2019.08.19

夏風邪2019

 8月10日からだんだん具合が悪くなり、発熱、11日、12日は寝込んでいました。

 クーラーをつけっぱなしで寝てどうも喉をやられたらしいです。

 それでも13日からのお盆ウィークは仕事は休むこともなく通勤しまして。17日、18日の土日はどこへもでかげず家でゆっくりし、だいぶ先週よりも体調はよくなってきた…かと思ったら。

 今日、出勤したら、痰がのどに絡んで咳がたまに止まらなくなり、というか、黙ってれば平気ですが、しゃべるとだめだわ。

 明日は研修の講師なのにどうしよう。しっかり寝て体調を回復するしかないわ。

 帰宅してからはたまりかねて薬を飲んだら、聞いたのか、咳は止まりました。明日もこの薬を飲んでいこう。

 薬はベンザブロックSプラスです。鼻水、鼻づまりによく効くらしい。

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2019.08.13

仙台七夕まつり2019

Img_0696   今ではすっかり過去の ことになってしまいましたが、2013年10月から2015年9月までの2年間、東日本大震災後の復興関連の仕事で宮城県仙台市に住んでいました。

 関東生まれの関東育ちの私が他の地域に居を移すのは人生でも初めてのことだったのですが、あまりにも仙台が便利で素晴らしいところだったので、すっかり気に入ってしまいました。

 いつか、また仙台に住めたらなぁ。

 そう考える人は私だけでないようで、仙台には「関東出身だけど今は仙台ですよ」なんて人、けっこう多いです。

 冬は寒いですけどね。夏もそこそ こ暑いですが、埼玉ほどじゃないw

 そんな仙台の大好きなイベント「七夕まつり」を今年は日帰りで見てきました。仙台の七夕まつりは毎年8月6日、7日、8日なのですが、今年は全部平日だったんですが、昨年、見 そびれたので今年はどうしても見たくて。

 毎年、趣向を凝らした飾りが仙台駅前からずっと、アーケード内に飾られます。

 「まつり」と言っても、何か踊りやパレードがあるわけでなく、この七夕飾りを楽しむお祭りですが、私はこのイベント大好きです。また来年も見に来たい。最初の写真は今年の、かまぼこの鐘崎さんの七夕飾り。いつも素敵な、一風変わった飾りを披露してくださる鐘崎さんです。

 アーケードのたくさんのお店がそれぞれ提供してくれるのがまた楽しいのです。

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2019.08.06

夏の思い出

打首獄門同好会という物騒な名前のバンドの「なつのうた」という歌を聴いていて考えたのですが、私にはどうも夏の楽しい思い出というのがないようです。

夏と言えばひたすら暑いだけ。
学生の頃は、暑い中、部活に行って汗だくできつい思いをしたなど、とにかく暑くて嫌な印象しか夏にはありません。
家族でプールや海や山にも行きましたが、特段、夏だからという感じではないなぁ。
旅行は春や秋の方が断然、気候的にはいいもんな。

フィクションの世界では夏というのはなにやら事件が起こったり、ひと夏の恋なんかあったり、なんだか特別な季節のように表現されたりするのですが、個人的な実感では、そういう特別感は全くなく、ただ暑いだけ。
夏だから何をするというわけでもありません。
子供の頃は夏休みで楽しかった思い出などもありそうなものですが、高校野球を見たり、祖母や祖父の家に行ったりしたくらいかな。

ましてや大人になった今は、お盆休みが特段ない仕事に就いたせいで、普段と同じように通勤しているだけです。

夏ねぇ。なんか特別ですか?
12月のクリスマスや年末年始の方がよほど特別感があるけどなぁ。

今朝、通勤で自転車をこいでいたら、青い空にモクモクの入道雲、ああ夏だなぁという気はしました。
だから何だって感じですが。

夏で困るのは、食べ物が腐りやすく、何でも冷蔵庫に入れておくと冷蔵庫がいっぱいになっちゃうところ。
冬なら冷蔵庫にいれなくてもいいものが多いのに。
食事も冬はとりあえず鍋でいけますが、夏はとりあえず…なんですかね? トマトとキュウリでしょうか。食べるものも困るんだよなぁ。がっつりご飯とか食べたくないし。そうめんなど麺類はダイエットによくないし。

