚痴を言ったり、苦しいときに苦しいと言ったり、嫌なことを嫌だと言ったり、というのをほとんどしない人です。

それが、娘である私に対してだから、という可能性もあるんですが、公平に見ても私の知る限り、私に対してだけではなく、誰に対してもそうみたい。

これってなかなかすごいことです。
人間である以上、嫌なことも困ったこともあるだろうになぁ。

私自身は、一人で今、生活していて、一人の時は痛かったり苦しかったりしたときに、心の中やこのブログで、いろいろ吐き出しているわけですが、父はそういうのあるんだろうか?

改めて考えるとなんだか不思議なんだよなぁ。

昔、一緒に住んでいたころを思い出してみると、父はほとんど何もしゃべらない人でした。
仕事オンリーで家族との会話はほとんどなし。

母が亡くなって、そのころは私はもう家を出て一人暮らしで、お互い一人暮らしになって、ひと月に一度、母のお墓参りをするようになってからだなぁ、私が父と話をよくするようになったのは。

その後、父は今の母と再婚したのですが、再婚したころはけっこうしゃべっていたし、マメに母が買い物にいくのに車出したりして、私は
「こんなにマメでよくしゃべる人だったのか」
とびっくりしたっけ(苦笑)。

今は再婚からもう10年以上経ち、最近は耳が遠くなったのもあって、夫婦の会話も再婚したてのころよりはさすがに少なくなってる感じはありましたが…

でも、今日の父はずいぶんいろいろしゃべっていました。

体は相応に年はとってきましたが、なんとなくまだおじいさん、って感じはありません。
もう77なんだけどね。
今のところ、まだまだ元気です。

いつ何があってもいいように心づもりだけはあるのですが、ま、今回はとりあえず取り越し苦労だったようです。

家族で旅行、いけるといいな。

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2017.08.11

続・父の胃がん

 前回の記事はこちら

 昨日は、主治医から手術の説明があるというので立ち合い、行ってきました。
 手術は14日ですが、糖尿があるので、父は少し早めに9日から入院になりました。

 前回、ステージ1Aだけど、未分化がんというちょっと質の悪いガンのため、胃を半分切除する手術は致し方ないという説明があり、ただ初期なので腹腔鏡による手術でいける、というところまで聞いていました。

 今回はより具体的にどういう手術かという話。

 父の胃がんは、胃がんでは比較的少ないケースだそうですが、胃の上側にできています。
 そのため、胃を半分切除するとしても切除は上半分。

 胃の入り口には噴門という、普段はキュッとしまっている場所があり、それがあるから一度食べたものは上に上がってこないわけですが、今回はそれも切っちゃうんですよねぇ。

 胃は下半分を切るよりも上半分を切るのが非常にやっかいで、主治医いわく、上半分にできると、胃の全摘出になることもあるそうです。噴門を切って食道と胃を直接つなげてしまうと胃の中身が食道に上がってきちゃうので、つなげられない。だから胃を全摘出して、食道と小腸をつなげてしまうということですな。

 うーむ。なんかすごいな。
 胃がなくても人間生きていけるんだろうか。
 いや、生きてはいけるんでしょうけど、普通に生きていけるんだろうか。

 父の場合、下半分の胃も残すんですが、その胃と食道は直接つなげられないので、小腸をちょっと切って、その小腸と食道をまずつなげるらしいです。そして、そこからまっすぐに小腸へいくルートと、下半分の胃を通るルートと二つ作るそうです。

 なんとまぁすごい手術だこと。

 これを腹腔鏡でやるわけですが、今回、手術を受ける病院は腹腔鏡の手術に関してはかなり経験があり、ほとんどの手術を開腹ではなく腹腔鏡でできるそうです。

 主治医によると、腹腔鏡だとおなかにカメラを入れ、そのカメラの映像を見ながら手術するんですが、目で見ながらやるよりも、拡大できるため、細かい作業がしやすいと言っていました。
 へぇ、そういうメリットもあるのか。

 もう手術は来週の月曜日なので、すでにまな板の上の鯉状態で、手術を待つばかりなんですけども・・・

 その説明の最後に父が主治医にこう聞きました。

「手術をしないでそのままにしておいたらどうなったんでしょうか」

 そしたら主治医はこう言いました。

「がんが進行して、転移して、(余命)二年でしょうね」

 ・・・うん、まあ、もう手術することにしてるんだからその説明で別にいいんですけど。

 ただ、いわゆる近藤誠信者の私としては、ほんとかよ、と思わないでもありません。

 結局のところよりよく生きるためにはどうするかって話だよなぁ。

 今、父は特段の症状が出ているわけじゃありません。だけど、手術すればリスクはあるし、胃が半分なくなるから、食事は普通に取れなくなるわけで。

 それで痩せて糖尿が改善するから、父の場合はよりメリットはあるわけですが、それにしても、手術前よりQOⅬは確実に落ちるだろうという予測はできる。

 もちろん手術しても、何の合併症もなく元気になる人もいるから、それはあくまでも「可能性」ですけども。
 「可能性」というよりは「賭け」だな。

 痛くもなんともないけど今のうちに手術をしてしまって、手術をしたことによるリスクを引き受けるか、手術はしないでそのままにしておいて、胃を温存したまま、ガンが進行しない方に賭けるか。

