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July 2005

2005.07.31

ニートと似ている「何か」

 キャリアカウンセラーの小島貴子と言う人の書いた「我が子をニートから救う本」という本を買いました。
 私自身は、大学出てすぐ就職したので、ニートになった経験はなく、身の回りにもそういう人はいないのですが、なんとなく以前から興味がありました。「ニート」・・・一体なぜ、ニートになってしまい、それから抜け出せなくなってしまうのか?

 まああの、ニートについて、関心のある方は、この本を読んでいただければいいと思うのですが、私は読んでいて、ふと「ニートって何かに似ているなぁ」と思ったのです。それはね・・・「結婚しない人たち」。

 普段このブログを見ていただいてる方には、書いている私が単身者であることはばればれだと思うので、それを前提に以下を読んでいただければと思います。

 この本にはこんなことが書いてあります。

 ニートは働きたくても働けない、働かない。
 今のままでいけないと本人も思っているけれど、どうしたらいいのかが分からない。
 人とのコミュニケーションにすごく苦手意識があり、自意識過剰。
 自分をだめな人間だと思っている。

 うーむ・・・いや一概にはいえませんけどね。結婚しない人(男女問わず)にも共通なことが多いなぁと。

 ニートにとっての「働くこと」と結婚しない人の「結婚」には多くの共通項があります。
「したほうが世間体がいい。でもしなくても当面困らない。」
 
 たとえば本の中にこんな記述があります。

「多くのニートは、今自分が働いていないことや社会のとの関わりを断絶していることが、社会的にヘンだと言われていることに気付いていません。自分の中ではよくないなあと思ってはいます。でも様々な面でそのことが社会的な問題になっているということは分かっていません。
 長らくニートでいると友達にも会わなくなります。会ったところで社会に出ている友達とは話が合わないので孤立してしまうからです。」

 これをこう読み替えてみたりして。

「多くの単身者たちは、今自分が結婚していないことや社会との関わりを断絶していることが、社会的にヘンだと言われていることに気付いていません。自分の中ではよくないなあと思ってはいます。でも様々な面でそのことが社会的な問題になっているということは分かっていません。
 長らく独身でいると友達にも会わなくなります。会ったところで結婚していて子供もいる友達とは話が合わないので孤立してしまうからです。」

 いや、独身でいることが「社会との関わりを断絶している」かどうかということは極論でしょうが、すくなくとも、家族や家庭を持つということと、1人でいるということは、まったく世界が違います。世間との関わりも少なくて済むし、ニートと違って「職場」という場所で社会との関わりはありますが、それは「家庭」とはまったく別次元のものなのではないかと。

 働かないニートの存在は社会的にも問題になっていますが、出生率の低下はある意味それと同じくらい重要な社会的問題です。
 なぜ子供を産まないのか。なぜ結婚しないのか・・・
 そう問われた時に、置かれている状況は、「なぜ働かないのか」と問われるニートとなんだか同じような気がしてしまいます。

 今の時代、「結婚して家庭を持つ」ことが全てではないと言う人は多いし、私自身も誰かに聞かれたらそう答えたいです。しかし。「働くこと」が当たり前であった時代の少し前には「結婚すること」が当たり前であった時代がありました。時代の変化とともに、それをしないことも選択肢の一つとして広がったわけですが、そのことによる社会的影響は大きく、それをどう考えたらいいのか、また、もし「働かない」や「結婚しない」ことを選択した人が増え、それを容認するなら、その影響をどう解決して行ったらいいのか・・・

 また、この本の「ニート」への働きかけと同様に、もし、結婚したいと思っていても「結婚しない」という状況にいる人たちに対して、何かアプローチ策を考えるべきではないのか・・・などということを考えていました。そうしないと出生率は下がるばかりです、真面目な話。

 あはは、自分を棚にあげて何をいうやらですなぁ。でも、結婚してる人には、結婚していない人がなぜ結婚しないのかは分からないかも^^; ニートが何を悩んでニートになっているのかがその親には分かりにくいように・・・

 コミュニケーション不足という部分を突かれると、私自身、かなり反省すべき点が多いですねぇ。
 職場は男性も多いし、職場以外でも趣味仲間というのはけっこういて、異性と知り合う機会はあるはずなんですが、それがそれ以上に結びつかないのは・・・うーむ。

 まあ、私個人はともかくとして、非婚率がこれだけ上がってくると、仲間が増えてうれしいとばかりも言っていられない。ニートたちにジョブカフェがあるように、結婚には結婚相談所があるけれど、単に縁結びとかそういうことじゃなくて、ニートが働けるようになるためのこういう本があるように、「結婚しない」人が結婚したくなるような、そういう本もあればいいのになぁ。とりあえず私はそういう本があったら買います(爆)。

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ザ・スピルリナ

 「真光元」のニュースなどをブログで話題にしたくせに、「コレステロール値が下がる」などといううたい文句についついひかれ、「ザ・スピルリナ」という栄養補助食品を買ってしまいました。
 このスピルリナは、元々は「藻」らしい。(原価安そうだなぁ・・・)コレステロール値が下がる以外に、便秘が治ったり、肌がきれいになったり、ひざの痛みがとれたり、あらゆるいいことがあるらしい。(ほんとかよ)
 いや、なぜにそんなものを3000円も出して買ってしまったのかというと、いつもいくスポーツクラブに、このスピリルナ、あらゆるところで宣伝しているのですよ。
 トイレに入ると、扉にスピルリナの宣伝。エアロバイクをこいでいても目に見えるところのに「スピルリナ」。いつもスポーツクラブに行くたびに「スピルリナ」「スピルリナ」と刷り込みを受けていれば、洗脳もされるよなぁ。(アホや)
 で、つまりはずっと気になっていたわけです。「スピルリナ」のことが。
 そしたら、先日スポーツクラブに特設カウンターが出ていて、いつもはもっと高いスピルリナが3000円で売っていて。さらに、私が試飲している脇で、「いつも飲んでるので、私も買っていくわ」と2箱まとめ買いをする女性の姿が。「他の人もそうして買っているなら、悪いものではなかろう」と、私も思わず1箱買ってしまいました、と言うのが顛末でございます。(あの人、サクラじゃないだろうなー)

 うう、アホやね。冷静に考えると、どうもやはり怪しい。宣伝文句につられ、また変なものを買ってしまった予感。念のため、ネットを検索すると、スピルリナの宣伝のページにばかりヒットしました。ココログ上ではやっと使用者の方のブログに一件ヒットしました。こちらでございます。

http://niko2.cocolog-nifty.com/diary/2005/04/post_1572.html
 う・・・コレステロール下がらないの? ・・・ ・・・ ちょっとへこんでおります。

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2005.07.29

うなぎ大好き♪

 前も書いた気がしますが、うなぎといえば、私にとっては最高のごちそう。
 子どもの頃に初めて鰻重を食べたときの感動は今でも強く心に刻まれております。
 大人になった今でも、「ごちそう」感覚は強く・・・なんていうんでしょう、大好きだけど、「週に1度はうなぎ食べてます」っていうような好きさではなく、とっておきの時に、大切に大切に味わう・・・そんな特別メニューなのです。

 なので、浜松へ行った時は、ここぞとばかりにうなぎを食べるのですが(うなぎは浜松の名物です)、それ以外にうなぎを食べる「大義名分」といえば、土用丑の日。昨日はその大義名分の日でありました。

 仕事帰りに、先日、修理に出した時計が修理から戻ってきて、それを取りに伊勢丹に行ったので、伊勢丹のレストラン街でうなぎを出してる店を探してみたのですが、残念ながら、なかった~。
 鰻屋さんて探そうとするとないのですよね。
 仕方なく、うなぎ弁当を購入して、外食ならぬ中食(弁当を買って家で食べるのをそういうそうですよ)することにしました。近所の総菜屋「若菜」のうなぎ弁当、680円。安っ。
 でも値段の割には、ふっくらとして、おいしくて、大満足でした。・・・そうねえ、一ヶ月に一度くらい、土用丑の日があるといいかな。でもやっぱりそれじゃありがたみが薄れるかしらね。
 

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2005.07.28

アヤシイことはあまたある

 アヤシイ商売については、朝、テレビをつけていると、まったく毎日話題に事欠かず^^; 「真光元」とかいう栄養補助食品をとっていた女の子が死亡したニュースがありましたが、「栄養補助食品」・・・私もダイエッターなので、サプリや「これが効く」なんてのには散々引っかかってきたわけで、まったく他人事ではなくてねえ^^;
 しかし真光元が、オルビスと違ってより危険なのは、ちょっと「宗教めいている」部分です。
 人間って信じると、なんでも出来ちゃうからなぁ・・・
 あと、今朝のワイドショーでは「ザイン」という名のアヤシイ団体についても報道がありました。神様の化身であり、悪魔と戦って神と融合させたことがある、とかいう主宰は、まあ、話からしてアヤシイのですが、問題は、それを信じて身を投じている若い女性がたくさんいて、アヤシイ上に高価な開運グッズ(フェロモンを高め、異性を惹き付けるペンダントとかね)を真面目な顔をして販売している男性の社員もいるようです。

