2009.12.22

「7つの習慣」

ビジネス本の中ではかなり売れたといううわさの「7つの習慣」をテーマとしたセミナーというのを受けました。

聞いている間は、実はかなり懐疑的だったんですが・・・いや、だって「仕事で成功するためにはこうすればよい」みたいな話ってなんかうさんくさくないですか?(爆)

また講師の先生が、
「私がこれからみなさまのためにものすご~くよい話をしますからね」
オーラを放ちまくりの方だったので、よけいに冷めて聞いておりました。や~ね、大人って(苦笑)

でも、セミナーを聞いてから何日か経ちまして、たまにそのセミナーで聞いたことを思い返している自分に気がつきました。

面白い話でしたよ。
たとえばこうです。

何か達成したい目標やかなえたいことがあって、うまくいかなかったときは、普通はどうします?
やり方がうまくなかったんだろうと、やり方を変えたりしませんか。

でも「7つの習慣」ではこういうふうに考えます。

・・・たとえばここに1本のペンがある。
「このペンがもし二度作られた、としたら、一度目はいつで、二度目はいつですか?」
と講師は問いかけました。

いろいろな回答がありましたけど、講師の方はこう説明しました。
「ペンというものを考案し、こんなペンを作ろうとイメージを作り、設計をした人がいた」=これが一度目。
「その設計に基づき、工場でペンが製造された」=これが二度目。

物事はなんでもこうやって作られる。まず頭の中でイメージし、それから実際に作るわけです。

これと同じように・・・
達成したい目標やかなえたいことがあるとしたら、やる(do)前に、それをどのように達成するのかプランを作ることが大事なのだそうです。

・・・へ~・・・

1回聞いただけなので、私の解釈が正しいかは分かりませんが「7つの習慣」という考え方の根っこはこれです。

「やろうとやろうと思うだけではだめで、いつ、どうやるのか、きちんとまず、決めろ」と。
うまくいかなかったときには、別のやり方を試すのではなく、計画段階からやり直せと。

そういうことのようです。当たり前っちゃ当たり前なんですがね。

・・・さて、私は、そもそもかなえたいことや目標がほとんどありません。
欲しいものは全て手に入れたたもんな~

なんていうとえらそうですが、私の欲しいものは「自由」だったので。
一人暮らしをするようになって、全てのくびきから解放されて、何にも縛られない生活・・・それがとても幸せです。

もちろん日々の仕事もありますし、ブランドものの服やバックを買えたりはしませんが、そういう選択は全て自分が決めたことですから。大好きな人もいるし、友達もいるし、休みの日はいっぱい歩けるし、健康だし。目指すとすれば、現状維持、かな。体のメンテナンスはこれから年をとるにつれていよいよ重要になってきますし、メンテナンスといえば友人関係もですよ。ちょっと怠ればすぐに孤独にまっしぐらですから^^

しかし、「7つの習慣」を振り返るにあらためてふと思いました。「今のまま」が私のベストなのだろうか?

私の2009年の1番の目標は「やりたいことを見つける」でありました。
何か、この世に存在する間に、これだけは達成したって言えるような目標をもった人生を送りたい。そういう生き方をしたい。

一般に、「不惑」が四十で、「天命を知る」のは五十か・・・だとすると、まだ分からないのは仕方がないのかもしれませんが、あと10年の間に何か二つくらいは達成したいと思うのは贅沢でしょうか。

「目的をもって始める」というのは7つの習慣の2番目です。

ちなみに第一の習慣というのが何かというと「主体性を発揮する」。これはねー、私にとっては言わずもがな、の話。「自分の人生は自分で決めるし、その結果は自分が引き受ける」っていうことをこのブログでもたびたび書いていますから、これはできているとして。

まずは目的を定めることをしないといけません。
そのために、今年はいろいろなことをいったんやめたり、別のことを新しく始めてみたりして、達成できたこと、できなかったこと、いろいろあるんですけど、今のところ、これからの10年・・・いやこれからの人生でこれをやるっていうのはまだ明確になってきていません。