 手術をしても余命がのびるかどうかは、実はなんとも言えない。
 結局、人間はいつ死ぬかわからない。
 極端な話、こうしている私の方が父より早く死ぬかもしれないのだし。

 まあ、でも今回の父の場合は、本人が手術に前向きだし、いろいろ調べてみても、同じ賭けでもうまくいく確率が高い賭けではあります。

 手術で胃を半分取ったからって、それでガクッと弱る可能性は今のところ低そうだし、それでなくても人間、死ぬときは死ぬんだし、本人が後悔しないことが一番。

 なので、家族としてももう手術でいいんですが、ただ、どうしても、もし自分がそうなったらどうするかなぁって考えるんですよ。

 今、このブログを書いている間にも、胃がんの手術について検索してみるとホント、いろんな情報があります。少なくとも胃を全摘出すると、やはり食事がとれなくなり、体力や筋力がガクッと落ちて、余命が逆に縮まるケースはあるなー。まあ、父は胃を半分残せるので、賭けの確率としてはよい方に転びそうではあるけれど。

 ♪何につけ 一応は 絶望的観測をするのが癖です♪(中島みゆき「あした天気になれ」より)

 ふふ。
 古い歌を思い出しちゃったわ。

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2017.07.29

来たぞ、体の通信簿

 暑くなってきたので、完全無欠コーヒーをやめて、オルビスのプチシェイクにしたとたん、順調に落ちていた体重がリバウンド^^;
 今週は完全無欠コーヒー復活です。
 新糖質制限ハンドブックも買ったしなー

 6月の末に受けた健康診断の結果が返ってきました。
 私の総合判定はF。
 Aが異常なし、Bが差支えなし、なので、知らない方はFってなんじゃいな、と思いますよね。

 Fは「主治医の指示に従ってください」です。

 私は、2017年7月現在、血圧とコレステロールを下げる薬を服用中。
 両方の数値は薬を飲んでるから基準値の範囲内に収まっていますし、子宮筋腫も特段の治療はしてないけど、一応医者にかかってるしな。

 血圧とコレステロールはやせないと改善しません。BMIと腹部超音波がC、「要生活注意」。軽度脂肪肝が久々に出ました^^;
 ネットで調べた医師の記事によると、肝臓の脂肪は糖質制限で改善するそうなので、まあ、ダイエットももちろんですが、脂肪肝の改善のためにも、糖質制限、がんばらねばなー

 ただ、今回、特に気になってしまったのはDⅠ「要観察」が2項目にでていること。
 一つは子宮筋腫なので、分かってるからいいんですが、もう一つは・・・これ初めて。胃のレントゲンで初めて「胃炎」が出ています。
 父も胃がんって言われたばかりなのにー。
 まあ、現在は特別な措置はいらないとのことで要経過観察ですが、これ、原因なんだろう。

 完全無欠コーヒー? 確かにすきっ腹にコーヒーはよくないんですが、胃痛には断食がいいという情報もあり、完全無欠コーヒーは半日ファスティングみたいなもんだから、胃にも悪くはないと思うんだけどな。
 
 少し検索してみると、どうもMCTオイルが胃炎にやや関連があるようです。
 実際に完全無欠コーヒーで胃の痛みが出る人はいるようで、これは大量の脂質を体が処理しきれないことで起こるのだとか。
 むむむ。MCTオイルは取りすぎると下痢するという話は知っていましたが、胃にもそんな影響があるのか・・・
 ダイエットに非常に効果的な油なんだけどな。
 というわけで、完全無欠コーヒーに入れるMCTオイルを少な目にしました。前は大さじ1、いれてたんですけども大さじ、3/4くらいにしています。

 完全無欠コーヒーは、今回の胃炎もそうですが、たまに、実践していると横槍が入ります。でもここ数日間を見ても確実に体重は減るんだよなぁ。
 それにね。

 今回、血液検査の結果を見ると、中性脂肪が昨年の101から今年は63と大きく減ってるんですよ。これはやっぱり、体が糖じゃなく、脂肪を使うモードに入っている証拠と見ていいような気がするんだよな。

 糖質制限は、朝ごはんは完全無欠コーヒー、晩ごはんは主食抜き、昼は普通に食べるという緩めの糖質制限です。晩ごはんがねぇ。けっこうきつい。サラダを食べたり、鶏肉を食べたり、いろいろがんばってはいますが、どうも物足りなくて。ローソンの低糖質パンを常備して、それをかじることが多いです。これは慣れもあるでしょう。体重が順調に落ちて、やる気があるうちに慣れてしまいたい。
 
