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July 2010

2010.07.28

文系人間が情報処理技術者試験に挑戦する

 え~mixiやらツイッターやらgoxiやらにはいろいろ書いていますが、昨年の「ITパスポート」に引き続き、今年は「基本情報処理技術者試験(FE)」に挑戦するべく現在勉強中です。

 この年でプログラマーを目指してるわけではなく、なぜか昨年から情報システムを担当する部署に配属になってしまったので「基本~」ぐらいはとりたいなぁと。昨年、いくつか研修も受けましたし。UNIX研修などはまさに「あなたの知らない世界」でありましたが・・・

 日々、システムエンジニアの人と接する中で
「サーバーって何?」「シェルって何?」「オラクルって?」
 なんてところから、仕事をしてきました。
 分からない単語は英語の勉強と同じで覚えないといつまでたっても分からないのですが、それ以外に情報処理技術者試験の勉強をしていて気がついたことが一つ。
 
 一昨日「Qさま」という番組でクイズ王バトルみたいのをやっていたんですが、情報システムの仕事は論理的思考の積み重ねです。
 要はどう処理するのが一番結果に早くたどり着くのか。
 総合的にあらゆるケースを想定してプログラムを組む。どんなデータを入れても問題なく動くかどうかのテスト手順を考えテストをする。プログラムのために専用の用語があるので、それは覚えないといけないのですが、それ以前に「論理的思考ができるかどうか」が情報処理技術者試験で試されます。

 逆に言えば、論理的思考ができるなら、試験ではかなり有利です。たとえば。

※※※

15個の玉があります。
ひとつだけ重さの違う玉があります。
天秤測りを3回だけ使って、重さの違う玉を見つける手順を示しなさい。

※※※

なんていう問題があるとして。実はこれと同じような問題が基本情報処理技術者試験の問題にもあるんですよ。
何かを検索するときにどう検索すると早いか。いくつかの検索パターンがあるんですが、どれが一番効率的か?
そういうことをぱっと閃くことがいいシステム開発者になれる。

私はシステムの末端の仕事をほそぼそとしているだけですが、
「××システムで正しい結果が出ないよー。調べて!」
みたいな問い合わせがきたときに、どう解決するかを考えるときにやはりこういう考え方は欠かせません。コンピュータシステムは機械だから論理の固まりだもんな。

なぜ「A」といれて「あ」と出るんだろう?
そこにも論理の積み重ねがあります。出ないとしたら何か必ず理由がある。

私は文系人間ですが、物語を作る人なので、そういう「物事の流れ」に理屈を付けるのはけっこう得意な方です。
それに好奇心もある。分からないものを分からないままにしたくない。
なので、多少は情報システムの部署にいて、問題解決をするのに向いているのかもな。

Aだから「あ」、Oなら「お」。
情報システムにはルールがあって、それに基づいて動いている。
私の仕事は、どうやらそのルールを読み取って、「○○するにはどうしたらいいんだよー」という人に解説をする仕事のようです。
それって何も「技術者」でないとできないことじゃない。まあ、「論理的思考」自体が技術というならそうかもしれないのですが。

分からない言葉は覚えればいい。
アルゴリズムは論理の世界。

うん、「基本情報処理技術者」って何をする人なのか分かってきた。
文系の私でもいけるかもしれないぞ。

少なくとも簿記3級の試験勉強に比べれば、面白い世界なのかも、なんて思います。
10月の試験まであと2ヶ月半。非常に合格率の低い試験なので、受かるかどうかかなり微妙ですが、とりあえずがんばって挑戦してみます♪

(問題の答)
①15個の内、1個だけとって、残りの14個を、7-7に分けて天秤に乗せる。
②重かった方の7個を同じように1個だけとって3ー3に分けて天秤に乗せる。
③重かった方の3個の内、1個とって残りを1-1で天秤に乗せる。
 天秤が傾いた方が重い玉です。

※もし①②③のとき、天秤が釣り合ったら、とった1個が重い玉です。

すぐ分かりましたか~?

