2019.03.05

「美容整形」っていいことなのか

有村藍里さんが美容整形を受けたというのがテレビのドキュメンタリーで放映され、朝の情報番組でも報道されているのを見ました。Yahooニュースのリンクも貼っておきます。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190303-00000320-oric-ent

美容整形の成功に称賛の声が集まっているとのこと。

うーん。私は3月4日の朝にテレビでこの話を知ったんですけど、何とも嫌な気分になりました。そして「怖い」と感じました。
彼女は自分の口元が気になっていたそうで、報道では「こんもりした唇」が嫌だったこと、自分の顔で他人を不快にさせていないか気になっていたことなどを話していました。

「自分の顔で、相手を不快にさせる」?
それが気になって整形しないではいられない?
それって「醜形恐怖症」ではないかしら。
つまり精神障害です。

私は藍里さんを批判したいわけではありません。
私が怖かったのは「美容整形がいいこと」であるとなったら、美容整形をしないことは悪いことであり、美人でない顔をそのままにしておくことは美意識が低く、他人を不快にさせる行為である、となってしまうのではないかということ。

見た目がよくない人を批判したり、さげすんだりすることが当たり前になってしまわないかということ。

有村藍里さんは確かにかわいくなりました。
でもそれで済むのだろうか。
唇やあごを整形したらまた他のところが気になるのではないかな。
そしていずれ年をとればシミやしわが気になるのではないのかな。

結局はあれって「美容整形」を当たり前にして、成功事例を華々しく報道することで業界が儲かりたいだけなのでは。
いや、別に業界が儲かることを否定はしませんが
「1mmでもかわいくなりたい」「かわいくないのは嫌」「かわいくないと人の目が怖い」
ある意味で精神疾患に近いような女性の意識に付け込んで、
「ほら、美容整形するとこんなにかわいくなって劣等意識も克服できて幸せになれますよ」
って…美に憧れる気持ちを利用されて、搾取されるだけでしょ。

私たちは「美=善」という一つの価値観に捉われてはいけません。
「美」も確かに世の中の善いことの一つで私もそれは否定しないけど、そのために、何かを犠牲にすることだけはあってはならない。

藍里さんは自分で考えて自分で「美容整形」を選択しました。
そのこと自体は批判したくないし、仮に彼女の今回のカミングアウトが彼女のプロデュースであるなら、それも戦略の一つだと認めてもいい。私はそれが彼女の幸せだとは思わないけれど、自分の幸せは自分で決めるものだから、彼女がそれを選択し、芸能界で生きていくならそれでも構いません。

ただ、その姿をテレビで見せられる、少なくとも「私」は、それを見たときの自分の不快感や恐怖をちゃんとこうして書いておきたいと思いました。

自分の容姿に劣等意識があって、それを克服したいと思うとき、「美容整形」は決して最善の方法ではありません。
なぜなら、それは、結局ところ際限がないからです。美にゴールってありません。
そして人間は誰でも年をとるしね。

美容整形というとマイケル・ジャクソンのことを思い出したりもします。
彼もずっと顔を直し続けた。それで最後は満足できたのかしら。

ずっと美容整形にお金をつぎ込み続け、どんなに社会的に成功しても、最後まで気持ちが満たされることがない・・・
それって地獄でしょう。

結局、幸せって「美」にはないんですよ。
「美」も幸せという価値観はあってもいいけれど、それは長い人生においてほんの一瞬でしかない。
というか「他人が自分を見る目」の中に本当の幸せなんてないんです。

これって現代を生きる私たちにとって当たり前だと思っていたので、最近の流れが私は怖くてたまりません。見た目の美のことばかりを言い続けたNHKの前朝ドラ「半分、青い」も怖かったしなぁ。

「美容整形」を悪いとは言いません。でもいいことだとも思いません。
有村藍里さんについては、彼女が自分の幸せのために選択したことなら仕方ない。
ただ、その報道を見て、その選択が支持されて、美容整形が広まっていくことに対しては危機感を抱いています。
皆さんはどう感じますか?

