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2007.03.02

自分と「同じ」相手としか友情って成立しないのか?

 以前から、心にひっかかっていることが一つあって。
 
 人を好きになったり、友達になったりするときって、それは「自分と似てるから」なんだろうか?
 価値観や生活環境が違う相手だと、友達になったり、相手を好きになったりすることはできないのだろうか?
 
 というか・・・私が「誰々を好き」という思いは単純に、「自分と似ているから好き」という自己愛の延長なんだろうか?
 相手に自分と違うところを見つけたら、嫌いになるんだろうか?

 今日、これに関し、とっても頷ける文章を見つけました。
 私はまだ読んだことがないのですが「対岸の彼女」という本があり、その本についての「ゆかり」さんという方のレビューです。
 記事はこちら。

 (引用開始)
 女同士の友情は、共感で成り立っていると思う。

 仕事での人間関係や、恋人のことで女友達に愚痴をこぼす。話すことでストレスが解消される。相手から「そういうの分かる」と共感があると「話してよかった」と思い、安心感が得られる。
 (中略) 
 「共感してもらえる」という安心感が持てないと、会って話しをしていても、どことなく落ち着かない。なんとなくスッキリしない気分を抱えてしまう。

 共感は、同じような立場や経験をしている人同士のほうが生じやすいし、強くなる。
 同じような職種、専業主婦なら主婦同士のほうが、話に出てくる状況を分かち合いやすいから、そういう共感を得るために成り立つ友人関係がある。

 一方で、自分と違う立場の人との友人関係は、相手の話を聞くことによって、自分自身の視野が広げられ、発見がある。異なる環境にいる人のほうが、状況を冷静に分析して、的を得た指摘をすることもあるだろう。

 「対岸の彼女」は、女性同士の人間関係の機微を描いている。
 幼い子を抱える専業主婦と独身の女性起業家の出会い。
 生活や仕事に対する価値観の違い、生き方の違いが、人間関係の決別につながる寸前にまで発展する。しかし、どこかで互いに認め合い、友情の絆はしだいに強くなっていく。

 生活の中で起きる些細な出来事について互いに共感できる部分は少ない。
 しかし、環境の異なる者同士の友情関係は、互いに「自分が持っていないものを相手は持っている」という共感がある。

 「この人と知り合いになれて、よかったな」と思える出会いは、明日を生きる力をくれる。
 「対岸の彼女」は、それを思い出させてくれた。

(引用終わり)

 繰り返しになりますが「対岸の彼女」は読んでません^^; けれど、このレビューにちょっと感銘を受けました。今まで迷っていたことの答えが得られたような。

 「似ている」ことでしか成立しない友情は、なんだか窮屈です。
 相手の期待していることも分かってしまうから、ほんとは自分はそう思っていないのに、相手に合わせたりしちゃう。相手と同じでない面を見せると嫌われるかもしれないと思って、だんだん本音が話せなくなる。そして、ちょっとでも違う面を見せられると幻滅したりする。

 でも、確かに共感してもらえることで得られる安心感、というのがあるのは確かなんですよ。同じものを好きな相手と好きなことについて思いっきり話せるのは幸せなことで。
 「会えてよかったな」と思う。同じ部分に同じように感じる相手と出会えることは、心満たされる感覚を味わうことができます。
 多分、人間が所詮は一人だからなんだろうな。「自分だけじゃない」と思えるとほっとするんですよね。

 でも、友情というものは、それだけじゃない、と思いたい自分がいて。

 たとえ、自分の思いこみとは相手の本当の姿が違っていても、それを否定することなく、そのまま受け入れる自分でありたいと、いつも願っていました。そしてそれは絶対、できるはずだ、と。

 自分と似ている人だけを好きになるのなら、結局のところ、自分とそっくり同じ人間なんていないのですから、最終的には「どいつもこいつも自分とは違う」ってことになって孤独が深まるだけです。

 でも自分と違う人を好きになれるのなら、世界中の人間を好きになれることと同じで。
 相手と違ってしまうことにビクビクしたりせずに、お互いの立場を認め合い、尊重しあい・・・その結果、強い絆を作ることができようなそういう関係を、作っていけたらなぁと思います。 
 