(2010.7.29追記)

コメント欄でねむさんからご指摘がありました。

一つだけ重い時は上の考え方でできるけど、「重さが違う」とある以上、一つだけ軽い場合もある・・・おっしゃるとおりでした><
試験のときも気をつけないといけないのですが、私の敵はこの「思い込み」だったりするんですよ^^;;;;

実は、この問題、オリジナルは9個でした。
15個まで可能だということなので、このブログの記事は15個で書いたのですが、15個だとどうもその1個が重いのか軽いのか分かってないとだめなようです。悩まれた方ごめんなさいm(__)m
9個の場合は以下でできます。(・・・よね? 穴がありましたらご指摘ください)

①玉を3個ずつの3グループ、A、B、CにわけてAとBを比べる。(天秤1回目)
天秤がどっちかに傾いたら、AかBどちらかに重さの違う玉がある。(同じだったらCに重さの違う玉がある)

②仮にAに傾いたとします。AとCを比べます。(天秤2回目)
つりあったとき→Bに他のよりも軽い玉がある
Aに傾いたとき→Aに他のよりも重い玉がある

③重さの違う玉があるグループの3子のうち二個の重さを比べます。(天秤3回目)
②のとき、他のよりも重いか軽いかは分かっていますので、つりあったとき、どっちかに傾いたとき、いずれも、違う重さの玉を特定できます。

・・・試験でも思い込みに気をつけなければ><

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2010.07.21

平等という名の危険

かくも“社会党的”害毒に満ちた菅政権/阿比留瑠比(産経新聞記者)

という記事を読みました。

個人的に篠田さんの「弥勒」を読んだばかりなので、ちょっと衝撃を受けました。

「夫婦別姓」「ゆとり教育」「外国人参政権」・・・一つ一つは悪いわけではないんだけど。

なぜ「平等」を目指すことが「独裁」を生み出すのか?
社会主義って何なのだろう?

改めて考えてみました。

※※※※※※

すごく単純なたとえをするとすれば

柿を11個とった猿が1匹いて、1個しかとれなかった猿が9匹いるとして。

社会主義というのは、11個とった猿から9個取り上げて、その9個を残りの猿に1個ずつ分けてあげること。
みんなが2個ずつ柿をもらえることになって、ああよかったね、という話なんですが。

その結果どうなるかというと、11個とる知恵や力をもっている猿も、どうせがんばったって2個しかもらえないならと2個しかとらなくなる。
結果、他の猿は当然ですが自分の分の1個しかない。
それならということで、今度は2個とった猿から1個とりあげて、それを10等分したりして。
そうして全体としてだんだん貧しくなっていく。

で、このとき、一体誰が11個とった猿から9個とりあげてみんなに配分したりするのか。
11個とった猿が嫌がったらどうするのか。
そういう時に強い権力を持った誰かが、多く持ってる猿から取り上げたり、それを分配したりする役割を担うことになる。「独裁者」の誕生です。

その一方・・・
資本主義社会では、柿を11個とったら、そのほとんどが自分のものになる。
自分のとった分が自分のものになるなら、みんながんばって11個とろうという気持ちになるわけです。
1個しかとれなかった猿も11個とる猿にはかなわないけど、2個や3個ならがんばればとれるかも。
よし、がんばってみんなで1個でも多くとろう!

・・・そうやって全員で競争していく。
柿の木はまだ緑の実まで毟り取られる。
緑の実を食べた猿はお腹を壊して下手すると死んでしまう。
みんなが自分の食べる分だけをとっていた頃ならば、柿は足りていたし、実るまではとったりしなかったのに。

こうして見てくると、言わずもがなのことですが・・・どっちがいいっていうことはないのでしょう。
世の中は、天秤で両者のバランスを取りながら成り立っていて。
みんなが自分のことしか考えなければひどいことになるし、かといって完全平等を目指せば人間に進歩はない。