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2019.03.02

「wish~キボウ~」

NHKみんなのうたで、たまに流れてくるこの歌を聴くと、いつも涙が流れてしまいます。

wish ~キボウ~

>希望はあなたを捨てない
>あなたが希望を捨てるのだ

この最初のフレーズもグサッとくるのですが、その後の歌詞も一つ一つがとても胸に刺さります。

みんなのうたの映像を見ていても、3.11をどうしても私は思い出してしまいます。

津波でふるさとが被害にあった人たち。
原発事故でふるさとを去って、他の土地で暮らさなくてはいけなくなった人たち。

私は、何か力になりたいと双葉町にも、三陸の被災地に行ったけれど、何もできなかった気がしていて。

>あかりを灯そう
>わずかでもあかりを灯そう

うん、それだけでもできたなら。これからもしていけるなら。

もうすぐ平成30年度が終わるのですが、今年も北海道の地震、西日本豪雨、本当に天災が多い年でした。
各地域で、どうすることもできない自然災害に途方に暮れてしまった人がいる。

同時代に生きている一人である私は、忘れずにいることしかできない。

この先の日本も、どうなるんだろう。
またいろんなことはあるのだろうけど、みんなで力を合わせて乗り越えていけたなら。

私はそう願いながら、今日もこの歌を聴いています。

そして同じ思いでこの歌を聴いている人が日本中にきっといることを信じて。

>今すぐ笑えなくてもきっといい
>みんな旅の途中


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2019.02.26

友がいつの間にか離れていく人

子供の頃から友達を作るのが苦手でした。
自分が人からどう見られるのか、嫌われるんじゃないか、ということばかりが気になって、何も話せなくなっちゃうんですよね…。

私を知る人からは信じてもらえませんが、正真正銘の「人見知り」なので、初めての人がたくさんいる場などは苦手ですし、飲み会などでは何を話したらいいのか分かりません。

友達は多い方ではありません。
多いければいいってものではないでしょうし、親しい友達が何人かいればいいとは思っていますが、遊びにいくのも誘われることはほとんどなく自分から誘うことの方が多いです。それが不満なわけじゃないのですが、もしかして、私って…

「友がいつの間にか離れていく人」

なのかしらん?
そう思ってリンク先の記事を読んでみたらなんと思い当たることばっかりです。げげ。

特徴① すぐ「ダメだから…」という
う~。
自分は独身ですが、家庭を持っている人の子供の話を興味を持って聞いたりするようにはしてるけどなぁ。
相手の趣味や関心を否定するようなことはしないように気を付けてはいるのですが。
気を付けてるってことは「やりがち」だってことか!?

特徴② すぐ「私はね…」という
これはですね。
相手に共感したいから言ってるだけで、決して話を奪い取ってるつもりはないのです(汗)

友人「この間、〇〇という映画を見たよ」
私「私もこの間××という映画を見に行ったよ~」

…やばい。これ、まさにこのケースですよね。
共通の話題がないかと探すつもりで、自分はこーだ、あーだって話ばかりしているかも。
人の話を聞け!!

特徴③ 人のうわさ話
人の悪口は嫌いなので言ってないつもりなんですが、たとえば…

友人「私の友達がこの間、ガンで入院したんだ」
私「そうなんだ。私の友達もガンになった人がいてね。手術を〇月にしてそのあとの経過が…」

なんでそういう自分の「友人」のデリケートな話をしちゃうんだよ!!
「私の話もこんなふうに誰かに話されているのかも」
って思われても仕方ないだろーが!!

だめだ…どうりで友達が少ないと思った(爆)。
友達と話してるときって、変にサービス過剰になっちゃうんですよねぇ。
何を話したらいいのか、何を話したらだめなのか、意識しすぎてることも多いし。
で、結局、話してることと言えば
「私も〇〇」

「私の友達も〇〇」
って、それじゃあんた…友達無くすって。

普通の人は友達と話す時、何を話しているんでしょう。
テレビの話? まあそれなら当たり障りがないわー。
共通の趣味、共通の好きなもの、そんなとこかな。
自分が話さずに人の話を聞くのも大事ですが、そうしていると
「どうしたの? 疲れてる?」
って聞かれます。

ああ、もっと話し上手、聞き上手になりたいよ。

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2019.02.24

「翔んで埼玉」見てきました

 私は埼玉県生まれ、埼玉県育ち、埼玉県在住、埼玉県勤務。
 一時期、千葉や東京や仙台に住んでいたこともあるのですが、基本、埼玉ととても縁の深い人生を送っています。

「翔んで埼玉」は近所の床屋さんの待合に置いてあったのを読んだことがありました。
実写映画化と聴いて、第一印象は

「くだらない映画なんだろうなぁ。あまり見たくないなぁ」

と思ったのですが、意外に周辺で「見たい」という声も出ているので、今日は出かけたついでに浦和のパルコの映画館にいってきました。

 昼間、映画館に行ったら、なんと昼間の上映は満席。なんと。人気なのか、この映画。
 
 夜の9時40分からやる深夜割引なら空いてたので、そのチケットをとりました。
 空いてるのも当たり前、終わるのは夜12時近くになります。それこそ、埼玉県人じゃなきゃ見ないっての。