夏のいいところを無理に考えてみると…そうですねぇ。
洗濯物はよく乾きます(ただし夕立に注意)。
暑いので、1人の時は裸でいてもいいし、Tシャツと短パンでもいいし、冬より服は適当でいい(人が来たら困るけど)。
電車が空いている(最近、自転車通勤だからあまり恩恵なし)。

夏は暑いから、みんなダラダラしていて、自分がダラダラしていてもそんなに目立たない。
何もせずに昼寝ばかりしていても怒られない。
これかな、一番のメリットは。
昼間に寝すぎるから夜眠れなくて、ゲーム三昧、読書(主に漫画)三昧、今だったらネット三昧・・・でも次の日も休みだから全然OK。なんだか、過去の夏休みを振り返るとそんな感じですね。

思う存分ダラダラできるというのは、もしかすると素晴らしいことかも。
おや、夏って意外といいものじゃないですか♪

残念ながら社会人には夏休みはないから夏でもなかなかダラダラできないけれど、せめて次の三連休は、土日は予定があるのですが、月曜は何もないので、夏らしくダラダラしようと思います。
うん、そう考えると夏って好き♪

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2019.07.21

投票率が低いことについてのかなり怖い考え

 本日、2019年7月21日は参議院議員選挙でした。

 現状、与党は自民党で安倍政権がしばらく続いています。首相がコロコロ変わるよりは良きにつけ悪きにつけ、何年か、同じ総理大臣が日本を代表していた方が海外との付き合い上はいいと私は思うので、いろいろポカはあるけど、安倍やめろ、とは私は思ったことはありません。

 ただ、自衛隊を憲法に明記することには賛成できかねるので自民党支持ではないのですが、野党といっても、特定の支持政党があるわけではな0く。全体のバランスから見て、自民が勝ち過ぎることがないようにと思いながら、いつも投票をしています。

 選挙区候補者は、政党というよりは、とりあえず唯一の女性候補に投票しました。女性、増えて欲しいよなぁ。おっさんばかりの国会で、女性議員はかなり大変なのに、それでも立候補しようと思うだけでも偉いわ。21日21時現在、ちょっと当選の確率は低そうなのですが、頑張ってほしいなぁ。

 …という話はともかく、ちょっと今回、少し、というかかなり気になることに気付いてしまったので、そのお話を致します。

 ここ最近、ずっと低投票率が言われていて、今回の参院選もたぶん、かなり低いことが予想されています。でも、ツイッターであるつぶやきを目にしました。

『私の知人は皆、ほぼ選挙に行っているのに投票率が低いのはなぜなんだろう』

 うん。そうなんですよね。私もそう思うのです。おそらく自分の知っている人はほぼ投票している。なのに、投票率は半分もいかない。

 二人に一人は投票していないのです。

 これってどういうことか分かりますか?

 …もしかしたら、日本にも「階層」ができつつあるのかもしれない。

 ふとそう思ってしまいました。

 

 投票へ行く人の周りの人はみんな投票に行っている。でも行っていない人の周りは誰も行かない。

 昔、日本人って悪い意味で均質でした。教育水準も所得水準も。つまり貧しい時はみんな貧しかったし、中流な時はみんな中流でした。

 ところが今はもう違うのかも。

 経済的に余裕があって普通に暮らせている層と、毎日の生活が苦しくて選挙どころじゃない低所得者層。二極化しているんじゃないかと。

 貧困とか非正規とかひきこもりとかいろいろ問題化しているけれど、それがもう一部ではなくなってきている。

 ずいぶん前から言われているけど「格差社会」です。日々の生活にいっぱいいっぱいの人に「政治に関心を持て」なんていっても無理でしょ。低所得が故に教育水準も低く止まり、それは連鎖して地方に固定される。

 これ、ものすごくまずいことです。

 低所得者層が固定化しずっと貧困ってことになると、教育だってなんだって、上の層に向けたものは下まで届かなくなる。

 じゃあ、上の層だけで日本という国を動かしていけるのですか? そんなわけないわ。

 以前、「貧困」問題は貧困層だけの問題じゃないということを、それについての記事を読んで考えたことがあります。

 働けない人が増えたり、生活保護の人が増えたりすれば、働く人にその負担がのしかかり、経済全体が崩壊していくことになりかねません。だから、みんなが幸せになれないとだめなのよ。

