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February 2007

2007.02.28

ダイエットよりも喫緊の課題

【和漢箋服用後の推移】
 金曜日 0      12498歩
 土曜日 -1.0キロ  2047歩
 日曜日 -1.0キロ  3783歩
 月曜日 -1.2キロ 10206歩 
 火曜日 -0.4キロ 12405歩 
 水曜日 +0.2キロ
 ※数字は前日比ではなく、金曜日を0とした場合の増減 

 う・・・いつもどおりの右肩上がり^^;
 昨日も1万歩+スポーツクラブに行って、エアロバイク30分、ストレッチを運動の始めと終わり合計20分、筋力トレーニングを少々、水着に着替えてプールで水中歩行&水泳15分、とかしたんですけどねー。
 食べる方は、朝は寝坊のため抜き、昼は卵とじうどん、運動の前にカレーパンとホタテグラタンマン、家に帰ってから野菜ジュース。カレーパンがだめっぽいけど、総カロリーそんなにとった気がしないんですが。やせるって難しい。

 その上、ダイエットよりも喫緊の課題がでてきました。今朝はもう花粉症の症状がひどいです。くしゃみ、鼻水、目のかゆみ。目薬はもう購入済ですが、鼻炎の薬も飲まないとだめだな、これは・・・
 花粉症だと外に出るのがつらくなってきて、体を動かすのにマイナスなんですよね。しかしくしゃみや目のかゆみの前にあっては、ダイエットなんて言っていられない~
 
 でも和漢箋は、買った分まではちゃんと飲みますよ♪(貧乏性)

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2007.02.27

The Hungry Gene(前編)

 引き続き和漢箋を飲みつつ、1日一万歩&食事を軽くセーブでダイエット進行中。
 金曜日 0      12498歩
 土曜日 -1.0キロ  2047歩
 日曜日 -1.0キロ  3783歩
 月曜日 -1.2キロ 10206歩 
 火曜日 -0.4キロ  
 まー順調に戻ってます(爆) ウィークデーに体重が増え、週末に減る、のが昨今のパターンなのですが、さて和漢箋効果で、このパターンに少しは変化が見られますかどうか。

 昨夜、週末に図書館から借りてきた「太りゆく人類―肥満遺伝子と過食社会 エレン・ラペル・シェル (著), 栗木 さつき (翻訳)」 という本を読んでいました。なかなか面白い本です。なぜ「肥満」という現象があるのかが分かりやすく書かれています。詳細はリンク先のamazonのページをご覧ください。

 肥満て単に、「食欲を止められない本人の意志の弱さからくる」と思われていますが、必ずしもそうじゃない、ということがこの本を読むと分かります。

 この本で取り上げられる肥満は、重症肥満と呼ばれる人たち(自分で歩くことさえも困難、それでも人一倍食べてしまう、どうしても食欲を抑えることのできない)なので、一般論としては極端ですが、そういう人達の肥満の原因を調べていくと、やはり「人の体重をコントロールするプログラム」というのが遺伝子に存在していることが、明らかになったとか。
 それが表題「The Hungry Gene」。
 何らかの要因でその遺伝子に欠損がある場合、体重をコントロールするために食欲を抑制したり促進したりする機能が壊れてしまい、食欲が抑えられず食べ続けて太ってしまう。
 そういう現象は本当にあるそうです。

 遺伝子レベルの欠損か・・・そういう人が「意志が弱い」とか言われてしまうのって悲劇ですね・・・
 もちろん、そうと理由が分かれば治療のしようもあるわけで。

 ただ。
 「食欲をコントロールする遺伝子」が分かったところで、全ての肥満の原因がそれではなく。その遺伝子の設計図は正しくても、それに基づき生成された「食欲の抑制物質」を受け止める受容体が、何らかの理由で壊れていれば、それもまた、肥満の原因になる。
 本の中では、科学者達がいろいろな症例に対し試行錯誤する様子が、リアルに伝わってきます。

 と、ここまでがこの本の前編。後編は今度はこういう研究が・・・これは私の予想ですが、こういう研究って成功すればお金になるんですよね。
 金になるところに人は集まる。その結果、効くかどうかも分からない「やせ薬」が開発されて売られたり、人の食欲を利用することは、確実に商売になるわけで。そういう現実社会の実態がレポートされているようです。面白そうだなぁ~

 ただ、ここまで読んで思うのは、やはり太ってるのって食べ過ぎが原因なの?ってこと。
 いや、当たり前だって言わないでください。私ね・・・あんまり食べてないと思うんだけどなぁ~

 もう10年くらい前になりますが、当時、約2年間で、10キロの減量に成功したことがありました。
 しかし、10年後の今、逆に減量前よりも10キロ増えてるんですよね。信じられないかもしれませんが、これはホントのことです。つまり、減量したときよりも20キロ増えてる・・・。10年スパンという長い期間ではありますが、20キロ増えるって自分で考えても凄過ぎ。
 しかし、20キロ増えるほど、暴食したかというと、記憶を辿る限り、身に覚えはあまりありまえせん。ジワジワと増えて、結果として現状がある。人の体重を適正に保つプログラムが私の中にもあるとしたら、何が壊れたんだろう? というか、太るのって一体何が原因なのだろう? 運動しなくても、いっぱい食べても、太らない人はいるのになぁ・・・(ため息)

 太るのには原因があって、それは食べ過ぎだとしても。
 やせるためのメカニズムはもっと解明されていいはず。
 
 自分の例でいっても「リバウンド」というのは確実に存在するので、ただ単に食べなきゃいいってもんじゃないわけで。ダイエットしてちょっとやせて、その後リバウンドしてダイエット前よりも太る、そんでまたダイエットしてちょっとやせて、また前より太る、その繰り返しの結果が20キロ増。今回のダイエットも、また増える原因にならなきゃいいけどなぁ~
 かといってダイエットしなきゃしないで、ダメだし^^; おそらく体を動かすことや、野菜を食べること、ある程度食事で節制を努めることは、ダイエットになろうがなるまいが、必要だしなぁ。
 
 まあそういうわけで、ダイエットに関して語ると長いこと・・・
 本の方は、また後編を読んで、リポートします。

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2007.02.26

Let’s try!「和漢箋」

 土曜日にロート製薬の「和漢箋-たまった脂肪を落とすロート防風通聖散錠-」というのを買ってきました。
 1日1万歩はもちろんですが、極端過ぎない食事制限、それにプラスαということで。効果があるかどうかは、話半分といったところですがプラシーボ効果というのもありますし、天下のロート製薬ですから、よもや体に害のあるものを売ったりはしていないでしょう(こういうとこではブランド志向の私)。
 ただこの防風通聖散錠、便秘に効能があるそうなんですよね。元々便秘はないんだなぁ、私。その点は、効果が薄そうと感じます。でも、いくらなんでも、今の時代、「溜まった脂肪を落とす」とこんなにデカデカと書いてあって、ホントじゃなかったら、JAROで問題になりそうな気がするし・・・とりあえず百聞は一見にしかずで、試してみることにしました。

 前日の金曜日、スポーツクラブにいきまして、運動する前に軽く食事をとりましたが、スポーツクラブから帰ったあとは、春雨ヌードルだけで我慢したため、土曜日の朝の体重は、金曜日の朝よりも1キロほど減っておりました。で、土曜の夜から日曜日も食事を減らし、昨日の夜も早めの食事の後、間食をひかえました。
 金曜日を0としますと・・・

 金曜日 0
 土曜日 -1.0キロ
 日曜日 -1.0キロ
 月曜日 -1.2キロ

 ふむ。まずまず。問題はここからです。週末はずっと家にいるため、体重は減らせるんですが、仕事にいくウィークデーが体重増加傾向。和漢箋を飲みながら、この1週間は体重の推移を見守ってみます。ちなみに、1日1万歩の方は、土日はまるで動かないので・・・

