2018.04.19

セクハラの定義ってけっこう難しいね

財務事務次官と新聞記者のセクハラの件。

性別に限らず、取引先と親密になって、仕事をとることってよくありますよね。

本当は飲みたくない酒を飲み
本当は行きたくないゴルフに行く・・・
そういう「接待」は今も一般に行われているんじゃないかな。
(公務員はそもそもそういう接待を受けてはダメだけど)

で、それとはまたちょっと違うんだけど
着たくない水着姿になって写真を撮らせたり、
個人的には親しくなりたくないファンとの握手会をするのもよくある話。
この二つは、まさに「仕事」そのものです。

つまり、個人的な感情に従えば嫌なことを
仕事である限りやらざるを得ないということがあった場合に
それを強要されることを「セクハラ」と呼ぶと
「仕事って何?」
ってことにならないだろうかって考えていました。

または、こんなことも考えられます。
たとえば記者と、対する取材対象の場合。
相手が男性なら、一緒にお酒を飲んで、本音トークをできるけど
お前は女性だから、一緒にお酒を飲んだらセクハラだと思われるので、お前とは食事も酒も一切同席しない、
と取材先が言ったらどうなっちゃうのでしょう。

「女性だからって拒否られた」
これが逆にセクハラなのかしら。
取材を受けてもセクハラ、取材を受けなくてもセクハラ。
これじゃ、困るんじゃないかな。
アンビバレンツだよね。

一般の会社で、一緒に仕事をしている女性に対し性的な発言すればセクハラになるし、女性であることを理由に仕事に差を付ければ女性差別になります。仕事と直接の関係がないからですよね。

でも、水着撮影や握手会は、女性が内心どう思っていようと仕事だからセクハラではないのかもしれない。
セクハラとか言い出したら、それを仕事にしている女性自身が困ってしまうでしょう。

同様に…もし財務事務次官がキャバクラで
「おっぱい触ってもいい?」
と言ったら、言われる女性は仕事だからセクハラではないのかもしれない。(セクハラだといういう人もいるけど)
バーでママにふざけて言ったとしてもセクハラじゃないような。
仕事だから。

じゃあ、記者が取材で男性である財務事務次官と二人きりで食事に行き、そこでそう言われるのは?
うーん…白ではないけどけっこうグレーじゃないかな。

多分、相手は酒を飲んでいるんだと思います。
酒の席の発言を録音し、セクハラだと週刊誌に売るのは卑怯な気がするし、取材対象と二人で食事に行き、酒を飲ませ、そこで本音を引き出すやり方はいわゆる「デート商法」に近く、そういう取材の仕方がそもそもおかしい。

新聞記者ってそういう仕事の仕方が普通なの?
セクハラだと訴えるならそういう取材をさせるテレビ朝日の方が問題なんじゃないのかな。

女性が、記者だからといって取材する相手に「おっぱいさわらせて」だの「浮気しようよ」なんて言われつつ仕事をしなくちゃいけないことには同情します。

でも、もしそれをやめさせて、女性記者を守るなら、男性の取材対象に1vs1で食事とか、酒飲みにいかせちゃいけないし、それじゃ仕事にならないっていうなら、仕事そのものがセクハラのような気がする。

まあ、でもそれを言ったら、女の子に水着着せて写真撮って売るのだってセクハラだしね・・・

うーん???

財務事務次官をかばう気持ちはあまりないけど、酒飲んだプライベートの席での醜態を公にされて、セクハラだと責められるのはもし自分がその立場だったらと考えると・・・ねぇ? 
いかがなものでしょうか。

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2018.04.14

一目千本桜 -2018-

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 宮城県大河原町の一目千本桜を見るのはこれで2回目。
 一度目は仙台在住時でしたが、今回は埼玉から新幹線で仙台へ。そこから東北本線で30分下り、大河原町へ。
 それでも8時に地元を出れば10時半に大河原に着きますので、今回も日帰りで見に行くことができました。

 2018年4月8日の桜です。関東から2週間遅れて、仙台では桜満開でした。
 前回、仙台から行ったときも満開だったのですが、天気がよくなくて。今回も快晴ではありませんでしたが、桜と蔵王のコラボを見ることができました。写真はこちら。

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 写真で見るよりも現地で見る方がやっぱり素晴らしく、ほんと、絶景でした。