「格差社会」も、柿を11個とれる猿と1個しかとれない猿と同じ。たくさんとれる猿ととれない猿には資本主義社会なら「格差」が生まれるのは当然と言えば当然です。

無論、ただ柿をとるのとは違う問題もあるんですがね・・・

たとえばこうです。
ある柿の木は日当たりがいい場所にあり80個実った。
ある柿の木は病気になって10個しか実らなかった。
80個実った方なら、11個とれる猿が11個とったって残りの猿も自分の能力に応じて柿がとれるんですが、10個しか実らない柿の木で10個とられちゃうと、他の猿は1個も柿がとれない。
それを個人の能力で片付けてしまっていいのか、と。

自分が柿をとっていい木は法律で決まっている。
もちろん必要があってできた法律なんですけど、そうなると、隣の柿の木にはまだたくさん実が余っているのに、こっちでは柿を1個も得ることができなくて飢える猿がいる。法律がおかしい。法律を変えろ。規制緩和だ、ということになる。
実際は規制緩和すると、いっぱい実ってる柿の木も11個とれる能力のある猿が群がってぐずぐずしてる猿には結局全くまわってこない、なんてこともよくあることだったりします^^;;;;
 
 ・・・さあ、何をどうするのがいいのか。
 みんなが幸せになるためにはどうすれば?

シンプル過ぎる議論なのかもしれませんが、資本主義社会を受け入れるってことは、結局のところ、隣でたくさん柿をとって余った分は売ったりして楽しくやっている猿の家族がいて、自分には1個しか柿がなかったときにそれを許すことができるか、ということです。

あなたなら許せますか?

近所のある家族は年収1000万以上稼ぐ父親がいて、毎年家族で海外旅行に行っている。
自分はパートしか職がなくて、服さえここ何年も買ったことがなく、子供の給食費を払うのがやっとの生活。
真面目にやってきたのに、何がいけなかったのか。
働いても働いても貧しさから抜け出せないワーキングプア。
こんなことって・・・社会が、政治が、世の中の仕組みがおかしいんじゃないか???

「政治」というのはこういう発想から始まります。
今のままじゃだめだ。じゃあどうする?

でも柿をみんなが自由にとることのできる社会も、ある意味、みんなが幸せになるために作られてきた仕組みではなかったの?

難しいですね。
個人の幸せとみんなの幸せがいつも一致していれば何の問題もないけれど、現実は必ずしもそうではない。

みんなが自分のお腹を満たす分だけ柿をとる。余計な分はとらない。柿が実らない木があったら、そこの猿には分けてあげよう。
・・・正しいことなんだけど・・・
そこには危険も潜んでる。

私たちに必要なのは、この世界が両者のバランスから成り立っていることを知り、天秤をひっくり返さないように慎重に見守っていくことなのかもしれません。

確かに自民党政権下で、かなり天秤が偏りましたから・・・
今はこっちに振れるのも仕方ないのかな。
そしてそれに対し警鐘を鳴らす引用した記事みたいなものが出てくるのも社会的な必然、なのかしらね。

この記事を読んだ皆さんは、資本主義、社会主義、どちらをより好ましいと思われるでしょうか。
どちらも極端に過ぎればひっくり返るのは書いたとおりですが、政治家さんたちは時としてこの
「どっちがいいとも言えない」
のを利用して勝手にマッチポンプをして大衆を操ったりします。
だから、国民はみんな考えておいた方がいいのかも。私たちが本当はどういう社会を望んでいるのかを・・・ね。

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2010.07.18

生涯に一度、小人に逢えるチャンスです~借りぐらしのアリエッティ~

「借りぐらしのアリエッティ」見てきました。
以下はYahoo映画に書いた、私のレビューからの転載です。

(以下レビューから)

見終えて、とても切ない気持ちになりました。
人間はケータイもネットもあるから、一度逢った人ともう二度と逢えないなんてことはよほどのことがない限りないけれど、おそらくアリエッティにはもう二度と逢えないでしょう。
私たちは出逢いというものがそれほど貴重だと分かっていただろうか?・・・そういう気持ちになりました。

