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2006.07.04

もし本当に「デスノート」があったなら。

 1日は映画の安い日で、私は近所の映画館に「デスノート」の前編を見に行きました。
 なかなか面白かったです。

 一番びっくりしたのは、私はコミックの「デスノート」のファンでもあるのですが、コミックだとまるきりフィクションって感じなのに、映画がとてもリアルにできていたこと。リュークさえ出てこなければ、マンガが原作なのを忘れそうでした。

 もしも本当にデスノートがあったら。いや、あってもおかしくない。

 原作を知らない方のために解説すると「デスノート」とはそこに名前を書くと、書かれた人が必ず死ぬというノートです。もともとは死神の持ち物ですが、わざとそれを人間界に落とし、人間に拾わせた死神(そいつの名前がリュークです)がいて・・・原作、映画ともにそこの設定は同じです。

 ただし、原作と微妙に異なり、映画の主人公は大学生。司法試験を受けて合格したらしい。原作だとちょうど魅上照に印象がだぶる感じの青年です。彼は、世の中の犯罪者の多くが「不起訴」になって法律では裁かれないまま野放しになっているのを知り、司法に限界を感じていた。その時にデスノートを拾うのです。

 この設定からして、だいぶ原作とは違う。原作の主人公、「月(らいと)」くんファンは、もしかしたらがっかりしたかもしれません。(映画も主人公の名前は「月(らいと)」ですけど)
 この後はネタバレになるので書きませんが・・・
 
 本当に人が人を殺せるノートがあったなら。そしてそれにより犯罪を犯した者が次々と死んでいく世の中だったなら。そういう世界ってどうでしょう。理想の世界と言えるんだろうか。そうかもしれないと思いつつ、どうにも想像しがたい感じもします。
  
 コミックでも映画でも、主人公は最初はもちろん「犯罪者」を次々とデスノートで消していくのですが、自分の正体を暴き、捕まえようとする敵もデスノートで殺します。コミックを読んでいた時は、それはあまりにも主人公の行動として必然だったので読み流してしまいましたが、自分を断罪しようとする人間の名前を躊躇なくデスノートに書いたその時から、彼もまたまぎれもなく、正義でも神でもない一人の「犯罪者」なのですね・・・もちろん「犯罪者なら殺してよくて、そうでない人間を殺したら犯罪者」っていうのも、議論の余地がある問題ではありますが。
 コミックで読んでいた時は、主人公を応援していてあまり深く考えたことなかったんですけど、実写の映画でリアルに見るとつい考え込んでしまいます。

 結局「月」くんも人間なのだなぁ。デスノートが世界に現れたこの数年間も、結局は死神に人間がもてあそばれただけで終わってしまうのであろうか。
・・・なんてことを映画を見て感じました。
 
 「デスノート」は原作であるマンガの方ももう完結しているようです。私はまだ読んでないので、知っている方は、私には内緒にして下さい。世の中がデスノートでどう変わったか、それとも変わらなかったのか、その答えは出るのかしら。映画の方もまた11月の後編に期待したいと思います。

 P.S.ミサの寿命が最終的には何歳になったのか知りたい。原作って最終回までに解るのかな~

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