2026.04.20

poem(137)

      あと30年経ったら

あと30年もしたら私はこの世界にいないかもしれない
いたとしても目もあまり見えなくなり
耳もあまり聞こえなくなり
毎日をぼんやり過ごすようになっているかもしれない
そのとき私はどこにいるだろう
30年前にここにいることを想像できなかったように
今は想像もできない場所にいるんだろうか

30年前の私はようやく一人でこの世界を歩き始めたばかりだった
親の元を離れて自分の手で稼いだお金で生活し
毎日せっせと働いて
休みの日はのんびり過ごし

かけがえのない出会いもあった
喜びもあった
美しいものを眺めたり
行ったことのないところに一人で行ったり

そして今はあなたと共にいる

あなたと出会うための人生だったなんて
言うつもりはないよ
出会う前にあなたにはあなたの人生があったように
私には私の人生があった それだけ

でもさ…実際、何のためだったのだろうね
まだ何かを探している私がいる
あなたもまた探している
残りの時間がどれだけあるか分からないけど
一緒に探し続けようか
その旅は…きっとそれもまた…
かけがえのないものに違いない

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2026.03.01

poem(136)

   3月

冷たい風に首を縮めて歩いていた
冬がもうすぐ終わるね
今日から3月だ
顔を上げていこう

3月が特別な季節になったのはいつからか
きっと桜の咲く並木道で母を見送ってからだろう
その前の3月には
灰色の空から冷たい雨が振る窓辺から
病室の母の寝顔を見ていた
別れを予感しながらも
私はただ子供の頃に母に教わった
懐かしい歌を口ずさんでいた

新しい季節がやってくる
その前の別れの3月
やり残したことはないか
伝えられなかったことはないか
忘れていることはないか

鳥はやがて北へ向かうだろう
水仙やチューリップは芽を出すだろう
何かが大きく動くだろう

悩んでいることはそりゃまだたくさんある
将来への不安も消えないけれど
こだわりや思い込みは全てここに置き去りに
出発の準備を始めよう
さあ 3月だ
顔を上げていこう

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2026.02.19

憲法改正し「強い国」「戦争のできる国」になることは必要か?

前回に引き続き、この話題。
高市総理は憲法改正に向けた議論を進めたいとしていますが、具体的には防衛費を増やして日本を「強い国」「戦争のできる国」にしたいようです。
第二次世界大戦の終戦以来、日本は日本国憲法に「戦争放棄」をうたい非戦を貫いてきたのですが、自民党が大勝するこの流れの中では「戦争のできる国」になることに世論も傾きつつあるように見えます。

同じ人類なのに他国と憎み合い、互いに「相手を攻撃する」ことを前提に軍事力を果てしなく強化し合い、相手をけん制し合うことは私にはナンセンスにしか思えませんが、そう思わない人が増えてしまったのかな…
ロシアが力でウクライナに侵攻し、アメリカが自国ファーストで国際協調のための予算を出し渋る21世紀にあってはそれも全く分からないわけではないのですが。以下、論点整理です。

Q 日本が防衛費を増額するのはいけないことなのか? いけないとすればなぜ?
・国民の生活が苦しいのに防衛費の増強でさらに苦しくなる
・福祉などもっと予算をまわすべきものがある

Q 日本が防衛費を増額する=「戦争をしたい」のか?
・「もし他国から攻められたときのために防衛費の増強は必要。戦争をしたいわけではない」という主張は理解。

Q 防衛費を拡大しているのは中国やアメリカなのに、他国は非難せずに自分の国にだけそういうのはおかしくないか
・周辺国が軍事力を増強しているからといって、同じだけ軍事力を強化することが国を守ることにはつながらない
・そもそも世界一の軍事力を日本が持つことは、国内資源などを考えると無理
・「平和」は同じだけ軍事力を持つことではない

Q ならば他国から攻められたら抵抗せずに降参しろということか。ウクライナだって抵抗している。
・「他国から攻められない」ためにするべきことは軍事力増強だけではない
・「戦争を起こさない」ことが大事