 完全無欠コーヒー+糖質制限、引き続き実践していきます。
 一応、1年でマイナス10キロが目標。きっと運動もしなくちゃなんだよなぁ。

 この間、実家で久々にがっつりおにぎりとそうめんをいただきました。あー、糖質ってうまいー。
 いかん、いかん。引き続き節制、節制。


 

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2017.07.25

父の胃がん

 2017年7月15日に父から、健康診断を受けたら胃がんだと言われた、と連絡がありまして。
 本日(7月25日)に家族同席で説明があるとのことで、病院に行ってきました。

 いやぁ、健康診断を受けた話は聞いていて、胃にピロリ菌がいるらしい、と言っていたから、
「ピロリ菌って胃がんの原因になるんだよ」
 なんて言ってたら、ほんとに胃がんだったという、笑えない展開です。

 でも初期で自覚症状もないとのことなので、最近は医療技術も進歩したし、内視鏡でちゃちゃっと取り除けるのではないかと思っていました。
 実際、インターネットで調べてみるとこんな記事もあって、どうなんだろうと思ってたんだよなぁ。

 が、今日、父といっしょに病院へ行くと、がっつり手術するらしい^^;

 父の胃がんは胃がんには珍しく胃の上部にあって、上半分を切り取る手術をするようです。胃の入り口となる噴門(ふんもん)も切っちゃうみたい。
 それだと、逆流性食道炎を起こしやすいみたいなんだよなぁ。
 そもそも、胃が1/2になっちゃうわけだから、普通に食事とかできなくなる。
 一度にちょっとずつしか食べられなくなる。

 うーむ。
 まあ、だからといって切らないという選択肢はないにしても、セカンドオピニオンはしてみた方がいいかなぁと私自身は思ってましたが、父は、もう診断を受けた病院で切る気まんまん^^;
 セカンドオピニオンもあまり気が進まない様子だったので、とりあえず、私も医者の話を聞いてみることにしました。

 主治医は足組んじゃって、患者にタメ口の、軽そうなあんちゃん(笑)。
 ある意味では大物なのかも。
 ちなみに父によると、その総合病院では、5本の指に入る医師なのだとか。ほんとかよ。
 
 父の胃がんは検査の結果、転移がなく、ステージとしては1Aとのことでした。

 1Aで1センチ。だったら、内視鏡手術でいけるんじゃないの?

 そう質問すると、医者は
「それ、前にも説明したんだけどなー」
 とか言いながら、なぜ、内視鏡手術ではだめで、胃を半分切除しなくてはいけないかを説明してくれました。
(いや、家族も同席はこれが初めてなんだから、そこは何度でも説明しましょうよ、あんちゃん)

 父の胃がんは、ステージこそ1Aではありますが、医者いわく
「顔つきが悪い」
 のだそうです。私なりにその言葉を解釈すると、つまり、腫瘍の写真を見た感じからして、質のよくないがんぽいのです。
 医者は「未分化がん」だと言っていました。

 あとでネットでも調べてみると以下のページが見つかりました。

「未分化型と分化型の胃がん」

 うん、こりゃ、質悪いわ。

 父の胃がんの写真も見ましたが、確かに隆起型ではなく、凹型でした。
 
 そうかー。

 というわけで、父の胃がんはステージは1Aだけど未分化がんなため、胃切除は必須らしいです。ま、しょうがないか・・・私としても、一応納得。
 部屋を出てから、
「もうラーメンとか食べられないよ」
 と父に言いましたが、父は、もうそれはいいと言ってました。

 ものを思うように食べられないってけっこうつらいんだけどな。
 でも、医者いわく、切れば治ることが分かってるんだから切らない術はない、と。

 まあねぇ。
 本人が納得してるし、いいのか。
 胃がんは早期発見で、外科手術で切除すればほぼ完治するらしいです。がんはね。

 父は今年、誕生日が来ると、77歳になります。
 昔はヘビースモーカーで、胃がんは喫煙も原因らしいから、なっちゃったものはさもありなんです。

 ただ、残りの人生を思うように食べられないで過ごすか、それとも…って選択なんだよな。

 私が、もし自分だったらどうするかなぁ。
 なるべく胃を切らないで済む方法を探すんだけどな。
 
 ちなみに腹腔鏡手術にしてくださるそうで、そりゃよかった。
 それもできないんだったら、病院、変えた方がいいと思ったんだけど。

 後遺症の説明もして、現状を正しく認識して、それで本人が納得してるんなら、手術だな。
 もし万が一があっても、自分の選択なら納得できるよね。
 私でもそうだ。
 自分でそれを選んだなら後悔はしないよ。
 どうもそこは私と父は似ているようです。

 大事なのは手術のあと。どんな生活になるのか、分からない。案外、何でもないのかもしれない。
 でも、食べられないことがストレスで急速に弱っちゃうかもしれない。
 それは誰にも分らない。