 最後に満開の様子をもう一枚アップしておきますね。

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Toshi Yoroizuka2017

Pic0003c3_2  約1年前になってしまいますが、また六本木の東京ミッドタウンの鎧塚さんのお店にいってきましたので、写真をアップしておきます。
 2017年5月4日でした。毎回、ブログにアップしておくと、記録をさかのぼる時に便利なのです。

 いえ、実は、また今年もGWに行こうかと思っているので、
「そういや、前回のをブログに書いてないなー」
 と思って、やっぱり、ちゃんと載せておこうと。
 最初の写真はピスタチオのアイスクリームが上にのったミルフィーユ。私がオーダーしたような気がします。

 下の写真は、友人オーダーのフォンダンショコラです。
 過去記事をさかのぼると、私は前もミルフィーユをオーダーしているし、友人もフォンダンショコラをオーダーしてるなー。まあ同じ人なので、当たり前ですが、頼む時はすっかり忘れているのよねぇ。
 今度いったらどうしよう。たまには違うのも頼みたいとも思いますが、結局、年に1、2度、せっかくいくなら、自分が一番食べたいものを、と思うので、結局同じのになっちゃうのかなー。

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2018.04.07

poem(120)

「どうかよろしく」

一人で作って一人で食べるごはんもおいしいけど
外食でとびきりおいしいものを食べるなら
きみと二人がいい

行く先は自由きままに決めて
夜はビジネスホテルのシングルでのんびりする
一人旅もいいけれど
きれいな桜や雄大な山々や
きらめく湖畔のホテルでゆっくり過ごすなら
きみと二人がいい

他人といると緊張して
自分が相手にどう見られているかばかり気にしているけど
きみといたら一緒に笑えたし
きみとの旅はリラックスできた
きみが笑ってくれると私も楽しかった

自分よりも大事な誰か
自分が美味しいものを食べるよりも
きみがおいしいと言ってくれる方がうれしい

そう思えることがまさか私にもあるなんてね
一生に一度でもそう思えたことがあってよかった
一生に一度でもそう思わせてくれてありがとう

感謝の言葉はもうきみには届かないけど

神様 
私にそんな喜びをくれたあの人を
どうかよろしく

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2018.03.31

桜2018

 武蔵浦和で電車を降りて、桜並木を通って別所沼公園まで。
 2018年の桜はかなり早く咲いて、もう散りかけでしたが、公園にはまだ見ごろの桜が残ってました。

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2018.03.14

原発反対は感情論か

「原発反対派の反対の理由は感情論でしかない」

 という主張をネットで見ました。いわく

「事故が起きれば『原発は危険。やめよう』となる。でもそれはまちがい。
 たとえば自動車事故で多数の死者が出ていたって車をやめようとはならない。
 それは車が社会にとって必要だからだ」

 読んでいて、これはどちらかというとロジック(論理)の話ではないかと感じました。

〇事故が起きると誰でもその事故の原因となるものは危険なのでやめるべきと考える
〇しかし車で事故は起こっている
〇なのに車をやめようと思わないのは社会にとって必要だからだ。
〇だから原発もやめるべきではない

 ある事象に対して、
「いや、それだったら他のこういう例はあるだろ。こっちがOKなのになぜこっちはだめなの? ダメなわけないだろ」
 という意見はしばしば出てきます。

 たとえば、私も以前ツイッターで

〇A国が核を持った。だから日本も自衛隊を軍隊と憲法で明確にし、自分の国は自分で守れるようにならなくては。

 という主張に対し、

『銃を使った犯罪があったとしても、国民はみな銃を所持して自分の身は自分で守るべき」とはならないのでは』

 という意見を書いたら、

「国民の銃の所持を認めていない国でも軍隊を持っているところはあるじゃないか」

 という反論をもらったことがありましたっけ。
 ふむ。

 論理学としては、各論で結論を導こうとしてもダメってことなんだろうな。

 としたら、ここは帰納法でいきますか。
 帰納法とは、複数の事象をもとに1つの結論を導き出す手法です。

 たとえば最初の事故の例。事故を起こすのは原発と車だけでなく、
〇飛行機
〇電車
〇船
〇自転車
 なども死亡事故はあります。いずれの場合も、事故があったとしても、なるべく事故を出さないように安全対策をとることで、安全に利用することが妥当であるとされています。事故があったって、そうした交通手段を放棄しようとはならない。