 いや、アヤシイ物は世の中にはたくさんあります。次々販売もそうですけど。
 しかしなぜそれを信じてしまう人がいるのか・・・人間って不思議だ。
 昨日も書いたとおり、私自身だって、「絶対信じない」とは言い切れないところが怖いのですが・・・

 大学で心理学をやっていたころ、アメリカの社会心理学者、アッシュという人の有名な実験で、こういうのがありました。(同調行動) 7人くらいの人が部屋にいて、6人はサクラで、1人だけが被験者の状態で。(もちろん被験者はサクラのことは知らない)明らかに長さが違う二本の線が書かれている紙を、順番に見せていく。
 たとえばAは長くBが短いとしててですね。「どちらが長いですか?」と聞かれたら、普通だったら、明かにAと答える。でも、サクラの人から順番に紙をまわすと、その内の6人が全員Bと答えるわけです。
 最後に紙を見た被験者は、かなり悩みますが、どうもBと答えてしまう人が多いそうです^^;

 人間というのは、自分が五感でとらえている主観的事実よりも、周囲の人間に影響されやすい。
 それを証明した実験だったわけですが・・・
 つまり明かにアヤシイものでも、周りの人がみんなそれを信じていたら、自分もそれを信じないでいられなくなってしまうのかもしれません。まあ、私がここで語るよりも、歴史に数多くの事例がありますし。

 人間がアヤシイものを信じてしまうのも仕方がない。
 これだけ世の中にたくさんの人がいれば、アヤシイことを考えたり、宗教を作りたいと思う人がいるのも仕方ない。
 
 でも、そういうことがある、と知っているだけでも、最悪の事態・・・たとえば、変なものを信じて、他人を害することも怖れなくなってしまったり、自分の命を縮めたりしてしまうことを少しでも避けることができるのではないか、なんて思います。「アッシュ」「同調」などで検索をすると、関連ページにいろいろヒットするので見てみてくださいませ。
 アメリカの心理学者、ミルグラムという人の「アイヒマン実験」の記事もなかなか面白いと思います。
 興味のある方はどうぞ。

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2005.07.27

次々販売

 認知症の高齢者に、何百万という住まいのリフォームの契約をさせていた事件などがニュースでも話題になりましたが、そういうのを「次々販売」というようです。(今日のニュースはこちら

 怖いよなぁ・・・
 ちょっと話がそれますが、私のところには、昨日、受信拒否をしたはずの、知らない人からのメールが今日また届いていました。「離婚して実家にいて、早く新しい恋人を作りなさいと言われるけど、しばらくはそういう気になれない」なぁんて書いてあります。「私がどこに住んでいるか気になるかもしれないけれど、まだ直接お会いする気持ちはないので、まだ今は教えられない」とか。
 うまいなぁと感心してしまいます。自分が助けてあげたい、メル友からでも知り合いになって仲良くなりたいと思わせる内容。今はだめだけど、いつかは会えるかも、なんて匂わせるところも、やるなぁという感じですね。私は女性なので、そういう手は一層うさんくさく思えますけど、男性だとひっかかるのかなぁ。知らない女性からのメール・・・思わず返信しちゃうのかしら。私だったら、初めてメールする相手だったらどこで相手を知ったのかを、ちゃんと書きます。そのメールには当然その記述がないわけで。怪しすぎ~

 次々販売の話に戻りますが、住宅リフォームについては、実は、私・・・というか母がそれ「もどき」に捕まったことがあります。私の母は認知症ではありませんでしたが、経済観念がかなりおおざっぱだったので、すぐ、高額な契約とかしちゃうのです。住宅のリフォーム業者とも、いつの間にか実家の、出窓の取り付け、アコーディオンカーテンの設置、玄関のリフォームなどなど、総額・・・いくらだったかなぁ・・・の契約をしてしまい、もうびっくり。
 なんでそんな契約をしたのか!と問いつめると、父に相談したらいいと言ったとか。で、父に言ったら、父は、見積もりをたいして見もせず、要するに家のことは、あまり構わない父だった^^;
 結局契約どおりの施行が行われ、当時は、そこまで悪質ではなかったので、ちゃんと出窓にはなりました。でも果たしてそんな工事は本当に必要だったのかどうか。

 ふふ、懐かし~。母は、他にも宝石や絵画のなども業者にうまいこと言われ、契約をしちゃってましたし、父は父で、そういう契約をクーリングオフすることを恥だと感じるプライドの高い男でした。まさに次々販売のターゲットとしてうってつけ。娘の私は、そういう契約が明かになる度に、母に「こんな契約するんじゃない!」と怒ってましたが、母に言わせれば、「あんたが払うんじゃないんだからいいでしょ」と。まあ、確かにそのとおりではあります^^;

 そんな母も数年前に病気で他界し、父は父で年金生活に入り、もうプライドにこだわっている場合ではなくなったようで。今にしてみれば、懐かしい思い出です。
 
 しかし、今、現在も次々販売で契約させられそうになってる方やそのご家族にとっては、過去の問題じゃないですよね。業者の方は、この人になら売れると思えば、あの手この手で取り入ってきますから、消費者側としては毅然とした態度をとるしかない。
 この私でさえ、歯医者の治療は断れないし、保険は無駄だよなぁと思いつつ解約が面倒で入りっぱなしだし、効かないダイエット食品にもけっこう投資したし。
 「賢い消費生活」というのもなかなか一筋縄ではいかないものです。

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2005.07.26

知らない人からのメール

 最近、全然知らない人からたまにメールが入ります。

 私の場合、ここでオープンにしているアドレスはyahooのフリーメールアドレス。ネット上でオープンにしている以上は、迷惑メールがそのアドレスあてに入るのはある程度仕方ないのですが、幸いなことに、yahooメールの場合、迷惑メールは自動的に迷惑メールフォルダに分類されます。そのメールも、迷惑メールに分類されていたため、私個人あてでなく、ネット上で自動採取したメールアドレスに、大量に送っているのが丸分かりなのですが、添付ファイルがついているわけでもなく、ウィルスチェックでも問題なかったため、試しに本文を見てみました。

 すると、「最近離婚したばかりで家にいて何もすることがなく寂しい。話し相手になって欲しい」などという文面。ひええええ~これはひっかかりそうだ。私はこういうメールに弱いのです。何か、私にできることがあれば話し相手くらいならいつでもなってあげますよ・・・なんて、「迷惑メールフォルダ」に入っていなければ返信確実です。やばいやばい。
 
 みなさんも気を付けて下さい。仮に、そのメールが本物で、誰か話し相手を求めているのだとしても、それだったら、迷惑メールフォルダに分類されるほど、不特定多数に同じ文面を送ったりしない。つまり、相手が誰でも、通用するような内容なら、それは迷惑メールです。

 よくかかってくるセールス電話と同じ。こっちが何者かも知らないのに、勝手に自分の要件だけを話し出す。「どちらへおかけですか?」と聞いても言わない。そんな電話には付き合えません。

 しかし・・・オレオレ詐欺なんかもそうですが、どんどんこういうのって巧妙になってきますよね。私は自分で自分のことを「だまされやすいタイプ」だという自覚があるので、一層気を付けるようにしています。
 みなさんもくれぐれもご用心を。

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2005.07.25

君からは好意と信頼を。

 さんやチカママさんのブログを読んでいて・・・私も「人を好きになること」について語りたくなってしまいました。
 最近いつも思うのですが、一人でも生きられるんだよなぁ、私。
 大好きな人がいるんですが、その人にとって私は恋愛対象じゃないということが分かって、もうしばらく経ちました。

以下、さだまさしさんの「恋愛症候群」から引用します。

(引用開始)

 恋は必ず消えていくと誰もがいうけれど
 二とおりの消え方があると思う
 一つは心が枯れていくこと
 そしてもう一つは
 愛というものに形を変えること
 
 おそらく求め続けていくものが恋 奪うのが恋
 与え続けていくものが愛 変わらぬ愛
 だからありったけの思いをあなたに投げ続けられたら
 それだけでいい
 
 あなたに出会えて心からしあわせです

(引用終わり)