 父の場合、手術の前に「痩せて下さい」と医師に言われちゃってねぇ。
 せめて手術の前においしいものを食べてほしかったんだけど、それもそうもいかないのがつらい。
 
 ま、がんばれ。応援するよ。
 
 手術は来月14日だそうです。 

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2017.07.24

一人暮らし事始め

 私は27才の5月に一人暮らしを始めました。

 職場は実家から通える距離にあって、それまでは実家から通ってたから通勤が理由ではありません。
 実家が嫌で、早く一人暮らしをしたかったわけでもない。

 私は2017年7月現在、独身で、高校時代の女友達も結婚してない友人が何人かいますが、みんな大抵、学生時代と同じで親と同居のままです。

 では私はなぜ一人暮らしをしようと思ったんだっけ?

 当時を振り返ると、それほど固い決意や一人暮らしをしたい必然性があったわけではありませんでした。
 ただ、自分よりも年下の後輩が一人暮らしをしているのを聞いて
「私にも一人暮らしができるな」
 と思っただけです。
 たまたまその後輩が当時住んでいた住まいが不便なため、新しい部屋探しをしていると聞いて、自分もそれに便乗して一緒に部屋探しをしました。
 結果、その後輩と同じアパートに住むことになり、一人暮らしが始まりました。
 もし、その「たまたま」のタイミングがなかったら、今でも実家で暮らしていたんだろうなぁ。

 一人暮らしを始めてみたら、それまでに思っていた以上に私は一人暮らしが性に合いました。
 もともと一人が好きだったしな。
 一人暮らしを始めた今からが本当の自分の人生だという気がしました。
 元々、そんなに束縛しない親ではありましたが、それまでは基本、親のいうとおりに生きてきたけど、これからは自分で何もかもを決める。
 そして、案外、私は一人でなんでも出来る力があったみたいです。
 母親には
「あんたに一人暮らしなんかできるわけない」
 と言われてましたけどね。

 私は一人っ子です。
 そんなに甘えて育ったつもりもないんですが、親からはそう見えてたのかなー。
 でも、このブログには何度か書いたことがありますが、子供の頃から母が年に何度も何ヶ月もうつで布団から起き上がれなくなることがしばしばあり、家は荒れ放題。
 私は自分でご飯を炊き、ワカメの味噌汁を作り、レトルトのハンバーグを温めたり、缶詰めを開けたりして食事をしていました。
 父はがよく晩御飯のおかずにラーメン屋で餃子をおみやげに買ってきてくれたなー。
 当時はコンビニもほか弁もなかったし。懐かしい。

 そういうわけで、一人っ子は一人っ子ですが、親に何でもやってもらった一人っ子ではないので、私自身には「一人じゃ何にもできない」という自覚はありませんでしたし、事実、そうでした。
 基本、私は一人で何でもできた。
 一人でできなかったのは結婚と子作りですね、やっぱ。

 今から思うと、27才ってちょうど普通なら結婚して家を出るタイミングですね。
 「今まで育ててくれてありがとう」
 なんて挨拶して家を出ればかっこよかったんでしょうが、当時はそんな自覚はなく、フラフラっと一人暮らし始めちゃったなぁ。
 そこから数年は、今で言う「コンカツ」もがんばってはいたんですが、もらってくれる相手に巡り合えず、そのまま年とっちゃった。

 でも当時も、結婚願望はなかったんだと思います。
 誰かに頼ったり甘えたりするのは苦手。
 甘えられるのも嫌い。
 コンカツしたのは「結婚」するのが当時は当たり前だと思っていたからで。

 私は、一人でいるときが一番ほっとできる。ありのままの自分でいられる。誰にも自分に係わってほしくない。傷つきたくない。そういう思いが人一番強い人間です。
 臆病者だし、コミュ障なのかもしれない。何より自分に自信がない。
 一人で自分のことは何でもできるけど、人のことはできない。
 相手の望むとおりの自分でいられないことで怒られたり叱られたりするのが怖い。

 結婚するような相手と巡り合わなかったのは「だから」でしょう。

 こういう対人関係が苦手な感じは今もあってずっとこれをなんとかするのがライフワークだったわけですが、それを克服できなくても、私は仕事ではそれほど困りませんでしたし、友達にも恵まれました。

 そして私の目の前に「インターネット」が登場する。
 リアルなコミュニケーションは苦手ですが、子供の頃から読書が好きで作文が得意だった私にとって、インターネットのコミュニケーションというのがどれだけ向いていたか、これを読んでいる皆様には想像がつくでしょうか。
 私はそこで交友関係を広げ、ブログを始め、今に至ります。

 楽しかったな。
 そしてそれは今も同じ。
 一人というのは本当に自由です。やりたいことはなんでもできる。
 海外旅行にもずいぶんいったし、3.11の後は仕事で復興にも携わることができ、いい半生でした。