もう「不惑」ですんで、いまさら人に頼る人生など望むべくもなく。そういう意味での惑わずにはなりましたから、あとはホント、目標だなぁ。

10年もあれば、何でもできると思うのですよ。本気でかなえたいなら、なんでも!!
2010年こそはそれを見つけたいと思います。それが今の私の「かなえたいこと」かな。

とすると、見つけたい、見つけたいと言っているだけではだめなので、まずは見つけるためのプランをたてねば。さて、どのへんから手をつけましょうか・・・ちょっと楽しみになってきました。

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2009.12.17

忘却とは忘れ去ることなり 「夜会VOL.16~夜物語~本家・今晩屋」

「忘却とは忘れ去ることなり、忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」

今ネットで調べたら、このフレーズは昔々のラジオドラマ「君の名は」に出てきたセリフだそうです。

みゆきさんの「夜会VOL.16~夜物語~本家・今晩屋」を見ていて、ずっと「忘却」の罪と救いのことを考えていました。

舞台を通してずっと「109番目の除夜の鐘」という歌が歌われるのですが、一般に除夜の鐘は百八つの人間の煩悩を消し去ると言われています。

じゃあ109番目の除夜の鐘が鳴ったら?
・・・
・・・
・・・

「忘却の罪と救い」について考えたと書きましたが、要するに煩悩とは人間のいろいろな執着です。恨み、嫉妬、憂いはもちろん、忘れ得ぬ約束、届かなかった思い、金持ちになりたい、成功したい、人よりもいい目をみたい、自分の子供だけはいい学校に行かせたい、愛する人をこの手に抱きたい等のあらゆる欲、etc.

消した方がいいのか、消さない方がいいのか、迷うところです。

ある約束を交わし、片方がそれを忘れてしまって片方が覚えている場合に、それは一般に悲劇になります。
もちろん約束したときはお互いに守るつもりの約束ですが、時間とともに、状況が変われば守れなくなることもあるし、そもそも、その約束が約束を交わした二人にとってベストかどうかも怪しくなるわけです。
なら約束なんかしなきゃいいのに、ということにもなるわけですが・・・

私個人としては、そもそも約束ってそういうものだと思うのです。
その場では確かに守りたいと思っていた。
けれど、守れないこともあるかもしれない。

でも、守れない約束なら最初からしなきゃいいのにね、というよりは、約束は、そうであればいい、という「祈り」に近いものだと思います。

たとえば、
「俺より先には死ぬなよ」
「ええ、約束するわ」
みたいな約束。現実にそうならなかったって「約束を破ったな」ってことにはならない・・・ような気がする。
要は守られることよりもその場で誓うことが重要で。

私はそういう「誓い」ってそのときの二人にとっても、その先の二人にとってもとても大切なもののように思えるのです。
うん。たとえ最終的に果たされなかったとしても。

きっと百八つの鐘は、果たされなかった約束への恨みを消してくれるのでしょう。
忘れてしまうことが正しいのか、たとえば愛した人への思いまで、消してしまっていいのか・・・いや、だからこそ、煩悩としての執着は捨て去り、ただ・・・

そう、「愛だけを残せ」ってことかもしれません。ね、みゆきさん。
お後がよろしいようで。

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2009.12.15

死と運命と~パーム6「オールスター・プロジェクト」~

獣木野生さんの「パーム」という作品を友人からお借りして読んでいました。
どんな作品だか一言でいうのは難しいのでウィキペディアのリンクを貼り付けます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8D%B8%E6%9C%A8%E9%87%8E%E7%94%9F

全部最後まで読んだわけではないのですが、昨日、「オールスター・プロジェクト」まで読んで感慨無量になっていました。

人の一生を思う時にいつも昔、飼っていた猫のことを思い出します。
猫は人間よりも生きている時間は短い。でも多分、猫は猫なりに一生を全うして生き、そして死にます。
人間だって分かりません。
何歳まで生きられるか誰も知らないし、長生きがいいとも限らない・・・

なんてことをね。
考えてしまうと眠れなくなっちゃいます(ちゃんと寝てますが~)。

軽々しく「運命」って言葉を使いたくないのですけど、おそらく「死」は、本人の意志でどうにもならない部分もあり、(多少は長生きするように努力することもできますが)いつそれがやってくるかはやはり運命なんだろうと思います。

本人がどうすることもできない「何か」が目の前にあるとき、人はそれに対してどうするのがいいのだろう?