 見終わった感想としては…
 
 いや、意外にまじめな映画だったなぁ。東京テイスティングとかも面白かったし。登場人物に皆、好感が持てて楽しかったです。まあ、原作を知ってるから、どれだけディスられても耐性がついてはいたんですけど。


 私は、今まで、自分の生まれたこの県を嫌いだと思ったことはありません。
 東京に憧れとかも全然ない。
 ただし、そんなに郷土愛みたいなものもないです。

 埼玉は普通なんだよな。
 まるで、子供が自分の生まれた家が自分の普通となるように。

 すごく愛しているわけではない。
 でも嫌いではない。
 親を取り換えることができないように、ここに生まれてしまったからには嫌いでいるよりは好きでいた方がいいしね。

 生まれたのは「鴻巣市」というところで、当時は申し訳ないけど、めっちゃ田舎でした。
 小学校の裏が豚小屋だったので、ハエがいっぱいいたし、周り中が田んぼで夜はカエルの合唱。夜になると赤城下しの強風で、雨戸がガタガタいってました。
 学校へ向かう道路には、車にひかれてつぶれたカエルの死骸。
 当時はまだ家で蚕を飼ってるところもあって、子供の頃は蚕も、モンシロチョウの幼虫も手で触れたんだよなぁ。
 
 映画の冒頭、田んぼだらけの中を車が走るシーンがあるんですが、まさに埼玉ってあんな感じです。
 まぁ、川口や大宮はいっぱいビルもありますけどね。

 生まれたのが鴻巣だったせいもあって、あまり住みやすいという印象もありません。
 当時は駅も市に一個しかなかったしねぇ。
 
 千葉県の松戸市に引っ越した時、なんて都会で便利なところなんだと思ったのを思い出します。
 千葉に引っ越すといったら、小学校の友人はみんな、
「海、近い?」
 って言ってたっけ(笑)

 紆余曲折を経て、結局、今はまた埼玉県に住んでいるわけですが、東日本大震災の後、東北復興のために2年ほど仙台に住んでいました。
 正直いって、どこが住みやすいって仙台ほど素晴らしい場所はないな。大宮も浦和も完全に負けてます。

 埼玉って東京に近すぎるんだと思うんですよ。
 東京にいけば何でもあるので、大宮や浦和にわざわざ東京と同じレベルのものを作る意味がない。それは仕方のないことです。

 仙台はちがう。
 仙台で完結しなくちゃいけないから、仙台で必要なものは全て仙台にあります。
 それでいて温泉も近いし、スキー場も近いし、海もあるし、空港も港もあります。街中には緑がいっぱいで、おしゃれなカフェも、おいしい牛タンの店もたくさんあり、道路は整備されて歩きやすく、かつ地下鉄も新しくできたし。

 仙台、好きだなー。観光地というよりは、住むにいい町、仙台。私は大好きです。

 仙台と比べるなら、埼玉県ならさいたま市になるんでしょうが、やっぱ仙台には負けるわ。
 いや、東北一の都市、仙台とは比べてはいけないのでしょうが、さいたま市はやっぱり東京頼みって気がします。仙台にあってさいたま市にないものは皆、東京にあるわけで、東京にはもちろん仙台にないものもたくさんあるんですが、やっぱり在住の人間にとっては、近い場所にコンパクトになんでもそろってる方がいいでしょ。
 だからといって、私は東京には住みたくないです。
 混んでるし、家賃も高いし、災害も怖いし、たまに遊びにいくくらいでいい。
 
 なので、映画を見て、私は「埼玉化」にはあまり賛成できないなぁと思いましたw

 映画でも言ってましたよね。夜空にはいろいろな星があって、全て美しい。

 埼玉には埼玉らしさがあって、まあ、それはそれでいいことで、在住の身としては上田知事には頑張っていただきたいところなんですが、埼玉らしさは埼玉だけにしといてもらって、本当に住みたいのは、私はやっぱり仙台だなぁ~と。

 仙台だけでなく、地方の主要都市ってみんなコンパクトでいいですよ。
 札幌も、福岡も、名古屋も、高松も、みんな私は好き。住みやすくていいんじゃないかな。

 さいたまは…うん、やっぱもうちょっとがんばれ。

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2019.02.20

中国へ女性が売られている!?

