10万アクセス記念小説 その1
(この作品は、以前「ハッピーネットワーク」という冊子に載せたお話です。)
『リンゴの匂いと空の蒼』 著 BUBI
【ミサキSIDE】
懐かしいのはリンゴの匂い
病院で見ていた、名前も忘れた誰かの面影
最初のボクの記憶は
白い薄い布団と一滴ずつ落ちる点滴と
腕の内側に付いた青いアザ
病とともにあるということが
僕にとってはまったく当たり前で
同じくらいに当たり前だったのは
周囲の人々の励ましと称賛だった
幾つもの暗い長い時間をくぐり抜ける度に
「がんばったね」
「よくやったね」
そう励まされたね
そうして僕はいつしか自分のことを
「がんばるえらい子」だと
思い込むようになっていた
痛みに我慢し、周囲に笑いかけることが
そのまま自分の評価を高めることだった
どうだろう?
君はどう思う?
病人を抱えた家族は悲劇であり
悲劇の元凶は病人本人であるにもかかわらず
周囲の人間はそれを決して伝えようとしない
父親がいて母親がいて
風邪一つひかず走り回る
そんな生活を当たり前だと思っていた君に
春夏秋冬ベッドの上で
限られた大人に
ほんの少しの笑顔をほめられる生活が
どうして想像できたろう?
ただそこに有るというだけで
何を為し得ずとも受け入れられる
小さな幸福を
君はあの時、こう言った
「なぜ外に出ないのか」
素朴で残酷な疑問
健康であること
恵まれてあること
それを罪悪だとは思いたくない
でも君といると僕のささやかな幸福は
いとも簡単に打ち砕かれて
僕は自分と
僕を取り巻く全ての不幸を知ってしまった
君が知らなくて僕が知っていること
僕が知らなくて君が知っていること
そんなものは数え上げればきりがなくて
知り得ないことを罪というならば
せめてその罪に気づかずに済むように
出会わなければよかったとさえ思う
僕の臆病さを君は嗤うかい?
懐かしいのはリンゴの匂い
名前も忘れてしまった誰かの後ろ姿
いつか君と話をしたかった
けっして交わらない
別の生き方をしてきたんだけど
どっちが当たり前とか
どっちが不幸とかじゃなくて
あるがままの僕とあるがままの君で
人の心のことや世界の行く末を
話したかったね
でも君はもう来ない
閉じ込められた病室より
外の世界が君には似合う
僕の相手はつまらないだろう
僕は何もできない
この小さな病室だけが僕の世界
僕は君が好きだけど
君はもう来てはくれないね・・・?
(その2へ続く)
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