 うん、こう書くと確かにそうなんだよなぁ。
 帰納法で複数の事象を見ていくと、事故=やめる、というのではなく、事故があったとしても、そうした事故を二度と出さないように気を付けることで、引き続き利用していくのが普遍的原則なのかもしれません。

 ただ論理的にそれが正しくてもやっぱりひっかかるんですよね…原発に反対する理由は「事故」のリスクだけではないからなぁ。
 車や飛行機と原発には根本的に異なる点があります。
 ある意味、反対派の主張はほぼこれに尽きる。
 それは「放射性廃棄物」の捨て場所がないということです。これは事実で、原発賛成派も当然分かっている話です。

 捨て場所がないのに、原子力発電を続け、「放射性廃棄物」を出し続けていいのか。
〇放射性廃棄物を捨てるところがない
〇わかっていて原子力発電を続ける
〇今必要なエネルギーのために、未来へ大きな負債を残すことになる。

 これを賛成派がどう考えるかというと
〇海洋投棄
〇地中に埋める
〇宇宙に捨てる
 そのどれかなのですが、地中に埋めたとして、いずれそこはいっぱいになりますよね。
 放射性廃棄物が無害になるまでには10万年かかると言われており、今必要なエネルギーのために10万年の負債を残す。これはどう考えても、メリットとデメリットのバランスがおかしいような。
〇10万年も保管する必要がある廃棄物はごく一部
 そういう説もありますし、
〇10万年の間にいい処理法が見つかるはずだ
 という主張がありますが、未来に託すのはちょっと無責任だよなぁ

 10万年・・・途方もない未来です。10万年保管できる「地中」は今の地球にどれくらいあるのでしょうか。「海洋」も同様です。
 少なくとも日本にはないんだよなぁ。10万年単位で見ると安全な地層の上に日本はそもそもないので。

 だとしたら、宇宙に捨てる方がまだ現実的か、なんて考えてちょっと調べてみたところ…

〇軌道エレベータで太陽に捨てる、という話がありましたが、それは原理的に無理(太陽に命中させるのが困難)。
〇太陽に命中させるのが無理なら宇宙空間に放り出すという案もありますが、地球の重力、太陽の重力の影響下の外へ廃棄物を射出するのがコスト、エネルギーともにかかりすぎ現実的ではない。重力のくびきを逃れられないと、廃棄物は地球の周りもしくは太陽の周りをまわり続け、地球に落下する可能性もある。

 うーむ。これもだめだわ。
 ただ、もし「軌道エレベータ」が実現化するような未来が来るとしたら放射性廃棄物を捨てるためでなくこちらの可能性があるようです。

〇宇宙太陽光発電

 宇宙で太陽光発電すれば、天候には左右されないし、効率もよい。地上に電気を送るために「軌道エレベータ」を利用するのですが、調べてみると、送電は軌道エレベータに限らず、マイクロ波送電、ビーム送電という方法もあるようです。

 もし実現化すれば、そもそも原子力発電しなくてよくなります。

 としたら地球上で原子力発電が必要な期間というのは「過渡期」なのかもしれません。
 基本、日本には先に書いたように、原子力発電による廃棄物を安全に保管できる場所はないのですが永遠に増え続けるのではなく、「宇宙太陽光発電」実現化までの、たとえば100年だとすると、100年分だけの放射性廃棄物をどうにか保管すればいい。

 まあ100年限定なら、化石燃料でつなぐというのもありか。

 袋小路だった問題に多少、光が見えてきました。

 これからの時代、難しい課題の解決策を考えるのは、人類ではなく、AIという強い味方もいます。
 あらゆる条件やデータをぶち込んで、課題を整理し、実現には何が必要か。
 ヒトの脳は物理限界がありますが、AIにはそれはないし、大量のデータを全て記憶できる。
 AIを適切に使って、エネルギー問題を検討していけば もしかしたら、次の100年で解決策が見つけられるかも・・・

 「原発反対は感情論か」からずいぶん遠くまできてしまいました。

 「宇宙太陽光発電」が実現化するといいな。


 なお、原子力発電の廃棄物問題については、こんな記事を読みました。
 とても分かりやすかったので、このブログでもご紹介しておきます。

考え続けている。原子力発電は本当に危険か?