中国へ売られる花嫁

ベトナムやミャンマーから女性が誘拐されたり、騙されたりして中国に連れていかれ、そこで強制的に中国人男性と結婚させられるという報道です。
なんてひどい話。
というか、読んで信じられない思いでいっぱいです。

中国人男性って、妻を金出して買うんだ。それがまず信じられない。
「花嫁」って言葉が胸糞悪いです。
食べ物もろくに与えなかったりして家族どころか人間扱いもされてない。
言葉も通じない。
ただ性欲の解消のためと子供を産ませるためだけの道具。
ひどすぎる。
仮に女性の方が多くたって、金で男性買ってきたりしないわよね。なんで女性だけがこんな目に。

これ、他人事じゃないわ。
だって誘拐だもん、北朝鮮に連れ去られた日本人と同じ。日本の女の子だって誘拐されることが十分あり得ます。
今まで普通に暮らしていた日本人の少女が、ある日突然見知らぬ人に連れていかれて中国の男性と暮らすことを強制されることを考えたら、ものすごく怖い。
娘がいる日本人のお父さん達も、もし自分の娘がそうなったらと考えて欲しいわ。

需要があるから供給が生まれる。ならば、これ、需要をなんとかしてよって思います。
中国人男性ってそんな馬鹿なの? 女性を道具としか思ってないわけ? そんな国だと思われて中国は平気なわけ?
今や世界を席巻するほどの大国なんでしょ? 他国から女を買う野蛮な国家だなんて言われたくないでしょ。
ちゃんと教育してよ、中国政府。

日本人だって貧困で結婚できない男性は多い。
でも、他の国から買うなんてしないでしょ。
東南アジアの女性を嫁にする男性はいるだろうけど、その場合はちゃんと嫁として大切に扱うでしょ。
子供産ませて、または子供を産まないからって転売もするって、どういう考え方をしているのか。同じ人間とは思えない。
私は今まで中国をそんな国だと思ったことがなかったので、めちゃくちゃショックです。

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2019.02.12

パパ活・ママ活

 ツイッターでたとえば「#パパ活」で検索するとパパを探す子供たちのツイートを見ることができます。
 パパ活を知らない方に解説すると、
・若い女性が裕福な男性から金銭的支援を受けること
・女性側からそうした支援をしてくれる男性を探す活動
これが「パパ活」の定義って感じかな。
・若い女性が裕福な男性から金銭的支援を受けて裕福な生活をする「状態」
のこともいうのかもしれません。
 支援をしてくれる男性が「パパ」というわけです。

 ツイッターなどのSNSが普及したことで、他人同士が共通の目的で出会うことが今の世の中では簡単にできるようになりました。

 私にしても、カラオケ仲間や囲碁仲間、読書趣味仲間、ゲーム仲間など趣味を通した知り合いはみな、インターネット経由で出会いました。それでもう10年以上付き合いが続いている人もいます。

 なので、それが男女の出会いであってもインターネットが便利なツールであることは分かります。

 まだ学生で自分で働いていないため、自由に使えるお金のない若い子たちが…そう、女性に限らず、男性の若い子が「ママ」を探す「ママ活」「姉活」っていうのもあるんですよ…自分に金銭的な支援をしてくれる相手をネットで探しています。

 さて、これを見ているあなたは、パパやママになってあげたいと思いますか?

 私は、なりたくないなぁ。そんなに裕福じゃないってのもありますが、もし仮に自分がお金がある男性でもお金があるんだったらもっとちゃんとしたものに投資したいし、私の知っている、株で食ってる男性は余裕のある分は東南アジアの貧しい子供たちに支援をしていました。余ってるお金があるなら福祉関係に寄付したいよなぁ。

 ただ、要はパトロンですかね。
 歌や踊りを勉強して芸能界に入りたいって言ってる若い子に、お金出してあげて、夢をかなえてもらう。相手からは感謝してもらう。それも同じと言えば同じです。

 でも、ツイッターとかで見ているとあんまりそこまでの夢とか考えている感じではない。会って、デートするだけで1万円くらいのお小遣いをもらえると思ってパパを募集している子が多いみたいです。「一緒にショッピングに行きたい」と言う子もいる。パパにいろいろ買って欲しいものがあるのでしょう。

 知らない人から物をもらうな、と教わらなかったのかなぁ。
 そんな教育ができる家庭じゃないんですかね? でも、「買ってもらう」ことに抵抗がないんだから、親からは買ってもらうことに慣れているわけでしょ?
 親が買ってくれなくなったから「パパ」や「ママ」を探しているのでしょう?
 