Q 具体的には?
・中国とは対話を欠かさない。刺激しないこと。
・アメリカ、中国、ロシア等とも友好的な関係を築くこと。何があっても非難しないということではなく、言うべきことは言えるよう対話を欠かさずコミュニケーションをとっていく。

Q 相手がいい人だとは限らない。仲良くしていても攻められることもあるのでは。
・日本に中国人がたくさんいればいきなりミサイルを撃ち込んでくる可能性は低くなる
・互いの文化に価値を認め合い、交流を深め、互いに反戦の意志が共通していれば戦争を回避できる
・孤立が戦争を招く
・いい人かどうかは限らないのは日本人でも中国人でも同じ。
・対話できる相手を増やし、戦争の抑止力となってもらうこと。それが日本の取るべき戦略なのでは。

甘いと言われそうだけど、果てしなく軍備を増強し、防衛費に金をつぎ込むことよりも他国との協調に尽力する方がよほど生産的なのではないかと思います。
てか、それが20世紀後半のスタンダードだったのにな。
やはり世界情勢の変化がそれを許さないということかもしれない。
ロシアの横暴を誰も止められないんだもの。
「力で世界を支配する」ことが正しいという世界にしてはいけないのに。

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2026.02.11

戦争ができる国になるのはいいことなのか?

 2026年2月8日に衆議院議員選挙があり、高市早苗総理が率いる自民党が戦後最多の316議席を獲得して他党に圧勝しました。
 対する野党は、高市総理が総裁になった直後、2025年10月10日に自民党との連立を解消し、立憲民主党と「中道改革連合」を立ち上げ、自民党に対抗しようとしましたが、小選挙区では全国で7議席しかとれませんでした。
 
 小選挙区制の選挙では1選挙区の1位しか当選しないので、このような圧勝が生まれやすいようです。でも比例でも自民党は67議席を獲得し、中道は42議席。公明と立憲を合わせた数としては前回の選挙よりも大幅に減らしていて、自民党が大勝したため比例復活する必要がなくなったのでおこぼれで6議席譲られるという、なんとも言えない状況。

 前回の衆議院議員選挙は2024年10月に行われています。当時の石破総理が就任8日目で衆議院を解散したことで選挙が行われましたが、この時は自民および連立を組んでいた公明が大きく議席を減らし少数与党になりました。
 この時は、野党勢力が結集すれば自民党を上回れたので、そういう話も出ていたもののまとまりきらず、自民党は選挙で議席を減らしたのに石破総理が続投。この時の選挙って何だったんでしょうね… SNSでは移民政策に反対する声が多く聞かれ、参政党が大きく支持を伸ばしたというのもこの時の選挙の特徴でした。

 石破総理が386日の在任期間で大阪万博が終わった後、マスコットキャラクターのミャクミャクとともに退陣し、女性として初めて高市早苗氏が総理になったのが2025年10月21日。

 そして行われた第51回衆議院選挙。
 高市総理が、自分を支持するかしないかで行われた選挙だったと認識しています。
 その結果の圧勝ですから、高市総理が国民から支持されたということで間違いないでしょう。

 …でもなぁ。
 私自身は自民党には入れませんでした。なぜって高市さんは故安倍総理の後継者であり、安倍派は裏金問題で多くの議員が下野していたんです。高市総理になったことで、裏金議員も旧安倍派議員も復活。一時代前に戻ってしまったようです。

 安倍一強時代には裏金以外にもいろいろな問題がありました。
 強い総理が生まれると、総理に従う政治家が優遇され、総理の言うことには誰も逆らえなくなり、総理に擦り寄って甘い汁を吸おうとする輩も出てくるし、桜を見る会の問題のように何でもありになっちゃう。

 総理個人が悪いというよりは権力構造ということかな…
 総理個人が人気があっても、ちゃんと自民党の中で政策を議論して、党として日本をよりよい方向へ導くようになっていけばいいんですが、今の自民党にはそんな期待はできない気がする。