 子供は大人になると、結婚して家を出て行くのが一つのパターンですが、結婚しなくても家を出るのがいい場合もある。
 私はそのパターンの一つなのかもしれません。
 もちろん、今の時代は一人一人、あらゆるパターンがあって、私のケースが当てはまらないこともたくさんあるのでしょうけど…

 一人暮らし、楽しいですよ。
 何より自分で自分の生き方を決められるのがいい。
 楽しかった、幸せだった、と言えるのは、自分で自分の思うとおりの生き方をできたからです。

 この人生も折り返しを過ぎてからしばらく経ちました。
 これからはどうしようかなぁ。
 このままずっと一人でいいけど、それには一番に健康第一。
 年をとるのは仕方ないので「ソフトランディング」がテーマです。
 
 でもきっとどうなったとしても、それが自分の選択だから悔いは残さず人生を終えることができそうだな。
 それが今の私の一番の誇りです。

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2017.06.13

ひとりでも『孤独』ではないわけ

40年ぶりに連載を再開した萩尾望都の「ポーの一族」を読みたいためだけに買っている小学館の月刊フラワーズで、先日、こんな話を読みました。

ゴミから生まれた醜い妖精のお話。
妖精からも人間からも嫌われてひとりぽっちで暮らしています。
「さびしいよう、さびしいよう」
と独り言を言っていました。

そのお話では、妖精が生まれた時から見守っていた人間の女の子が、その妖精と友達になって…と続き、まあまあハッピーエンドになるのですが。

ちょっとひっかかりました。
こういう昔話って子供の頃、よく読んだ気がするんですが、
「醜いために人から嫌われて、誰にも見られないように一人でひっそり暮らす」
それって私? みたいな。

いや、今の時代、けっこういますよ。
人より秀でた才能もなく、見た目もたいしたことなく、だから社会の片隅でひっそりと一人で暮らしている人って。
てか、それが「デフォルト(標準設定)」なのでは?

子供の頃、そういうお話を読んでいた頃は、
「醜い妖精、かわいそうだなぁ。見た目はよくなくてもいい妖精なのになぁ」
なんて上から目線で(笑)そういう妖精のことを認識していました。
で、大体こういうおとぎ話は、醜いからって邪険にした人間にはバチが当たり、美醜に関係なくやさしくした人には思いがけない幸福が訪れるという王道ストーリー。

「何事も見た目じゃないんだな。私は誰にも平等に優しい人になろう」
という教訓が刷り込まれます。

しかし、大人になった今、こういう物語を読むと、ちょっと現実は違うんじゃないか、と。

子供の頃って、自分がまさかその妖精側になると思ってない。
自分はお姫様のような何か特別の存在で、誰にでも平等に優しく、要は清く正しく生きることで、いつか夢のような幸せになれると思っている。

そんなの「思い込み」でしかないよなぁ。
清く正しく生きたって、別にそれだけで、天から素晴らしい幸せが降ってくるわけじゃない。

…ということに今頃気づきました(苦笑)。
というか、「それだけで天から素晴らしい幸せが降ってくるわけじゃない」のは少し前から分かってはいましたが、それ以前に自分が信じていた物の正体にね。

私は、誰にも迷惑をかけず、悪いことをせず、人には親切に、贅沢をせず、つつましく生きていれば、いつか幸せになれると思っていたんだなぁ。

それが間違っているとは言いません。
実際、今、私は幸せですもの。
ただ、それっておとぎ話のお姫様のような「幸せ」ではないな。

「ひとりでひっそり誰にも支配されず、自由に生きる幸せ」
です。もちろんこれも悪くないんですけど^^

少し前に

「何をどうすればよかったのだろう」

という記事を書きましたが、世の中で結婚できない(しない)男女が増え、少子化が進んでいるという問題の根幹には何か大きな勘違いがあったのではないかという気がしています。

「勘違い」というか、「価値観の転換」というか。
私が子供の頃は普通に信じられていた価値観が変わってきている。
最近は当たり前のように、
「待っているだけでは結婚はできない」
と言われて、結果、手遅れになっている男女には容赦のない非難が集まりますけど、昔はそもそもガツガツ、コンカツなんか誰もしなかっただろうしなぁ。
それでもその時代は男女が適齢期になれば結婚するのが当たり前だったので、それこそ「自然に」結婚していったわけですが、今は全然違う。

言うまでもなく、今は結婚は、しなきゃいけないわけではないので、しなくても幸せならそれはそれでいいんですけど、ただ・・・

正直に言うと、子供の頃から、今みたいな幸せを目指していたわけではなかった。
やっぱり一人ではなく、信頼し合える誰かと二人で人生を生きてみたかった。

それって、私だけではなく、全員とは言わずとも、世の中の結婚していない男女の多くの人の願いだと思うんですよねぇ。

じゃあ、どうすべきだったんだろうと私は思うわけですよ。
私は別にもういいけど、これからの世代のためにね。

ガツガツ婚活すりゃいいってもんではない。
もっと的を射た解が何かあるのではないかと。

・・・
・・・
あら、まずい、タイトルで書こうと思ったことと違ってきちゃったわ。
「結婚する人を増やすためにはどうすればいいか」はまた考えることにして、今日、書きたかったことに話を戻します。