 普通に考えると、何の見返りもなく見知らぬ女の子、男の子に物を買ってあげたり、お小遣いあげたり、食事おごったりは私だったらしません。
 でも男性は女性と食事にいくとおごるのが当たり前だった時代もあって、それで感謝されると気持ちよくなったりするらしいから、今でもそういう感覚でパパになる人もいるんですかね。
 
 ふむ。もし私が年収1000万越えの男性だったら、食事おごったり、ショッピング行ったりして、好きなもの買ってあげた上に、「先払いね」って言われて、出会ってすぐ1万円あげたりしちゃうのかなぁ。
 ダサすぎるというか、不毛というか…そんな子供に搾取される自分が情けないけどなぁ。

 一般的に男性としてはやはり相応の「見返り」は期待するようです。
 子供の方もそれを心得てて、「手つなぎ 〇〇〇〇円 ハグ〇〇〇〇円」とシビアな価格設定をしている場合もあるようで。それがもっとエスカレートすると売買春にもつながってしまう。

 つまりやっぱり、ただデートしただけで他人はお金くれないし、おごってもくれない。
 なんでそれだけでお金もらえると思っちゃう子供がいるのかがそもそも不思議です。

 お金はそれ相応の労働の対価として支払われるもの。
 確かにパパやママはお小遣いくれるけど、それは他人じゃなく本物の「パパ」「ママ」であって、あなた方はそうして養われる代わりに親の言うことに従わなくてはいけないのですよ。
 他人がパパやママになった場合も同様。金もらうならそれなりの代償を支払うのは当然だし、パパやママの言うことに従わないといけない。
 それを理不尽に思うなら「パパ活」や「ママ活」で他人に何か買ってもらおうとかお金をもらおうとか考えてはいけないなぁ。

 どう働いて、どう金を稼ぐか。
 それは大人である私たちにとっても大問題です。
 君たちも大人からもらうことを考えるのではなくて、一緒に働いて、生きていくのに必要なお金を手に入れようよ。
 それができれば、私たちは、誰にも支配されない、真の自由を手に入れることができるのにな。

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2019.01.29

二重スリット実験の謎「なぜ「観測」によって「結果」が変わるのか?」

以前「シュレディンガーの猫」について調べたことがありました。

「シュレディンガーの猫」については検索いただくとして、簡単に書くと、生きている確率50%、死んでいる確率50%の状況に置かれた猫がいるとして、まだ人が確認していない段階では、猫は生きているか、死んでいるか、分からないですよね。

だから、人が観察していない段階では「半死半生の猫」というのが存在しているとする…という現実にはあり得ない解釈がいわゆる量子力学における「コペンハーゲン解釈」です。

でも普通に考えてそんなことはあり得ないわけで。
猫は生きているか、死んでいるかどちらかしかなく、それは人が観察しようがしまいが同じです。

ところが本日の表題の二重スリットの実験ではこんなことがおこります。

二つのスリットがある薄い壁に向けて電子銃で電子を一個射出します。
そして、壁の向こうに電子が当たったら跡が残る感光板というものを用意しておきます。

電子銃で電子を一個射出すると、壁の向こうの感光板にも一個、跡が残ります。
感光板のどこに跡が残るかは都度バラバラなんだそうですが、それを繰り返すと、感光板にはまるで二つのスリットの両方を電子が通ったかのように、干渉縞ができるんですって。

干渉が起こるということは電子は粒ではなくて「波」だということが言えます。
つまり、電子銃で電子を一個射出すると、そのエネルギーが空間を波のように伝わり、二つのスリットを同時に通り干渉を起こしている…

でもそれならなぜ、感光板に到達したら1個の点に戻ってしまうんでしょうね?
よく分からないけど、つまり電子は「波」と「粒子」両方の性質を持っていて、人間が観測したときは「粒」になる。
エネルギーの状態にあるときは人には観測できない、ってことなんだと私は思っていました。