 金曜日 0                     12498歩
 土曜日 -1.0キロ                 2047歩
 日曜日 -1.0キロ(和漢箋スタート後、初計測)3783歩
 月曜日 -1.2キロ

 という結果。これから和漢箋を試す方のためにも、一応、来週の日曜までは記録をつけてみます。まだ和漢箋を飲んでからは200gしか減ってません。これが1週間後どうなるか・・・まあ戻らなければそれでも成果かな。

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2007.02.25

見ないと損だってば!「シャル・ウィ・ダンス?~オールスター社交ダンス選手権~」

 毎週土曜7時から放送している「シャル・ウィ・ダンス?~オールスター社交ダンス選手権~」

 昨日からは、二週連続で、「ダンスが上手い人大会Ⅳ」をやっています。
 いえ、この番組の真骨頂は、ダンスは素人の、おなじみの芸能人ががんばってダンスを練習して、その汗と涙と努力の結果を舞台で披露することにあるのですが・・・

 「ダンスが上手い人大会」はまた、いつもと違ってすごいんですよ~。
 なんというか・・・魅せてくれるんですよね。これはね、見ないともったいない。見てください。土曜の7時に家にいない方は録画だ!(笑)

 私はリアルタイムで見るのはもちろんのこと、DVDに録画したのを何度も見てしまいます。昨日のも本番含めてもう4回くらい見ました。

 ご自分でダンスの振り付けもされる、パパイヤ鈴木さんがこのシリーズの常連なのですが、毎回楽しいダンスを見せてくれます。昨日のダンスはタンゴ。スタンダードな中にも、自分のオリジナルを組み込んで、見せ場を作る・・・そして今回は優勝を狙って勝ちに来ているパパイヤさん。プロでも難しい、タンゴでの早い動きにチャレンジされたのですが、見終わって思わず
「・・・すごい・・・!」
とため息が出ちゃいました。このダンスは必見!
 その他、MAXのNANAさんのチャチャチャも、一つ一つの動きが全てきまっていて圧倒されましたし、早見優さんのワルツはうっとりするほどきれい。シェイプアップガールズの中島史恵さんのルンバも美しかったなぁ~

 いやー昨日の番組のダンスはほんとすばらしかった。一人で見てるのがもったいない!(笑)

 また、この番組は、ダンスの音楽がユニークで面白いんですよ♪ 普通の歌謡曲や聞き馴染みのある映画音楽をダンスの音楽にアレンジしている。そういう点も必見です。
 自分でやっていない私も「ダンスって素敵だな~」と思います。社交ダンスに全然興味がない人もぜひ見てみてくださいねー♪ 来週は「ダンスが上手い人大会Ⅳ」の決勝。絶対見るべし!

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2007.02.24

号泣(涙)・・・「お月さまほしい」

 今日も中島みゆきさんのニューアルバム「ララバイSINGER」のお話です。今週、ついに私もこのアルバムを購入しまして、ずっと聞いているところです。

 こちらの記事こちらの記事でも、曲を一部ご紹介しておりますが、今日は「お月さまほしい」という曲から・・・

・・・

 うーん、かなり個人的な思い語りになってしまうなぁ・・・以前の記事もそうなのですが、曲を聞くときって、自分の思いが反映されるようです。「お月さまほしい」はそれほど長い曲ではありません。あえて歌詞は引用しないでいきましょう。

 私の大切な友人が今、とっても、大変な問題に直面しております。
 何か力になりたいのですが、私は今、遠くにいて何もできなくて。そのことがとても苦しくなるときがあります。

 前、彼女に言われたことがあるんですよね。
「優しい言葉をかけてくれる人はいくらでもいるけど、実際に何かしてくれる人はほとんどいない」
 
 私も・・・そうなんだよなぁ。そうなりたくなくたってそうなんだよなぁ。結局のところ何もできない。何の力もない。

 困っていることや辛いことを、私には何も言わない彼女でありました。
 辛い時に駆けつけようとしたら「一人がいい」と言われたこともありました。

 うーん、彼女がそばにいて欲しい人は私じゃないんだよなぁ・・・

 それは分かってはいても。やっぱり私にとっては、とてもとても大事な友人なのです。

(引用開始)

 きみが今頃泣いてるんじゃないかと思ったんだ
 ひとりだけで泣いてるんじゃないかと思ったんだ・・・

(引用終わり)

 なんか聞いてるとどうしようもなく泣けてしまうのがこの曲です。(結局、歌詞引用しちゃった)
 歌詞全文は、こちらで見てみてくださいませ。著作権もクリアしてるサイトです。

「女神の翼-中島みゆきファンサイト-」


 

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2007.02.23

「黒馬物語」

 子供の頃、小学館の「少年少女世界の名作」という全集が家にありました。
 昨年までは実家にあったのですが、じゃまだからということで捨てられたっぽい^^; 買ったのは、7年前に亡くなった私の母だったのですが、父は、本とかほとんど読まないからなぁ・・・もったいない~

 その全集で読んだ物語の内、おそらく一番気に入っていたのが、今日の表題の「黒馬物語」です。
 何が面白いって、これは馬の一人称小説であるということ。
 今でこそ、子豚の一人称で語られる冒険ストーリーで「ベイブ」なんてのもありますが、当時は「馬」が「ぼくはそのときこう思った」という話って、新鮮な感じがしたものです。
 
 で、昨日たまたまレンタルDVDのお店をぶらぶらしていましたら、なんと、この小説って映画化されてたんですねー。びっくり。早速借りて見てみました。

「ブラック・ビューティー/黒馬物語」

 製作は1994年か・・・もしかしたら、日本で公開されてなかったのかも?

 映画は、実はちょっぴり退屈です。環境ビデオみたいな感じですね。黒馬はきれいなのですが、語りが少なく、そこは映画だから映像で見せるのは当然としても、原作の魅力が、黒馬の語りで、読んでいるこちらを馬の気持ちにぐいぐい引きこむところにあるため、映画になっちゃうとあんまり面白くない^^; まあ仕方ないのかな。
 
 ただ、そこは差し引くとしても、映像になったことでの新たな発見はいくつもありました。
 
 主人公の黒馬は、いい牧場で生まれ、いい調教を受け、お金持ちのお屋敷に引き取られます。そこには馬思いの世話役がいて、その中でもいろいろドラマはあるものの、同じお屋敷の雌馬「ジンジャー」に恋をしたりもして、概ね楽しい日々を送ります。
 原作でははねっかえりの「ジンジャー」がなかなかかわいいのですが、映画では一言もセリフがないのがちょっと残念でした。
 世話役には息子がいて、その息子の失敗で、主人公の黒馬は一時、死にかける、なんてエピソードがあります。その息子は責任を感じ、治るまでずっと黒馬につききりで世話をするのですが、ここは原作よりも、息子「ジョー」と主人公の黒馬の友情がより強調されて描かれていました。

 人間の視点だとそうなるでしょうね。

 映画と原作の違いは、一番はそこで。映画ではその後、何度か、黒馬が「ジョー」を思うシーンがありましたが、原作では、主人公の黒馬にとっては「ジョー」も、彼の身の上を通り過ぎていった人間の一人に過ぎません。
 黒馬は、映画ではその後、いろいろつらい目にあったとき、ジンジャー達と過ごしたお屋敷での楽しかった日々を思い出すのですが、原作ではそういうシーンはないのです。
 