 多様性も自由もいい。でも極端な「自己責任」はだめだ。 

 基本的な衣食住とそして教育、仕事。どんな人でも、何かしらで生産的な活動をし、社会のために奉仕し、自分だけでなくみんなのために働く意識を忘れてはだめだわ。

 そのことを一体、日本人のどれくらいが分かっているんだろう。

 一握りの高所得者に特にそれを言いたい。確かに高所得になったのは自分の努力と才能だったかもしれない。自分の才覚なんだから、税金という形で搾取されることを文字通り「搾取」と思ってしまうかもしれない。

 でも、あなただけが儲けることで、何が一体起こってくるのかを想像してみて欲しい。

 そういう人は、日本が沈みかけたら海外に行けばいいのかな。いやいや…

 ユートピアなんてどこにもないのよ。それは私たち自身が私たちの手でこの地に作らなくてはいけない。

 というか、そうして先人達の血の滲むような努力の果てに、今の日本があるのではないのか、と。だとしたらそれを次の世代に引き継がずにどうするの。

 政治家の皆さま。

 一部の高所得者層や自分を支持してくれる身の周りのごく一部の人達だけを見ずに、投票しない、関心もない、日本人の半分にどうか目を向けてほしい。

 自己責任で関心を持たないのではなく、環境が彼らにそうさせていることをもっと危機感を持って自覚してほしい。

 そしてそういう世の中にしてきてしまっているこの流れをどうにか今の内に食い止めて欲しい。

 頭のいい、あなた方ならとっくに気づいていていいはずのことでしょ。

 このままでは日本はどうなってしまうのか…とてもとても怖い考えでした。

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2019.07.15

指の関節に何やら。

  Dsc_0001  左手の人差し指に、小さなあざのような丸い塊があるのに今日、気づきました。前からあったわけじゃないと思うんですよね。けっこう違和感があるので。

ネットで調べてみると、ガングリオン? 静脈瘤? 比較的ポピュラーなもののようです。

病院に行っても、特に処置されず、そのまま様子見という体験談が多いようで。

よっぽ痛ければ、形成外科案件のようですが、今のところ、違和感がある、程度なので、少し様子をみようかと思います。

それにしても、長く生きてるといろいろなことがあるわね。

椎間板ヘルニアの時にそう思ったっけ。

仕事は忙しいけれど、体調は今のところ、それほど悪くはありません。

元気でやっていますよ。

ただ、なんだか忙しいせいか、時間が経つのが早くって。あっという間に1年が終わってしまいそう。

今の内にやっておかなきゃいけなかったこと、なかったっけ? 

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2019.07.07

一人でいる幸せ

  一人っ子の自分の娘がずっと独身のままよりも、誰かと結婚してくれた方が安心な親の気持ちはよく分かるんですよね。

 いや、親じゃなくても、たとえば友達でも「結婚してない」と聞くよりは「結婚した」って聞くと何となくほっとして「よかったなぁ」と思うし、ずっと付き合ってる相手がいても結婚してないと聞けば「結婚すればいいのにな」なんて思ったりします。

 と、言うわけで自分のことではなく第三者のことは普通にそう思うのですが、こと、自分については、今までずっと独身だったし、それで寂しいと思ったこともほとんどないので、もし他人に「なんで結婚しなかったのか」なんて言われたら、なんとなく不愉快になること間違いなく。

 不愉快にはなりますが、もちろん口に出しては

「いやぁ、残念ながら縁がなくて(苦笑)」

 と答えると思います。

 でもそういうと「これからだって縁があるかもしれないじゃない?」なんて言われることはあるんですが、本音は、もうほんと勘弁してって感じ。若い頃はまだしも35過ぎた頃から妊娠、出産も自信なくなって、容姿はもとからからっきし自信ないので、結婚しようなんて思わなくなりました。ましてや年を取った今、今更もう異性と暮らすなんて論外です。

 以前、「僕だけがいない街」というアニメを見て、「私だけがいない街」というタイトルの記事を書いたことがあります。

 こちら

 「私だけがいない街」というのはそのアニメの登場人物の女の子が書いた詩のタイトルなのですが、その詩の思いにとても共感してしまいました。

 私はずっと一人になりたかった。

 誰もいないところで、誰にも関心を持たれず、誰にも話しかけられず、誰にもかまってほしくなかった。

 誰にも見つからないところで、ずっと一人で好きな本を読んだりしていたかった。ほっておいてほしかった。

 その時の記事にも書いたのですが、そういう自分の気持ちをしばらくずっと忘れていて、そのアニメを見たときに思い出しました。

 …そうか、私はずっと一人になりたかったし、一人でいたかったんだ、と。

 一人暮らしを始めたのは27歳の時です。

 深い決意があったわけでもなく、親が嫌いだったわけでもなく、ただ一人暮らしに憧れて、一人暮らしをしていた後輩と一緒に部屋探しをしてその流れで自分も家を出ちゃっただけ。