 環境が違っても・・・価値観が違っても・・・友情は成立する。
 私は、そう思いたい。小説の中だけでなくて、現実にも。

 みなさんはどう考えますか。

【和漢箋服用後の推移】
 金曜日 0      12498歩
 土曜日 -1.0キロ  2047歩
 日曜日 -1.0キロ  3783歩
 月曜日 -1.2キロ 10206歩 
 火曜日 -0.4キロ 12405歩 
 水曜日 +0.2キロ 10022歩
 木曜日 +0.4キロ 11789歩
 金曜日 -0.4キロ 
 ※数字は前日比ではなく、金曜日を0とした場合の増減
 ※なぜかちょっと減りました。和漢箋効果出てるのかしら。・・・なんて私もゲンキンだなぁ。

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Comments

BUBIさん、こんばんは。

私もBUBIさんと同じ考えです。
確かに「うん、それ、分かる、分かる」っていう感じで盛り上がることはあるし、それはとても心地良い感覚ですよね。
だけど、そうじゃないって思って、それを伝える、そのことに対して、また考えてみる、そういうことってまた違った意味で話も盛り上がったりすると思うのです。

実際私は、環境も年代も違っているお友達はたくさんいますし、相手に合わせて無理をすることもありません。
相手の話を聞いて、認識を新たにするってこともあるし、それはまたとても嬉しいことでもありますよね。

だけど、何か違うって思って離れてしまったお友達もいて、それはもっと別の、人としてちょっとなっていう部分があったりかな、そういう経験はありますね。

Posted by: チカママ | 2007.03.02 at 20:29

私もこの気持ち、わかりますよ。ちょっと違うかもしれませんが、SNSをやろうかと思ったときに、どうせなら、全然見ず知らずの人に自分の考えをきいてほしかったので、SNSはやめました。
また、いま耳の聞こえない人の書いた本を読んでいて、聴者との違いを感じ、納得してしまいました。そのうち拙ブログでも書いてみたいと思っていますが。
対岸の彼女は読んだんですが、対岸の向こうにいる女の人でも、きっと理解し合えると私も思います。母になってから、専業主婦であっても、働く母であっても、分かり合える人とは分かり合えることを実体験できました。確かに背景がにていると、どうしてもプロセスを飛ばせるので、早く仲良くなれるのは確かなんですけどね。

Posted by: ちゃい | 2007.03.03 at 01:08

 チカママさん、ちゃいさん、コメントどうもありがとうございます♪
 
 私は、職場で働いている女性も、家庭で主婦の仕事をしている女性も同じだと思うし、逆に主婦の仕事を勤める女性への憧れがありまして。いっぱい話を訊きたいし、友達にもなりたい。

 確かに独身の自分には、子育てに関する悩みやパートナーに対する悩み、相談に乗ってあげたいと思っても聞いてあげることしかできない。
「話しても仕方ない」
と思われたら、そうかもしれない。
 でも・・・

 これからも、たくさん、いろんな出逢いをしていきたいな~と思います。
 お二人もこれからもどうぞよろしく♪
 

Posted by: BUBI | 2007.03.03 at 19:50

私はですね、
「自分と同じ」じゃない人とも友情は成立するけれど、
「自分を否定」されるなら、友情は成立しないと思います。

つまり、要は、
相手が自分を受け入れてくれるかどうか、
が問題なんじゃないでしょうか。
ただ、一般的に、
自分と同じものは受け入れやすいけれど、
自分と違うものは受け入れにくいものです。

ちょっと話がそれますが、
電話のお仕事をしていた時の話ですが、
お客様と意見の相違(=クレーム)が発生したとき、
お客様に、
「納得してもらわなくても、理解をしてもらえばいい」
というような事をお客様に伝える事があります。
こういうとき、
「おっしゃっている事は分かります」
「ご不便をおかけしているかとは思います」
「ご納得いただけないかとは思いますが、ご理解ください」
という言い回しを使います。