多分、猫もそうですが、世の中に生きる人間以外のあらゆる生き物たちは、どうすることもせず、与えられた運命を全うするのみ。

でも、人間だけが運命に抗おうとします。
それはもちろん「死」だけでなく。言われない差別や病や経済的な不利や身分の違いや、または男であったり女であったりすることに対しても。

そして人間はそれを果たす力があって。
今や本来なら「人」という生き物が生存するはずもない宇宙においてまで、いろいろな人としての活動を展開させている。
すごいことですな。

この調子でいけば「死」も克服しちゃうかもなぁ。あと遅くとも・・・500年くらい平和が続けば。
そうなったときに人類が幸せなのか不幸なのか分かりませんが、ちょっとその時代に生まれたかった気もします。
とはいえ、まだ人間に寿命があった時代に生まれちゃった私としては、それもまたどうしようもない運命でこればっかりはじたばたしても始まらない。

逆に言えば、「人間に寿命があった時代」だからこそ、この時代に生まれたんだろううし。だって、寿命が無くなっちゃったら人が生まれることも少なくとも今よりはとても少なくなるのが必然ですものね。
たとえば、昔、子供といえば7人とか8人とか生まれるのが普通だった時代があって。
生まれても流行病で8人の内2人しか成人しなかったりもした時代ですよ。

今は一組の夫婦から生まれる子供は2人くらいで、そもそも結婚をしない人も増えてるわけですから、それでいえば、昔より「生まれなかった」人というのは今の時代だって増えている。
今よりももっと先になって人類が死を克服してしまったら、その時代にはもう生まれようがないものなぁ。

閑話休題。

そんなわけで、とりあえず私も今のところ、この時代で生を全うするしかありません。全ての人と同じように。
時にそれをとてもせつなく感じたりもするわけですが・・・

「パーム」という作品の中で、登場人物たちがその時代をどう生きたか、リアルに生きる私たちはそれを読むことで知ることができます。

(引用開始)

人生は駆け足で過ぎ去り彼らが同じ時を過ごした日々はそのうちのひとまたたきにすぎない

だが彼らにとっては一日一日が記念すべき日だった

(引用終わり)

それはおそらく、この世界に生きる全ての人にとっても同じなんだろうと。
もちろん、私自身にとっても。
そして、このブログを見てくれたあなた、にとっても。

だから何も恐れる必要はないんですよ・・・きっとね。

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2009.12.11

♪41歳の春だから~

昔、「天才バカボン」というテレビアニメがありました。知ってる人も今は少ないのかな。

♪41歳の春だから~
♪元祖天才バカボンのパパだから~
♪冷たい目で見ないで~

この歌は確かエンディングテーマだったなぁ。
オープニングはこれですよ(多分)。

♪西からのぼったお日様が
♪東へ沈む~
♪これでいいのだ
♪これでいいのだぁ~

あはは。懐かしいなぁ。バカボンのパパ、大好きです。

と、いうわけで・・・いろんな歌に出てくる年齢って、自分がその年になるとなかなか感慨深いものがありまして。

♪伊代はまだ16だから~
♪ああ~あああ~高校三年生~
♪20年も生きてきたのにね
♪21のキャンドルライト~ ハッピーバースディトゥユー
♪22歳になれば少しずつ臆病者になるの
♪ねぇ~ミルク もう32~

(全部、誰のどの歌だか分かる人はすごい)

 年を重ねるごとに自分の年代の歌は減ってくるわけですが、私が知る限り、バカボンのパパのこの歌が上限ではないかと思われます。もし、もっと高年齢が出てくる歌をご存じの方は教えてくださいな。

 と、いうわけで41歳のバースディがもうすぐです。冷たい目で見ないでぇ~(爆)