 そしたら私は一人でも十分暮らしていけたし、何より今まで親がかりだった人生を、ちゃんと自分で選択し自分で決めていくんだ、という実感が得られて、そこから自分自身の本当の人生を生きていく覚悟ができたのです。

 それからもうずいぶん経ちました。

 今、私は自分が望んだ場所にいます。自分以外、誰もいない、この場所に。

 だからこそ一人でとても幸せなんだよなー。

 でも自分はそうだけど、他人にはやっぱり結婚してくれてた方がなんとなく安心するし。なので、この、一人でいることの幸せな気持ちは、こうしてブログには書くけれど、話して分かってもらえるような相手はいるように思えなくて、なかなか分かち合う相手は見つかりません。

 え? 一人で幸せなのに、その気持ちを分かち合う相手は欲しいって矛盾してるかしら?

 でもね、人間てそういう不思議な生き物なのよね。

 

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2019.06.15

早く帰りたい…

 5月から部署の異動がありまして、めちゃくちゃ忙しいところになってしまいました。5月も6月も残業続きで疲れたー。口唇ヘルペスも出ちゃったし、やっぱ疲れてるよなぁ。

 先週は、研修で3日間ほど、出張してたので、月曜日にまた仕事に行くのがゆううつ。めっちゃたまってんだろうなぁ、仕事。考えるだけで嫌だわ。

 世の中は働き方改革で、残業規制もかかっていて、あまり残業もできません。しかし仕事は山のようにある。どうしたもんかなー。

 

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2019.05.21

「ブスの本懐」

 先日、我が家で中学校時代の友人二人と久々に再会し、昔話に花を咲かせました。

 もう一人、今、結婚してニュージーランドにいる友人がいて、ライブチャット。とても楽しかったです。

 でも、ライブチャット…ニュージーランドの友人には、動画メッセージも送りましたが、それを自分で見ると。

 友人二人は年を取っても美しいのに、私は…ブスだなぁ~(苦笑)

 

 表題の「ブスの本懐」はカレー沢庵という方の書籍で、存在を知ってからずっと一度は読んでみたいと思っていました。曰く、「ブス」はそれこそ「天空の城ラピュタ」に出てくる滅びの呪文以上のパワーをもつ呪いの言葉。その一言が全てを台無しにします。

 なんて他人事みたいに書かずとも、私はもう昔から、十分、この身をもって知ってますとも。母親にさえ「整形したらいいのに」と言われたことありますからねぇ。

 悟ったようなことを書いてしまいますと、なんだかんだ言ったって人間にとって「見た目」ってめちゃくちゃ大事なのです。そんな本もありますね、「見た目が90%」とかなんとか。

 ただ、いろいろブスと美人の所得格差などを語った本などを読んだりして私が思うのは、もちろん見た目で得する分野はたくさんあります。その分野で比べたら見た目がいい方に勝るに決まってるわけで。

 私は生粋のブスですから、最初から同じ「見た目」を競う場所でそういう女性達と戦うつもりはありませんでした。見た目が残念でも生きる方法はあるはずですし、実際あります。そのために情報収集、行動あるのみ。

 ブスを嘆いたり、美人との格差にジタバタしたって仕方ありません。

 ブスにはブスの生き方があります。

 それで私は十分、今、幸せ。

 「見た目」で競う戦場の最たるものはコンカツです。男性の争奪は見た目がいいものが絶対的有利で、それを知ってるからからこそ、女性はダイエットや美容やファッションに余念がないわけです。

 私はその戦場からは早々に離脱しました。だから幸せになれたのかもな。

 ブスでない人、美人や普通の人は結婚してください。そして幸せになってください。でも私はだめだわw

 でも、その代わりにたくさんのものが手に入りました。友達もそうだし、男性に振り回されない分、自分の本当に好きなことに没頭できましたし。実らなかったけど恋もしました。実らなくても恋の経験は楽しかったです。過ぎてみればね。