友情でも同じだと思うんですよ。
例えば子供を持った主婦がいたとして、
子供の事で悩んでいる。
同じ悩みを持っている人は、
その気持ちを分かってくれるので、
そういう人に話を聞いてもらうのは、
やっぱりそれだけで心が軽くなるものです。

じゃあ、それを、
子供のいない、
そういう悩みを持っていない人ならどうか、
ってことですが、
共感できなくても、
その人の心境を「理解しようとする」事はできると思うんです。

でも、多くの人は、
相手の気持ちを想像しない・できないという理由で、
「理解できない」って思っちゃうんでしょうね。
まあ、当事者じゃなければ理解できない気持ちもあるけど、
大事なのは「理解しよう」とする姿勢だと思います。
それさえあれば、
別に立場が同じだろうが違おうが、
全く問題ないと私は思いますね。

Posted by: あきら | 2007.03.04 at 11:36

 あきらちゃんもコメントどうもです♪

「理解したい」「理解しよう」
と思うのは、自分次第で可能なのですが、
 相手にとっては、
「私の気持ちなんか独身で子供もいない、自由なあなたには分からないでしょう」
ってなるかなぁ^^;と思う時がたまにありまして。

 好きなマンガにこういうエピソードがありました。

 両親がいて裕福な家庭に育った子供と
 両親から離れ、孤児院にいる子供がいて。
 裕福な子供は、孤児院の子とも分け隔てなく、友達になろうとするんですよ。

 でも孤児院の子にとっては、そういうのが「うざい」。
 どうせお前になんか俺の気持ちは分からない。
 なのにえらそうに親切にしやがって、同情かよ!
 となってしまうわけです^^;
「俺のことなんかほっとけよ」とね。

 一方でそのマンガにはこういうたとえ話もでてきました。

 事故で片目しか見えなくなってしまった少年がこんなようなことを言います。

「片目しか見えないことは確かに悲しいことだ。もし両目が見える人を憎んでいたら、世の中が全部憎かっただろうけど、僕は両目の見える君たちが大好きだったから悲しくなかったよ」

 いろいろな立場の人間がいっしょに住む社会ですから、できるなら後者のような考え方ができるといいなぁと私などは思います。

 自分には子供もいない。結婚もしないかもなぁ。でも子供がいて家庭があってがんばっているお母さん達を好きでいたい。
 立場が違う人間同士が理解しあうのは、立場が同じ人間同士よりも難しいのは確かなこと。
 けれど、自分が望みさえすればそれはできるんだ、と・・・信じたいですね。

Posted by: BUBI | 2007.03.05 at 10:54

>相手にとっては、
>「私の気持ちなんか独身で子供もいない、自由なあなたには分からないでしょう」
>ってなるかなぁ^^;と思う時がたまにありまして。

ぶっちゃけ、分かる訳ないって思いますよ。

でも、それを言うなら、
「結婚したい、子供も欲しい、
でもかなわない私の気持ちなんか分からないでしょう」
って言い返す要素があるということです。

その人のことはその人にしか分からないのは大前提で、
だからこそ、
「理解しよう」とするんであって、
分かってたらそんな努力もいりません。

そしてね、BUBIさんの言う通り、
「理解したい」という気持ちは、
「好き」って言う感情から出て来るんだと思います。

そして、私は、
結婚して子供を育てている主婦に、
憧れていて、好きなんだなあって思います。

Posted by: あきら | 2007.03.05 at 23:54

ちょっとズレるかもしれませんが、以前、心の病気を抱えた友達に、「なったことのない人には絶対にわからない」と、拒否されたことがあります。

内心、「ああ、解らないわよ!勝手にしろ!」と思いましたが、このセリフも彼女の心というよりは病気が言わせたものなんだと、思いなおしました。
でも、この友達の感情の揺れの激しさに、性格なのか病気なのかわからなくなってしまい、それ以来距離を置いてます。

「なったことがない人には絶対にわからない」・・・確かにその通りですが、私自身は「それを言っちゃあお終いよ」てなワケで、絶対に他人に言ってはいけない言葉だな、と学びました。