 この記事の中で引用している「放射性廃棄物が無害化するには10万年」というのがそもそも正しいのか、ということについても書かれています。
 私もまた考え続けよう 、とこの記事を読んで改めて思いました。

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2018.03.06

中島みゆき「相聞」

 みゆきさんのニューアルバム「相聞」をようやく買ってきました。
 1曲ずつレビューしてみようと思います。

1 秘密の花園

 「秘密の花園」というと聖子ちゃんの
 ♪だれも~しらない~ひみつの~花園♪
 を思い出すますよね。
 え? 知らない?
 いや、その…(-_-;) みゆきファンの年代なら知ってると思う(笑)。
  
 歌詞だけ読むとちょっとミステリアスで、谷山浩子の「まっくら森の歌」な感じなのかなぁと思ったりもしたんですが、聞いてみたら大迫力の歌だった^^;

 メロディラインも一筋縄ではいかない感じ。カラオケで歌うの難しそう。いっぺん聞いただけじゃ覚えられない。こんな歌、聞いたことない。

 ものすごく不穏で不安な感じが曲と歌詞に満載なので、聴き終わってなんかモヤモヤした感じが残る歌です。 何度も聴くとそれがクセになっていくのかも。 
 「眼の中の氷の欠片」はアンデルセンの「雪の女王」のエピソードですね。大好きな話なので、私はすぐにピンときました。


2 小春日和

 このアルバムの中では唯一、ほっとできる曲。
 素朴で、みゆきさんだと「時刻表」とか「ホームにて」のようなジャンルに入る歌。
 でも残念ながら歌詞は、タイトルのようなあったかい歌ではありません。
 小春日和=嘘のぬくもり

 だもんなぁ。

3 マンハッタンナイトライン

 歌だけ聞くと「マンハッタンナイトライン」って聞き取れなくて、なんて言ってるんだろうと一番に思いました。
 出だしが私は好き。

♪日本にはつながないで 今ごろは真昼の国
♪夜の中起きている流民たちにつないでよ

 とにかくめちゃくちゃかっこいい歌です。歌詞の背景や解釈を考えるよりも、まずは曲のかっこよさに惚れてしまいました。

 多分でも、この歌で一番みゆきさんが言いたいのは

♪逃げ帰る故郷などとうに無い

 だろうなと私は思います。古い歌ですが「異国」を思い出すなー 

4 人生の素人

 歌詞は素朴なんですが、やけに力が入った編曲になっていて、「恩知らず」や「荒野より」のような歌。
 もっと普通にギター一本でもよさそうなのになぁ。

♪見せたい海があるの 知らなかったでしょう

 この歌の中の「君」がそういうのですが、ここなんかついイメージとしては穏やかで遠い目をした儚い女性を想像してしまうんですが、みゆきさんが、こぶしをきかせて歌うので、イメージ粉々(苦笑)。

5 移動性低気圧

 みゆきさんはいろんな歌声を持っていますが、この歌は「病院童」とか「ナイトキャップスペシャル」系のかわいいみゆきさんの歌です。編曲もそんな感じで明るい。
 でも歌詞はやっぱり不穏。そもそも「移動性低気圧」って不穏ですからね。
 この歌も編曲でめちゃくちゃ変わるんじゃないかと思ってしまいました。
 歌詞と曲のギャップが面白いと言えるかも。

6 月の夜に

 このアルバムを通しで聞いて私はこの歌が一番好きかも。さびがキャッチ―なんですよ。一度聞くと忘れられない感じ。
 
 ♪月の夜に騙されて 涙を抱きしめる

 ・・・不倫とか愛人とか水商売のような実るはずのない不実な恋のイメージがします。
 つまりいわゆる「演歌」ぽい世界とでもいうのでしょうか。でも、演歌のようなドロドロした感じはなく、すっきり美しい歌です。

7 ねこちぐら

 タイトルと歌詞と曲のイメージがそのままの歌。「バクです」みたいな歌です。みゆきさん、かわいい♪
 でも、私はこの歌を聴くと「ねこのかわいさ」を思うよりも、どうしようもなくひどく悲しくなっちゃうんですよ。
 悲しくなるからあまり聞きたくないとまで思う。カラオケでも歌いたくない。
 「お月さまほしい」くらい絶叫してもらえれば、すっきりするんだけどなぁー

8 アリア-Air-

 サビののびやかで明るい部分とその前の不穏な部分が対照的。
 初めて聞いたのは、友人のカラオケだったのですが、その時から私には今一つ歌詞がよく分からないんですよね。
 一つ一つのフレーズは分かるのですが、そのつながりが分からないという感じ。
 でもきっとカラオケで歌ったら気持ちいいんだろうなー。