ひとりで目立たないように世界の片隅でひっそりと生きている妖精が、思わず自分とだぶってしまった私ですが、この妖精のように
「さびしいよう、さびしいよう」
なんて思って毎日を生きてはいません。

「孤独」ってのは人間を蝕むらしいですが、多分、私がひとりで幸せなのは「孤独」ではないからだろうなぁ。

もちろん毎日仕事にいっていますが、仕事があっても孤独な人は孤独です。
けど、物は考えようというか。

これはある意味、私の哲学なのかもしれませんけど…
人って一人では生きていないのですよ。
たとえ家族がいなくて、毎日、晩御飯はコンビニで買って一人で食べているとしたってね。

コンビニで買ったサラダやパンは誰が作ってくれたんだろう。
さらに野菜や小麦は誰が作ってくれたんだろう。
今日は電車に乗って会社から帰ってきました。
電車は誰が運転してくれた?
テレビにはいろいろな人が出演しているし、
ニュースは世界のいろいろな出来事を知らせてくれる。
このパソコンの向こう側には多くの人がいる。
ツイッターにはたくさんの人の思いが綴られている。

なんというか…一人だけど一人じゃない。
ちょっと手を伸ばせばそこに誰かがいて、私を生かしてくれている。
生かされている。

だからね。さみしくないんですよ。

あのひとりぽっちの妖精は道端に咲くタンポポとか雑草たちの花を見たことなかったのかなぁ。

私は一人でどこへでも出かけていきます。
まだ見たことのないものが世の中にはたくさんある。
私はここにいてそういう世界の全てと一緒に生きている。

本当の意味で、私はもう「おとぎ話」からは卒業したのかもしれない。
一人で生きていけることが大人になるってことだものな、うん。
ホントに、「今更」な話ですけどもね。

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2017.06.06

「村じまい」を考える時期なんじゃないか

こんな記事を読みました。


【滅びと戦う 6割が高齢者の村】
3人に2人が高齢者、群馬県南牧村から人が減った理由

私は女性ですが、結婚せず子供も産まなかったので、少子化の戦犯だという意識があり、もうずいぶん前からこれからの人口減少時代をどう私達は生きていけばいいのか、ということを考えてきました。
私の場合、兄弟もいない一人っ子なので、私の代で終わりです。
父も母もそれぞれ兄弟はいて、いとこはいて、その子供もいるので、血筋が絶えるってことはないのですが、私の後はいない。
つまり、お墓も家も何もかも私が片付けてこの世を去るしかないということ。
終活が大事です。
これは私だけでなくて結婚していない人は激増していますから、自分の生きてきた人生を上手にお終いにする情報や技術は、今の時代に多くの人に必要なことなのだと思います。

同様に。
人口減少で地方の村や町は存続の危機に直面することは明らかです。
もちろん、誰だって自分の生まれた故郷がなくなるなんて嫌でしょう。
でも嫌だといっても、それを避けることはできない。

地方でいかに若者を増やすかって対策を立てたところで、都市部でだって人口は減って高齢化は進むんですから、パイの奪い合いでしかない。
限られたリソースを狭い日本の国土で奪い合ってどうするんだ、という気がします・・・

自分の代で家族が途絶えることをもうずっと前から覚悟してきた私は、いわば、滅び行く村の最後の1人のようなもの。

この村でどんな営みがあって、みんながどんなふうに生きてきて、どこからきて、どこへ去ったのか、誰もいなくなったら忘れられてしまう。
人がいなくなるのはもうしょうがないことなんだけど、ただなくなってしまうのはさみしくないですかねぇ。
記事で南牧村が昔は栄えていた様子などを知るとより一層そう思ってしまいます。

私が東日本大震災の復興支援でよく訪れた、岩手の三陸沿岸の町も「生滅可能性」が高い地域として挙がっていました。
ただいたずらに町や村の間でなかなか有効な手も打てないままにジリジリと人口が減っていく。

人口が減れば、これまでどおりの行政サービスは維持できなくなっていくのだから集約化を図るしかない。
広い地域に数世帯が点在するような場所は、公の手が行き届かなくなっていく。
それを「見捨てられた」と表現するのは簡単だけど、実際問題、サービスを提供する側の人口がどんどん減って、サービスを受けたい方が増えてしまうのだから、どうしようもないよなぁ。

そう考えると、やはり地域も「終活」が必要なんじゃないかと。
必要なら、公共サービスの効率化のために移住も選択肢の一つで。
移住されたら、移住された側の村がなくなってしまうからと無理矢理にでもそこに住んで欲しいと考えるのが今のそれぞれの「地方」なんでしょうが、それももう限界に近いのでは。