もう一度逢いたい・・・そう思って二度と小人に逢えないまま死んでいった人もいる。
願っても一度も逢えずに終わってしまう人もいる。

幸い我々はこの映画で小人に逢うことができます。
一生に一度しかない機会ですので、ぜひ逢いにきてください。
そしてこの出逢いを大事にしてください。

人間はこの世界に67億もいるけれど、実は小人とそんなに変わりない。
この世界から「借り」をして100年も満たない短い生を生きている。
でも・・・

そんなふうにアリエッティから翔と同じように、生きる勇気を私ももらいました。

すごい感動はないかも。
でも、この出逢いから何を得るかは、見る人にかかっている。
そういう映画はやっぱりいい映画だと思います。

(以上)

見終わったときに切なさが何に由来するものなのかを考えていて、上記の結論になりました。まさに「一期一会」です。

私たち人間も、この世界から「借り」ている。
このことに、映画を見た人たちがみんな、気づいてくれたらいいなぁと思います。

彼女たちを泥棒といい、人間から物をかすめとって暮らしていると、Yahooのレビューなどでは実際にそう書かれているものもあるんですが、まったく小人たちのことを言えた義理ではありませんよ、人間なんて。

本当にいろいろ考えさせられました。

「人間」の文明をいろいろ利用しながら暮らす「借り暮らし」の小人もいれば、そうではなく自然のまま暮らす小人もいて。どちらがいいのかもけっこう私たちの暮らしにそのまま返って来る問いだったり。

この映画を見終わって、もやもやする人がいるのは、彼らがあまりにひっそりと私たちと関係ない世界で暮らしているからです。

でも、それはホントに人間の勝手だよなぁ。

人が価値を認めるものだけを価値だとし、自分たちも地球の資源を食いつくし、自然界のあらゆるものを自分たちの都合で勝手に作り変えて暮らしてるくせに、それをちょっとだけ小人に利用されたからって泥棒だとののしる人間たちの勝手なことと言ったら。小人たちが人間にひれ伏し、感謝し、私たちにその生態を明らかにしなければ、存在さえ許さないのかしら、人間って。傲慢だなぁ。

「借りぐらしのアリエッティ」・・・このブログを見てくれて、これから見に行く方には、どうかアリエッティとの出逢いをいいものにしてもらえますように。心からそう願っています。

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2010.07.13

2010年W杯サッカー・備忘録

このブログを書いている時点では、周知のとおり、2010年に南アフリカで開催されたW杯サッカーではスペインが優勝しました。
この記事は将来、たとえば4年後、まだこのブログが続いていたとして、
「2010年の時はどうだったかな」
と思った時のための備忘録です。

まず、アジアからは日本・韓国・北朝鮮が出場しました。オセアニアからはニュージーランドとオーストラリア。
この内、決勝トーナメントに進めたのは日本と韓国の2チームです。

日本は、グループリーグでカメルーン、オランダ、デンマークとこの順番で対戦。
W杯前の強化試合では全く勝てなかった日本チームに対し、国内外の評価は大変低かったのですが、実際の対戦では、初戦のカメルーンに1-0で勝ち、オランダには0-1で負けたものの、デンマークに3-1で勝ってグループリーグ2位で決勝トーナメントに進出しました。

特筆すべきは、デンマーク戦で決めた2本のフリーキック。
今大会に使われた「ジャブラニ」というボールは「ビーチボールみたいだ」なんて言われるほど飛びすぎるボールでコントロールが難しく、世界の一流選手でもシュートをはずすことが多かったんですが、日本の本田と遠藤が見事なフリーキックを決めました。
堅守かつ組織的なサッカーであることも評価され、GK川島も直後にベルギーのチームへの移籍が決定するなど、まさに日本チームは「世界を驚かせる」ことに成功しました。
決勝トーナメントでは残念ながらパラグアイに敗退。しかし0-0でPK戦での負けと惜しい結果でした。
ちなみに監督は日本人の岡田監督。強化試合でまったく勝てなかったことを受け、W杯直前に本田の1トップでのFW起用やキャプテンを長谷部へ変えるなど大胆な改革を行いました。(これで勝ててなかったらたたかれてたでしょう…)選手達も勝つために一丸となり、決勝トーナメントで敗退したあと「もっとこのチームでやりたかった」というコメントも聞かれました。