 石破総理は人気がないと言われていましたが私は好きだったんですよ。
 国防についてはきっと思うところもあったろうけど、戦後80年の所感などを聞くと頷けるところが多かったし、バランスの取れたいい総理だったと思っています。
 小数与党でのかじ取りは大変だったろうけどがんばってくれていたのに、結局、総理を下ろされてしまいました。

 …何が嫌って「独裁」が嫌みたいだな、私。
 
 今回の選挙で、SNSのXでは「反戦」で盛り上がっているみたいに見えたのですが、選挙結果から言えば、それは単に私がそうであることによるエコーチェンバーだったと認めざるを得ません。憲法改正…具体的には平和憲法と言われる部分の前文や9条の改正もいずれ行われるのかも。つまりは、自衛のためだけではない軍拡が、私には理解できませんが「日本の平和を守るため」という理由で行われていく世界線が始まったということです。

 うーーーーーーん…
 確かにウクライナとロシアの戦争を見ると、こちらから仕掛けなくても大国から攻められるということがあるのが現実。
 アメリカも力で世界を牛耳ろうとするトランプ政権で、国連も機能しなくなってるように思います。
 日本国憲法の前文でいう「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」そんな国際社会じゃなくなってきてしまったかも(汗)。

 だとしたら日本も戦争のできる国にならないといけないのか!?

  終戦から80年。
基本的人権を謳う日本国憲法下で、平和に生きてきた私達が特殊だったのかなぁ。

大きな戦争が起こって人類存亡の危機に直面し、日本もその戦いに巻き込まれるSFのような未来が現実になりそう。
その前に私は寿命がくるのかもしれないけれど、人類の未来のために「反戦」と「平和」を願ってやみません。



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2026.01.03

あけましておめでとうございます

 2026年になりました。あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いします。

 2025年12月10日に入籍して初めて迎える正月ですが、夫は本日も雪解けの街にINGRESSをしに出掛け、私は私で自宅でドラクエⅡリメイク版をプレイするという、趣味に全振りの2026年、年明けです。

 年越しは伊豆の片瀬白田という駅の近くの温泉に行ってきました。伊豆の東側なので初日の出を期待していったのですが、残念ながら今年は曇りで海から上る初日の出は拝めませんでした。またリベンジしたいなぁ。

 元旦は伊豆大川の「磯の湯」という海沿いにある立ち寄り湯へ。温泉サイコー!!

   温泉は夫の趣味で、付き合い始めてからずいぶんいろんな温泉に連れて行ってもらいました。東北は岩手の夏油温泉から、南は八丈島で湯めぐり、西は九州、大分の別府で地獄めぐり。日本っていろいろな温泉があって面白いです。山梨のぬる湯もよかったし、鳴子の湯滝もびっくりだし。

 元旦に磯の湯に浸かって、青空を眺めながらつくづく、夫と出会ってなかったら私はここにはいないんだな、と考えていました。

 SNSでのお題で「もし記憶を持ったまま人生をやり直せるとしたら何歳からやり直したいか」というのがあって、私はいじめられっ子だった小学校からやり直したい、やり直せたら今ならもう少しうまく立ち回れるんじゃないか、と考えていました。

 でも、あの頃からの少しずつの積み重ねで今があって、夫と出会ってるんですよね。
 やり直したら夫とは出会えないし、今と同じ年齢になったときに、今より幸せとは考えにくい。

 そりゃ、子供の産める年齢で結婚して、子供作りたかったなーとかはありますが、その年齢だとやり直しても彼とは付き合えてない気がする。

 仕事も子供いたら両立できなくてやめてそうだし、そしたら自分の収入はなくて、今みたいな生活はできてなさそう。

 50代で亡くなった母に対しても、そりゃ私がそばにいて介護オンリーだったら何か違ってたかもしれないけど、それで母が幸せだったかというとそうとも限らない。何より、母亡き後、再婚して穏やかな老後を全うした父が、今世よりも幸せに過ごせるとは思えない。