 動物というのは、おそらく人間と同じようには「思い出」って持たないものだと思います。
 だからこそ。つらくあたってはいけない。
 人間は、今はつらくても、楽しかった日々を思って耐えることができる。昔、楽だったのに、なんで今はつらいのか、なんて、不平や不満を言うこともできる。自分で、どうこのつらさを乗り越えたらいいのか考えて、そこから抜け出す努力をしようとすることもできる。

 でも動物はそれができない。今、そのときを耐えるしかない。与えられた環境の中で、他と比べたり、昔と比べたりすることもできず、その時その時に全力を尽くすことしかできない。

 私にとって「黒馬物語」という小説はそういうことを教えてくれた小説でした。
 だから、ちょっぴり、この映画の作りには不満なんですよね。原作の方がいいな、と思っちゃいます。

 黒馬はその後、お金持ちのお屋敷から、別のもっとお金持ちの屋敷に引き取られますが、そこで、ある事故にあってしまい、膝を痛めてしまいます。そのため、貸し馬屋に売られてしまい、そこでかなりつらい日々を過ごした後、今度は、都会で辻馬車の仕事をすることになる。
 映像で見ると、その「郊外に広い屋敷を持つお金持ち」と「都会の石畳の雑踏で貧しい生活を送る人々」のギャップがすごいのにびっくりですよ。馬もびっくりしていました。なんて人が多いんだろうと。そして木や土はどこに行ってしまったんだろうと。このシーンは原作にはないので、とても新鮮でした。辻馬車というものも初めて見ました。こういうのは映像ならではですね。当時の光景が再現されていて面白い。

 辻馬車の仕事では、貧しいけれど馬思いの主人とともにがんばって仕事をしますが、馬よりも主人の方が病気で働けなくなってしまい、黒馬はまた売られてしまう。穀物を運ぶ馬車の馬として二年酷使された後、ついに倒れて、また売られてしまう。穀物を運ぶ馬車、重そうだったなぁ。そういうイメージはやはり読むのと見るのでは見る方がストレートに伝わってきますね。

 痩せて、元気で美しかった頃の姿が見る影もなくなってしまった黒馬。そこでジョーと再会します。
 原作では、ジョーが黒馬に気付きます。馬は覚えていないんですけどね。ここも、人間と馬の違いが現れるシーンで、私はこの方が好き。
 映画では、馬が先に気付きます。で、必死にジョーに気付いてもらおうとがんばる。そしてジョーが振り向く。ジョーが思い出す。感動の再会、と。
 黒馬は、その後、ジョーのところで穏やかな余生を送りました・・・というのがこの「黒馬物語」です。
 ハッピーエンドで、救いを残した終わり方。ほっとします。恋人の「ジンジャー」は同じように辻馬車でこき使われて、死んでしまったりもして、現実の馬はそういう末路を辿る方が多く、黒馬はまだラッキーだったんだろうなぁと思います。

 いろんな物語を思い出すたびに、もし自分に子供がいたら、これも読ませたい、あれも読ませたいと思います。この話もその一つ。お子さんが居る方はぜひ。お勧めです。 

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2007.02.21

Myムービー

YahooのMyムービーという機能で、自分の見た映画をリストアップするページがあったので、私も作ってみました。

URLはこちら。
http://my.movies.yahoo.co.jp/profile-WxL683.UYCx.bUoL

 「みたログ」というのを見ると、私が過去「映画館」で見た映画(テレビやレンタルで見たのは省きました)の一覧を見ることができます。なんというか偏向ぶりがあまりにも見え見えなんですが、興味のある方は見てみてください。

 一応、50本までリストアップしましたが、あまりに古くてマイナーなのはYahooムービー自体にないので登録できませんでした。あまりに古くてマイナー・・・たとえば「千年女王」とか「わが青春のアルカディア」とかです。いえ、子供の頃、「銀河鉄道999」が大好きで、原作全部持ってましたわ。無論、私だけでなく、当時の子供たちの間では「宇宙戦艦ヤマト」全盛で、松本零士作品は一世を風靡してましたっけ。
 一本だけ、映画館で見なかった映画が入ってます。「頭文字D」。先日DVDレンタルで見たのですが、ちょっと面白かったので、覚えておこうと。

 これ、やってみたらけっこう楽しいです。
 見たけど忘れていた映画とかも必死に思い出していると、どこの映画館へ、誰と行った映画だったかもいっしょに記憶が蘇り、なんだか懐かしい気分になれました。。
 ぜひみなさんも自分の見た映画のデータベース、作ってみられたらいかがでしょうか。

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2007.02.20

♪ただ愛のため~にだけ~

♪これが 始まりでも これで おしまいでも
♪ただ愛のためにだけ 生きてると言おう
   (アルバム『ララバイSINGER』より「ただ・愛のためにだけ」)

 日曜日の「ララバイSINGER」ショックがまだ収まりません。ひ~。
 昨夜はちゃんと眠れましたが、寝過ぎて今朝はちょっと遅刻気味でした。
 たかが歌じゃないか、と思うんですが、影響されちゃうのも、その時々の心理状況によるもののようです。
 
 以前、職場の親しい友人が、結婚まで秒読みと言われていた相手と破局してしまったことがあり、その時の彼女は「テレビドラマもダメ、本もダメ、映画もダメ、音楽もダメ」と、ちょっとでも恋愛に関するものを見たり聴いたりすると彼とのことを思い出してしまい、それこそ、みゆきさんの歌ではありませんが、

♪飲んででもいなければ~悲しみは眠らない~

 な感じになってしまったことがありました。でも必死に、毎日職場には来て、何年もかかってなんとか立ち直・・・いや、多分、今も忘れることはできてないみたいです。
 たかが片思いな私でさえ、みゆきさんの曲を聴いて「ひ~」と思うのですから、恋に思い出がたくさんあればあるほど忘れられなくなるし、別れた後も傷が残ってしまうものなんだろうなぁ・・・

 うーむ。

 人を好きになったり、恋をすること自体は、人間を成長させるものだと思うし、他者に対する深い理解力を育てる上でも必要なことだと思うのですよ。
 しかしながら。
 いいことばっかりじゃないわけで。
 
 そりゃおとぎ話のように、王子様とお姫様が恋に落ちて、めでたしめでたしならそれに越したことはないわけですが、やっぱり現実はそうはいかない。相思相愛で大団円なんて、フィクションの中だけ。だとしたら、誰かを好きになっても、もっとソフトランディングの方法が何かあってもいいはずだ、と私は思いますね(苦笑)。

 昔から言われていることですが一番いい方法は「次の恋をすること」。
 でもなぁ・・・くだんの友人の場合でいうと、第三者としての私から見ると、やはり前の彼が忘れられないから、次があってもそこに踏み出す踏ん切りがつかないようで。普通に美人で、女性らしく細やかで、人当たりもソフトで、素敵な人なんですけどね。
 なんでこういう彼女に
「俺が受け止めてやる」
 って男が現れないんだろうな~。
 そういう人にも現れないんじゃ、私にはまわってこないのは当たり前だよなぁ(おいおい)。
 
 思えば、かくいう中島みゆきさんも、女性から見てもとても美しい方で、ファンはもちろんたくさんいるし(男性ファンもいますよ~)、仕事上でもきっとたくさんの、才能ある素晴らしい人との出会いがあるに違いないのですが、未だ独身です。
 おそらく、人を好きになりその思いが深ければ深いほど、そこまで好きになったのにいろいろな事情でその恋が実らなかったなら、その思いの深さ故に、それを忘れることはできないのかもしれません。