一方、大好きな我がドイツですが、グループリーグでは初戦のオーストラリアを4-0で破るなど、今回のワールドカップでも圧倒的なパワーに期待が高まりました。でも2戦目はセルビアに0-1で負けてハラハラ。2戦目をリアルタイムで見たんですが、ポドルスキがこの時は呪われたかのようにシュートを外しまくってたのが印象的。若手中心のチームの中で、クローゼがベテランとして3大会連続出場していて嬉しかったんですけど、2戦目でイエロー2枚で退場となってしまい、3戦目も出場停止。もし3戦目で負けたら、クローゼをもう見られないのではないかと心配しました。が、3戦目はガーナに1-0で勝利。無事、ドイツも決勝トーナメント進出しました・・・ほっ。
なんせ今大会では、前回優勝のイタリアも準優勝のフランスもリーグで敗退してしまいましたしね。南半球での開催では南米チームが有利と言われて、実際、南米のチームは全て決勝トーナメントに進みました。

ドイツは、決勝トーナメントでは、初戦がイングランド、準々決勝がアルゼンチン、準決勝がスペインと、全部、決勝戦でもおかしくないくらいの対戦が続きます。しかし、イングランドとアルゼンチンには、4-1、4-0と圧倒的な差を付けて勝利。グループリーグよりも強かったんじゃないのー?
強烈なカウンターが持ち味で、危なげなく勝ち上がるドイツ。クローゼも4得点を重ね、W杯での通算得点で新記録を出すんじゃないかとの期待も。
しかし、準決勝で当たったスペインに残念ながら0-1で敗退。ドイツはスペインには分が悪いらしく、ちょっと慎重になり過ぎちゃったかな? リアルタイムで見ましたが、試合運びでもスペインが有利でしたし、負けても納得のゲームでした。
3位決定戦は残念ながらクローゼは背中を痛めて出場できず、通算得点の新記録、2大会連続の得点王、共に逃してしまいましたが、ゲーム自体はウルグアイに3-2で勝ちました。このゲームは一度ウルグアイに勝ち越されるなどシーソーゲームでしたが、きっちり逆転して3位(前回も3位)につけるところがさすがです。司令塔のエジルや今大会の4人の得点王の一人のミュラーなど、若い選手も多いので、次のワールドカップでのドイツの活躍がまた楽しみです。

なお、南米のチームは、ブラジルもオランダに敗退し、準決勝時点では、オランダ、ドイツ、スペイン、ウルグアイと、ヨーロッパのチームが多く残りました。
そして、優勝はドイツに勝ったスペイン。そんな強そうな印象もなかったんですがね(苦笑)。スペインはグループリーグ初戦で、スイスに0-1で負けていて、初戦で負けたチームは優勝できない、というジンクスを見事打ち破りました。
オランダもスペインも勝てばW杯初優勝だったんだけど。オランダ、惜しかったです。1-0だったもんなー。ロッベン悔しかったろうな。ま、ちょっとオランダのラフプレーが目立ったゲームでもありました。そういう意味ではスペインが勝ったのはよかったのかも。
ま、私は、ドイツに勝ったチームが優勝してくれたのが単純にうれしいです。

さて4年後のワールドカップはブラジルで。地の利があるからブラジル有利かな。
ドイツはどこまでいけるかな。

素晴らしいプレイをありがとう♪

P.S.ちなみに2006年のワードカップのときもこのブログに記事を書いています。「スポーツ」カテゴリをクリックするとすぐに出てきますので、見たい方はどうぞ。・・・自分でもこんなこと書いたの忘れてた^^;

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2010.07.12

私がおばさんになっても~♪

え~、もしかしたら、ひんしゅくを買う発言かもしれませんが、私は30代の頃は自分を「おばさん」だと思ったことがありませんでした。
友達の子供にも「おばさんじゃないよ、お姉さんだよー」と平気で言えました。
強がりでなく本気で思ってましたもん。おばさんじゃないぞ♪って。