 なんて考えてくると、今の人生でよかったような気がします。やり直しはなしでいいや。大体、やり直せばやり直すほど悪くなるのが、そういう話の定番だものね。

 思い返せば、能登の地震があったのは2年前、令和6年の元日。
 2025年、令和7年は大きな災害はなく、概ね穏やかな1年だった気がします。大阪万博も成功したし。
 地震はそこそこあったし、熊被害も頻発したけれど、今年、2026年もこのくらいで何とか行ってほしい。大地震や原子力災害、台風被害、新型コロナなどは勘弁してほしい。
 
 私個人にとっては「結婚」という人生最大の奇跡を叶えてしまったので、もう後はそれほど望むことはないのですが、できるだけ長生きして、この世界の行く末は見守りたいです。
 そのためには健康でいなくちゃね。ダイエットもがんばります。

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2025.12.30

無事、入籍しました

 12月10日に無事、入籍しました。
 12月8日には、フォトウェディング、ウェディングドレス着て結婚式風の写真も撮影しました。やっぱり憧れだったのよね~。

 というわけで、もう一生独身だろうと思っていたのに結婚しました。

 結婚したら、女性は家事と夫の世話を仕事と両立させなければならず、自由を失う…なんて思っていたけれど、私の場合は、そんなことは全くなく。

 仕事は今までどおり。家事は、テレワークの夫が洗濯やってくれるし、水回りの掃除は月2で外注していて、一人の時より楽になりました。炊事も二人暮らしを始めてからも、昼と夜は別々で、朝のみ、私がしっかり食べたいので、夫はそれに付き合ってくれる形で二人で差し向かいでとっています。それも私がしたいからってだけ。できないときはしなくても問題ありません。

 私はそもそも男性と付き合った経験もなかったので、男性と付き合ったら何でも相手に合わせなくてはならないから、自分の好きなようにできないと思ってきました。

 そういう関係も一般的なんでしょうけど、そうじゃない関係もあるんだな。

 結婚まで2年半くらい一緒に暮らしていますが、相手に束縛されている感じはまったくありません。好きにやらせてもらっています。
 相手も好きにやってて、お互い好きなことしながら一緒に暮らしています。

 お互いに自由で好きなことをやっていて、それで一緒にいる意味ってあるんだろうか…付き合い始めた当初に友人に聞いたら、友人はそれでいいんだと言ってくれました。お互いが好きなことしながら、同じ空間にいる。それでも意味はあるんだって。

 半信半疑で半同棲からスタートしたんですが、実際に共に暮らすことには意味がありました。少なくとも私は安心したなぁ。
 「受けられている」という安心感です。

 私にとって違和感なく、一緒に暮らせる人…多分、この世界でそんなに多くはいなくて。多くいたら、若い頃に結婚しているもんね。

 だいぶ年はとってしまいましたが、なぜか出会って、結婚という「今」があります。
 多分、これからもずっと一緒。

 自分でも信じられないけれど、本当に結婚しちゃいました。びっくりだわ。

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2025.10.14

結婚します…多分♪

 一人暮らしから二人暮らしになって、2年と半年が過ぎました。
 
 年齢も年齢だし、子供を持つ予定はないし、仕事はもう定年まで、いや定年過ぎても働く予定だし…ということもあり、結婚する気はまるでなかったんですが、付き合って3年以上経つしそろそろちゃんとしようかな、という思いが出てきて、2025年12月に結婚しちゃおうかと思ってます。

 彼からはその前に「結婚したい」って言われてて、後は私の気持ち次第でした。

 …いや、そもそも…この年になって誰かと付き合うってことがあると思ってなかったし、付き合ったとしても二人暮らしなんて今更できないし、二人暮らししたとしても「結婚」とかないって思ってたのに。

 予想外のことばかりですわ。人生って分かんないもんだなー。

 入籍はずっと迷っていました。結婚に憧れはありましたけど、実質、この年になっちゃうとあんまり意味ないし。

 と思っていたのに結婚しようと思ったのは、彼といるのがすっかり自分の当たり前になってしまったからで。元々、付き合い始めた当初から、この先、ずっと一緒にいたいと思っていて、その思いが付き合って3年経っても変わらない。ならば入籍してしまってもいい、むしろしないのが不自然って思ったからです。