 恋というのは不思議なもので、その人じゃなきゃだめなんですよね。世の中いっぱい人がいるのに、どうしてもその人じゃなきゃだめ。相手は自分と同じ気持ちじゃないし、迷惑だし、
「早く他の誰かを好きになって、幸せになってくれよ。その方が俺も幸せなんだからさー」
 と思われているのが身に染みて分かっていても、どうしても、その相手のことばかり考えちゃって^^; 恋の力というのはすごいものだ。

 しかしまぁ、恋が必ず消えていくものだとするなら、一時期、そのくらい人を好きになれた、ということは、悪いことじゃないんだろうなと思ったりします。
 以前「幸せな終末」というpoemをここにUPしました。今、目指してるのはそれ。
「ああ、そんなふうにきみを好きだったこともあったね」
 と笑えるようになりたい。 そしたら、
「そうだね、あの頃は、まだお互い若かったよね」
 と年寄り同士でのんびり語り合える・・・そんな30年後まで・・・いや、もう2年たったので28年後まで、これからの人生を生きていきたい。28年は長いようだけど、あっという間かも。夢だなぁ^^ 

    君からは好意と信頼を
    私からは変わらぬ愛を

 それで、私はきっと十分過ぎるほど幸せなんでしょう。
 とはいえ、今はまだしつこく恋愛中の私。愛に変わるまでは、もう少し時間がかかりそうです。

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2005.07.24

未だ執行猶予

 昨日は、親知らずを抜いてから1週間たったので抜糸に行ってまいりました。糸を抜き、これで無罪放免かと思いきや、糸を抜いた後に担当の女医さんが、
「こちらの金属の下も虫歯になっていると思いますので、お時間があれば、こちらも金属をとって治療しましょうか」
 と、今まで話題にも上っていなかった別の歯の処置を薦めます。
 お時間はあるけど^^; そこは今のところ全然痛くもかゆくもないのですが^^;;;;
 でも歯医者が言うんだから、処置が必要なのでしょうし・・・「お時間があれば」という感じならすぐ終わるんだろうなぁと思ったのが甘かった。
 金属をとり、その下を削っていったあと、女医さんいわく
「思ったより深かったので、とりあえず今日は薬を詰めておきました。来週また来てください」
 はぁ・・・まだ終わらないのね・・・がっくり。
 この歯医者さん、全部の金属をとって、全部、詰め治すまではもしかして、解放してくれないんじゃないかなぁ。親知らずを抜く前は、一旦治療はこれで終わりだと言ってたのに(泣)

 今週の土曜日にまた歯医者にいってきます。今度こそ、これで終わりになりますように。今度どこかの金属をとってうんぬんと言われても断るぞ、絶対っ。

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2005.07.23

Bye,Happiness~「ALL THAT JAZZ」~

 自分が死ぬ夢を時々見ることがあります。舞台の夢も。舞台に上がらされたのはいいけど、セリフを何も覚えてなくて、アドリブでしのぐしかなくて・・・あの、血の気が引いた感じは、思い出してもぞっとします。夢なのに・・・

「オール ザット ジャズ」は、本作の監督でもあるボブ・フォッシーの自伝ともいうべき作品。作中作の「エア・ロティカ」のリハーサルシーンには思わず目を奪われましたし、娘とお母さんが父親である主人公に見せるダンスシーン、そして主人公と娘の踊るダンスのシーンはほのぼのして、とてもステキ。厳しい芸能界にいる主人公の心なごむシーンで、見ている私もほのぼのしてしまいました。「エア・ロティカ」、舞台で見たら、すごーくどきどきするだろうなぁ~。
 主人公は、舞台の製作途中で心臓の病に倒れます。奔放な生き様・・・もそうですが、やはりドラッグのせいもあるのでしょう・・・そして、彼は、病院のベッドの上で、「死」というものをステージにすることを夢に見ながら、ついに自らの死を迎える。この「死」のステージが作品の中では実際に演じられておりまして。上記した、現実世界のステージも素敵ですが、この「死」のステージには、ちょっとやられました。妻や娘や、今まで付き合ってきた女性たちが登場し、踊る舞台。自分は、ベッドにしばられているんだけど、もう一人の自分もそこで演出をしている・・・ある意味、悪夢かもしれませんが、彼が、その時に見る夢はやはりこれしか有り得なさそう。

 私も死ぬ時には、またあの夢を見るのかなぁ・・・舞台に上がって、セリフを全然覚えてなくて、血の気が引く夢。人生最後に見る夢があれだったら嫌だなぁ・・・

 人間に死んだ後の世界というのがあるとは私は思っていません。多分そこで終わり。That's ALL.
 でも人間っていうのはなぜか感情や意識を持つ生き物で。それが幽霊になったりしてこの世界に残らないとすれば、最後に見る夢が、本当に本当の、その人間が生きた終焉、最後のステージではなかろうかと。

 ボブ・フォッシーは、自分が最後に見る夢を、こうして多くの人に、ステージとして、そしてそれを映画として、見せることができた。それは幸せ、不幸せっていう切り口では語れないけど、少なくとも表現者として、それを形として残すことができるってのは、すごいことだよなぁと思います。
 私はせいぜいブログが精一杯だものなぁ^^; いずれにせよ、私もあなたも、悔いのない人生を・・・。

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2005.07.22

湘南&鎌倉一泊旅行~

 夏休みショートトリップ第二弾ということで、湘南&鎌倉への一泊旅行をしてきました。
 鎌倉には行ったことがあるんですが、湘南の海というのは初めてで。今回は、湘南の海堪能ツアーを企画しまして、友達にはそれに付き合っていただきました^^
 美ヶ原美術館へは一人旅。湘南&鎌倉へは二人旅。たまたま連続したので、つくづく旅というものがそれだけでまるで違うのだなーということを感じます。
 昨日は新宿を10時45分に出て、憧れの(!?)湘南の海岸にはお昼に着きました。事前にガイドブックで調べてあった、シーサイドの、パスタとパンがおいしいというレストランへいきました。(お店はこちら) このお店は江ノ電の稲村ヶ崎という駅から徒歩で3分、車のない私達にぴったり。駅から海へ向って降りていくと、海沿いの国道の脇にこのお店があり、ガイド本のうたい文句にたがわず、パスタもパンもとてもおいしかった~。それと、バイキングで取り放題だった、スリランカ仕込みというチキンカレーも♪ そういうお店などに行った時、やはり一人よりも二人でいて、「これ、おいしいよね~」と言い合えることってなんてHAPPY♪と思ったり致します^^

 江ノ電は、有名なバスケットマンガ「スラムダンク」や窪塚洋介主演の映画にもなった松本大洋の卓球マンガ「ピンポン」などで、度々登場しています。どちらのマンガも大好きだった私は、江ノ電に乗って海を眺めるだけでわくわく♪ 空いてたので、海が見える側の席に陣取り、湘南の海の景色を堪能致しました。

 江ノ島到着。江ノ電の江ノ島駅から江ノ島まではちょっと距離があったので、レンタサイクルでGO。海を渡る道路を自転車でゆくのが気持ちよかった♪ しかし、江ノ島での観光自体は、行ってみたら徒歩での移動が多かったので、自転車は江ノ島と駅の往復にしか使えずちと残念でした。もう少しレンタサイクルが使えそうなサイクリングコースがあればいいのになぁ。ま、気持ちよかったからいいや~ 江ノ島の弁財天は、実にエロティックで、なかなか目の保養になります。いや、女性が言うならいやらしくないでしょ? 江ノ島神社のお参りは階段を上るのにドッと汗をかき、そのあとは「エスカー」という有料エスカレーターで、江ノ島の上の方までいき、またまた景色を堪能してきました。展望塔は登りませんでしたが。
 セミが鳴く暑い一日。ああ、夏休みーって感じです。帰りも江ノ電で鎌倉まで戻り、宿は鎌倉駅から、バスでちょっといった、材木座海岸沿いのホテル&レストラン「SARAH」。オーシャンビューにちょっとこだわってみました^^
フルコースの夕食もおいしかったですが、翌日の今日、体重はしっかり増えてました^^;

 今日は、朝、鶴岡八幡宮を参拝したあと、小町通りの「くるみ」という甘味処で、氷小倉白玉を食べて、帰ってきました。おなかはすっかり治ったらしく、カキ氷食べてもばっちりです。小倉あんと白玉が最高においしかったなー。
 鎌倉からは、湘南新宿ライナーだとあっという間に帰ってきてしまいます。なんてお手軽なショートトリップ。
 友達と二人で、おいしいレストランに入ったり、甘味処に寄ったり。
 やはり、女性二人旅の醍醐味はこれですなー^^ 付き合ってくださった雀さん、どうもありがとね。ご主人のトトさん、奥様を度々お借りしまして大変恐縮です。
(お礼がてら、ホームページを貼り付けておこう。 トトさん&雀さんのホームページはこちら^^) 