そして今でも・・・中身は20代、30代の頃とあまり変わっておりません。アニメもマンガも好きだしね~
ゲームも、ネットもよくするし。

でも、さすがにちょっと最近「お姉さん」は無理だろうという自覚が出てきました^^;

先日、職場でトイレに立ち、鏡を見たら、
(やばい・・・まぎれもなく、これ、おばさんだ・・・)
と思いました。
髪にちらほら白いものが混じってきたのが気になってはいましたが、はっきり鏡の中の自分を見てそう思ったのは初めて。

はぁ~。
まあみんな年はとるんだからしょうがないんだけど。
ついに私もおばさんか~

でもこれからは「美しいおばさん」を目指します。
年をとっても自己研鑽に努めていて、きれいな方はたくさんいるし♪

そして、ツイッターには、自分の将来の目標として
「コンピューターおばあちゃん」
を掲げております。
ご存じの方いらっしゃいますか^^
年をとっても博学で、何でも知っているおばあちゃんです。

そうですね・・・いつかどこかの町の片隅で一人で住んで、静かに年を取りたいですなぁ。その節は、お茶の用意をしてお待ちしてますので、みなさん、孫を連れて遊びに来てくださいな。

とはいえ、今のところ、まださすがに「おばあちゃん」は早いし、とりあえず中身までおばさんにはならないように、意識して若々しくいたいと思います。
ただ・・・あまり外見に中身が釣り合ってないと、気持ち悪い中年になるので、それ相応に振る舞わなければね(爆)。

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2010.07.10

何を信じればいいのか~「弥勒」篠田節子~

作家の篠田節子さんの作品は、どの作品もいろんな意味で「すごい!」のが多く、はずれがないので、私はデビュー作の「絹の変容」からたくさん読んでいる方ですが、今回読んだ「弥勒」は未読でした。

ツイッターで篠田さんの作品についてのつぶやきをたまたま目ににし、私の大好きな篠田作品、「コンタクトゾーン」に似てるとのことだったので、読んでみたいな、と思っていたら、これもたまたま図書館の棚にあったのを見つけました。

こういうときにちょっと不思議に感じます。「たまたま」がいくつも重なる。
軽々しく運命とか言いたくないけれど。

※   ※   ※

インドと国境を接する、とある小さな山間の王国。
仏教、ヒンドゥ教などいくつかの宗教が融合し、美しい寺院や仏像などがあり、そこに住む王も僧侶も女性達もみな清らかで美しい。

日本の新聞社に勤める主人公は、その美しい国の数々の文化遺産を日本で紹介したいと思い展覧会の開催企画に奔走しますが、その国で政変が起こり、企画はおじゃん。
諦めきれなくて主人公は、国境も封鎖されたその国に単身、潜り込みます。

そこで彼が見たものは・・・

※   ※   ※

読んでいて・・・うん、「心が揺さぶられる」ってこういうことを言うんだと思いました。

その国でクーデターを起こした者たちは、王を追放し、美しい寺院を破壊し、住民を美しい都市から山間部の寒村へ無理矢理移住させ、そこで畑仕事や開墾などの肉体労働をさせます。
あまつさえ、寺院にいた僧たちはむごたらしいやり方で皆殺しにされました。

なぜ彼らがそれを憎むのか。
読んでいくとクーデターを起こした側の考え方もだんだんと分かってきます。

美しい都市、清らかな僧侶達。
それはそもそも山間部に住む人々からの搾取によって成り立つものであったこと。
僧侶達に寄進する米やバターを自分で口にすることができず、飢える民たち。
カースト制度の中で、最下層に位置づけられ、首都の人々から蔑まれ生きてきた人々。
それらを是正するためには、美しい町を破壊し、僧侶を殺し、全ての人々に同じ労働をさせることで、上流も下流もなく貧富もない社会を実現しようとしたのが、クーデターを指揮したリーダーでありました。

主人公は、彼らの捕虜となり、逃亡もできず、労働に甘んじることになりますが、日本人ですから農作業なんて全然できないし、体力も全然ない。
自分で食べる分は自分で作り、それ以上の文明は全て悪(医療でさえも)という思想の中で、死にそうな思いをしながら、なんとかその日その日を生き延びていきます。