 3年間、それなりにけっこういろいろありました(苦笑)。それでも、彼は変わらず私を大事にしてくれるし、私も彼といたい。
 環境や立場や、年を取ってくればやはり少しずつ変わることはあるんでしょうけど、それでも多分、ずっと一緒にいることは変わらないんだろうな。
 12月までまだもうちょっとありますが…多分…また入籍したら本ブログでも報告します。

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2025.10.13

石破総理「戦後80年所感」

お久しぶりです。
というか、またお久しぶりになってしまいました。

気が付けばもう万博も終わりだし、石破首相は総理を辞任することとなり、高市氏が自民党総裁となり、女性初の日本国総理が誕生するまで秒読みの昨今。

石破さんは今のところはまだ総理で、万博の閉会式にも出席していました。10月10日には戦後80年所感を出されました。閣議決定を経ていないので「談話」ではなく「所感」でしたが、この所感、とてもよかったです。
私は昭和40年代の生まれですが、おそらくこの世代は、太平洋戦争の後に生まれ、当然、戦争は知らないんですが、先の大戦がなぜ起こってしまったのかも全然学んできていないんですよ。
ただ「戦争はよくない、二度と起こしてはいけない」と言われるだけでね。

そこへきて昨今はロシアがウクライナに侵攻し、第二次世界大戦のような惨禍を二度と起こさないという世界的なコンセンサスが無意味と化してしまいました。アメリカもトランプ大統領の誕生で、世界の警察であることを放棄してしまいましたしね。
「力」が支配する世界に逆戻りです…その中にあって「戦争反対」だけでいいのか、日本も武装すべきなんじゃないかと主張する政党が国会で議席を伸ばしたりして、世の中どうなってしまうのか。

ただ「平和」が大事、「戦争反対」というだけではとてもその流れを止められない。

そう思ったところにこの、石破総理の「所感」がありました。

(引用開始)
政治と軍事を適切に統合する仕組みがなく、統帥権の独立の名の下に軍部が独走したという過去の苦い経験を踏まえて、制度的な手当ては行われました。他方、これらはあくまで制度であり、適切に運用することがなければ、その意味を成しません。

政治の側は自衛隊を使いこなす能力と見識を十分に有する必要があります。現在の文民統制の制度を正しく理解し、適切に運用していく不断の努力が必要です。無責任なポピュリズムに屈しない、大勢に流されない政治家としての矜持(きょうじ)と責任感を持たなければなりません。

自衛隊には、わが国を取り巻く国際軍事情勢や装備、部隊の運用について、専門家集団としての立場から政治に対し、積極的に説明し、意見を述べることが求められます。

政治には、組織の縦割りを乗り越え、統合する責務があります。組織が割拠、対立し、日本の国益を見失うようなことがあってはなりません。陸軍と海軍とが互いの組織の論理を最優先として対立し、それぞれの内部においてすら、軍令と軍政とが連携を欠き、国家としての意思を一元化できないままに、国全体が戦争に導かれていった歴史を教訓としなければなりません。

政治は常に国民全体の利益と福祉を考え、長期的な視点に立った合理的判断を心がけねばなりません。責任の所在が明確ではなく、状況が行き詰まる場合には、成功の可能性が低く、高リスクであっても、勇ましい声、大胆な解決策が受け入れられがちです。海軍の永野修身軍令部総長は、開戦を手術に例え、「相当の心配はありますが、この大病を癒やすには、大決心をもって、国難排除に決意するほかありません」、「戦わざれば亡国と政府は判断されたが、戦うもまた亡国につながるやもしれぬ。しかし、戦わずして国亡びた場合は魂まで失った真の亡国である」と述べ、東条英機陸軍大臣も、近衛文麿首相に対し、「人間、たまには清水の舞台から目をつぶって飛び降りることも必要だ」と迫ったとされています。このように、冷静で合理的な判断よりも精神的・情緒的な判断が重視されてしまうことにより、国の進むべき針路を誤った歴史を繰り返してはなりません。

(引用終わり)