 でも、かつてイメージしていた40代よりも、かなり楽しい毎日を送っています。まだまだ人生のメインはこれからって感じですよ。

20代はなんだかよく分からないままがむしゃらで、
30代で自分なりの生き方を確立し、
40代ではさらなるステップアップを。

 40歳の1年間は、この新たな大台に馴染むために、今までやってきたことを総括したり、新たなことにチャレンジしたりしてきました。ちょうど転勤もあったしね。
 だから次の41歳では、具体的「これ」というものをまた始めたいな。

バースディは明々後日、14日です♪

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2009.12.08

なんだ・・・みんな知ってたのか・・・

今日もビックコミックスピリッツ連載のマンガ、「おやすみプンプン」(作・浅野いにお)から。

「おやすみプンプン」については今までも何度か記事にしてきました。

早くここまでおいで~おやすみプンプン~
プンプンママと私

読むたびにいろいろと感じることが多い作品なのですが、今日のビックコミックスピリッツに出ていたお話には・・・
うん、表題のとおりです。

(なんだ、みんな知ってたのか。)

そう思いました。何を知ってたのかというと。

(引用開始)

プンプン・・・
人として生きていくうえで大切なものってなんだと思う?

・・・お金、夢、他人への思いやり・・・
・・・なるほどどれも大切かもしれない・・・

・・・けど一番大事なのは「覚悟」なのさ。

(引用終わり)

なんだ。私以外にもそう感じる人はいたのか。

(引用開始)

人生なんてびっくりするほどフリーダムなのさ!!
けど自由には責任があるってことを忘れちゃいけないのさ、ボーイ。

(引用終わり)

うん、そうですね。ただ「びっくりするほどフリーダム」には、もうちょっと言葉を足す必要があります。

(引用開始)

プンプン・・・考えるんだ。
そして悩め!!
そうやって自分の意思で選択するんだ。
たとえ何もわからなかったとしても、
わかろうと前に進んでいる限り、
かろうじて自分自分でいられるんだ。

この退屈な日常も、くだらない景色も、
作り変えられるのは自分だけなんだ!!

だからプンプン・・・
君が君でいる限り・・・

この世界は、君のものだ。

(引用終わり)

これはプンプンのお兄さんが、高校生のプンプンに話す言葉なのですが。プンプンには伝わったかなぁ。
「この世界は、君のものだ」
の意味。

私が大人になって手に入れたものは「自由」でした。自分の人生を自分で選択する自由。ほんとにびっくりするほどフリーダムであったと思います。

もちろん、それには責任がついてくる。自分のやったことの責任を自分でとれる覚悟さえあれば、人生なんて、ほんと何をするのも自由。

子供の頃は、自分で責任がとれないから、本当にいろいろなものにがんじがらめに縛られていますけど、大人になれば、誰も守ってくれない代わりに、縛めからは解かれる。奴隷解放です。やったね♪

プンプンも、今まで大人の勝手にずいぶん振り回されてきました。

大人が何を子供に教えることができるかというと、最終的にはこの「覚悟」しかないのではないかと。
そして「覚悟」を決めたときに、子供は最後の縛めを解かれ、大人になる。

それに気づいた瞬間に、人は世界を手に入れます。自分が自分であることが許される世界。

・・・どうなんだろうなぁ。もしかして気がついていない人もいるのかなぁ。いつまでも自分の作った檻に閉じ込められたままで、ほんの少し目を上げれば、自分のための世界がそこに広がっているのに、それを見ることのできない人もいるのかな。

思うに、昔から、人を縛ろうとするものはたくさん存在しています。
自由を求める気持ちとは裏腹に、守られることで安心するというのも現実だから。

けれど、それも、自らの選択という「覚悟」の上であれば、私たちはどこにいたって自由なはずなんですよね。

・・・というようなことをいろいろと考えておりました。興味のある方はマンガの方を読んでみられるとよいかも^^
ある意味ではちょっと難しい。ちょっとシュール。不思議なマンガです。

前にプンプンについて書いた時に、私はプンプンに「早くここまでおいで」と書きました。
このマンガが終わる頃にはプンプンはちゃんと自分の世界を手に入れられているでしょうか。
どうか、そうであるようにと、祈らずにはいられません。

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2009.12.01

なぜ今回は体重が減ったんだろう?