・・・クーデターを起こした彼らが間違っているのか。それとも美しい暮らしをしていた都市住人が悪いのか。
いや、それを言うなら、今の日本の価値観って何なの?。そして私は・・・私の食べる分さえ自分で作ってないじゃないかと。

信仰って何なのか、文明って何なのか。
人が頭で考えることは全て悪なのか。
手で自分の食べるものを作ることだけが正しいのか。
でもその文明のしわ寄せがどこかにいっているのなら・・・。

読み進めるたびにページを繰る手を止めて、何度も何度も考えてしまいます。

文明を否定したくはないんだけど。美しいものを打ち壊してしまうのは悪なはずだけど。
でも明日食べるものもない人間にそんなこと言える資格が私にあるのか。

いろんな思いがあふれてきて、胸がどきどきします。

主人公はどうなるのか。クーデターのたどり着く先は?
この先はここでは書きませんが、興味を持った方にはぜひ読んで欲しい。

解説にはこうあります。

「似たテーマを扱った作家、作品は決して少なくはないけれど、ここまで人間の悪や愚かさを徹底して直視し、容赦なく書ききった小説はちょっと類例がない」

篠田節子さんはすごい作家です。そして「弥勒」は篠田作品の中でも、特筆すべき作品なのは間違いありません。お勧めです。

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2010.07.04

ドイツ、アルゼンチンに勝利ーーー♪♪♪

今まで、このブログでは触れませんでしたが、今日は書かずにはいられないっ♪

ドイツ、アルゼンチンに勝利です♪ 信じてたぜ♪

・・・思えば日韓大会のときに、ドイツは決勝でブラジルに敗れました。カーンがキーパーだったとき。
悔しかったなぁ。ドイツに優勝して欲しかった。

あの大会からもう、普段はサッカー見ないくせに、ワールドカップのときだけ夢中になってしまう私。すみません、正直、日本よりも・・・ずっとドイツを応援しておりますです。

今回のワールドカップも、試合がある日は、サッカーが楽しみでしょうがありません。
ずーっとワールドカップやっててくれたら毎日がずっとこんなふうにどきどきわくわく楽しい毎日なのになぁ~~♪♪♪

ちなみに、今回も、もしブラジルと決勝であたることになったらやだなぁと思っていましたが、ブラジルは昨日、オランダに敗退しました。オランダが決勝に出てきたらもちろん強敵ですが、ブラジル相手よりは、今のドイツが全力であたれば、優勝できるんじゃないかと期待しています。

しかしその前に今日のアルゼンチン戦。
厳しい戦いであることは覚悟していました。
テレビの報道でも、私の周りのワールドカップ視聴者もみんなアルゼンチンが勝つっていう予想だったんですよね。
でも・・・メッシが、マラドーナが、なんぼのもんじゃ、っての♪ って当然、今日、勝ったから言えるんですが。(おい)

私がドイツが好きなのは、いろいろと、個人的な理由もミーハー的な理由もあるのですが、ワールドカップサッカーに限ってみても、ドイツチームってこう、なんとも魅力的です。

まず、クローゼ32歳がまだ最前線で活躍してくれてるのがうれしいですー♪ 今日は、あの日韓大会と同じ宙返りを見せてくれました。

今大会では、グループリーグの2試合目でイエローカードを二枚もらってしまい、3試合目に出られなかったクローゼ。
2試合目の相手はセルビアだったんですが、1-0で負けてしまいました。ポドルスキがもう、何かに呪われたんじゃないかと思うくらいシュートをはずしまくったゲーム(汗)。あのときはちょっと心配でしたよ。3試合目でもし負けるようなことがあったら、もうクローゼ見られないまま、このワールドカップが終わっちゃうんじゃないかと^^;;;;; 
さらに言えば、クローゼが一人いなくなったからといってガタガタ崩れるようでは、いかに若いチームとはいえ、この先の厳しい戦いを勝ち上がっていけないのでは、とあのときは不安に駆られておりました。
グループリーグ3試合目で勝って決勝トーナメントに無事、進出。ほっとしました。