 忘れることはしなくてもいい。
 何か違う形に昇華していければ・・・
 それこそみゆきさんがたくさんの歌を作ってきたように。

 もしかしたら、男性でも女性でも「恋愛」っていうのは、元々そういうものなのかもしれませんな。

 1つの道は、惹かれ合い、結ばれて、結婚し、家庭を作り、「子供」という次世代を作ること。
 そして、もう一つの道は、恋をして、恋に破れ、何か別のものを創り出すこと。
 やっぱり、どっちもありなのかも。

 そしておそらくはどちらの道もまさに・・・「ただ・愛のためにだけ」ってことですわね。
 お後がよろしいようで。
 

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2007.02.19

イタ過ぎる・・・「ララバイSINGER」

 落ち込むことがあっても一人で落ち込んでいても始まらないので、前向きになろうと心がけている昨今であります。心がけが効いて、最近は落ち込んでいても、自分が落ち込んでいることに気が付かない時があります。
 ただし、これは度が過ぎてもよくないので、たまには自分の落ち込みようをちゃんと見てやることも大事です。

♪さみしさを人に言うな~♪

 うう、それは分かってるんですが~。みゆきさんの歌に出てくる人たちみたいに酒が飲めれば、一人で飲んだくれればいいけど、酒がダメな私はそうもいかないからなぁ。代わりにブログにつらつらと書いてしまいます。
 
 日曜日にカラオケに行きまして、中島みゆきさんのニューアルバム「ララバイSINGER」を、自分は歌えないので、周りの仲間達が歌うのを聴いてきました。
 私はみゆきファンなんですが、このアルバム、まだ買っていません。TOKIOが歌った「宙船」のみゆきバージョンも入っているいいアルバムなのですが。

 うーむ・・・
 みゆきさんの歌を聴くと、ついそっちに気持ちが引き擦られてしまいます。落ち込んでいる自分に気付いてない時はなおさら。アルバムタイトルの「ララバイSINGER」なんか、ノックアウトに近い。

(引用開始)

歌ってもらえるあてがなければ  人は自ら歌びとになる
どんなにひどい雨の中でも  自分の声は聞こえるからね

(引用終わり)

・・・・だめだ、こりゃ^^; こんなほんとのコト言わないでよぉ~~~

(引用開始)

ララバイ ララバイ 眠れ心  ララバイ ララバイ すぐ明日になる

(引用終わり)

 ・・・聴いている内に、明日がくるのが怖くなります。眠って朝がきて、また眠って朝がきても、いいことなんか一つもなくて、誰にも会えなくて、ひとりぼっちで、そんな生活がこれから10年も20年も、死ぬまで続くような気がしてきて・・・い、いかん。
 いや、昔に比べてみゆきさんも優しくなりましたから、このアルバムもそれこそ「宙船」のように、元気の出る歌もあるんですよ。
 けれど・・・昨夜は「ララバイSINGER」が頭の中でリフレインする中、久々になかなか眠れなくて大変でした。

 聴いていてイタ過ぎる歌を克服してしまうためには、自分で歌うに限ります。「ララバイSINGER」今度こそ買うかな。覚えて自分で歌っちゃおう。歌うと開き直れます。元々、みゆきさんの歌ってそういう効用があるようですから。

(引用開始)

 思いつかなくていい心配や疑いが  私たちを傷つける
 約束を交わしましょう  今からの日々のため
 あのさよならにさよならを送りましょう
         (アルバム『ララバイSINGER』より「あのさよならにさよならを」)

(引用終わり) 

 何も心配しなくていい。何も疑わなくていい。そう信じなきゃ明日を迎えるのがなんて辛いことか。いつだって、戦わなくてはいけないのは・・・自分の心、です。
 お、書いている内になんか逆説的に元気が湧いてきたような。
 
 中島みゆき、ニューアルバム「ララバイSINGER」。よろしければ皆様も聴いてみてくださいませm(_ _)mぺこり

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2007.02.18

「博士の愛した数式」

 映画「博士の愛した数式」を見ました。(少々ネタばれしております。ご注意ください)

 この映画に登場する数学の博士は事故で80分しか記憶が保てない、と言う人です。それがどういうことなのか・・・思いを馳せながら、私たちは、家政婦の深津絵里の視点から、物語を追っていきます。

 特に映画が終わるまでにドラマティックな何かが起こるわけではない。
 博士が全てを覚えていられるようになるわけじゃない。

 けれど・・・

 私ね、人の一生そのものが線分なんだなぁと思いました。
 終わりと始まりがあって、その前もその後も分からない。前世とか生まれ変わりとかあっても、私たちには感知する術がないですもの。

 ちょうど博士が80分しか覚えていられないように、私たちもせいぜい80年の記憶しかない。(だから「80分」なのかも!?)
「どうせ忘れてしまう」
 んですよね。

 博士の中では、阪神の江夏がずっとヒーローであるように、私たちが今信じていることも、100年たてば、無意味なこととなってしまう。大切な思いも愛した人も0に戻ってしまう。それは博士の感じていた「絶望」以外の何者でもなく。

 それでも。
 私たちは一瞬、一瞬を生きていく。
 人を愛していく。
 たとえ一瞬あとには忘れてしまっても・・・

 博士はこう言いました。ホンモノの直線は私たちの心の中にしかなく、表現しようとすれば、それは線分でしか表せない。でも本当の真理は心の中にあるのだ、と。

 私たちの生、然り。
 命がたとえその場限りだとしても、目には見えない何かが、始まりも終わりもなく永遠に存在していて、私たちはその一部なんだ・・・

 ・・・どうでしょうか・・・
 原作は読んでないのですが、多分、この映画は、博士の姿を通してそういうことを伝えたかったんじゃないかと私は思いました。

 念のため、お断りしておきますが、私がそう思うだけで、そんなことを押し付けがましく言ってくる説教くさい映画ではないです。博士と深津絵里とそして√たちを見て、見た人が、それぞれいろんなことを感じればいい。

 私、実は映画を見ているときは「博士の愛した数式」の答えが、=0の意味がよく分からなかったのです。でもこれを書いていて、「だから=0なのかな」とちょっと思います。数学って実はロマンチックなものなんですね。

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2007.02.16

男性も結婚したくないらしい!?

 「ウシジマくん」の記事などを書いていて、男性側の視点に興味を持つ今日このごろです。

 ネットでこんな記事を見つけました。
ニートは国を滅ぼすか? インタビュー「37歳が危ない」(「下流社会」著者:三浦展(あつし)×聞き手:『正論』喜田由浩)

 この中で、この三浦展という人がこんなことを言っています。

【引用開始】

-- (下流には)結婚や子供を持つことにも意欲が低い人が多いですね。

(三浦) 収入が低く、正社員でもないので、そもそも結婚はできない、(相手に)選んでもらえないという意識もあるでしょう。その一方で、「結婚しない方がラク」という人も増えています。現在の30歳代はまだ、「結婚はしなければならないものだ」という意識が強い。
 だから結婚していないと、「できていない」という意識が強いのですが、20歳代になると、そうじゃないかもしれない。結婚は別にしなくてもいいという考え方が増えているようです。結婚するといろいろ面倒くさいことも出てくる。家族への責任もある。それよりも一人で「萌え!」と叫んでいた方がラクなんです(笑い)。ただし、結婚については男女で意識差があり、男性ほど「結婚しなくてもいい」という意識が強まっているという説もある。女性はいまでも結婚したい人が多い。高収入で、いい仕事についている男性と結婚して、自分もいい生活をしたいと思っている。でもそうした“いい条件”の男性(結婚相手)は当然、限られています。ましてや「結婚しなくてもいい」という男性が増えているのですから、条件は厳しい。多くの女性は、そうした男性側の意識の変化に、ついていくことができていないらしい。

