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2010.11.04

「家族狩り」天童荒太

以前にととさんの「半身浴読書」で紹介されていた「家族狩り」。

一部から五部までありますが、天童荒太の本は読みやすいので、楽しく読み進めることができました。

しかし、扱っているテーマは重い。言うまでもなく「家族」です。

事なかれ主義の私としては(こだわってる、こだわってる)、人間関係っていうのは濃ければ濃いほど、そこにやっぱり愛憎が生じるもののように見えています。
そういう意味では、一人暮らしを始めてからはそういう愛憎とはまったく無縁にのほほんとやってきてしまっていて。

望んで家族を持たなかったわけではないのですが、他人をうらやむよりは現状に満足しようといういつものくせもありまして、独りでのんびりという今の生活に満ち足りてしまっているもんですから、また、そこでこういう本を読むと、「家族がいなくてよかったなぁ」と思ってしまいます。
・・・よくない傾向かな^^;

一人で生きていると、自分以外の他者に対しては極力頼らないで生きていこうと思います。

自分のことは自分でやるのが当たり前。
逆に言えば、その覚悟ができてるからこそ、一人暮らしを続けていける。

そうすると思いがけない他人の親切や思いやりは、最初から「ないもの」と思っているからこそ、とてもうれしかったり、心から感謝できたりします。

それが・・・家族だとどうも違うんですよね。
お父さんなら○○するのが当たり前。
お母さんなら××が当たり前。
子供は親に愛されたいし、親も子供に愛されたいし、夫婦はお互いに愛し合いたいし・・・

それが満たされないときにゆがみや亀裂が生じていく。
期待どおりにお父さんは○○してくれない。
期待どおりにお母さんは××してくれない。
母親なら普通は子供に対して△△なのに、この子はそうじゃなかったからかわいそう。etc

・・・・なんか・・・

「そんなの知るか」って思っちゃいます。

人間ってみんな一人ずつ違う。そりゃみんな相手に期待されるような自分でいたいとは思うけど、期待はいつしか重荷になっていく。
自分らしい自分ではなく相手の望む自分であろうとし、そうでないと愛されないと思う。
そして家族に「愛されない」ということは、ものすごいストレスとなって、どんどんつらい方へ追い込まれていく。

小説「家族狩り」に出てくる家族はみんなそんな感じです。
誰もが幸せになりたいのに、なれないでいる。
それは「家族」に思うように愛されないからです。

私もそうなのかなぁ?
家族を持ったら、パートナーや子供に愛されたいと願い、それが満たされずにイライラしたり、苦しんだり、悲しんだりして、そして、そのイライラがさらにパートナーや子供に嫌な思いをさせてしまうような。そんなふうになっていただろうか?

私は、今、一人なので、「家族」のように愛してくれる人は誰もいませんが、別に期待しなければ裏切られることもないし、友人や仲間とのささやかなコミュニケーションにはいつも幸せを感じます。それで十分だと思うけどな。

ネタバレになるので詳細は書きませんが、「家族狩り」四部の冒頭にこんなやり取りがあります。

(引用開始)

「家族は愛の、つまりは生命の象徴なんです。すべての人間の善なるものの基本なの。ひどいことを家族のなかで行う人もいるけれど、それは家族の愛が足りなかったからです。正しい愛が家族のなかにあれば、戦争もなくなるし、人殺しもなくなっていくものなの。戦争が起きるのは、世界中の家族の愛がまだまだ足りないということなのよ」

「家族とは関係なく、愛も善も存在する」

「だめです。家族がなければ、愛も、善も存在しません(後略)」

(引用終わり)

「家族」について、このように強く熱く語る人物が小説中に登場します。しかし、その人物は・・・いかん、ネタバレする~

作者はこの「家族狩り」でどんなことを言いたかったのかなぁ?
「家族」というものは愛の根源だとする、この人物の主張と同一でないことは確かなのですが、だからと言って否定しているわけでもない。

・・・あとは読者が考えろということか・・・

一つ言えることは「家族」にはやはり「他人」とのコミュニケーションとは比べものにならないくらいの「愛憎」があって。それは人が生きていく上で、プラスにもなるしマイナスにもなるんだろうと思います。

「愛」か・・・未だに難しいテーマだなぁ。

自分だけに向けられた強い愛なんてなくたって、私たちは・・・人は・・・生きていけるような気はするんだけどなぁ・・・。

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Comments

こちらにも・・・。

>独りでのんびりという今の生活に満ち足りてしまっているもんですから、また、そこでこういう本を読むと、「家族がいなくてよかったなぁ」と思ってしまいます。・・・よくない傾向かな^^;

↑ええ。よくない傾向です(笑)。

家族がいて、思い通りにいかないことがしばしばあって、ちょっとした摩擦があって…そんなことが、小さなハッピーを大きなハッピーに変えるんじゃないかと思うんですよ。

たいへんそうだから、今が満足だからと次のステージをためらうより、思い切ってそのステージに立ってみるっていうのも、振り返ればいい人生だったと思えることなんじゃないかなぁ?(すっごい偉そうですみません)(汗)

だけどこのストーリー、なんでもかんでもあの教師が絡んでて、ちょっと都合良過ぎだと思いませんでした?

Posted by: とと | 2011.02.09 at 23:05

あはは、ととさん、いらっしゃい、コメントありがとうございます。

ととさんの半身浴読書に出てくる本は、みんな面白そうで「グロテスク」なども読んだんですが、このブログには感想を書いてないような・・・かなり私にとってはショッキングで、感想を書くとドロドロしそうだったせいでしょう(爆)。

家族はよいものだと思います^^
案ずるより生むが易し、もよくそう思います。
私も家族はできれば持ちたかったな~

ただ、私の場合、ものすごく好きで、この人じゃなきゃだめだという人で、
仮に将来、その人から軽蔑されたり、さげすまれたり、愛してもらえなくなったりしても
「それでも私はこの人が好きだ」
と思えてしまうくらいじゃないと・・・

私はその人をものすごく憎んでしまうと思うのですよ。
多分、殺してしまいたくなるくらいに。

基本的におそらく人間不信なんだと思います。

「この人は今は私を愛してくれるかもしれないけど、それはこの人にとって都合のいい自分を見せているからだけだ」

という強い思い込みがある。いずれ、この人も私を愛してくれなくなると思ってる。

そう思ってると・・・とても家族なんか持つ気にならない。
相手が愛してくれなくても、どんなにさげすまれても私は相手を愛せると思えない限りは。

その点、「友達」はよいですよ。
そこまでドロドロせず、いいとこ取りできますからねぇ。

・・・うん、よくない傾向ですな(苦笑)

Posted by: BUBI | 2011.02.11 at 13:08

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