 初めていく場所っていうのは、移動に時々迷いますね。今朝、宿から、鎌倉駅までバスに乗ろうとしたら、普通は、来た時と反対側にあるはずの駅ゆきのバス停が見つからず困りました。広い通りまで出てみたものの、実は駅行きのバスは、一時間に一本どころか午前中に一本しかないことが、地元の方に聞いて分かりもうびっくり。幸い、今朝はたまたまバス停にいた方にそれを教えてもらい事無きを得ましたが、そうして、いろいろなことについてアテにはずれたり、その度に人に尋ねたりしながら行くのが、旅というもの。
 いや、日本なら。私もどこへ行っても大丈夫ですが、本当は海外でも、そういう旅をしてみたいものです。でも、駅員にバス停を尋ねるだけだって、海外は大変そう^^; うーむ夢なんだけどなー。

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2005.07.20

美ヶ原高原美術館in2005

 今週は、夏休みをとっております。
 というか、親知らずを抜いた後に腫れてどうしようもないときに困らないよう、ここに休みを入れてたわけですが、その後の経過が良好なので、今日は日帰りで旅に出てこようかと。
 日帰りなのですぐ帰ります。というか、明日は明日でまたおでかけの予定があるのでね。遠足の当日の朝というのは、期待とちょっぴりの不安などが入り混じり、わくわくするもの。
 どこに行ってきたかは、帰ったら追記しますです。

 と、いうわけで、行ってきました長野県の美ヶ原高原美術館~♪ 以前、友人が安曇野に住んでおりまして、一度遊びにいったことがあるのですが、その時は冬だったので、「夏に来たら絶対行こう」と思っていたスポット。そして、kazumiさんのブログで見て以来、行きたい熱がさらに高まりまして、やっとこさ行ってくることができました。松本往復日帰り旅でございます。

 いやー「美ヶ原高原」ってあんなに山奥だったとは! 「高原」ていうんだから当然といえば当然なんですが、松本から、1時間15分ほどの道のりのほとんどが日光のいろは坂もかくやと思わせる山道。それを、普通の路線バスがえっちらおっちら登っていくわけです。運転手さんは毎日、この坂をあんなぼろバス(失礼)で往復しているのかと思うと頭が下がります。
 私はといえば、ここ数日のダラダラした生活がたたり、ちょっとおなかを壊していたので、長時間のバス(それも山道)に、ちょっと恐怖感があったのですが、松本まで2時間以上もかけてたどりついたのに、目的地にいかずしてなるものか。必死に窓の外を眺めて酔わないようにしていましたが、結果的にはなんとか無事に、美ヶ原高原美術館までたどり着くことができました。
 
 そうですね・・・同世代の人なら、こういう表現をすれば伝わるはず。
 「アルプスの少女ハイジ」でハイジがペーターといっしょにヤギをつれて、高い山にのぼっていくと、ちょっと平らになったところがあって、そこでヤギを放牧してますよね。美ヶ原高原はちょうどあんなイメージです。
 高い山を、まあ、今回はバスですが、登っていくと、開けたところがありまして、そこにこの屋外型美術館があります。箱根よりも面積はちょっと小さいイメージがしたんですが、どうなのかなぁ?
 でも見ごたえは十分ありました。私は、けっこう「わけのわからない」抽象的な彫刻って好きで。これ、友達同士できてたら、タイトルあてクイズをすると面白いかもしれない。パッとみて、これは何かを当てる・・・当たったり、全然違ってたりして楽しいかも。
 ただちょっと見ていて気がかりだったのは、この美術館自体、最近ちょっと廃れてるのかもしれないなぁと感じさせるところ。美術品の劣化とか、屋外ですから、鉄製のものが錆びるのは仕方ないとしても、ステンレスも、トップシーズンなんですから、磨いてピカピカにしとかないとなぁ。帰りに、以前のこの美術館の写真集を買ったのですが、やはり昔は各展示物ももっとピカピカだったんですよね。・・・でも入場者数が減って、そんなに、経費かけられないのかしら。
 雄大な雲海をバックに点在する美術品の数々は、私は好きだし、感動もするんですが、わざわざこの山奥に、これを見に来るのって、確かに、ある意味、「物好き」と言われても仕方ない^^; 入場者数が減ってきているとしてもうなずけてしまうところがなんとも辛いところです。
 全国の美術館は、どこも入場者数の減に頭を痛めているといいますが、ここも、そうかな・・・。箱根と違ってアクセスが悪いだけにちょっと心配になってしまいます・・・って、だめだ、つい仕事がら、町おこしとか、維持管理経費とかが気になってしまう。

 一観光客としては、一度は行ってみたいスポットの一つではありますね。あの雲海はやはりすごい。そしてやはりそこでみる彫刻は、一味も二味も違って見えます。とにかく規模が大きいので、それにも圧倒されますし。 展示場をずっと歩いていると、たくさんルートがあって、彫刻もその数だけあって、2時間、まったく飽きずに歩き周りました。
 そして、また路線バスで山を下り、帰ってきたんですけど・・・我ながら、なんてぜーたくな。松本も他にはまったく寄らずに今日は帰ってきました。だって、泊まってゆっくり、どこそこも周って、なんて考えてるとなかなかいかれないんですもの。
 一人旅も、久々でした。美術品を見るこういう旅は、とても人は誘えません。私ってドラクエみたいに(そのたとえもどーよ)全部の道を一応通ってみないと気がすまないので、誰かがいっしょだったら、きっとあきれ返ったことでしょう。それでも二時間じゃ、一部周りきれないところもありました。

 また行きたい・・・かどうかはあの山道を考えると、ちょっとつらいものがありますが、もしかすると、行かない内になくなってしまう可能性もあるので、もし行きたい方がいたら、今すぐにでも行っておいてください^^; 一見の価値はあります^^

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2005.07.18

憧れのシカゴ~「ブルース・ブラザース」~

 「ブルース・ブラザース」の2人はどこかで見たことがある・・・きっとパロディで(笑)。当時、とっても流行ったんだろうなー。
 アクションもとってもびっくりするような映画でした。前半ではショッピングモールをめちゃめちゃにし、後半ではシカゴで道路を封鎖して行われるパトカー40台とのカーチェイス。建物はバラバラになるは、電話ボックスはふっとぶは・・・こんな映画、見たことないです。というか、これ以降の映画はきっと、ブルースブラザースを超えようとみんな作られたのだろうなぁと思いました。
 アマデウスと同じように(もちろんジャンルは違いますが)音楽への思いいれと熱い情熱が伝わってくる作品ですね。本物のレイ・チャールズがでていてびっくりしました。レイ・チャールズといえば、アカデミー賞をとった映画が「RAY」なんですよね。見たくなってきちゃった・・・
 いつかシカゴに行ったら、きっと「ここがブルース・ブラザースの舞台になったんだなー」としか感じられないに違いない(笑)。いろいろな意味で、これは「伝説」の映画なのでしょう。
 
 個人的には、ブルース・ブラザースをつけ狙う過激な女の子に感情移入してしまいました^^
 私も火炎放射器で、ぶっとばせたら(いや、何をかは聞かないで下さい)気持ちいいだろうなー。でも最後は、やっぱり殺せなくって、みずたまりの中に捨てられていってしまう。これが女のサガってやつよね。

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2005.07.16

この世の凡庸なる者へ~「アマデウス」~

 映画、「アマデウス」を見ました。なかなか良いですねえ。天才っているんだなぁ、と思います。
 
 私は、中学の時に演劇部に入っていたんですが、小学校の時は部活じゃなくて学校のクラブ活動で演劇クラブに入っていました。その時に、クラブで演ったのは、人間に言葉をもたらしたプロメテウスの話。他にもゼウスやら、アフロディーテやらディオニソスやら、という神々の役がいくつかありましたが、私が自分で立候補したのは「人間A」の役でした(笑)。
 あとで、なんで立候補するのに、その他大勢の役に立候補するのかって笑われましたけども。昔から、そのくらい、自分が普通の人間で、その他大勢であることに、誇りさえもっているのが私です。
 サリエリは幸せだな・・・もちろん、切望だけ与えられ、才能は与えられない、という苦しみは痛いほど伝わってきますが、それでも、モーツァルトという天才と同じ時代に生き、彼の最後の作品をこの世に残す手伝いができたのだから・・・
 最後のサリエリのセリフ。私は凡庸の「チャンピオン」だよ(字幕では「守り神」と訳されてましたが)・・・そのラストのセリフをきいてすっかりサリエリが気に入ってしまいました。

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2005.07.15

抜歯したのだ^^;(追記あり)

 だいぶ前に、歯医者から「親知らずを抜きなさい」という宣告を受けたお話をしました。(当時の記事はこちら>

 元々医者嫌いの私、歯医者も嫌いなのですが、前回、ブログを読んだみなさまにも薦めていただいたことですし、一大決心で歯を抜くことにして、あれから二ヶ月半(早いもんだ)。 夏休みの休暇を利用して、抜歯に挑戦することにしました。行ってきましたよー今日。

 なんだかんだと大騒ぎして、「あんまりたいしたことなかった」で終わればいいなぁと思いきや、予想にたがわずというか、予想以上というか・・・やはり親知らずを抜くのは一大事業でございました。

 まず、仕事が終わってから夜の7時半に歯医者の予約を入れたので、時間通りいったんですけども。治療が終わって、時計を見ると10時でした^^;;;; 2時間半もかかってるーーー!!!