今年に入ってから、職場においてはメタボ対策というのが実施されており、私はその対象者であります。
私ももうむか~しから体重は減らしたいと思って、漢方薬を試したり、オルビスのダイエット食品を試したり、野菜重視にしてみたり、1万歩歩いてみたり・・・としてきましたが、たいして体重は減らずにきていました。
今年の3月に保健指導を受けて、食事内容を改善してもかえって体重は増える始末。

まいったなぁ・・・と思っていたところ、5月に転勤し、6月に定例の健康診断があり、そこで新たにメタボ対策対象者としてリストアップされたらしく、9月から新たに、転勤先の職場の保健師さんから、メタボ対策指導を受けました。

そのときのこともブログの記事にしましたが、さてそれから3ヶ月経過。どうなったかというと・・・

5キロ減りました。

・・・す、すごくないですか、これ。今まで何しても減らなかったのに!

あまりにすごいので、どうして減ったのか、逆にどうしてその前は減らなかったのか、考えてしまいました。

今回、保健師さんからは1日の摂取カロリーを1300kcalにするよう言い渡されました。これ、かなりきつい制限です。まともなものが食べられない~と嘆いていましたが、今ではだんだん慣れてきました。主食を減らすことでかなり調整できるし、1回で700kcalとっちゃうことがあっても、あとの食事で調整することもできるようになりました。あとおなかがすいてどうしても我慢ができなければ0カロリーゼリーや野菜を食べる習慣もできました。
あと、1日1万歩は続けています。

で、それらをYahooのダイエットダイアリーに毎日つけて、携帯でもダイアリーにアクセスできるようになったので、食べるたびにこまめに記録をとるようにしました。

そしたら減った・・・

そうか・・・ダイエットってやれば結果って出るものなんだ。
やっても結果が出ないのが当たり前のようになっていました^^;;;;;

カロリー計算は、よく分からないときは適当ですが、
「大体、500くらいかな」
「これなら100か」
とかいうのが分かってきたので、しだいに楽になりつつあります。

Yahooのダイエットダイアリーも、以前やってたときは全然減らなかったんですけど、今回久しぶりにやってみたら、同じように記録をつけている人をライバルにして比べたりしながら、いっしょにがんばる機能が新しくついたのでこれも励みになりました。
Yahooのダイエットダイアリーってやってる人が多いみたいで、同じくらいの体重の人も探すとけっこういるんですよ。
同じようにやってても、55キロの人が50キロになったのを見ても、「もともとやせてんだから、ダイエットの必要ないよー」と思って全く励みにならないのですが、体重が同じくらいの人ががんばってると、
「あ、この人、減ってるー。私もがんばろう」
といい刺激になる。

そういういろんなことの相乗効果の結果かな。

パンパンだったおなかもたぷたぷになってきました。すっかりなくすまでにはまだまだ時間がかかりそうですけど・・・
これからもダイエット、がんばりまーす♪

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2009.11.22

poem(83)