めっちゃ大事です。
私は別に高市総理でもいいんですけど「冷静で合理的な判断よりも精神的・情緒的な判断が重視されてしまう」これだけはどうしても避けなくてはいけなくて、高市さんならそれはできると思ってるんだけどな。

マスコミって好きだ嫌いだっていう感情的な煽りが好きよね。
謀略も好きだしね。SNSはもっと。

民主主義の悪いところなんだけど、感情的に煽られることで合理的な判断がされないで選挙の結果が出てしまうのだけはまずいし、まずいのに、政治家がそれだけを目的に人気取りに走ってしまうのはもっと問題。

戦争の惨禍は避けないといけない。これは絶対に。
もし仮に日本がウクライナのような形で他国の侵略を受けるような事態になると仮定するなら、まずはならないようにまず手を打つことが大事だし、それは日本が核武装することじゃないはず。

台湾有事が本当に起こったら…日本の領土をどこかが侵犯したら…もしそうなったらどういう対応をとるべきか。
しっかりとシュミレーションし、対策を立てておかなくちゃ。核武装なんかじゃなく、ね。

そうか…
石破さんには総理をやめたら、この辺をしっかりと考えて対策を立てておいてほしい。総理だと忙しくてできないけど、総理じゃなくなったら、この辺に注力できるはず。元々、こういう方面が詳しい方だしね。
よろしくお願いします。石破さん。

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2025.06.22

呪術廻戦~懐玉・玉折編~

「呪術廻戦」という作品との出会いは、たまたまアニメの第一話をテレビで見たのが始まりでした。セリフで聞いただけでは意味が分からない言葉(「秘匿死刑」とかね)が多かったので原作コミックをネットで購入、電子書籍で読み、アニメも見ています。呪術廻戦0が映画化した時は公開初日に見に行ったなぁ。

 で、今回は「懐玉・玉折編」が映画になったので見てきました。「懐玉・玉折編」は呪術廻戦の主人公、虎杖(いたどり)君の呪術高専の先生である五条悟が先生にになる前、まだ自分が学生の時の回想が全編を占めるストーリーです。

 後に現代最強の呪術師となる五条先生ですが、当時は自身も高専の学生で、夏油傑(げとう・すぐる)という友人と二人で最強でした。でも、五条先生にとってはおそらく「突然」だったんでしょうが、共に呪術師として、呪いが人々に及ぼす禍を払ってきたはずの夏油君が民間人を自らの呪術で殺傷し、高専を出奔してしまいます。

 「懐玉・玉折編」のオープニングテーマは「青のすみか」という曲なんですが、あらためて歌詞を追ってみると、とても切ない内容となっています。

 ♪どんな祈りも言葉も近づけるのに届かなかった
  (中略)
 ♪君を呪う言葉がずっと喉の奥につかえている

「懐玉・玉折編」の最後の方で、高専から姿を消した夏油君は一度、高専の友人だった家入(いえいり)さんと五条君の前に姿を現します。その時に五条は、民間人を殺傷した犯罪者であっても、自分の親友である夏油くんにどうしても自分で手を下せません。その時点で五条は最強だったので、やろうと思えばできたはずですが…見逃しちゃうんですよね。

 それがまた後年、いろいろな禍根を残すことにはなるのですが。

 このエピソード、私は原作コミックで知ってはいたのですが、あまりピンと来ていませんでした。主人公達のメインストーリーとはちょっと違う時間軸で進むこともあり、感情移入できていなかったです。
 でも今回、このエピソード単体で映画になって、それを見ることで、五条先生や夏油さん、そして敵役である伏黒甚爾(ふしぐろ・とうじ)のそれぞれの気持ちや行動に改めて思いを馳せることになりました。

 夏油さんは…愚かで無知な非呪術師のために、仲間の呪術師が呪いの犠牲になって命を落とすことや、本エピソードの中で甚爾に殺されてしまう天内理子(あまない りこ)ちゃんを救えなかったことが本当に許せなかったのだなぁと思います。