 そんで、治療中。痛くないって噂もあったのにやっぱりとっても痛い。おまけに痛いのに、医者がそれを疑う。
「ほんとに痛いんですか? ただ響いてるだけじゃないんですか?」
 痛いのよぉーーー、まじでー。

 私、なんだか、人よりも麻酔の効きが悪いみたいです。バリバリと骨を削ってる最中に、神経のツボに触ると、麻酔を打ってるはずなのに、痛みがズッキーンとくるのです。冗談で悲鳴もあげないし、冗談でいい大人は泣いたりしない。治療中、3回は痛みのショックで、治療一時中断。治療時間が長くかかったのはそのせいでもありました。
 いや、ほんと、我慢できるものなら我慢するし、泣かなくて済むなら泣かない。でも人間の体というのは意外に素直にできていて、痛いときは、自然現象として涙が出ちゃうものなのです。うん。子供は泣きたくて泣くのだけど、大人は泣きたくないのに泣くものなのだ。それをつくづく実感しました。

 なんだか私の親知らずは曲がって生えていたらしく。なかなか抜けなかったもので、担当医だけでは埒が明かず、別の医者が出てきて、執刀してました。
 このクリニック、ちょっと、そこが不安なのよね。担当の人は若くて優しい女医さんなのですが、どうも、まだ見習いなのか、最後の仕上げのときに男性の医者が出てくる。
「ホントに痛いんですか?」
 と訊いたのはその男性の医者で。まいりました。
 親知らずを抜く時や、歯の治療中に、痛い思いをするのって、現代ではどうなんでしょう? 
「もしかしてこの医者、下手なのかな・・・」
 という疑惑さえ湧いてくるのでした。

 でもまあとりあえず、抜けたらしいです。そんなに面倒な抜歯なら、最初から「抜きましょう」なんて言うなーとちょっと理不尽なことを内心思ってはいましたが、なんとか2時間半かけたら抜けたようで。これで抜けなかったら、恨んでしまうところですが、無事に済めば、終わりよければ全てよし。今は痛み止めを飲んだせいか、痛みもありません。
 歯を抜くのって大変ですね・・・私が特に大変なのかなぁ。 親知らずを抜くのは、大人なら当たり前なのかと思って挑戦しましたが、当たり前にしては過酷過ぎる試練のように感じています。
 ああ、でもきっと女性は出産の方が大変ですね。時間も二時間半じゃすまないだろうし。世のお母さん方は偉過ぎる。

(追記)翌日です。まだ腫れてはいませんし、抜いたところは痛みがありません。しかし、なんだか抜いた側のノドがとってもヒリヒリと痛い。これ、何の痛みなのだろう。水を飲み込むたびに違和感があって・・・。やっぱりどこかが腫れているということなのかしら。でも腫れるなら、私は頬とか、そういうところかと思っていたんだけど・・・だいぶ予想より、奥の方、かつ内側が腫れているのかな。これからまた歯医者にいってきます。

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2005.07.14

時計の話

 もう6年ほど前に、近くのブランド品のディスカウントショップでクリスチャン・ディオールの腕時計を買いました。いくらだったか忘れましたが、それまでは、ファンシーショップの店頭で1000~2000円くらいで買えるような時計をしてまして、私ももう大人なんだから、いい時計の一つくらい持ってようかと、思ったわけです。
 だからってクリスチャン・ディオールというのも分かり易過ぎますが^^;

 時計を選ぶとき、私はファッション性よりも機能性を重視します。文字盤はローマ数字よりも普通の数字。分単位まできちんとわかる刻みも必要。秒針もあった方がよい。女性用の時計は男性よりも小さいのですが、文字盤は大きい方が見やすくていいんだけどな・・・
 クリスチャン・ディオールの時計は、そういう要望を全て満たしてはいませんでした。秒針はなかったし、文字盤はローマ数字だったし、分の刻みはなかったし。おかげで寝ぼけて、夜の12時と朝の6時を間違えてしまったこともあります。
 ただ、まあ一応デザインは気に入っていたし、その時計にした一番の理由は、皮のバンドだと汗などですぐよれてしまうので、金属のバンドで、長持ちするというところ。 それまでは時計部分はともかくとして、バンドの付け替えでやたらお金がかかった気がします。
 あと、使い始めてから分かった、嬉しい機能が一つ。私はそれまでカレンダー付き、つまり日付機能がついた時計を使ったことがなかったのですが、その時計にはついていました。時計を見て日付が確認できるなんて画期的♪ この時計にしてよかった~と思いました。

 そんなこんなで、100%満足とはいかないまでも、その時計を愛用して幾年月。腕時計は、気に入った物を一つ持っていればいいと思います。服に合わせて時計も変えるなんてことをしない私は、春夏秋冬、その時計を使い続けていました。

 ところが先日、その時計の竜頭がとれてしまいました。時刻合わせはよほど時間が狂わない限りは直さないので、竜頭の出番てほとんどないのですが、カレンダー機能が付いてると、月末、日にちを修正する度に竜頭を使用します。でもそれほど酷使はしてないけどなぁ・・・。その上、外で変えようとしたため、とれた竜頭を紛失してしまい、仕方なく時計屋にもっていくことに。

 ・・・ええと、何かの修理を頼む時は、いつも思うことですが、修理ってお金かかりますよね。私の時計も1万円くらいかかると言われました。お金はしょうがないとして、なんと部品取り寄せも含め、今月いっぱい修理に時間がかかるとか^^;

 仕方ないので、6年ぶりに、時計を買いました。とりあえずの間に合わせなので、近くのファンシーショップで。
 ところが。
 文字盤が大きくて、分の刻みもあって、秒針もついていて、おまけにカレンダー付きの時計が2100円だったのです。即、購入しました。確かにベルトはチャチですが、私の求める時計の機能としてはパーフェクト。プラス生活防水、そして、暗いところでは光る蛍光仕様。
 ああ、私の6年間はなんだったのだろう・・・さらば、クリスチャン・ディオール・・・
 

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2005.07.13

ニュービジネス!?

 さて、ダイエットですが、私は現在、一ヶ月に一度、「あるところ」に行き、体重のチェックを受けています。昨年の5月からなんですが、昨日もそこにいきチェックを受けてきました。
 今年の5月にダイエットを決意したのも、その「あるところ」で、ずっと1年、体重の推移を見守っていたのに、減るどころか逆に増えていて・・・その結果をみて、深いため息をついた瞬間、本気で「このままじゃいけない」と思った、というのが一番直接的なきっかけです。
 
 で、この2ヶ月、ダイエットを続け、まずまずの成功を収めております。その「あるところ」のチェックでも、その結果は如実に表れており、
「順調ですね。この調子でがんばってください」
 と言われました。(妊娠しているみたいだなぁ)

 別にそこはエステでもなんでもないので、ダイエットの報告をするために通っているわけではなく、故に減量指導をしてくれるわけでもなし、ただ、月に一度の体重を記録していくだけなのですが、不思議なことに、やはり第三者のチェックを受けているというのは励みになるものです。昨日のチェックでは、昨月よりもきっかり一キロ減っていて、それで「順調」との評価をいただけて、とても嬉しかったな。

 ふと思うのですが、ならば、きちんと専門の「ダイエットカウンセリング」という商売があってもいいですよね。
 一ヶ月に一度、そこに通い、体重に加えスリーサイズなどを測り、一ヶ月の食事や運動状況について、ダイエッター本人といっしょに検討をしあう。もちろん、オルビスくらい良心的な値段なら、その人のダイエット状況に合わせ、必要なサプリメントを紹介するのでもいい。
 
 カウンセラーはクライアントに合わせ、時には檄をとばし、時にはいっしょに悩み、そして減量に成功したら喜んであげたりすれば、きっと本人もがんばろうと思うだろうし、ダイエットも成功するのでは?