9 希い(ねがい)

 私の知る中島みゆきファンの中で、人気の高い歌。
 ただ、これも私は歌詞がよく分からないんだよなぁ。
 歌詞の中では「希い」とは何かは明かされません。

♪希いよ届け あの人の希い 
♪私の全ての未来と引き替えに ただひとつ

 うーむ。もちろん、聞いた人全てがそれぞれ解釈してよいということなんでしょうけど、私は想像してみてもその「希い」がどんなものかが想像つかなくて。

 何かを犠牲にして叶えるべき希いってなんだろう。
 もちろん、それを望む人もいるだろうけど、私は直観的にそれはかなえてはいけない「希い」なんじゃないかという気がしてならないのです。何かを犠牲にして叶うだなんて…それでもと望むことがあるとしたら…
 叶えられたとしても「私」も「あの人」も幸せにはなれないのではないかと。
 
10 慕情

 慕情については「何かを間違えるな」という記事で書いていますので、本稿では割愛致します。 


 ちなみに、2月25日のライブ、無事、終了しました。
 まだ録音を聞いていないので、どんな感じだったか分かりませんが、聞いていただいた観客の皆さまからはおおむね高評価をいただきました。
 コーラスだけのために演奏に参加したのは初めてだったのですが、なんというか、自分の声で一つの演奏に参加できるってよかったなぁ♪
 また機会があったら、コーラスしてみたいです。   

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2018.02.28

poem(119)

「再生」

やはり周囲がざわめきだすのは3月だ

新しい年が1月に静かに始まり
寒さに凍える2月が過ぎてゆき

何も動いていないように見えて
何も変わらないように見えて
不意に大きく動き出す

終わるものもあるけれど
全てが終わってしまうわけではない
そこから新しく始まる

つまり3月は「再生」の季節

私もまた
今年も古い夢に別れを告げて
春の訪れに始まりの歌を歌おう

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2018.02.21

「何かを間違えるな」

 2月は中島みゆきさんの誕生月で、それでというわけでもないのでしょうけど、2月25日(日)に立川のCRAZY JAMというライブハウスで「中島みゆきまつり」というイベントが開催されます。
 当然ながら中島みゆきさん本人が出るわけではなく、アマチュアバンドが3組出演し、中島みゆきさんの曲を演奏します。
 カラオケ好きで、クラシックギターをちょこっとかじったことのある私、これまでもたまに仲間とバンドで中島みゆきさんの曲を演奏することがあったんですが、今回、私の参加しているバンドもそのイベントに出演することとなりました。
 このブログでは書いたことがあるのですが、「Let’s play 中島みゆき」の略で「ぷれなみ」という名前のバンドです。
 
 いつも知り合いばかりのアマチュアバンドの集まりに参加して、お互いに腕前を披露し合う場で演奏するのですが、今回は、知らないお客様相手に有料ということなのでなかなか緊張する感じ。とはいえ、今回はベースは優秀なヘルプにお願いできたので、いつもの「なんちゃってベース」からは解放され、コーラスで、身の丈に合った参加ができそうです。コーラス、がんばります。

 というのが前置き。
 今回のライブで演奏する曲のうち、全くの新曲が中島みゆきさんの「慕情」という曲になります。TBSの昼の帯ドラマの主題歌だったので、知っている人もいらっしゃるかな。
 歌詞をちょっとだけ引用させていただきます。

(引用開始)
愛より急ぐものがどこにあったのだろう
愛を後回しにして何を急いだのだろう
甘えてはいけない
時に情けはない
手放してならぬはずの何かを間違えるな
(引用終わり)

 うーむ。
 なんかどきっとするんですよねぇ。
 この年になって言うこっちゃないですが、愛ってなんですかねぇ。
 どうも「後回し」にしてきた感が否めない(苦笑)。

 人を愛することよりも自分が生きてくることに必死だったな。
 自分が生きるには、誰かの愛に頼ることよりも、早く一人前に独り立ちして、誰かに後ろめたく感じなくても済むように、何もかも自分でできるようになりたかった。
 その願いは叶い無事に独立して一人で生きていかれるし、加えて、仕事やインターネットを通じて様々な新しい出会いがあり、私の世界は家の中だけでなく外へもそれなりに広がっています。
 持前の好奇心のせいか、旅行も好きですし。

 社会人として中堅になってきた7年前に起きた大災害が東日本大震災でした。
 福島から埼玉に避難していた双葉町役場の方々と一緒に仕事をし、仙台に住んで、岩手県の三陸沿岸被災地の復興の末端に係わり、私に何ができたのかは分からないけれど、災害からの復興には正面から向き合ってきました。
 それってとても大事なことだったと自分では思っています。
 埼玉に帰ってきて2年と5か月になりますけど、今でもやっぱり被災地を思うこと多いものな。

 ということで「今に至る」わけですが、やっぱ愛は後回しにしたかしら!?