「居住移転の自由」は無論、憲法第22条に定められた私達の権利なので、どこに住みたいか、選ぶ自由があるんですけど、住みたくてもそこにもう生活の母体となる買い物をするところもなければ、病院も銀行もないなんてことになったら。
そういう状態になってしまったことを行政の責任にしても、日本全体そうなんだからしょうがない。
そうなったらなったで、その環境でどう個々人がベターな選択をし、地域を作っていくのか、考えるしかないでしょう。

何度も書くようですが、私は私の代の「最後の1人」なので、どうしてもそう思ってしまいます。

私はいなくなっても誰かが続いていけばいい。
あの村がなくなってもあの村の記憶は誰かが覚えていてくれればいい。
変化しないものはありませんからね…

地域にも「終活」を。できることなら前向きに「村じまい」できたらいいのにな。

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2017.06.05

糖質制限にチャレンジ

4月に腹部の鈍痛で婦人科を受診したところ、けっこう大きめの子宮筋腫が複数発見され、
「手術ですね。ウチは手術はやってないので紹介状を出します」
ということで総合病院にまわされました。

手術~!?

文明も進歩したのでこのくらいの手術は開腹しないでもチャチャッと2~3日の入院で済むのかと考えていたらとんでもない。
年齢も年齢なので、手術するとしたら開腹による子宮全摘。
医者にしたら、そう難しくない手術で命に関わることはないそうですが、患者の側にとっては、さすがに開腹なんかしたら体に負担はかかり、入院から社会復帰できるまで1ヶ月はかかるようです^^;

「手術したいですか」
と医者には聞かれました。

子宮筋腫は女性にはポピュラーな病気で、ネットで調べると、体験記から医者が患者の相談に回答する形で解説しているものまでいろいろヒットします。
え? ネットで自己流の知識で判断するんじゃなくて、医者に聞け?
いや、医者自身が「ネットで調べてみてね」っていうんですもん。そりゃ言われなくても調べます。

調べて分かったのは、子宮筋腫があっても摘出しなくてはいけないわけではなく、たとえば貧血だったり、生理痛がひどくてなんとかしたかったりするなら、手術したほうがいいケースもあるということ。表にどんな症状が出ているかによって、手術するかしないかは判断するわけですが、それを決めるのは医者ではなくて、患者自身だということ。

いくら難しくない手術といっても癒着などの副作用がないとは言い切れないわけで、リスクはそれなりにある。
さあ、どうしますか?ってことです。

・・・手術したいわけないでしょー。しなくて済むならしませんってば。

そう言ったら医者は
「手術して筋腫をとってみてみないとホントに良性かどうかは分かりませんけどね」
なんてことを言います。

そうかもしれないけどさー。さんざん、めんどくさそうに「手術ねー。今、予約いっぱいなんだよねー」なんて言っておいてなんだよー。
ま、医者なんて大体そんなもの。自分の体なんだから自分で判断するしかないんだよな。

というわけで手術はしない、一択。となると腹部の鈍痛をなんとかしなければなりません。

痛み止め薬も出たんですが、以前、歯が痛かった時に断食したら治った経験があったので、試しにゴールデンウィークで休みなのをいいことに断食してみました。そしたら、果たせるかな、腹痛が消失しました。
元々「鈍痛」だったので、のたうち回るほどの痛みではなく、生理前に重苦しくなる、嫌な感じだったんですが、いやぁ、痛くないのって素晴らしい。

断食することで腹痛がなくなることが分かったのと、仮に手術をするんだったらやせろという医者の指示があったこともあり、毎度のことでもう何度目かは分かりませんが、またまた、本気でダイエットをすることにしました。

チャレンジするのは、断食+大流行の糖質制限。
ただ、それだけでは休みはともかく普段は仕事にならないので、以前、やってみたことのある「完全無欠コーヒー」と組み合わせることにしました。。
「完全無欠コーヒー」についてはメタボ指導をしてもらっている保健師さんから全否定を喰らって以来、ちょっとお休みしていました。朝食にグラスフェッドバター(牧草で育った牛の乳で作られたバター)とMCTオイル(ココナッツ由来のオイル。いろいろと体にいい効用があるようです)を入れたコーヒーを飲むという健康法なんですが、頭が冴えると評判で、実際、やってみたら確かに頭がすっきりします。
保健師さんが反対するのは、バターコーヒーはカロリーが高く、カロリー制限と対極だからなんですけど、「完全無欠コーヒー」で摂る脂質は体にいい油ですし、そもそも糖質制限はカロリーはあまり関係ありません。

「完全無欠コーヒー」は「断食」と同様の効果を狙うものです。
ごはん(糖質)をとらないので血糖値が上がらず、食事はとってない状態。
でも、脳に必要なカロリーは、質のいい脂質で補給する。