 私の通ってる「あるところ」の・・・ええい、面倒なのでカミングアウトしてしまいましょう・・・「ドクター」は、男性なのですが、ちょっとばかり、カウンセラーとしては愛想が足りないですな。別にやせないからといって責められもしないので、それは助かるのですが、もうすこし、「事務的」な感じをなくして親身になってくれよぉと思う時があります。もう1年も通ってんだからさー。
  
 まあぜいたくは言うまい。そういう、事務的で実に淡泊で、一回の診療時間も3分もかからないようなクリニックでも、一ヶ月に一度通って、体重チェックを受けるということは何がしかの効果を与えるということが実証されたわけですから、「ダイエットカウンセリング」が本当にあったら、間違いなくあたる、と思うのです。これを見ている貴方、やってみませんか?(あやしー)
 私? いや、私は、自分がもうちょっとやせないとその・・・

 ちなみに料金はカウンセリング一回につき5000円以内で設定してください。たまに15000円くらいで「一泊ダイエットプラン」みたいなパックを作って、食事や生活改善指導を行うといいかもです。「低カロリーのバランス食体験」なんて私も受けてみたい。半日断食も専門家の指導を元にぜひプログラムを組んでいただきたい。
 よくあるアロマテレピーやリフレクソロジーと提携をして10%割引券などもらえると嬉しいなぁ。

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2005.07.12

♪勝ぁ~って嬉しいはないちもんめ

♪勝ぁ~って嬉しいはないちもんめ
♪負け~て悔しいはないちもんめ・・・

 いやぁ。やはり、そういうものです、勝負事というのは。勝てば嬉しい、負ければ悔しい。隣のおばさん、ちょときておくれ♪(意味不明)
 というわけで、ちょっと前の話ですが、とりあえずいったん、連敗はストップ致しました。

 いやー囲碁やってて何が一番嬉しいかって、上手から「そろそろ石を減らしましょうか」と言われた瞬間です。先日の対局は、久々にネットでお会いした上手の方との2子置きでの対局でしたが、いろいろ失敗したり、左辺を大きく囲われたりしましたが、なんとか勝利を収めることができました。その対局を見ていた、私にいつも教えてくださっている別の上手の方が、その対局相手の方に「BUBIちゃんも生意気になってきたので、次は黒先で打たせてやってもらえませんか」といってくれました。えへへ、やったねん^^

 やっぱり「勝ち負けにこだわらない」っていうのってもっとうまくなってからなら言えるんだろうなって思います。10回の負けよりもたった1回の勝ちが、どんなに私のような弱々の級位者にとって励みになることか。その1回を夢見て、上手の方と10回、20回と打って、負けて悔しさをかみしめつつも、歯を食いしばって私たちは碁を続けていくのです(いや、ちょっと大げさか)。そんな級位者に「勝ち負けにこだわるな」っていうのって殺生ですよ~やっぱし。

 置き碁というのはそのためのルールなのではないかと、私などは思います。9級と初段が、置石なしで打ったらいつまでも勝てるわけがない。そして勝てなければ、ずっと9級のままなのが碁の非情な掟。置き碁で勝っても、所詮、上手は上手だし、下手は下手なんだから、上手は置き碁では無理して勝つ必要はないし、下手がそれで勝てば、石を減らせばいいだけの話。そして互い先になったら、その時からお互いライバル。どんな手もありでいいのだと思います。下手が下手であり続ける限り、「碁は勝ち負けじゃない」って言われるのは本当に辛いことです。それなら、何のためにがんばっているのやら。永遠に負け続けるためじゃないよね?^^;

 私は明日も夢の一勝を目指して碁を打ち続けようと思います^^ 連敗はもういや~。連敗中の碁は、途中で集中力なくなってひどいもんですし。上手の方々、そんなわけで弱いくせに生意気なことばっか言ってる未熟者ですが、これからも長ーい目でみてやってくださいませ。これからもどうぞよろしくお願いします。

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2005.07.11

「廃用身」

 久坂部羊という人の書いた「廃用身」という本を読みました。小説、つまりフィクションなのだろうけれど、まるで、ノンフィクションを読んでいるかのような・・・作り自体が、ノンフィクションなのです。たとえば先日触れた「十三の黒い椅子」がアンソロジーのようでいてアンソロジーでないように、「廃用身」という小説にも作中作があって、その物語の世界ではまぎれもない現実として、その物語が存在するわけで・・・いや~、内容がリアルすぎて、ぞくっとしました。

 これ・・・ぜひいろんな人に読んで欲しい作品だけど、きっと、読む人を選ぶだろうなぁ。
 たとえば「患者よ、ガンと闘うな」という本をご存知の方はいらっしゃるでしょうか。
 私はこの本がベストセラーになった当時、読んで、すごく共感しました。意味のない手術、意味のない、副作用だけが多い抗がん剤投与・・・生きることだけではなく、私たちにはよりよい死を迎える権利があるはず。それ以来、検査嫌いになってたりして、私^^; もともとの医者嫌いに拍車がかかってしまったかも。
 「廃用身」は、麻痺のため、動かなくなってしまって、将来的にも動く見込みのない、体の部分を言うそうです。この言葉自体も、フィクションなのかしら。ここは本当なのかしら。
 主人公の医師は、患者自身と、その介護者の負担を軽くするためにも、「廃用身」である、足や腕を切断する治療を行います。切断されて手足がなくなった患者は、普通に見ると、手足がなくなってなんてかわいそうなんだろうと思うけれど、実際は、どんなにリハビリしても動く見込みのない、重い手足がなくなったことで、精神的にも肉体的にも元気になっていきます。・・・・うーん、これもフィクションなのかなぁ。ホントだったら、Aケア(身体の一部を切断する治療を小説の中ではそう呼びます)は、奇跡の医療なのに。
 医師は患者に感謝されるのですが、一方、その事実を知ったマスコミからバッシングを受け、しだいにおいつめられて・・・
 一人の医師の心の葛藤や、それを取り巻くいろいろな状況が本当にリアルでフィクションとは思えません。
 こんな小説、久しぶりに読んだ~。読み終えて・・・私はこの本を読んだことを一生忘れないだろうな・・・そのくらい、なんていうんでしょう、リアルさに驚き、引き込まれてしまう「小説」です。でも、本当は小説じゃないかも(謎)。
 

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2005.07.10

負けても気にしない^^

 ネットで囲碁を打っていると、たまに上手の方に「君は勝ち負けにこだわり過ぎ」だと言われます^^;
 ううう・・・いや、ホントのことなので、言われれば「そのとーりです」というしかない^^; しかもそれについて反省もしていない。「勝ち負けにこだわらずに、なんのために碁を打つんじゃ」とか思っております。
 ヘボなせいか「負けたけど、今日はいい碁を打てた」と思うことってないのですよねー。負けた碁は必ず負けた原因があるわけで。序盤の布石で失敗していたり、ミスがあったり、ヨセで先手を取られ続けたり・・・
 たとえ序盤できちんと打てて、そこまでは良かったとしても、後半のミスで逆転されてれば、その碁は「良い碁」だと思えません。負けたから良い碁じゃない、ということではなくて、ミスったから。ミスをして負けた碁を「でも序盤は良い碁だった」なんて負け惜しみですよねえ?^^;
 勝った碁は勝った原因があるわけで。たとえ、序盤で失敗しても、最後まであきらめずにがんばって、最後に相手の見損じで勝ったりすることって、あんまりないけど、たまにはあります。それが良い碁かどうかはともかく、一勝は一勝。たとえば上手と打って、自分がそんなふうに勝ったとしたら、それを喜ばないで、
「でも内容では負けてたので、この碁は私の負けです」
 なんて、いうのってちょっと下手として生意気ではないでしょーか(笑)。私は上手の方と打って勝てたら、どんな勝ち方でも嬉しいです~  見損じで勝てたりしたら、「ふ、なめてたわね、私のこと」とか口には出しませんが、内心で思います^^ いや、もちろん、こっちの負けが盤面で明らかなのに相手の方に投了されちゃったりしたら泣きたくなりますけど^^;
 
 ・・・と、以上のように思っておりましたが、少し考え方を改めてみようと思い始めました。
「勝ち負けにこだわらない」という境地・・・いや正確にいうと「負けにこだわらない」ということを実践してみようかと。今月は、そういうわけで連敗推進月間です。負けてもいちいち落ち込まずに、「相手は上手なんだから負けるの当たり前」という気持ちで、何がどうなって負けるのかと、いうのを勉強させていただこう、という気持ちで行こうと思います。というわけで、昨日までで5連敗中。でも気にしないも~ん・・・ ・・・ ・・・ え~ん、気にしないでいられるほど人間できてない~とほほ^^;

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2005.07.09

ほんとに効くの!?