11月
冷たい空気を肌にぴりりと感じると思い出す

きみに恋をした季節が
また今年もめぐってきた

あれからいろんなことがあったね、なんて言えるほど
そばにいたわけでもなく
きみを支えてきたわけでもない

なのに11月の風を感じると
あの時のきみを
あの頃の思いを
まるで本当につい昨日のことのように
思い出せてしまうのがとても不思議だ

そしてもっと不思議なのは
今でもきみを思うと私は
とてもあったかくなれること

力や勇気を与えられ
目に映る色はよりあざやかに美しく
明日もまた生きていこうとする思い
きみと私の住む世界は
今年もそんな『奇跡』で満ちている

さあ12月がやってくる
準備はいいかな

来年もまたその次も
そしてそのずっとずっと先も
きみといる未来が私にはちゃんと見えているから

今年の全ての出会いに感謝を
来るべき未来へ希望を
そしてきみへの変わらぬ思いを

いつものカバンに詰め込んで
新しい年へ越す準備を始めようか

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2009.11.18

きれいごとを言っている場合ではなくなってきたぞ。

え~、続いて囲碁の記事であります。

下記の記事で「次の大会もがんばりますよ」と書きましたが、件の大会が11月15日にありました。
結果は、全敗でありました~

いやぁ、今、下記の記事を読むとなんだか先週はまだ余裕だったんだなぁと思います。日中友好囲碁大会ではそれでも1勝しましたもんね。

毎年出場する日中友好囲碁大会に飽きたらず、翌週も大会に出たのは、その大会が日本棋院の囲碁教室に通っている人たちを対象にした大会であったことが大きな要因でした。

最近、自分の所属する教室ではいつも同じ人に負けるので、
「自分の教室は昇級基準が厳しいだけで、他流試合でならもっと勝てちゃったりするんじゃなかろうか」
それに囲碁教室に通ってるような人たちなら、変な手を打ってこないだろうし・・・

それが甘い考えであったことをこの結果で思い知りました。自分の教室の方がむしろ級位の認定に関しては甘いくらいだった!

気持ちの持ちようとかその日の体調とかいう問題でもなく、昇級できないのはつまり自分が弱いからでした・・・

全敗してからここ二、三日、少し考えていたことがあります。

私はなぜ囲碁をやるんだろう。
囲碁が好きだから?・・・いや、胸を張ってそう言えるほど「好き」って感じではない。あれ、それならどうして囲碁を続けてきたんだろう。

自問自答していて気がついたことが一つ。

これを読んでいる皆さんは自分に自信はありますか?
もちろん人間なら短所長所、いろいろあるとは思いますが、これだけは胸を張れること。
たとえばこういうのでもいいと思うのです。
「自分には未熟なところがあるけれど、この子にとって母親は自分だけ」
他の誰と比べてどうだろうと子供にとっては唯一無二の母親♪
お母さんというのはもうそれだけで、誇りに思っていいことだと思います。

私は単身者ですから、子供はいないしなぁ。
誰かや何かにとって唯一無二ってことないしなぁ。
もともと自信が持てる何か、なんてほとんどないんですよね^^;

けれど・・囲碁ってね。そういう意味では面白い。
運や偶然に左右されず、実力だけで勝負が決まります。
囲碁で結果を残せるということは、私にとっては自信につながることでした。

勝敗で決まる優劣が絶対的であり、感情や運やそのほかの余計なものをさしはさむ余地がない。

もちろん、これはいいことと悪いことの両面があり、負ければその結果を自分で引き受けるしかなくて、非常に落ち込むんですが、その分、勝てたときの達成感というのは、何につけても自信がない私にとって、かけがえのないものでした。
こう書くと、勝つことにしか関心がないように見えますが、勝つにしてもどんな手を使っても勝てばいいわけじゃなくてやっぱりいい碁を打って勝ちたいという思いもあって。

ちょっとずつでも有段者に向けて成長して、いい碁を打っていけるような自分になりたい。それをかなえることが、この、絶対的な優劣がある囲碁だからこそ、自信につなげていけるような気がしました。

で。
やっぱりそのためには、成長しなきゃ意味がない。

囲碁を始めた頃から上手(うわて)の方々に「碁は勝ち負けじゃない」って散々言われてきました。
でも、負けた碁に意味がないとは思いませんが、負けた碁も次に勝つための布石であればこそ意味がある。ずっと負けっぱなしでいいわけがないと思うのです。

なので負けっぱなしで、もう成長はないならやめる。
まだ成長できるのが自分に証明できたなら、これからもずっと続ける。

今年の決意は、囲碁に賭けた私の「自信を持てる自分になる」という夢の、総決算だったのかもしれません。

ということで。
泣いても笑ってもタイムリミットはもう近づいてまいりました。

「好きじゃない」とか言いながら、あっさりやめる気になれないのは、やっぱりそこに夢があるからであろうと思います。
夢を賭けてのチャレンジですから、これはほんとにやるだけやってみるしかありません。