以上を前提とした上で、二重スリットの実験の謎とは、こうです。

電子銃から一個、電子をスリットが二つある壁に発出して、その向こうにある感光板のどこに到達したかを観測する。
そこまでは同じですが、スリットのどっちを電子が通ったか、分かるように両方のスリットにセンサーを置いておきます。
そうすると、どちらか一つのセンサーだけが反応するそうで、つまり電子は両方を通ったわけではないことが分かります。
で、その実験をすると、なぜか感光板に干渉縞はできないそうです。

ん? おかしいな。
どちらのスリットでも観測できなければ、電子はスリットを通る瞬間は波になっていて、人には確認できない状態になっている証拠になるのですが、実際はどちらかのスリットで確認できるらしいです。
そしてそれを確認するとなぜか干渉が起こらない。

どういうこと?
センサーを置かずにどちらのスリットを電子が通ったか分からない状態なら干渉が起こるんですよね。
観測するのとしないのとでなぜ結果が変わるの? 電子は観測するかしないかで波になったり粒になったりするの? そんな馬鹿な。

私は以前、「こちらのページ」を見て、ずっと電子というのは高速で回転するコインのようなものだと思っていました。
表なのか裏なのかは回転している間は分からない。
でも停止すれば分かる。
シュレディンガーの猫で言えば人間が見ていない間は生死の確率が50%ずつ。でも見ればどちらかは分かる。
電子が波であり粒であることもそういうことなんだろうと漠然と思っていたのです。

でも、この二重スリット実験の謎は、どういうことなのか、よく分からないなぁ。

以下の記事を読むと何となく分かったような気にはなります。
http://hp.vector.co.jp/authors/VA011700/physics/2slits1.htm#totyuu

が、こればかりはこうしてネット検索しているだけではだめですねえ。
本当にどちらのスリットを通ったかをセンサーで観測すると、干渉縞はできないのか。
センサーを使用したことによって何らかの作用を及ぼしてしまったから干渉縞ができなかったのではないか。

驚いたことにネットを検索すると、実は二重スリットの実験の謎は、別に電子でやらなくてももっと大きい分子レベルでも現れることが分かりました。URLを張り付けておきますね。
https://news.mynavi.jp/article/20141202-a068/

あれれ?
としたら、二重スリット実験の謎は、量子力学うんぬんじゃなくて、何かもっと別の物理法則によって発現する現象なのでは?

観測すると干渉しない。
観測しないと干渉する。
なんでそんなことが起こるんだ。
「見ているか、見ていないか」で結果が変わるなんて普通に考えてあり得ない。半死半生の猫じゃなるまいし。
何か別の理屈があるはずなんだよなぁ。

もし答えをご存知の方がいたら教えてください。

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2019.01.24

なぜ結婚は難しくなったのか

非婚率が上がり、結果として出生率も低く、人口減少が社会問題となっています。
なぜ結婚できない男女が増えたのか?
結婚したいという人は少なくなってはいないと思うのですが、どうも男女のマッチングがうまくいっていないように私には感じられます。

ちょっと整理してみました。

男性が結婚を望む理由には「子供が欲しい」というのがあると思います。

(男性編)
〇子供が欲しいのでパートナーになる女性は若い方がいい
〇けれど20代の女性はまだまだ仕事をしたい盛り
〇10代後半から20代前半の女性で結婚願望がある人もいなくはないが、彼女たちからすれば相手は選びたい放題。
〇その年代で結婚を考える女性は専業主婦希望が多いのでは。
〇とすると、女性からはより高収入の男性が選ばれる。
〇かつ女性も可能なら、高齢男性よりも同年代の男性がいいと考えるので、若くて高収入でその他の条件(ルックスなど)がいい少数の男性が選ばれて、収入があっても30代、40代の一般男性はあぶれる。

一方、女性は…

(女性編)
〇「20代は仕事をしっかりして20代後半から結婚は考えたい。仕事は続けたい」
〇望む相手は同世代。
〇しかし男性の20代後半から30代はあまり結婚は考えてない。婚活市場に出てくるのは30代、40代のおっさん。
〇ただし、30代、40代男性も30代の女性は眼中にない。可能な限り「若くてきれい」な女性がいい。
〇結果、30代以上の女性はあぶれる。