 ブスのいいところというのは本当に「男性に振り回されない」それに尽きます。

 友人が我が家を評して「女子力高いね」とほめてくれました。

 インテリアが素敵なものが多く、おしゃれだからだそうです。

 でも、それ聞いてびっくりしましたよ。誰に見てもらうわけでもなく、自分が暮らしやすいように自分が好きなものを揃えて生活しているだけなのにな。「女子力」? ちゃんちゃらおかしいわw

 男性に「女子」として評価されようなんて気持ちはとうにありません。そんなものがなくても私は十分生きていける。それが私の今です。

 

 なーんてね。ブログでは書きますが、人にはリアルには言いません。だって「イタイ」じゃないのw

 どう語ったって「負け惜しみ」と思われる。幸せ自慢なんてそんなものです。でも「ブスの本懐」を読んだら、ちょっとだけ語ってみたくなったので書いてみました。

 ふふ、やっぱりイタイかなぁ。ま、いいけどね(苦笑)

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2019.05.01

祝 令和

 昨日と今日は、平成から令和への移行に伴う、皇室の行事のテレビ中継をがっつり見てしまいました。昨日の夜はプリンセス美智子様もドラマも見ました。

 政教分離だから、テレビで放映する際になるべく宗教色を失くすことが必要なのは理解しているのですが、直観的に私が思うのは、おそらく皇室の意義って、この国を何らかの人智を越えた祈りで守ることにあるのではないかってことなのです。

 おかしいかなぁ。

 もちろん、そうした祈りや願いが強制力を持ち始めたらまずいし、その力を利用しようとする者も出てくるから表向き「ない」ことにしないといけないのだろうけど、おそらく「天皇家」というのはそういう神職なのだろうと思うのです。

 神職が権威と結びつき、支配者としての性格を帯び始めることを、私たちが注意深く警戒しなければいけない理由は歴史が証明しているんだけど、権力と結びつくことを可能な限り避けている分には、天皇家は「国民の安寧」という祈りのためにこの国にあるのだろうと。

 私の洞察は間違っているかしら。

 いや、何が言いたいかというと、お祭りを楽しんだり、正月に初詣出にいったり、受験の合格を祈願したりするのと同じように、私たちはもっと天皇家のことを知りたいのに、天皇家が古来のしきたりに基づき、国の繁栄を願ったり、五穀豊穣を祈ったりすることを、どうしてもっとテレビでやってくれないのかということ。

 あの方たちは、天皇家に生まれたというだけで、私たちにある基本的人権さえも保障されず、自由に生きることが許されていない。

 雅子皇后や美智子上皇后は、天皇家に嫁ぐという形で自ら決断してあの世界に飛び込んだんだけど、男性はガチガチに縛られて、私たちの象徴であることを生まれながらに強いられてしまっている。

 もちろんある程度の自由は昔よりはあるし、自分がどんな天皇になるかも自ら選べるんだろうけど、ね…

 その自由と引き換えに、天皇家が日本のために何をしているのか、もっと私たちは知っていた方がいいんじゃないのかなぁ。

 そして時として、天皇家と一緒に何かを祈ったり、願ったりすることも必要なんじゃないだろうか。わざと隠されているんだよね。そして、誰もそれを教えてくれなければ知る機会さえない。

 今はネットがあるから、これからは知ろうとしさえすればきっとそれも不可能ではないとは思うんだけど。

 無理やり政教分離して批判を避けようとすることが不自然に感じられてならないわ。私たちも、いや私たちこそ、国の繁栄を願わなければいけない立場にあるというのに。

 願ったり、祈ったりすれば全て解決するのかと言われればもちろんNOだ。

 私たちは行動し、自らの国を自らの手で作っていかなければいけない。神はいないし、仮にいたとしても、私たちは神ではなく自分たちの手で自らの未来を選択する。

 けれど、時として天災はやってくるし、想定外の事故はどんなに備えたって発生する。

 傷ついて、それでも立ち上がらなければならないときもあるだろう。

 その時になくてはならないのが、願いであり、祈りなのだ。

 上皇はそのことをよくご存知であり、それこそが天皇家の役割だと知っていたからこそ、各地の被災地や戦跡を訪問し、慰霊の旅をされてきたんだろうと思います。

 多分…神様まかせにするのはいけないんだけど、全てが自分の力で変えられると思うのは人間の驕りなのでしょう。

 

 退位の昨日はずっと雨が降っていました。でも即位の今日は、即位後朝見の儀の頃、おだやかな光が差していました。

 新しい天皇陛下の即位と新しい令和の時代の到来を、今日は心よりお祝い申し上げます。

 