【引用終わり】

 「下流」とはなんぞや、という話は、リンク元を参照いただくとして。この文章の最後の部分に、ちょっとひっかかりを感じました。いや実は、昨年出席した地域のお見合いパーティみたいなところでも同じような話があったんですよね。つまり「結婚したいと思っている女性がいい条件の男を求め過ぎる」みたいな。
 う~む。

【男性側の意識の変化についていくことができていないらしい】

 「男性側の意識の変化」・・・つまり、こういうことですか。

【今は「結婚しなくてもいい」という男が増えているのだから、結婚したいと思っている女性にとって、好条件の相手は数が限られている。なのに、好条件にこだわるから相手がいないんだ】

 ふむふむふむ。なるほどねぇ。
 女性にとって好条件(まあ仮に高学歴、高収入としますか)の男性がいても、そういう男性の中にも「結婚しなくてもいい」という考え方が出てきているから、結婚を望む男性の母数自体が減っている。
 だから結婚したいなら、条件にこだわっていては結婚できない、と。

 にゃるほど。うん、そうかもしれないですねえ。
 確かにそのとおりなのですが、だからといってこの事実が「だから結婚したいなら条件にこだわるな」ということにはならない。
 女性側としては、「男性側の意識についていってない」なんて言われれば、「そんなのついていく必要なし。だったら結婚なんかしてもらわなくていいわよ、ふん」となります^^; 

 男性、女性に限らず、やはりメリットが感じられなければ結婚しようとは思いません。メリットというのは当然、金銭面に限られる話ではなく、パートナーを持ち、家庭を持ち、子供を持つという生き方を幸せだと思えるかどうか、です。これを「メリット」だと思えなければ、誰も、結婚しようとは思わない。男性も女性もね。

 私は男性ではないので想像することしかできませんが、どちらかというと、女性より男性の方がこういうことにメリットを感じられなくなっているんじゃないかなぁと、思います。

 で、男性が結婚する気がないなら、女性も「じゃあいいわ」ってことになりますわ。
 だって、無理に結婚してもらって、家事にも子育てにも協力してもらえない上に、「俺はホントは結婚したくなかったんだ」とか「誰に喰わせてもらってるんだ」なんて言われるのは割に合わないし^^;

 男性も「別に無理して嫁さんもらわなくてもいい」
 女性も「別に無理して結婚してもらわなくてもいい」

 これじゃ、非婚率上がるよなぁ・・・

 前から思っているのですが、昔は当たり前だと思われていたこと・・・柳沢大臣の発言じゃないけどそれが「健全」だと思われていたことが、そうじゃなくなっているのが、まぎれもない現実です。健全VS不健全の議論になると「いい、悪い」の議論になって話がややこしくなるのですが、どっちがいい悪いじゃなくて、現実が「結婚しない」方に流れてるのが、事実なんですな。男女両方にとって。

 それならば、どうするか、ですよ。

 「結婚しない」方への流れを「結婚する」方へ引き戻せるかどうか。

 「高望みするのが悪い」なんて話でことが片づくならカンタンですが、そもそも「結婚しようと思わない」男性が増えてるなら、それをどうするかが出発点なんじゃないかって気がします。 男性が結婚を望むなら、女性もそれに引っ張られる気がするんですよね。

 「押しかけ女房」なんて言葉も最近は死語なんでしょうが、女性だけががんばるっても限界があります。「結婚したくない」男性の家に無理矢理行って、住んじゃって、子供作っちゃって、「だまされた」だの「結婚したくなかった」だの「酒だ、酒だ、酒もってこい」だの、果ては暴力なんて振るわれた日には・・・
 もうそんな時代には絶対戻れないし、戻りたくないもん。

 あはは、ちょっと最後は極端な例になりましたが。
 
 無論、「結婚しない」のと「結婚する」のとどちらがいいか、私の立場では、後者がベストとは言いづらいのですが、30代の私の中では、やはり「結婚して家庭を持つ」ということにまだ憧れがあって、「少子化?それならそれでいいじゃない」というほどは「結婚? そんなのしなくたっていいじゃないの」と言い切る自信はないのですよね。
 同じ世代の友人を見ていても結婚したいと思っている女性は多い。ならば。もうちょっと男性にもがんばって欲しいんだよなぁ~
 
 まあでも、男性には男性の言い分がやはりあるんでしょう。結婚したって義務や責任が増えるばかり。それなら別に結婚しなくていいや。そう思う気持ちも分かってしまうだけに^^;
 どうするのがいいんだろうな~。この問題は難しいですね。

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2007.02.15

バレンタインディin2007

昨日はバレンタインディでしたが、みなさんはどんなふうに過ごされたでしょうか。

 バレンタインディ。
 テレビで「愛のエプロン」という女性芸能人が料理バトルを繰り広げる番組をちらりと見ましたが、まちゃまちゃさん(最近「摩邪」って名前になったのかな)が大ファンの岩城滉一氏への愛の力で100点を取ったのを見てちょっと嬉しくなりました。
 彼女曰く。
「バレンタインディでこんないい思いをしたのは初めて。(バレンタインディなんか)潰してやろうかと思ってたぜ」
 とのことでした。

 私もバレンタインディに格別いい思い出がある方ではありませんが、基本的にはバレンタインディってけっこう好きなイベントです。なぜかというと。

 最近よく聞くフレーズですが、私は「愛され○○」という言葉があまり好きじゃありません。
 「春の愛されワンピ」とか「愛され肌になるために」とかのキャッチコピーね。

 よく女性は、愛するよりも愛される方が幸せになれると言います。確かにそうかもしれないんですけど・・・
 なんていうか「愛されること」だけを待っているなんてつまんないよなぁと思います。というか、全ての不幸は「愛されようとするけど愛されない」ことから始まるような気がしてならない。
 「愛される」ことも確かに大事なんですけど、愛されるばっかりで、自分から愛することができなかったら、その人はあんまり幸せにはなれない気がするんですよね・・・

 これは以前からの持論ですが「幸せ」って人から与えられるものではなくて、その人本人が「幸せかどうか」という主観的な問題なので。「愛される」よりも「愛する」ことのできる人の方が多分幸せになれるし、自分だけでなく、そうして愛した相手も幸せにできるんじゃないかなと。
 そういう意味で、女性が自分から告白する「バレンタインディ」というイベントは、なんだか元気が出るというか、私もがんばろう、みたいな感じになる大好きなイベントなのです。

 しかしまあ・・・愛するばっかりでもいけないんですけど^^;
 ちゃんと相手の思いを知って受け止める「愛され上手」になることも大事なことで。そうじゃないからいつまでたっても片思いなんだろうなぁ~、私。
 
 「愛されること」と「愛すること」。何事もそうですが、やはりバランスってことか。月並みな結論ですが、おそらくそれがホントなんでしょう。愛されることにも愛することにも、まだまだこれから上手になりたいです。え?遅い?^^;

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2007.02.14

「ウシジマくん」の現実

 ビックコミックスピリッツという青年マンガ誌を3年前からずっと読んでおります。
 先週まで「邪眼は月輪(がちりん)に飛ぶ」という面白い漫画が短期集中連載されていたのですが、それが終わってしまって、今週号は目玉なし。4月からドラマ化されるという話題の「バンビーノ!」も今週は休載だし、頼みの綱の「中退アフロ」も今号は進展なし、いつもは楽しめる「団地ともお」も今週は今一つだったなぁ~。
 長く読んでいればこういう時もありますので仕方ないですが、その中で今日は、ビックコミックスピリッツの中でもえげつないマンガの代表格である「闇金ウシジマくん」(真鍋昌平)をネタにしてみようかと。