 「オルビス」というところのダイエット食品をとりながら、ダイエットをしている話を、たまぁに書いておりますが、今のところ、順調に推移しております。
 始めたばかりのときにガクッと減っていらい、横這いの傾向は続いていますけども、今朝計ったら、また1キロ落ちてまして、今朝の時点では、始めた時(5月14日時点)の体重よりもマイナス6.2キロ減。
 ・・・え? いえ、だから・・・それでも標準体重にはその・・・まあ細かいことは気にしないで下さい。(←お前が書いてるんだろーが)

 昨日はさいたま新都心の「コクーン」というショッピングモール内のお店でランチをとりました。昼は、しっかり普通に食べることにしております。そうでないと、午後、仕事にならない^^;  で、行ったお店は「自由軒」というお店。大阪の老舗カレー屋さんらしいのですが、さいたまのそのコクーンにも、店が出ているのです。ドライカレーの上に生卵をのせて、その上にウスターソースをかけてかき混ぜて食べるカレーですが、正直なところ、おいしいというよりは、ジャンクフードっぽい感じがしました(爆)。
 で、昨日は残業して帰ってきて、近所のスーパー、マルエツで鮭のお弁当を買いました。それが夕飯。
 昼はカレー、夜はスーパーの弁当。体重が減る要素がまったくないのですが、今朝、測ったら、前日よりも1.2キロも減ってたんですよね・・・なぜなんだろう?
 考えられるとすれば・・・昨日の朝、オルビスの「スリムキープ」という、ダイエット食品をとりました。「食べたもののカロリーをなかったことにする」という怪しいうたい文句の緑色の錠剤ですが、まあサンプルでついてきたので、飲んでみようかと。
 そしたら、昨日のそのジャンクな食事・・・普通なら1.2キロ増えていてもおかしくないのに、減っている。
 もしかして効くのか、この錠剤!?

 ダイエットに効くなんていう怪しい錠剤の類は、まず信用してなかった私。結局食事を制限し、体を動かす、しかダイエットの本道はないのよ、と思っていましたが、ちょっと今朝は、その考え方を改めることを考えてしまいました。無論、食事制限と運動は続けるものの・・・そういうわけで、「スリムキープ」、一点、ご購入~(笑)
 
 まだまだダイエット狂想曲は続きます。このシリーズ(?)を楽しみにしてくださってる方は、今後ともよろしく^^

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2005.07.08

poem(23)

 「春夏秋冬」

僕は
今までずっと眠っていたのだろうか
自分のために流した涙
自分のためにした努力
それが全て
意味を失くす日がくるなんて

何を目的に生まれてきたかなんて
分かったことはなかったし
これからも分かる日は来ないと思っていた
それでも季節は巡り
与えられる幸せの中で
当たり前に生きてきた

君に出会ってから
涙は色を変えた
巡る季節の意味さえも

全ての夢と全ての思い
それが全てエネルギーへと変わる
僕自身さえ変えていく

『いつかまた・・・』
そんな願いは信じない
手のひらから零れ落ちる
この一つ一つの時の粒
ガラスの瓶に閉じ込めて
何度でも君と

春夏秋冬
繰り返しは既視感(デジャ・ヴ)
いつか見たあの夏へまた還る
君と出会った時に再び還り再び始まる

僕はもうどこへも行かない
この小さなガラス細工を
その証に・・・「春・夏・秋・冬」(しゅん・か・しゅう・とう)

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2005.07.06

特権階級は存在するか~「女王の教室」~

 先日「女王の教室」というドラマを見ました。そのドラマの中で、小学校に赴任してきた女性教師がこんなことを言います。(ドラマのセリフどおりではありません。)
 ・・・世間には一部の人間しかなれない特権階級が存在して、人も羨むような生活をしている。その人達が、きみたち、凡人に何を期待しているか分かる? バカはバカのままでいて欲しいということ。何も分からずに特権階級の自分たちのためにせいぜい汗水たらして働いて欲しいということ。そうなりたくなかったら、勉強して、はい上がるよう努力しなさい・・・

 いるのかなぁ、特権階級・・・
 別にいい車にのったり、広い家に住んだりしたくないので、羨ましくもないですが。

 まあ、でも昔から一部の人間には選民思想みたいなものがありますね。
 特に政治家はそういうの強いんじゃないかな・・・
 大衆はバカで、何も考えてない。せいぜい利用すればいい、とね。
 
 国会議員がテレビに出て何か話しているのを見ると、そう思えているように見えて仕方がありません。こういう人達も、電車に乗るのに切符いらないんだよなぁ・・・それは「トリビアの泉」でやってました。そういう特権があると分かると非難の槍玉に挙がるから、きっと議員さん達は隠したいだろうに、フジテレビもよくしれっと放送したよなぁ。
 
 これを見てる方で国会議員の友達を持ってる方、います? 親が国会議員で、自分でも自然とその道を選んで議員になってるような人もいるかもしれないけど・・・やっぱり「国会議員」という立場は特権、なのだろうか。
 私は、国家の運営という面倒くさいことを、誰かがやらなきゃいけないから、税金を払って、とりあえず肩代わりさせている僕(しもべ)くらいに思ってました。いや、それは公務員だけど、国会議員も公務員だし。「女王の教室」でいうところの代表委員、みたいなものですね。
 
 私は国会議員の方々をバカにしているわけではなく、どんな仕事も大事なように、国会議員という仕事も大事だとは思います。国政という大事な仕事をお願いしているのだからがんばっていただきたいし、いっぱい勉強して、諸外国の政治家達と渡り合える実力をつけないとね。だけど、特権というよりはやはりあの人達は、我々の代表なだけで、所詮は同じ人間ですわな。というか、「特権」だなんて思ってる人がいるのなら、そんな人は選挙で落ちると思う。
 イギリス辺りならいざ知らず、日本では特権階級なんてのは存在するのかしら。お金をたくさん持ってて、いい暮らしをしている人はいるだろうけど、それはちょっと違うような気がするし・・・
 ドラマなどでまことしやかに語られるとほんとにそんなのが存在するような気がしますが、私にはまったく実感がありませぬ。

 それこそAERAかSPA!辺りで特集、組まないかしら。「日本の特権階級」・・・面白そうだけどなー。

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2005.07.05

好きになる才能

 「ビックコミックスピリッツ」という週刊の青年マンガ雑誌に、「SEKIDO」(著・山本康人)というマンガが連載されております。
 水泳部のエースで、水泳がめちゃめちゃ大好きで、早く泳ぐためなら、オレはどんな努力も惜しまないぜーって感じの熱い高校生の男の子が主人公なのですが、1年生に、ぼーっとしてるように見えるけど、水泳にはとてつもない才能を持った「セキド」くんが入ってきて、あっという間にエースの座は奪われてしまいます。
 そして、先日は、別の高校の、超生意気な高校トップクラスの選手と水泳で勝負をし、完膚なきまでに敗北してしまう。
「君には水泳の才能がない」
 とか言われた上、後輩のセキド君が次にその生意気なヤツと勝負して勝っちゃったので、ものすごくショックを受ける。「水泳やめようか」と思うわけですな。
 連載中の回では、彼は落ち込んで、大好きな水泳をあきらめるか、どうするかという瀬戸際に立たされております・・・が。

 彼は、やっぱりとても水泳が好きです。自分のゴール目指してひたすら泳ぐ。タイムをほんの少し縮めるためにも、ものすごい努力をしなければならない、報われることの少ないスポーツなのですが、それでも、彼は泳ぐことが好きでたまらない。
「オレは水泳の才能がないんだ」
 と落ち込む彼に、そんな彼を見ていたルルという女の子が言う。
「あるじゃん、才能・・・そこまで何かを好きになれるって、才能じゃん。ルルにはそんなのない・・・みんな・・・ないよ」
 
 好きになるのも才能なのか・・・いいコトバだ。報われなくても才能なくても好きだから、水泳をやりたいと思う気持ち。これで彼はきっと立ち直れるような気がします。

 と、いうわけで。これには読んでいる私も勇気づけられました^^
 報われなくても、年甲斐もなくても、相手にはメーワクがられても(おいおい)、何も手に入らなくても、私も大好きな人がいる^^ 何かを好きになるのに才能が必要なのだとしたら、少なくともその才能だけは私にもありそう。

 結局のところ・・・彼が水泳を続けても、それが実を結ぶとは限らない。というか、特にスポーツの世界は、才能が物を言う。それはそのマンガの中でも何度も出てくるテーマです。それでも、好きで水泳をしたいと思う気持ち。それって大事ですよね。

