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2006.02.01

「白夜行」

「白夜行」というドラマを毎週木曜日にやっております。原作は東野圭吾の小説です。
東野圭吾の小説は、多分何か一冊くらいは読んだことがあるのですが、それほどお気に入りにはならなくて、未読のものが多く「白夜行」も同前。まったく前知識のないまま、ドラマを眺めています。

(以下感想。ネタばれ多少あり)

「ああ無情(レ・ミゼラブル)」という外国の古い小説があります。
過去、たった一回パンを盗んだために、ジャベールという刑事に追われ続けるジャン・バルジャンのお話。この人なんか確かに盗みはしたけど、その後、人のためになることもたくさんした、いい人なんですけどねー。

「白夜行」を見ていて、これって「ああ無情」だ・・・と思いました。登場人物や設定は違いますが、テーマが。

 仲良しの小学生の男の子と女の子がいて。二人とも不遇な生活をしています。
 女の子の方なんか、実の母親が自分がお金が欲しいからって、金持ってる質屋の男に女の子のハダカの写真を撮らせてお金をもらってんのです。当然女の子はそんなことをするのを嫌がっているのですが、母親は「あんただけが頼りなのよ」とかなんとか言って。ひどい話だ。
 で。男の子はその質屋の息子でした。自分の父親が、その女の子のハダカの写真を撮ってる現場を見て、怒りのあまり、父親を刺し殺してしまいます。
 女の子は男の子をかばうために、自分の母親をその質屋殺しの犯人に仕立て上げることにします。犯人に仕立てあげた上に、ガスによる自殺と見せかけて母親を殺してしまう。自分もそのガス栓を開けた部屋の中、母親のそばでガスを吸って・・・自分も死ぬなら死んでもいい、くらいの気持ちでね。
 
 事件は、形の上では、質屋の男が殺されて、犯人の女が自殺、で終わりました。女の子は助かりはしたものの、ひとりぼっちになって施設にいくことになります。事件の真相を闇に葬るために、男の子とはもう会わないことに決めて。
 女の子のたった一つの希望は、時効がきたら、もう真相がばれてもいいわけですから。そのときまでをひたすら耐えて、晴れて時効が成立したら、男の子とまた太陽の下をいっしょに手をつないで歩くことでした。
 でも、その事件の真相を隠し通そうとする二人は、そのあともさらに人を陥れたり、脅されたり、果ては、男の子は・・・いや、もう17才になったので、その少年は・・・刑事の追求を逃れるために、偽の死亡届で自らの存在も闇に葬ることになってしまいます。ジャン・バルジャンが他人のふりをしてたようにね。

 なんで・・・なんで、そんなことになっちゃうんでしょうね・・・
 たった一つ罪を犯せばそれでもう一生幸せになれないのかなぁ。

 男の子が父親を殺した事件そのものは、未成年だし、動機を勘案しても充分情状酌量の余地がある話なんだけどな。それでも「ああ無情」の話ではないけれど、なにがしかの罪を背負ってしまったら最後、もう二度と幸せになる権利は無くなってしまうのかなぁ・・・

 私は、どんな境遇にあっても「幸せ」ってなれるはずだと思います。好きな人といっしょにいられれば。この二人は、その罪のために、時効まではいっしょに歩くこともできなくて。何がつらいって、たった一人で、時効までの時を耐えて行かなければならないことのような気がします。
 そして、どうやら、その日は来ないらしい。二人が手をつないで太陽の下を歩く日は来ない。だから「白夜行」・・・なんてつらい物語なのでしょう。ちょっと見るのがつらいけど、一応毎回DVDに撮っていますので、思いがけない展開があればまた記事にしようと思います。

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