糖質制限がいいのか、「完全無欠コーヒー」の効果なのか、その両方なのかはわかりませんが、続けていると、体重は着実に落ちてきています。

しかし・・・私、バターコーヒー飲んでもすぐお腹が空いちゃうのよねえ。
お腹が空かないというのが「完全無欠コーヒーのウリなのに。
調べてみると、肥満の人っていうのは、「レプチン」という満腹中枢を刺激するホルモンに抵抗性が出てしまっていて、満腹を感じにくい体になっているそうですわ。

(引用開始)「タニタの健康応援ネット」より

肥満の人はレプチンを受け取る「受容体」が反応しにくくなってしまう(レプチン抵抗性といいます)ことがわかっています。常に剛速球のボールが投げ続けられすぎて、受け取るキャッチャーミットが壊れてしまったような状態です。つまり肥満の人はレプチンから「満腹」サインがたくさん出ているにもかかわらず受け取ることができずに、食べ続けてしまう→更に太る→更にレプチン受容体の感受性が鈍くなる→更に食欲抑えられず太る・・・という悪循環に陥りやすいのです。
うう。怖いですね(><。)。そしてある程度痩せればレプチン抵抗性は改善されるのですが、これがすぐに治るかというとそうではなくて、少しタイムラグがあるようなのです。

つまりダイエットで体重が減っても食欲を抑える作用がすぐには戻らないので、食欲は亢進したまま、という状態が一時的にできてしまうのです。この食欲亢進状態に屈してしまうと「リバウンド」を招くのですが、この窮地(?)を強い意志で乗り越えることができれば、そのうちレプチン抵抗性は改善し、食欲を抑えるように働きます。そこまで来ればもう無理しなくても自然に食べ過ぎたりしなくなってかなりラクになってくるそうです。

(引用終わり)

キャッチャーミットが壊れている…このたとえが大変分かりやすいです。
私は過去にリバウンドも体験しているし、そもそも体脂肪蓄積も半端じゃない。
完全に満腹中枢がぶち壊れているんだよなぁ。

満腹中枢がぶち壊れている人は「完全無欠コーヒー」があまり効かない。
普通は、朝、カロリーたっぷりのバターコーヒーを飲めば昼過ぎまで、空腹感じずに過ごせるらしいのですが、私は全然だめ。
朝、「完全無欠コーヒー」を飲んだ直後からご飯やパンが食べたくて仕方ありません。糖質、欲してんなぁ。

しかし、お腹が空いたからといって糖質を取り過ぎると、例の腹部の鈍痛を始めとして体調が悪くなる。
完全無欠コーヒーを飲んだ後の「頭の冴えた状態」の気持ちよさも実感しています。

これが「バイオハック」なんだな。
「完全無欠コーヒー」は、厳密に言えば単なるダイエット方法ではなく、完全無欠な体を手に入れる方法の一つです。著者が自分の体に真正面から向き合って発見したアイデアだそうで。

要するに、一番大事なのは自分の体の状態ときちんと向き合う(ハックする)こと。
何を食べると元気になり、何を食べると体調がよくないのか、ちゃんと理解すること。
理解できれば、健康を維持することができます。
人間の体には個体差があるから、何がよくて何が悪いのかは医者よりも保健師よりも、本当は自分が一番よく分かっているはずなのよね。

私は概ね元気ですが、高血圧、高コレステロールの診断が出ています。
薬で改善はしていますが、できれば薬は卒業したい。
何よりやっぱりやせたいな。手術のためでなく…やっぱ見た目よくないもん。

あまり高い目標を立てても実現できないので、とりあえずは、今の、完全無欠コーヒー+緩い糖質制限を続けて、マイナス2キロを目指します。がんばろう。

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2017.05.26

100年後(2117年)の日本

・寿命をコントロールする遺伝子が発見され、人類は不老を選択できるようになる。

・病気はなくなりはしないが、病院に行けば全て治るようになる。

・体重をコントロールできるようになり、みんなが標準体型になる。

・食事はカロリーメイトのようなものになり、今のような食事は贅沢品となる。

・不老不死が実現したので、子供はいなくなっても問題はなくなったが、社会の新陳代謝をどうするのかが世界的な議論となる。

・体外受精、体外出産が実用化する。子供を求める夫婦は専用施設に精子と卵子を提供すれば、施設で赤ちゃんが生まれ、夫婦に渡されることになる。

・子供は普通の町にはいなくなる。子供を育てる夫婦とその子供は「養育特区」に集められてそこにしか子供はいない。

・しかし学校は現在と同じようにある。大人が通うようになる。

・単純労働はほぼロボットが代行するようになる。

・車、飛行機、鉄道など、全ての移動手段が自動化される。

・スポーツや芸能、芸術、娯楽の提供、などが人の仕事になる。

・働かなくても、衣食住には、基本、お金はかからず生きて行かれるようになる。

・死にたい人は死ぬことを選択できるようになる。合法的に安楽死できる薬を処方してもらえる。

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