トーナメントに入ってからは・・・なんだかグループリーグで戦ってたときよりも、ドイツ、強くなってきたんじゃないのー♪

最初のイングランド戦。
審判のミスの1点などもあったので、あとで文句を言われないためにも、2点以上の差をつけて勝って欲しいとドキドキしながら試合を見ていました。
・・・やってくれましたよ♪ この試合は4-1でドイツの勝ち。
鉄壁の守備と強烈なカウンターに、いやぁ~惚れ直しました。

そして、今日のアルゼンチン戦。
たとえば、日本も今大会はがんばって鉄壁な守備を見せてくれましたが、やっぱり守りが堅いチームのゲームを見るのは安心できます。
敵がゴール近くまで入ってきても、セカンドチャンスは与えないし、ルーズボールは必ず拾う。
守りに自信があれば、無理やり奪おうとして、ファウルになってピンチを招くことも少ない。
こういうしっかりと守ることのできるところがすっごく好きです。

どうしても日本と比べちゃうとあれですが、ボールのキープ力もさすがですね。個々の技術もやっぱり高い。
今日の試合では、アルゼンチンへの攻めのときも、かなりボールをキープできていて、見ていて、危ないところがほとんどありませんでした。

なんというんだろう・・・私は素人なので、見方が正しいのかどうかわかりませんが、アルゼンチンのメッシでも、イングランドのルーニーでも、司令塔となる、チームの核となる選手が優れていて、ゲームメイクができるとわかっていれば、当然その人さえ抑えられれば、ゲーム展開を有利に運べるような気がしてしまいます。

もちろん「その人さえ抑えられれば」が難しいから、その人がエースなわけですが、多分、ドイツチームは今日の試合でもメッシをすごく警戒していたんだろうと。一人だめなら二人、三人で抑えにいくもんなぁ。

そういうのが、分かっていても止められないとか、実際の試合で思ったようなサッカーができないことが、しばしばあるのが一発勝負のワールドカップ。
だけど、ドイツにはそれができるのです。当たり前のことを当たり前にやることがどんなに難しいか。

ドイツには基本、あまりスター選手がいなくて、華やかさには欠ける、というような扱いを世間からは受けている気がしますが、その地味さも、私にはめちゃくちゃ魅力です。

こういう地味なチームに優勝して欲しいんだよなぁ。誰かが個人技で優れているとか、じゃなくて。

クローゼだって、得点王と言われていますが、彼は「決めるべきところでしっかり決める」という自分の役割をしっかり果たしているだけで。周りも、クローゼが「しっかり決められる」ことが分かっているから、彼に最後を任せる。けしてクローゼだけの力でとった得点ではない。けれど・・・うん、「決めるべきところでしっかり決める」というだけが、いかに難しいのかも、過去の日本戦で散々思い知らされてきていますから、やぱり、それができるクローゼという選手はすごいんですよね♪

前回のドイツのワールドカップのときにはホームでのワールドカップであったにもかかわらず、残念ながら、ドイツは準決勝でイタリアに敗北。悔しかったなぁ。

今回こそ優勝して欲しい!!! がんばれ、ドイツ♪♪♪

余談になりますが、今、前回2006年のワールドカップを振り返ってみましたら、あのときもブラジルやアルゼンチンって優勝候補と言われながら、ベスト8で姿を消していました。
ドイツでの開催だからヨーロッパ有利なんじゃないか、と当時は言われていましたが、今回、南アフリカ開催の戦いでも同じ結果ですから・・・南米の有力チームを、恐れすぎる必要はもしかするとないのかもな。

なお、ワールドカップ、次回の開催地はブラジルです。
そこでヨーロッパのチームがどれだけ結果を出せるかで真価が問われるのかもしれません。

なんて次の話はまだ気が早いか。まずは次の準決勝、パラグアイorスペイン。それに勝てたら、決勝はオランダorウルグアイ。ドイツの優勝まであと二勝だ!

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