いわゆる「自然」なのは10代、20代の学生の内に出会い、付き合いを重ね、お互いに20代後半から30代前半になったら結婚するパターン。
女性も男性もそういうのが、多分、求めている「理想」です。
私はかつて、自分もそういう自然なルートで結婚できると思ってたのよね。
20代後半からはちょっと焦って、合コンや友達からの紹介やお見合いパーティや一般的なお見合いなどもしましたけども(汗)

上記の箇条書きのような整理をすると「婚活」で理想の結婚をしようなんてのが土台無理というのが分かります。
30代、40代になって特定のパートナーもいないのに婚活で理想の相手と出会いたいなんて無理。
婚活で理想の相手と出会って結婚できる人は、いないとは言いませんがとても少ないと思います。

結婚したいなら男性も女性も、同年代の相手を、学生の内に見つけておかないといけないよな。
男性も年をとってから若い子と結婚しようなんて考えてるとしたら、
「あなた、ルックスと収入にそんなに自信がありますか」
てなもんだよなぁ。

無論、同じことは女性にも言えて「婚活は30代になってから」なんて考えてたらだめ。
おまけに女性は30代になったら「ルックスと収入」に自信があってもだめなのがつらいところ。
男性にとっての女性は若さだけが価値みたいですから。

例外はもちろんあるとは思います。
ただ例外は例外だから可能性としてはとても低い。
「例外の人もいるから」
と安心してはいけない。自分がその例外に入れるとは考えない方がいい。
例えるなら「宝くじには当たる人もいる」くらいだと思った方がよさそうなくらいです。
多くの人は「選ばれた人」なんかではなく「その他大勢」なのだから。

ただね。20代の頃の自分を振り返ると思うんです。
若さだけが自分の価値だというのは当時の私は分かってました。
でも、だからと言ってお見合いで紹介された、好きでもない相手と結婚したいか?
そんなに結婚ってしなくちゃいけないのか?
自分も働いてるし、自分の食い扶持くらい自分で稼げる。なのに?

自分の子供はそりゃ欲しかったです。
当時は当たり前にお母さんになることを疑ってもいなかったもの。
でも、恋愛して結婚してその先に家庭があるのなら「恋愛」「結婚」のハードルが高すぎて、どうしてもクリアできませんでした。

ここだけの話、好きになった人はいましたよ。
バレンタインにチョコ渡した人もいましたし、自分から告白もしたし、ネットでのやりとりで親しくなってデートまでいった人もいました。
でも相手からは選ばれませんでした。
しょうがないよなー(苦笑)。縁がなかった。ほんとそれに尽きます。

一人で生きる人生ももちろん悪くはありません。
私はどうも一人が向いているみたいですし。
けれど、人間としてのサガなのか、そういう同じ孤独を分かち合える誰かがいたらなぁと思うことは多々ありました。今もね。
だから、今、まだ間に合う人たちには「自然に結婚」なんてできないのだから、パートナー探しはできるだけ早くから頑張って欲しいと言いたい。
みんながみんな結婚できるわけではないし、結婚だけが全てではないんだけど、うっかりタイミングを逃してしまったが故に、というのはもったいないもの。

若者たち、がんばってください。

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2019.01.17

おウチカーブス

 年を取ると筋肉が減って、体の節々が調子が悪くなってくるそうです・・・

 本格的な年寄りはまだ先のはずの私でも、今でさえ腰痛や椎間板ヘルニア、そして階段を上り下りするときには膝の痛みが気になっており、とにかく健康でないと年をとったら大変です。

 動けなくなったら一人で暮らせなくなっちゃう^^;

 ということで、今の内から運動習慣を身に着けておかないと動けなくなるのは必須なので、運動不足は常に気にしているんですが、最近、友人が「カーブス」というのを始めたと聞きました。

 1回30分で終わる運動プログラムを週2回ほどやるスポーツジムのようで、1回30分ならいいかなぁとちょっと興味が湧きました。

 …
 …
 しかし、これ、ネットの口コミを見ると、非常に評判悪いですねぇ。

 そもそも、平日の19時までしかやってないので、18時まで仕事な私は仕事で遅くなったらまず行かれません。
 
 それと、何やらプロテインを売りつけられるらしい。
 それに、いっしょに参加している方といろいろおしゃべりしたり、目標を発表したりするらしい。

 だめだ、ただでさえ人見知りのコミュ障だから知らない人となるべく話したくない。スポーツクラブで友達を作るなんて絶対したくない。
 今までもスポーツジムにゲストでたまにいくことがありましたが、スポーツクラブは一人で黙々とエアロバイクこいだり、プールで歩いたりするところだと私は思っています。
 