大会で全敗して、かなり覚悟は決まってきました。残り1ヶ月半、スパートをかけますよ^^

表題は「きれいごとを言ってる場合では…」ですが、「夢」だなんてきれいな言葉になっちゃいましたね。
でもそれをかなえるためには本当は、七転八倒、泣いたり笑ったり、まさにきれいごとでは済まないプロセスを踏まなければ、「本気でかなえたい夢」なんてかなわないのかもしれません。
囲碁はいつだってこういうことを私に教えてくれるのです。

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2009.11.10

7度目の日中友好囲碁大会

 たまに思うのですが・・・
 どうも一人で暮らしていると、自分が何もかも一人きりで、全部やっているような気持ちになることがあります。

 うん、いや、一人でやらなくちゃいけないことは実際たくさんありますし、誰かに頼る気持ちがなくなって、自立して生きていけるようになっているのは確かなんですけど、でも、「誰にも頼ってない、全部自分でやってる」なんてのは実はたいへんな驕りだと、ふと気がついて愕然とする瞬間がたまにあるんですね。

 自分はなんていろんな人の思いに支えられているのか。
 なのに、たった一人で生きているような顔をしている。

 そういう慢心や驕りに気がつかないでいると、病気になったり、何か大切なものを無くしたり、壊したりしてしまいます。 それで、気がつく。自分がいろんな物や人への感謝を忘れていたことに。

 なんて、今回は何かを無くしたり、風邪をひいたりしたわけではないのですがね・・・

 昨日は日中友好囲碁大会でありました。

 日中友好囲碁大会といっても、中国の人と対局するわけではなくて、囲碁愛好者なら誰でも5人一組で出られる団体戦の大会で、私はそこに、職場の囲碁サークルの人たちと毎回、出場しています。

 もう何度目になるのかなぁ?6度目?7度目?
 いずれにしても、囲碁を始めてからずっと、10級くらいの頃からその大会に出ていて、今は囲碁は2級です。出るたびに連勝して昇級してきたんですが、今年は有段者の方に混ざって、ランクの高いクラスで出場したこともあり、残念ながら1勝しかできず昇級はありませんでした。まあ、自分の実力は自分がよく知っていますし、1勝できただけでも嬉しかったのですが。

 2009年は、ちょうど40の区切りの年でもありましたので、いろんなことを一回やめてみたり、新しくチャレンジしてみたりしている年です。
 囲碁についても「今年中に1級に昇級できなかったやめる」という目標をたててがんばっているところ。
 日中友好囲碁大会で、もしもいい成績が残せたら、ミッションクリアだったんですが、そうは簡単にはいかなかったなぁ、やっぱ。

 この「今年中に1級になれなかったら・・・」という話は、教室の囲碁友にも職場の先輩にもそしてネット碁の友達にも話していて、年末まであと2ヶ月弱、どうなることやら、毎日落ち込んだり、浮上したり、忙しい今日この頃。

 そんな中で、日中友好囲碁大会がいよいよせまってきて、イマイチ最近勝率が思わしくない私に、何人もの囲碁友が応援の言葉をくれました。

 一方、囲碁は自分のために自分だけの能力で挑むものだと思っていた私は、とにかくベストを尽くすことだけを考えて大会へ。まあ結果は上に書いたとおりだったんですが。

 ただ、大会のためにひたすら自分のことしか見えていなかった自分を、大会が終わってふと振り返ってみて。

 囲碁友のみんながどんなに応援してくれてたか、私はちゃんと考えていたのかなぁと。
 なかなか強くなれない自分にいらだってばかりで、いっしょに出場した職場の先輩や仲間だって、応援してくれてたのに、それに対して、感謝の気持ちとか全然なかったんじゃないかなぁと・・・

 もちろん、囲碁は勝負事ですから、自分の実力がものを言うんですが、それはそれとして、私はもっと、私に対していろいろと思ってくれている周囲の人たちの気持ちに気がつかないといけなかったような気がします。