 「ビックコミックスピリッツ」は青年マンガ誌ですから当然ターゲットは男性です。読んでいると男性視点の世の中というのを垣間見ることができて、とても面白いんですよね。

 今週の「闇金ウシジマくん」に出てくるのは、日雇いのバイトなどを適当にやりながら、消費者金融からの借金をしつつ、パチスロをするのが楽しみという男性。自分でも今の自分のダメっぷりが分かっていながら、その生活から抜け出せない。まっとうに生きている人間を蔑む嫌なヤツですが、それは劣等感の裏返しだったりする。
 こうした人間をさらなる地獄に突き落とすのが「闇金ウシジマくん」というマンガの真骨頂ですが、それはこれからの展開。今週はまだ、その男性はパチスロでたまたまちょっとついていて金に余裕があるので、出会い系サイトで女の子を見つけて楽しんじゃおうというお話でありました。

 いやぁ・・・私は女性なので、そういう男性向けの出会い系サイトってのぞいたことがないのですが。
 私、女性側の書き込みなんて全て、迷惑メールの「今夜逢えませんか」と同じで「本物」なんてないと信じているんですが、現実にはあるんですかね?
 「今夜、どうですか、ホテル代別で2万。」
 とかって。そんな女性、まったくいないとは言いませんが、多くはないと思う。
 ・・・私の考えって偏ってるのかしら・・・
 売春を商売にする女性がいる社会って、それは「貧困」のせいだと私は思うのです。他にお金を稼ぐ手段がなければそうするしかない。昔の日本にはそういう時代もありました。
 しかし今の日本の社会で・・・あるのかなぁ? いや、矛盾するように聞こえるかもしれませんが、商売としてのフーゾクや水商売はありだと思うのですよ。でも素人が、ネットの掲示板で、不特定多数の男性に向けて「二万で売ります」なんてことを書き込んで、どんな男性がくるかも分からないのに、それでこづかいを稼ごうとするなんて。
 信じられん。これ、事実なの?

 「闇金ウシジマくん」のお話の中では、またそういう出会い系サイトで会うことになった女性が、かわいくも美人でもなかったのでスルーしたことがある、なんてことも書かれておりまして、そういうところがまたリアルっぽいのよね^^;
 しかしなぁ、かわいくも美人でもない女性ならなおさら、そういうところで売春で稼ごうとするかなぁ?

 一般にかわいくも美人でもない女性は、別の部分で自分の価値を見いだそうと一生懸命になるものだと思うのですよね。私みたいに(苦笑)。かわいくて美人で、そこに価値があって、買ってくれる男性がいるならば、それを商売にして楽に稼ごうとする女性がいても自然な気がするけれど、それならそれでプロになった方が稼げるだろうし、安全だと思う・・・うーむ。

 いや、なんだか。
 この話が「現実」なんだとしたら、私の世の中の見方もまだまだ一面的なんだなぁとちょっと考えてしまいました。みなさんはどう思いますか。・・・なんてふられても答えにくい話題ですわね。すみませんm(_ _)mペコリ

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2007.02.13

成人期にも「アイデンティティの危機」は訪れる

 「アイデンティティ」って言葉が一時期ブームみたいになったことがありましたけど、最近はそう言えばさっぱり聞かないですね。もし、今、誰かに
「『アイデンティティ』って何か知ってる?」
 って尋ねたら、どうなるんだろ。

 たまに書いていますが、私は学生の頃、人間科学部というところに在籍していて、心理学をちょっとだけかじったことがありました。
 『自分って何か。』
 アイデンティティっていうのは要するにそういうことです。

 あまり意識したことがない人には概念自体が分かりにくいものですが、なんというか、人はたまに、「俺って何なんだろう?」「私って何なの?」ってことで悩む時がありまして。
 ととさんのブログで、「自分が二人いる感じ」というフレーズを読んで、ふとこの言葉を思い出しました。
 
 アイデンティティという言葉や概念を考えたのは「エリクソン」(E・H・Erikson1902年- 1994年)という人ですが、アイデンティティは子供から大人へ成長していく各段階ごとに、いろんな課題にぶつかりながら、作られていくものであるために、どうも、幼少期から青年期の課題にスポットが当たりがちです。
 大人になったら「自分って何?」なんてことには悩まないだろ、ということですね。

 でもなぁ。たまに思うけどな。「自分って何なんだろ?」と。
 アイデンティティの危機っていうのは、何も幼少期や青年期だけとは限らない。成人期にだって訪れる。
 
 たとえば、やっぱ一番よく言われるのは、定年後のお父さんとか。でも最近は定年になる前のお父さんもかな。いや、ふと思いましたが、最近、成人男性の多くが「アイデンティティ」を見つけにくくなっているんじゃないかって思ったりします。

 女性の場合は、生きていく中で、自分の意味を見つけるのは比較的たやすいような気がします。人によって、仕事だったり、家庭だったり、生活だったり、はたまた恋だったり。子供を産む女性が減っても、ちゃんと代わりに新しい価値観を創造して来られたような。価値観の多様性を受け入れやすい状況にある。
 比べて男性は、自分の意味を、自分の中ではなくて、社会的評価や社会的成功の中に求める傾向がまだやっぱりあるんじゃないかなぁ。分かりやすく言えば「お金」とかにね。でも誰もが成功できるわけではないし、かつての「男性とはこうあるべき」という価値観が崩れていく中で、自分がどうあるべきかを探すのは、女性よりはるかに難しいのではなかろうか、と。
 エリクソンやその後のいろんな研究者は、成人期のアイデンティティの問題を、職業観と結びつけて論じたりしています。これってもしかしたら、日本が今、直面している「ニート」の問題でもあるわけか。

 自分って「何」なんだろう? 

 ちょっと難しい話になっちゃいましたが、単純な話、多分、私たちっていつもそう考えながら生きているんだろうと思います。職場での自分、ネットでこうして語っている自分、誰かを大好きでいる自分、一応まだ「産む機械」に属している自分。そういうのを全部ひっくるめての「私」というもの。アイデンティティ。
 たとえば何かで自分が分からなくなったときに、こうして自分を一つの客体として見ることができれば、たまにそれが問題解決のきっかけになったりするときもあって。私の「昔とった杵柄」はそんなときにたまに役立ちます。

 大人になってもアイデンティティの揺らぎは何度でも訪れる。エリクソンも、自分自身が自分のアイデンティティに悩んだ人らしいですから、きっとそういう体験をしたんだろうな。成人期以降のアイデンティティの課題についてエリクソンが何を言っていたのか、調べてみたくなりました。そして、「今」生きている私たちにそれが何らかの示唆を与えてくれるなら・・・うん、ちょっと面白いかも。

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2007.02.11

歌ってきました♪”スタジオ”ライブ

 お知らせです♪に書きました、第20回”スタジオ”ライブにいってきました。

 この”スタジオ”ライブ、元々は、とある職場で、楽器ができる人が集まって、数人で開催されていたそうです。
 私の参加している、中島みゆきの曲だけを演奏する(笑)「ぷれなみ」は、元々は中島みゆき曲だけを歌うカラオケが発祥で、たまたまメンバーの一人に、このライブに参加されていた人がいて、
「せっかく練習するなら、このライブにも参加しませんか」
 とのお誘いを受け、この”スタジオ”ライブに参加するようになりました。
 ”スタジオ”ライブは20回ですが「ぷれなみ」がこのライブで演奏するようになったのは、2003年の夏、第14回から。
 今まではこんな曲をやってます。