 一人で自分の体と向き合うところ。

 だから一人が好きな私には憩いの場所なのです。
 なのに、何が悲しくて、スポーツクラブでコミュニケーションまでとらなくてはならないのか。

 それに、私、そういうところでプロテインを売りつけられたら、買っちゃいそうなんだよなぁ。
 断り切れない。
 絵のキャッチセールに遭ったことはありますが、それは買わなかったので、買わないこと自体はできるかもしれませんが、そうすると、どうもカーブスの場合、買う人と買わない人へのスタッフの接し方が変わるようです。

 げー、やだ。

 いろいろ実態を知るにつけ、コミュ障で一人が好きな割に、空気を読まず我が道を行くことのプレッシャーにも耐えきれないヘタレの私は、カーブスには近寄らない方がいいという結論に達しました。

 しかし、いろいろ調べていて、カーブスがどういうプログラムなのかは分かりました。
 家でスクワットとかしてたら、子供が寄ってきちゃったりするお母さんは、家ではトレーニングできませんが、私は一人暮らしなんだから、これ、家でできるんじゃないかな。

 ということで、さっそくカーブスもどきプログラムを、ネット情報から拾って、家でやってみることにしました。

 踏み台昇降 30秒
 ↓
 腹筋     30秒
 ↓
 踏み台昇降 30秒
 ↓
 腕立て伏せ 30秒 
 ↓
 踏み台昇降 30秒
 ↓
 ダンベル   30秒
 ↓
 踏み台昇降 30秒
 ↓
 スクワット  30秒

 これを1セットとし、1回に4セットやります。1セットが4分だから、4セットで16分。あとストレッチな感じかな。

 踏み台昇降用の台は、以前に買ってますので、すでにあります。
 ダンベルはないけど、2リットルペットボトルを両手に1本ずつもって、上げ下ろし。

 腕立てはできないので、膝ついてやります。
 スクワットもキツイので、つかまりスクワット。

 負荷はだいぶ軽減されてしまいますが、最初はここからでしょう。慣れてきたら負荷は上げていけばいい。

 以前から踏み台昇降は保健士さんから勧められていたんですが、これだけだと退屈なんですよねー。
 でも、上の30秒で筋トレと繰り返すのだと、飽きる前に次の動作が入るので、面白いな。

 けっこう16分間は忙しく体を動かします。
 でも、筋トレの間に踏み台昇降を挟むからか、体はラクだし、これ、いいかも~♪

 これを週2やるといいようです。
 毎日やるとそりゃいいんでしょうが、とりあえずはカーブスへ行ったつもりになって週2を目標にやってみたいと思います。
 楽しかったので続くかも。

 一人でできるし、何よりタダだし、着替えも必要ないし、なんだ、簡単だわ。
 ということでブログにつけてみました。

 さて、三日坊主になりませんように。

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2019.01.14

メディケアダイエット(その10)

 土曜日はメディケアダイエットのカウンセリングでした。

 正月明けで、体重は元のもくあみ。2キロくらい増えてしまいました^^;

 結局リバウンドか…なんて落ち込んでいましたが、カウンセリングでは、改めて食事内容をチェック。ここんとこ、甘いものが止まらなかったんですが、

 ・パンや麺ではなく、主食はごはんにする
 ・野菜を食べる

 ということで、再チャレンジ。
 土曜日、日曜日、そして今日、月曜日は鍋にして野菜をたくさんとっています。

 鍋食べて、ごはんも食べると、甘いもの食べなくても大丈夫だなぁ。

 食べたくなったら、ミカンやバナナを食べるようにしました。

 これでまた頑張ってみるか。
 
 パンが好きでたまにとても食べたくなるのですが、小麦はダメなんだそうです。なるべく全粒粉パンにしたりしてがんばってたのになぁ。

 てか、食べちゃいけないものないんじゃなかったっけ、メディケアダイエットって。
 結局食事制限だし、パンは禁止だし、体重の10%減なんて達成できそうにないし、お金かけたかいがない(-_-;)

 でも、一応、卒業は3月でカウンセリングは、あと2月と3月、残っています。

 とりあえず来月、今より3キロぐらい減ってたらいいんだけど。
 

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