Posted by: Rucca | 2007.03.06 at 11:55

>あきらちゃん
 そうよね~。私も結婚や子育てに憧れてて、好きなのです♪
 でも「したことないからそんなこと言える」って実際、結婚したり子育てしてる人には言われそうで、好きって言いにくい感じってないですか? 
 あきらちゃんになければ、私の考え過ぎだな~

 女性でも「立場が違う」人がいるのは当たり前で、たくさんいろんな人がいるんだっていう前提で、もっと子育てのことや結婚のこと、話していけたらなぁと思う今日このごろです。

>Ruccaさん
 おっしゃるとおりです~
立場の違う人同士でお互いに
「あなたには分かんないわよ」
と言い合ってしまったら、そこで終わってしまいますもんね^^;
 病気やその人の性格にもよるし、上に書いたモラル・ハラスメントの加害者だったりしたら、話し合うだけ無駄ですが、できるだけいろいろな立場の人と理解しあっていけたらよいなぁと思います。

Posted by: BUBI | 2007.03.06 at 12:20

BUBIさん、こんばんは。

結婚や子育てはとても素敵ですよ^^。
大変なことも多いけど、嬉しいこと、幸せなことの方がずっと多いと思います。

ずいぶん前のことになりますが。
私がちょっとつらい恋をしていた時に、結婚している友人に「あなたは今幸せだから話しても分からない」って言ってしまったことがありました。
その時その友人は手紙をくれて、「確かに分からないかもしれないけど、あなたは私の大切な友達だし、とても心配している、話を聞いたとしても何もできないけど、話して欲しい」みたいなことを書いてくれたのですね。
その手紙を読んで、自分がいかに周りが見えなくなっていたのかって分かりましたし、友達っていいものだなって思いました。
そのお友達とはなかなか会えませんが、今も連絡は取り合っています。

それ以外にも、友人に対して、心無い、きついことも言ってきたなあ、と思い、何だか恥ずかしいですが、でも、それでもそのことの非をわびたりして、その後も付き合いを続けることができていることを思うと、感謝の気持ちでいっぱいです。

Posted by: チカママ | 2007.03.06 at 19:51

面白いですね。この話。私も今、いろいろ考えたりしていて・・・。

あきらさんの意見に凄く賛同します。

私は環境が違う人とは友人になれるけど、価値観の違う人とは難しいです。
価値観の違いを受け入れられない人かな・・・。
(私が受け入れられないのかもしれないです)
話がかみ合わないからでしょうか。
私も「わかって欲しい星人」なので。

相手を尊重できるかどうかというのがポイントだったり。

相手と自分が似ているかどうかというのはわからないです。端から見たら似ているのかなとも思うし。

価値観が違うと一緒にいて疲れるなあとは思っています。
意見が違うのはいいんですけどね。

何が言いたいのか良くわからなくなってきた・・・。

私は、BUBIさんやあきらさんのように考える人が好きです。(勝手にごめんなさい)

Posted by: ぐーたん | 2007.03.09 at 14:20

>チカママさん

 悲しかったり、つらかったりする人に対して、どう元気づけたらいいかって難しいから、そういう状況になると、仲良くしていた友達とも、なんとなく疎遠になっちゃうこともありませんか。
 そう思うと、自分が辛いときに、離れずにそばにいてくれる友達って、とても貴重だと思います。
 チカママさんには素敵なお友達がいらっしゃいますね♪
 私にはいるかなぁ・・・

>ぐーたんさん

 私は「話し合えばたいていの人間とは解り合える」と思っている理想論者なのですが、私が今、一番大事に思っている友人は「解り合えないものは解り合えない」と考えていて。
 二人で話しているときに、私は解り合おうと自分のことをいっぱい話すし、相手にはいっぱい聞くのですが、彼女はあまり話してくれません。
 話すのが嫌なわけじゃなさそうなのですが「解り合うことが大事なことだ」と彼女は考えていないのですよね。本当に大事なことは話さなくても伝わると信じているのかも。

 これはある意味ものすごい価値観の違いなのですが・・・それでも彼女とはずっと友達でいたいなぁと思ったりします。
 多分、それも好きだからなんでしょう^^

Posted by: BUBI | 2007.03.09 at 18:17

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