 う~ん…いや、そうでもないか。
 だってそもそもこのブログが始まった2004年8月頃、私は大恋愛の真っただ中でした。片思いでしたけどもね。その相手である「心の恋人」へ直接伝えにくい、でも本当は伝えたい気持ちを書きたくて始めたのがこのブログ。

 うん、書いていて思い出しました。
 あら私の場合、ちゃんと愛は後回しにせず、最初にあったわ。
 今や「慕情」の歌詞でいうなら、
♪振り向く景色は~あまりに遠い~~
 ですけども。

 私は「慕情」の歌詞のようにもう一度始めからやり直したいとは思いません。
 その時はその時で一生懸命やってきたから。

 この一つ下の詩、「天命」で書いたようにむしろ関心があるのはこの先。
 もしかしたらこの先にまた新しい出会いがあることもあるかもしれないけれど、目先の寂しさに血迷って間違えないようにしなくちゃ。

…手放してならぬはずの何かを間違えるな…

 私にとって一番大事で手放してはいけないもの。それは…うん、今のところ大丈夫。
 そして、愛も後回しにせずちゃんと先に済ませてますから大丈夫(笑)。
 この先も焦らずに今を生きていきます。

 とりあえずは25日ですね。ライブ、がんばります♪

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2018.02.16

poem(118)

「天命」

もうずいぶんと前の若い頃に私
「いいお嫁さんになりそう」
と言われたことがあります

きちんとした職場に勤めていて
誰かに紹介するにはいいお嬢さんだったんでしょう
美人ではないですけど

ただ当時
私はそう評されることが嫌でした
人間、いつ病気になるか分からない
それにけっこうずぼらで怠け者
掃除も洗濯も毎日はしません
いいお嬢さんに見えるのはそう体面を繕っているから
それは本当の私ではない

結婚して一生一緒に生きていくのに
本当の私でない私を気に入ってもらっても
じゃあ私が病気になったらどうするの
離婚するの?

私は子供の頃から親や学校や友達や
他人に嫌われることが怖くて
外側の自分を取り繕って生きてきました
それは楽なことではなかった

取り繕う必要がないところにいたい
誰にも見られたくない
一人にしてほしい
それが私の本当の望み

結婚するなら本当の私を愛してほしい
でも嫌われるのが怖いから本当の私を見せられない

それじゃ結婚できるわけがないし
むしろ結婚は自分の望みとは反対
そして自分が不美人なのは知ってたから
自分の食い扶持は自分で稼がなきゃと就職し
あれから幾年月
一人で無事幸せに今を生きています

ただ 外側の私と本当の私
どちらも私なんだと気づいたある日から
その両者はだいぶ近づいてきました
今でも洗濯や掃除は毎日してないけど
ずぼらで怠けることは好きだけど
本当の私も自分で思うよりもいろんなことができるのが分かったから
「本当の私は何もできないろくでなしだ」
と思わされてきたのはどうやら何かの「呪い」だったらしい

呪いを乗り越えるのにずいぶん時間がかかっちゃったな
今や何でも自分でできるようになって
幸せな生活を送っている私ですが

少子化問題や婚活に悩む若い女性の相談などを目にすると心が騒ぎます
今の私だったら
「外側の私」や「本当の私」に惑わされることなく誰かを愛せるかしら
信頼できる誰かの前でありのままの自分でいることができるかしら
そしてそうなるのがもっと早かったなら
私も子供を産んでお母さんになることができたのかな

それは決して後悔ではなくて
人生をやり直したとしても私はこうして生きるしかなかったからもういいんですけど
ではこれからの人生で
私にはまだできることがあるだろうか、と

不惑の年を迎えた頃に
「まだまだこのままじゃ終わらないよ」
と思ったっけ
その思いは今もあります
まだまだ人生は続く

そしたらそろそろ
見つけにいきましょうか
天命をね

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