14回(2003年夏)
二隻の舟、砂の船、南三条、フロンティア

15回(2004年冬)
銀の龍の背に乗って、僕は青い鳥、流浪の詩、フロンティア

16回(2004年夏)
ホームにて、月夜同舟、南三条、穏やかな時代

17回(2005年冬)
サーモンダンス、わかれうた、あほう鳥、木曜の夜

18回(2005年秋)
糸、Maybe、傾斜、時代

19回(2006年春)
帰省、糸、サッポロSNOWY、サーモンダンス

20回(今回です)
宙船、二隻の舟、銀の龍の背に乗って

 「けっこう出てるのね」なんて、昨日は話していました。
 さて、「ぷれなみ」として参加するようになってからも、ライブハウスで開催されていた”スタジオ”ライブですが、昨日は20回記念ということで初めての、ホールでのライブ。なかなか楽しかったです♪ 今回は参加するグループも増えて、バラエティ豊かなライブになりました。
 その中で、私たち「ぷれなみ」はいつものようにみゆきさんの曲を三曲。見てお分かりのように、新曲は「宙船」のみで、あとは昔やったことのある曲です。「二隻の舟」は2003年夏以来、久々でした。
 歌っていると、なんとなくこの間に流れた3年の月日に、個人的に感慨深い気持ちになってしまいました。今、気がつきましたが、今も大好きな相手に恋をしたのが三年前^^; 最初にライブに参加した時は「二隻の舟」を歌っても、思い浮かべる相手なんていなかったんだよなぁ。それが今は・・・

(引用開始)

あえなく私が波に砕ける日には
どこかでお前の舟がかすかにきしむだろう
それだけのことで
私は海をゆけるよ

(引用終わり)

 このくらいの望みを持つことは許してくれるかなぁ。♪難しいこと望んじゃいない~(こらこら)

 閑話休題。演奏の実力の方はまだまだなので、また機会があれば練習もしてがんばりたいと思います。
 ぷれなみのみんな、お疲れさま♪

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2007.02.10

お知らせです♪

 中島みゆきさんの曲が大好きで、カラオケで歌うのでは飽きたらず、演奏してみよう~ということで集まったメンバーで、アマチュアサークルの手作りLIVEに出演することとなりました。
 
第20回スタジオライブ 2007. 2.10 (土)
開  場   12:30   
開  演   13:00
              
 ところ   岩間市民プラザ4階ホール
        横浜市保土ヶ谷区岩間町1-7-15
        相鉄線(各停) 天王町下車 徒歩2分
        横須賀線 保土ヶ谷駅下車 徒歩15分 
 「chizu.doc」をダウンロード

 私は「ぷれなみ」というグループで参加します。「Let's play 中島みゆき」の略ね。「宙船」「二隻の舟」「銀の龍の背に乗って」の三曲を演奏する予定です。

 ただ今、練習中ですが、緊張してか、緊張してないせいか、歌詞をとばしてしまったりします。
 当日はがんばりますので、お近くの方はぜひのぞいてみてください♪ 入場は当然無料です。

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2007.02.07

poem(55)

(2/7にちょっとだけ加筆修正)

 道端に咲く雑草の花は
 誰にも必要とされなくても
 一生懸命に咲いている
 ただその生を全うするために

 命って
 もともとそういうものなんだね

 だから
 ただ一生懸命に生きればいい
 誰にも必要とされなくたって

 私は
 きみに必要とされる人になれなかった
 
 片思いの構造はとても単純
 私にはきみが必要だったけど
 きみには私が必要じゃなかった、それだけ

 でもね
 それでも生きていくんだよ
 だって命って
 そういうものだから 

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2007.02.06

東国原知事、大丈夫かな

 今朝のテレビで、宮崎の東国原知事が豪華な知事公邸に結局は住むことにした、というニュースをやっておりました。うーん・・・まあ、「もう作っちゃったものを使わない方が無駄」ってことかもしれないけど、
○次に知事になる人は必要かも
とか
○防犯上ここに住む方がいい
とか
○災害の時にはここが本部になるから
とか・・・いや、理由はつけようと思えば付けられますけれども、ちょっと歯切れが悪い気がします。

 正直「東国原よ、そこまでか」という気がしないでもない^^;

 そもそも必要でないものなんてないのです。どんなハコモノだって必要だと思って作るんだから。だけど、財政危機の中で優先度を決めていかないで、適当に「予算がついたから作ってしまえ」とかやってるから、ひどいことになる。

 いや、別にいいんですよ、東国原さんがどこに住もうが。

 ただ・・・今、この人の言動には日本中が注目していて。宮崎を変えられるのか、地方自治を変えられるのか、期待してる時に、これは大変なイメージダウンです。

 そもそも、彼のマニフェストについて「あれは(選挙のために)急いで作ったものだから中味はこれから議論していく」みたいなことを言った時に「あちゃ~」と思いました。
 気持ちは分かる。気持ちは分かりますが。
 
 これじゃ議論していったら、全てなし崩しになるよ~

 私は、彼がマスコミのインタビューの時とかに答える場合には、「これから議会と徹底的に戦います」という対決姿勢よりも「よく話し合って進めます」という方が賢いやり方だ、とは思っていました。
 でも「よく話し合う」中でも、選挙で約束したことを曲げちゃだめです。
 
 議会と「うまくやっていく」ことは大事ですが、うまくやりながら、自分のやりたいことだけは何としてもやる、この信念がなければ、何のための選挙だったのか、なぜ宮崎県知事に東国原さんが選ばれたのか分からなくなちゃう。

 知事公邸に住むことが必要ならちゃんとそれを説明しなきゃ。
 「次の知事が使うかもしれないから」とか、甘っちょろいこと言ってたらだめ。
 絶対売れとは言わないけど、(売っても買い手がいなきゃしょうがないし、買いたたかれて安かったら大損ですしね)知事になって何週間もしないうちに「豪華な知事公邸」に周りに言われるままに入ることが、どんなに彼を選んだ人達を失望させるか、それが分からないところが・・・うーん、何とも残念で仕方ないなぁ。
 頭の悪い人じゃないと思ってたんですけどね・・・

 いやー、今更ですが、知事って大変なんだなーと思います。元長野県知事の田中さんの話を聞いていても、大変なのは分かってましたが、ホントに「地域のために」って思っていても、情熱だけあっても、ダメなのかも^^;
 議会と県庁で働くたくさんの職員を相手にするのは、ほんとに厳しいんだなぁ。
 
 大丈夫かな、東国原さん。どっかの総理大臣みたいに、どんどん支持率が下がっていって、何もできない内に辞任なんてことにならなきゃいいけどなぁ・・・まあ、国の場合と違って、議会の言うなりになる知事ならば、不信任決議を突きつけられて、失職ってことはないですけどね^^;
 

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2007.02.05

ダイエットの王道

 「医師が教える1分ダイエット」というサイトがありまして。
 このサイトでBMI値を測ってみましたら、36でした。

 BMI値36がどういうことなのかはサイトを見ていただくとしまして・・・
 
 いや、もう昔から、私にダイエットが必要なことは、太陽が東から昇るより明かなこと。
 本人にも自覚があって、10キロとか痩せたことはあるんですが、しっかりリバウンドして前よりも太っています。やばすぎ。
 サイトにもありますがBMIが30を越えると、病院で保険も利くビョーキに該当するらしく、せっかくなので(?)「肥満外来」という専門の課があるところをネットで調べてみましたが・・・うーむ・・・

 いろいろ調べてみて、いきついた結論は・・・
 代謝異常とか、血液検査でやばいとか、肝臓がおかしいとか、そういう機能的な障害がない限りは、病院に行ったってありきたりのこと言われて帰るだけになりそう、ということ。
 毎年受ける健康診断では、とりあえずそういう病気的なものはなく、まあコレステロール値は高いので要経過観察ではあるのですが、決定的な機能障害はないようです。
 ならば私は、並の肥満外来の医者よりも、ダイエットに関しては詳しいですよ~

