「吹雪」
(このお話は、中島みゆきさんの「吹雪」という曲を元にBUBIが作りました)
「ひどい吹雪だねえ」
雪を避けて、その戸口をくぐり、雪を払っていると、部屋の中央の囲炉裏の前に座っていた老人がゆっくりと話しかけてきた。
私は一つ頷いて応える。
「・・・ああ、本当に」
「どこからきたかね?」
「南から」
「そうかい。旅はどうだったね」
「いつもと同じだよ」
「変わらないのはいいことだ。悪くなるよりゃいい」
そうかもしれないが、私はあまり頷く気にはなれなかった。
酒場と駅の待合所を合わせたようなこの小屋には、雨宿りならぬ、雪を避けて集まってきた数人の男女が火の回りを囲んでいる。
「どこを訪ねておいでかね」
一人の老婆が尋ねてきた。
「マヤの家に」
火を囲んでいた内の一人がギョッとした様子を見せたが、老婆は私の言葉に特に反応を見せなかった。それが私への配慮なのかどうか知らないが。
雪がこやみになると、私はその家にむかった。雪で閉じこめられた家の中は、赤々と火が点っている。火のそばでは、子供と大人とがめいめい違う仕事をしていた。
あるものは豆をひき、あるものは糸を紡ぎ、あるものは敷物に刺繍をしている。赤ん坊をあやしている少女もいた。そしてそのそばで仕事を覚えるにはまだ早い子らが2人、じゃれあっていた。男の子と女の子。
私を見ると50才に届くか届かないかの女が、のっそりと立ち上がり、私を部屋の奥へと導いた。
粗末な板戸をしめ、囲炉裏の部屋と仕切られた小さな土間で二人きりになると女はいった。
「どうしても二人はだめかね」
「だめだね。今日持ってきたのは一人分だ」
「じゃ、それでいいよ。あの子もつれってってもらえないかね」
「だめだっていってるだろう。他の町であと数人拾うんだ。足手まといはごめんだ」
女はそれでもあきらめない。
「男の方が将来力仕事に役立つよ。もう自分で歩けるし、負担にはならないよ」
「『将来』なんて待っていられない。女の方がすぐに金になる」
「しかしここにおいといても・・・」
「こっちだって同じだ。どうせ死なすなら家族のそばに埋めてやるのが情ってもんだろ?」
そう言ったら女はあきらめた様子だった。
翌朝、女の子を連れて乗合バスに乗った。女の子はおとなしい。昨夜寝ている間に、気づかれないようそっと、うなじに印を付けておいた。こうしておくとどこへ逃げても、持ち主が誰かがすぐ分かる。
代わりにおいてきたのは、一冬分の豆や麦が買える金。これであの家の子供は飢えずに済むだろう。一人ぐらい間引けば、の話だが。
人買い。人は私をそう呼ぶ。しかし人々は私に感謝する。一冬の食い扶持を恵むからだ。
男の子は今頃、お腹一杯食べさせてもらっているかも知れない。死ぬ前くらいいい思いをさせてやるのが親心。私が連れているこの子とどちらが幸せか・・・
毎冬、私はこの村を訪れる。訪ねる家は違うが用向きはいつも同じだ。去年も吹雪だった。子供が一人いなくなっても二人いなくなっても、村は変わらない。初めからそんな子供などいなかったのと同じだ。
私を覚えているものはいない。私の生まれた家はある年の雪崩で消えたという。それでもあの村は変わらない。家が一つ消えても子供が一人消えても同じことだ。
女の子が私の手を握りしめる。私も軽く握り返してやる。女の人買いは子供の警戒心を薄れさせる。「悪いようにはしない」と思わせる。それが錯覚であることを、近い内にこの子は知らなければならない。
私は子供を連れて次の町へ向かう。吹雪は相変わらず強い。どんなに雪が吹き付けても、私のうなじの刻印は消えない。
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