 呪いのために多くの仲間が犠牲になってしまうなら呪いが生まれない世界を作るしかない。
 呪いを生むのが非呪術師の負の感情であるなら、非呪術師をこの世界から消してしまうしかない。

 絶望の末の選択だったんでしょう…

 でもなぁ。五条先生は五条先生で、最強に成ったのは、きっと夏油さんと同じ絶望と後悔からだったんだと思うんですよね…民間人を殺傷してしまう前に夏油さんが五条に自分の苦悩やジレンマを打ち明けていたなら。
 
 ♪君の笑顔の奥の憂いを見落としたことを悔やみ尽くして

 今回の映画の先のエピソードになりますが、結局、夏油さんは自分の理想の世界を作ることはできません。一度は見逃した五条ですが、次の再会は結局、最後は永遠の別れとなってしまう。

 それで終わればまだしも、親友を救えなかった思いを心の奥に抱え込んいた五条先生は、後にそれを利用されて封印されてしまうというのが呪術廻戦のストーリーとなっています。そこまではもうアニメ化されているのでネタバレしてもいいでしょう。

 …振り返るとなかなかえげつないストーリーだわ、呪術廻戦。

 ♪「また会えるよね」って声にならない声

 呪術廻戦で私が大好きな東堂(とうどう)さんいわく。
「俺たちは呪術師だ。(中略)あらゆる仲間、俺たち全員で呪術師なんだ。俺たちが生きている限り死んでいった仲間たちが真に敗北することはない。(中略)お前は何を託された?」
 このあたりのセリフは正直、難しくて、私自身ちゃんとは理解できていないのですが…

 志半ばで死ぬことは呪術師に限らず、誰にでもあって。
 呪術廻戦では、冒頭から死ぬことの意味、生きることの意味がずっと一貫して問われ続けています。

 夏油さんにしても、五条先生にしても…そして虎杖くんたちだって私たちだって、時代の流れの中で一人一人が限りある時間を生きている。その中で後悔したり、選択したりしていくわけですよ…

 夏油さんはあれでよかったのかな。五条先生は? その中のかけがえのない青春のエピソードが「懐玉・玉折編」です。

 見てよかった。もう一度、「青のすみか」聞いてきます。

 

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2025.04.20

いつか図書館で。

私は小さい頃、家にあった本は大人の本まで全て読んでしまうほどの本好きでした。
母親もマンガや本が好きだったし、親戚に本屋を経営している人がいて、こども文学全集やこども百科事典などが家にあって、ページが取れるくらい読んだっけ。
当時の住まいは、駅からだいぶ離れた新興住宅地にあって、たまに近くの公民館に移動図書館が来ていました。
小学校に図書室…はなかったと思う。あれば記憶にあるはずだけど。
確か、教室の後ろにみんなが持ち寄った本が並んでて、ノストラダムスの大予言とかはそれで読んだような。

小学校4年生の時、市立図書館が市内に初めてできて、自転車をとばして借りに行きました。
新しい図書館はピカピカで楽しかったなぁ。
4年生の終わりに引っ越したら、引っ越し先には地区ごとに図書館があって、そこもたくさん利用しました。
その頃よく読んだのは星新一や小松左京のSF短編集。筒井康隆も。

中学校や高校には図書室があってそこでも借りて読んだっけ。
グインサーガや幻魔大戦など巻数がたくさんある文庫は高校の時に読みました。
大学にも図書館があって、暇な時間に行ってはよくCDを聴いていました。ホルストの惑星とかよく聞いたなー。

その後、独立して一人暮らしをするようになってから何度か引っ越しましたが、引っ越し先で最初にチェックするのは図書館。今も職場の近くや住まいの最寄りの図書館をよく利用しています。

いつか…図書館で働いてみたい、というのが夢です。
貸出も返却も大きな図書館では自動になってきていて省力化されているけれど、返却された本を書棚に戻したり、予約の対応をしたりするのはまだまだ人力だから、人手は多分、まだいるんだと思う。
今の仕事を引退したら、給料は少なくてもいいので…最悪ボランティアでも図書館のお仕事、してみたいなぁ。
この夢、かなうかしら。

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