 ダイエットの王道は、

1 規則正しい生活
2 適度な運動
3 バランスのよい低エネルギーの食事
 
 この三つ。医者にいっても、それを言われるだけのような気がします。
 ならば、医者にいく必要なし。上記三箇条の実践あるのみ。

 1はね、大丈夫。毎日、朝起きて、仕事行って、夜も早めに寝ています。
 2は、昨年末に万歩計を買ってから、一日1万歩を続けています。休みの日などにたまにまったく歩かない日もありますが、万歩計つける前よりもかなり歩くことに意識が向くようになりました。あとはスポーツクラブへ行く回数を心持ち増やしたいな。
 3が問題ですねー。でも最近は炊飯器でカンタンに煮物を作るのにはまっているので、大根の煮物をよく作って食べています。必要以上に物を食べないように、毎日体重を測り、ウェイトコントロールを心がけています。

 なんて、いいことばかり書いているからいけないんだな。
 ここからは少し懺悔を。

 たとえば昨日の日曜日などは、部屋から一歩も出ないでパソコンの前で、小説書いたり、サイトの更新をしたりしていました。何も予定がないと、家に一日いて、何もしなくても平気。この引きこもり体質がいかんです。

 あと、食べる速さが早い。もっとゆっくりものを味わって食べればいいのに、ついガツガツしちゃってね~^^;
 
 夕食を抑えて少なめにしても何か物足りない。「あともうちょっと何か食べたい」って思って、プリン食べたり、カフェオレ作って飲んだり・・・・いや、ここで偽ってはいけない、正直に書きます、ポテトチップ食べたり、菓子パンを一個食べたりしちゃうんですよ~~~~(こらこらこら)

 菓子パンは、朝ご飯用に買ってあるんですが、そもそも、菓子パンを朝ご飯にしてるのもいかんですね。パンを食べるなら食パンにして、目玉焼きを乗せて食べた方が、どんなに体にいいことか。ポテトチップもそんなものが部屋にあること自体がおかしい。
 
 夕食後の「あともうちょっと」をやめる。これだ、私の王道(笑)。
 
 夕食後にホントは囲碁をやればいいのですが。囲碁を打ってる時は他のことは何もできません。音楽を聴くのさえ私の場合はだめです。もちろん、食べることもしません。そういう・・・何か、食べることじゃなくて別のことで夢中になれることに打ち込むってのも一つの方法です。
 
 とりあえずすぐできること。朝の菓子パンをやめる。ストックがなくなれば、夜の「あともうちょっと」が菓子パンになることはあり得なくなります。そして夜の「あともうちょっと」をやめる。それするぐらいなら、夕飯をちゃんと食べる。

 これでまた少し体重の推移をみてみますか。春までに、後、少なくとも4キロは痩せたいなぁ~ 

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2007.02.02

バブルの頃って楽しかった?

 なんでも2月に「バブルでGO!!」という映画が公開になるらしく。
 今日、私よりも二つ上&同年齢の同期と話をしていたら、彼女たちにとっては「バブル時代」って「あのころは楽しかったよね」という時代なのだそうです。同世代なんだから、私も同じように感じてていいはずなんですが・・・私にはちっとも実感がありません。

 うーん・・・楽しかった・・・の?

 確かに就職した年は、バブルがはじける直前で。だから、バブル崩壊後はものすごく倍率が高くなったと言われる、今の職場に運よく潜り込むことができました。けれど、バブルでよかったと思うのはそれだけで、別に「楽しかった」思い出はありません。
 学生だったしな。働き始めてからだって、最初だから給料なんてたいしてもらってなかったし。職場になれるのに一生懸命で、そもそも「仕事」って何かもよく分かってなかったから、新しい環境に自分を合わせて行くのに必死でした。
 
 そうこうするうちにバブル景気は終わりましたが、バブルの頃もその後も私の場合、ほとんど生活は変わらず。
 逆に、当時は実家にいましたが、今は一人暮らしで、自分の生活を楽しめるようになったし、旅行にも行けてるし、趣味も増えました。
 
 私は今の方が楽しいな。
 でもみんなは違うのね^^;

 なんというか・・・不思議なんですよね。
 確かに同期のメンバーみんなで旅行に行くことはその頃よりも減りました。でもそれはみんなが結婚したり、家族ができたりしたから。景気のせいではなくライフスタイルが変わったせいで。
『独身だから、今の方が楽しい、なんて言えるんじゃないの?』
 って言われそうですが・・・

 昨日書いた話ともちょっぴりかぶるんですが、なぜ「今」目の前にあるものを見ようとせずに、過去にあったことにこだわるんだろうと思います。
 「昔はよかった」なんて言うのはもっと年とってからでいい。
 独身である私と違い、家族持ちになった人は、確かに旅行には行きにくくなったかもしれないけれど、家庭があって、ちゃんとした人生を歩んでるんだし。それは誇っていいことだと思うんだけどな。

 独身だとかそうじゃないとか、金持ちだとか貧乏だとかそういうのとは関係なく、毎日「あのころは良かった」と思って生きるのが、一番つまんないと思う。でも人間って、そう思う人が、一般的には多いみたいです。

 他の人と自分が「違う」のは別にかまわないのですが・・・
 ただもうちょっと近くにある幸せに気づくだけで、みんなも幸せになれるのになぁと思ったりします。余計なお世話ですがね^^;

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2007.02.01

「子供を産む機械」

「子供を産む機械、装置の絶対数は、これ以上、増えはしない。だから、一人頭でがんばってもらうしかない」

 あるところに、そんなような発言をした大臣がいました。
 言わんとしているところは分かります。

 少子化に歯止めをかけるためには、「装置」の絶対数は増えないのだから、その「装置」をいかに効率よく動かすかしかないと。まあそりゃそうですわ。
 
 私も30歳代の女性なので「装置」の一つではあります。
 しかし、この装置が、単独で稼働したって子供はできんのです。「一人頭でがんばる」ってどうすりゃいいの。

 少子化の問題はそこにある。

 私が機械だったなら、その辺の精力ありそうな男性にスイッチを押してもらって、子供を生産することもカンタンでしょ。

 でも機械じゃない。機械じゃないから大変なのよね。
 そんな当たり前のことも、当たり前だと思わない人がこの世の中にいるのかなぁ・・・(ため息)

 SFが好きな私は、「装置」というたとえ自体は、嫌いではありません。
 この社会全体が「子供」という次世代を創り出すための装置ならば、その社会全体の稼働率が落ちているわけで。どこが問題かと言えば、「女性」という、その装置の一部だけの問題ではない気が私にはします。

 教育か、それとももう一つの性である「男性」の問題か、はたまた・・・

 私は。
 永遠に成長し続ける経済というのを想定すること自体がおかしいと思います。人口も増えることを前提に計画を立てているからおかしい。
 
 人口は減る。
 過疎の村にどうしたって若者は戻らない。
 宮崎県が昭和40年代みたいに観光客でにぎわうことはない。
 どこかの山村でスキー場さえ作れば人が集まるなんてことはない。
 
 だって時代は変わるんだもの。
 変わっていく中でだって、人が幸せに生きていく方法は必ずある。
 変わっていくものを取り戻そうとするんじゃなくて、変わっていくのを前提に、これからどうするのかを考えなきゃ。
  
 みんな「チーズはどこへ消えた?」を読んだ方がいいです^^;
 そりゃ、今までチーズがあった場所に座り込んでいる方が楽なんだけど、それじゃ事態はどんどん悪くなるばかりで、よくなることはない。ならば、とにかく、新しいチーズのある場所を探すために「歩き出す」ことから始めなくちゃ、ね。

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