 振り返れば、囲碁を始めて、多くの人に支えられてきました。
 決して一人で囲碁を続けてきたわけじゃなかった。

 初級者だった頃に飛躍的に成長できたのは、ブログを通して知り合った師匠がいたからだし(元気かな~)、その後もネットを通じて、そして職場の囲碁サークルを通して、多くの人と囲碁を通じて知り合いながら、自分も成長してきました。
 
 何度も書くようですが、囲碁は勝負の世界。勝ちがあって負けがある。
 実力がなければ負けて当たり前なんですけど・・・
 自分だけで打ってるような気持ちでいましたよ、ホント。でもホントはそうじゃない。

 来週はもうひとつ、別な大会に出る予定です。今度は個人戦です。今度の大会は昇級とかは関係ないけど・・・うん、今度はちゃんと、囲碁を打ってきた自分を応援してくれたたくさんの人たちのことを思いながら、打ってみようかな。
 
 応援してくれた皆さんで、もしこれを見てくれている方がいましたら。いつも本当にありがとう♪
 次の大会もがんばりますよ。
 そうしてがんばれれば・・・結果がどう出たとしても、もしかしたら今まで見えなかったものが見えてくるかもしれない・・・なんて、ね^^

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2009.11.02

新しい家族がやってきた

いえ、結婚も出産もしてませんが(爆)。

私の父が乗っている軽自動車が、走行中に突然止まるは、窓は閉まらなくなるは、シートは破れるはひどい有様になってきたので、さすがに新しい車を買うことにしました。買うのは私(ここ重要(笑))。

私自身は免許を持ってないので普段は車にはとんと縁がないのですが、父は昔から車がとても好きで、職場を定年退職した当時など憧れだったベンツに乗っていたくらいです。外車は維持費もかかるので泣く泣く軽に乗り換えましたが、いずれにしても父は車を運転しているときが一番嬉しいんじゃないかしら。

同じお金をかけるなら、必要なものにかけないとね。
車が好きで、買い物等の日々の移動にも不可欠ならば、買わない道理はありません。

でもさすがに高い買い物なので、八百屋で大根を買うようなわけにはいかず。前に私はその日に録画したいドラマのために、家電量販店に並べてあったDVDレコーダーを即買いしたことはありましたが、車はそういうわけにはいきません。
それに、新車を買うわけじゃないしね。
エコカー減税のあおりで、買い換える人が増えて中古車が出るのをしばらく前から狙っていました。でもさすがに今まで乗っていた廃車寸前の軽ほどお買い得な車はなかなかない。待っている内に、いよいよ今の車が窓が閉まらなくなって、危急存亡の事態となりまして。

大安吉日の11月1日。我が家に新しい車がやってきました。HondaのLifeというロゴがついています。パステルカラーのおしゃれな車。同じ軽とは思えないほどフロントガラスも広いし、座席もゆったりとしています。
前に乗っていた方は女性だったという話で、そのせいか、それとも買い取った自動車屋さんがきれいにしたせいか、中も外もとってもきれい。
父の話によれば、多少ぶつけてへこんだ痕があったようですが、それはちゃんと修理してもらえたようですし、前の軽に比べればピッカピカの新車みたいです。
ようこそ我が家へ。ウチの家族をこれからよろしくね。

車っていうのは不思議ですね。
父が車好きだったこともあり、今まで何台もの自家用車を見てきましたが、1台1台に愛着があります。2泊3日を共にするレンタカーにでさえ「おお、同志よ」とか思う。前に乗っていたのが女性だと聞いたせいもあり、今度の車は女の子みたいな気がします。

今まで乗っていた軽は自動車屋さんが運転して去っていきました。廃車となる運命を知っているだけにちょっと寂しい気持ちがしました。今までありがとう、ごくろうさま・・・

という感傷的な話の後ですが、参考までに今回の費用。諸手続の費用含めてジャスト40万。
高いのか安いのか私には分かりません。
今回買った車は、今、6才で、走行距離とかのチェックは父任せ。
車検にもまだ間があるようなので、そこは自動車屋さんとの信頼関係ってとこでしょう。
しまった、写真をとってきて載せればよかったな。

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