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2019.04.25

子供の貧困

食事は給食頼み」長期休暇明けに痩せて登校する子どもたち

今日、この記事を読んだのですが、ちょっと違和感がありました。
何に違和感を感じたのか、書いてみたいと思います。

私は、子供の頃、母親がうつで寝たきりのときは、自分でお米といでごはんを炊いたり、わかめの味噌汁は作ったりしたけど、おかずは

鮭の水煮缶詰
サンマのかば焼き缶詰
コンビーフ
ホテイの焼き鳥缶詰
イシイのハンバーグ(温めるだけで食べられる)
ボンカレー

とかでした。なので缶詰類は今もソウルフードです。
昔はコンビニもホカ弁もなかったから、開けるだけで食べられたり、温めるだけで食べられるものは貴重でした。
貧困というよりは物理的に食事を作ってくれる人、面倒を見てくれる人がいなかったからなぁ。

記事を読んで思うんですが、休み明けに痩せて出てくるということは、つまり
「コンビニで弁当も買えない」
ってことなのではないでしょうか。

それを「コンビニのお弁当など、栄養バランスが取れていない子が多い」ってバランスの問題にしない方がいいと思うんですよ。
そういうこと言い出すときりがない。
私が幼稚園の時、親が弁当を作れないときは昼に園から菓子パンと牛乳が出ました。
バランスはとれてないけど、それが悪いとは私は思いません。
「バランスがとれた食事」なんて言い出すからどんどんハードルが高くなる。
「こども食堂」だってそんなこと言ってるから月に1~2度しかできないんじゃないの?
フードバンクなどにストックされている食料を利用して、とにかく食べさせることを優先するくらいにハードルを下げればいいのではないかなぁ。

記事の後段になるともっと違和感はひどくなります。
キャンプ? 美術館・博物館? 旅行?

(引用開始)
夏休みやGWなどの休暇明けにはクラスの中で「キャンプに行った」「遊園地で遊んだ」という会話で盛り上がることでしょう。そこに入れない劣等感や疎外感を感じた場合、非認知能力のひとつで全ての力の基礎にもなる自己肯定感が著しく低下します。
(引用終わり)

非認知能力? 自己肯定感? 何言ってんの?
友達は遊園地に行ったことあるけど、自分は一回も親と行ったことない。そんなの普通にあるでしょ。
親に言ったって
「よそはよそ、家は家」
で終わりです。私は遊園地は幼稚園の遠足で行ったきり。親とは行ったことががないです。キャンプの経験もないし。

「子供の貧困」って何なの、って話です。
昔と今は違うっていうのも分かった上で言うのですが、問題は
「コンビニにいけばいくらでも食べ物があるのに買えない子」
「学校には行ってても給食費も払えない、遠足に行くときの交通費もない」
というような子どもなのではないでしょうか。

学校側で学びの機会を作るために博物館への遠足を企画したとしても、移動のための電車賃も払えなくて遠足の日は休まないといけない子がいたらそれは貧困です。
でも親がそういう場に連れていけるかいけないかは経済的な問題もあるし、親の労働環境もあります。
夜に働かなきゃいけない親は当然いるだろうし、祖父母の介護があって子どもと旅行なんていけない家庭もある。
それは貧困の問題もあるだろうけど、また別の話だし、そのことをもって「貧困だ、支援だ」って正直、
「よけいなお世話」
って気がしてならないのです。

この世界の全ての子供が、皆、バランスのよい食事を三食とり、親は昼間に働き、長期休暇には親とキャンプに行き、博物館や美術館にも連れてってもらい、旅行にも行く…
あまりにもお花畑思考なのでは?

私が言いたいのは、こういうことを言うから貧困問題って取り上げられる度に、
「俺の方がもっと困ってる」
という反発を招くんじゃないの?ってこと。
反発を招いてしまうと、本当に支援が必要な「長期休暇にやせてしまう子」への支援まで批判されちゃうでしょ。

貧困は本当に問題で社会的な支援が必要です。
けれど、どこに対してどのような支援が必要なのかはしっかり考えるべき。
発言する側はよっぽど気を付けないと。
とはいえ、私も自分自身の中の常識と「支援が必要な状態」を整理しながらこれを書いているのですが。
「貧困」とそれに対する「支援」を語るのはなかなかに難しいです。

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