 生きていることに意味が必要なら、意味のないことはするべきじゃないかもしれない。
 でも多分・・・意味なんてなくても、生きるってことは・・・

 まだ達観できる年でもないので、これから私も同じことで何度も悩むのでしょう。それでも、きっと最後に残るのは、好きかどうかなんだろうなって。今の私は、そう思っているところです。 

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2005.07.04

「with」・・・その後へ君の名を・・・

 中島みゆきさんの作品には一つ一つ、思い入れのある曲がたくさんあって、語り出すと止まらなくなってしまう私。今日はこの曲、「with」について。
 私、この曲の歌詞、すっごく好きなんですよ~!といって全文引き写すわけにもいかないので、全文を見たい方はぜひ「女神の翼」というこちらのサイトでご覧いただければと思います。

 (引用開始)

誰だって旅くらいひとりでもできるさ
でも、ひとりきり泣けても
ひとりきり笑うことはできない
with そのあとへ君の名を綴っていいか
with さみしさと虚しさと疑いとのかわりに

 (引用終わり)

 人間、長くやっていて、この年代になると、自然と気が付くことが一つ、あります。それは「一人でも生きていける」ということ。多分、世の中って、特に都会は、人が一人でも生きていけるように、暮らしやすいようにできているのですな。(もちろん、健康で、仕事がある、ということが条件にはなってしまいますが^^;)一人で生きるというのは自由でいいですよ~。・・・でもね。そう、でも・・・

 人が「一人で生きていきたい」と願ってしまうのはなぜだと思いますか。
 人と関われば関わるほど、さみしくなったり、虚しくなったり、相手を疑ってしまったりするからです。そんな思いをするくらいなら、一人で生きていった方がいいと思う。一人で誰にも迷惑をかけずに、ひっそりと。
 でも、そうなったときにも・・・人間関係で嫌になって、もうだめだ、と思ったときでも、
 
 with その後へ君の名を・・・
 
 綴れる誰かがいたなら。そう願う「人の気持ち」というのは、なんとも切ないものだよなぁと、私は思ってしまいます。これを読んでる皆様にはそういう方がいるかしら。 
 私? 私はまあ、許しも得ず勝手に綴ってる人はいますけども(爆)。

「自由に歩いてゆくのなら一人がいい/そのくせ今夜も人の戸口で眠る」(中島みゆき「友情」より)

 人間ってほんと、勝手ですよねえ。一人がいいだとか、誰かといっしょがいいとか。でも、みゆきさんの歌を聴いていると、「まあそれもあり、かな」と思えてきます。だからみゆきさんて好き♪・・・あら、また同じオチになっちゃったわ^^;

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2005.07.02

「寒天」狂想曲

 「あるある大事典」や「すぱすぱ人間学」などの番組で、何かが取り上げられると、翌日スーパーの店頭からそれが消えてなくなる、と言われております。
 私自身はあまりその手の番組を見ないのですが、先日友人が「ダイエットに寒天がいいらしい」という情報を、その番組から仕入れて披露してくれました。番組の概要はこちらをどうぞ♪
 はっきりいいまして、かなり、魅力的な内容です。

1 食事前に摂れば、カロリー0なのに、食事量を抑えられる。
2 腸のぜん動運動を活発化することで基礎代謝が上がる
3 食物繊維による脂肪燃焼効果あり
4 コレステロールが低下する
5 食前に食べることで、急激な血糖値の上昇を抑え、脂肪の蓄積をふせぐ

 これだけ言われると、食べないのがあほうに感じられてまいります。
 単純かつミーハーな私は、さっそくスーパーに赴き、あからさまに「寒天、どこ?どこ?」・・・は、さすがに恥ずかしいので、さりげなく、その売り場近辺をさまよいました。
 ところが・・・ありませんでしたなー見事に。
 別な日にスーパーへ行ったら、売り場の前にダンボールがそのまま山積みになり、商品が覗いていました。恐るべし、テレビの影響力!!

さて、結局私は、寒天ダイエットを始めたのかというとさにあらず。寒天を買いにいったら、棚になかったあの日に、仕方なく隣にあった、「さしみこんにゃく」を買って帰りました。酢味噌と、青海苔の香りがたまらん。夏の暑い日に食すのにぴったりです。うまいですよ~
 ・・・ここは突っ込みどころです。おヒマなみなさまはごいっしょにどうぞ。

「なんでもいいんかい、おまへは~~~」

 まあ、あの、人間も生き物ですから、なるべく長生きしろ、という命令がDNAにインプットされているのでしょう。太めだと健康に悪いですから、ダイエットにひきつけられるのもその命令の所作であろうかと思います。
 ならば内なる命令にしたがって、これからも、ダイエット情報に踊らされる日々を送ることにしましょう。
 え? 何か違う?(笑)

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2005.07.01

思いを綴ることの意味

 明徳義塾高校に通う男子生徒が同級生を刺すという事件がありました。
 この男子生徒は、ホームページに、ストレスが溜まっていること、相手を殺したいと思っていることを、綴っていたそうです。

 あるいは自分のホームページに。あるいはどこぞの掲示板に。そして・・・ブログに。私も含め多くの人は思いを綴ります。そんな一人として、その意味を思わず考えてしまいました。
 テレビのコメンテーターの解説を聞いていても今ひとつピンと来ないのですよね。いわく。

・・・昔は日記だったから、ヘンなこと書いても、そのページだけ破って捨てればそれでよかった。ホームページはそれはできない。引っ込みが付かなくなる。それは(紙ではなくインターネット上に日記を綴ることの)弊害である。
・・・ホームページだと親は、子供の気持ちを知ることはできない(日記だと見るの? ソレはひどいな~)

 ネットがあろうとなかろうと、親が自分の子供の気持ちを全て把握することなんて、できるわけがないです。親に同級生にストレスを感じている話をしても、何が解決するんだか。ましてや17才なんて、親にそんなこと、一番話したくない年齢。

 ネット上に思いを綴るのは、「誰かにきいてほしいから」です。
 親でもなく、友達でもなく、知らない誰かで構わないから・・・

 中島みゆきの曲に「C.Q.」という歌がありまして。この歌の入ったアルバムが出たのは、インターネットが普及する前の時代ですから、アマチュア無線を題材にした歌なんですけど、現代版ならそれはネット。(以下♪印の部分は歌詞からの引用)

♪なにも欲しがりはしない ただ聞いてみたいだけ 
♪だれかの頷く声 だれかの頷く声
♪歩いた道のことや 仕事して来たことや
♪どうでもいいようなことただ聞いてほしいだけ
♪咲いてた花のことや 拾ったボールのこと
♪ただ聞いてほしいだけ 

 また同じく中島みゆきの歌で「カーニヴァルだったね」という歌にこんなフレーズがあります。

♪ 身の上を知ればこそ明かせない悲しみもある
♪ 通りすがりの人なればこそ言える罪状もある

 私は。そういうのを・・・身近な人には言えない思いを、誰かに・・・知らない人に打ち明けたいという心の動きを、何か変わった物のように感じたことはありません。リアルの世界の中では一人一人孤立している私たちにとって、インターネットはそういうコミュニケーションのための新たなツールだと思っています。
 極端な話、「電車男」くんが思い切ってエルメスに告白できたように、新しく踏み出せる可能性もそこにはある・・・と思いたいところ。
 
 問題があるとすれば、それはインターネットというツールにあるのではなくて・・・
 
 まあ、インターネット以前のコミュニケーションがノーマルだった時代の人たちがいうことも、分かる気はするのです。昔はもっと友人どおしで、家族で、つまり、リアルの世界で、お互いの悩みを打ち明け合ったりしたはずで、ネットはそれに代わり得ないということでしょう。

 もちろんそれはそのとおり。人と人との生身のつきあいの中で得られる物は多いのでしょう。しかし。

 身近な人に打ち明けられない悩みや苦しみを抱える人は、今も昔も多かったと思います。今は、インターネットという新しいツールによって、知らない人同士でも同じ悩みを持つコミュニケーションの輪が広がったりして、かつては誰にも言えなかったことが、より多くのコミュニケーションのきっかけと成りうることもあるのだと、私は思っています。 たとえば、子どもを持つお母さん達がネットで子育ての悩みを相談しあえたりするように、ね。

 私は・・・家族や友人や、そういう身の回りの人とのコミュニケーションが大事で、インターネットは害だ、なんていうコメンテーターを見ると、「なんてこの人は幸せな人なんだろう」と思ってしまいます^^;

♪通りすがりの人なればこそ言える罪状もある

 そういうもんです・・・人生って、きっと。

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