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October 2014

2014.10.24

小渕大臣の辞任

小渕優子元経済産業大臣の話。
大臣を辞任してからもボロボロと出てきますね。
小渕ワインは有権者にも配ってるわ、母親の住まいが財団からの利益供与じゃないかという疑惑が出るわ。叩けばほこりが出まくり、と言ったところでしょうか。

松島さんの政策資料うちわに関しては、うちわを配ったからといって「利益供与に当たる」かどうかは個人的には「それはないでしょう」という気が個人的にはします。弁護士の解説によるとグレーゾーンのようです。証紙シールが貼ってあればいいってもんでもないみたい(松島さんのには証紙シールもなかったんですけど)。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/watanabeteruhito/20141022-00040172/
でも、小渕さんはグレーゾーンどころか真っ黒です・・・
私もこの解説と同意見です。

ネットでいろいろな意見を読むと
「そんなの昔から政治家はみんな当たり前にやっていた」みたいな意見を目にします。
「だからと言ってやっていいわけじゃない」という論調。

私は、政治家が自分の人脈を広げるために贈り物をすることが政治活動だっていうのがどうも納得できません。
そんなの自腹で贈りなさいよ、と思う。

一般企業だとそうなんですかね。
会社の金で酒を飲み、会社の金で得意先を接待したり、会社の金でお歳暮送ったりするのか。

でもな。
企業が自社で稼いだ金なら好きにしていいですけど、政治家は自分で稼いでない。
みんなの税金で政治活動してるのに。あなたの人脈広げるためになんで、私達がお金を払わなきゃいけないの?
活動費のほかに給料ももらってるんだから、給料の範囲でやればいいのに。

政治に金がかかるって何の費用かと思えば…有権者を観劇に連れてったり、知ってる誰かさんに贈り物したり。
馬鹿馬鹿しいったら。

知名度を上げたいなら、サンデージャポンに出ていろんな事件のコメントをしたらどうだろ。小渕優子さんならサンデージャポンだって大歓迎でしょう。

国会に行って審議に参加したり、国会へ提出するための法案を策定したり、そのために必要な知識を得るために勉強したり、その法案を精査するために議員同士で集まって討論したり、有識者を招いて意見を聞いたり、原発被災地や震災被災地に足を運んで現地の政策ニーズを拾ったり。いろんな人と会って、いろんな人の意見を聞いて、国の行く末を熟慮し、課題の本質を見抜き・・・
そういうために活動してよ。ベビー用品や下仁田ネギプレゼントしてる場合じゃないでしょ。
お金やプレゼントをばらまいて、選挙に受かるだけが政治家なの?
冗談じゃない。
もうがっかり~

でも、小渕さんにとっては古いしがらみを断ち切るちょうどいい機会だったかな。
現内閣は総理からして再チャレンジ組ですしね。
一度、自分から総理をやめといて再び総理になるなんてびっくりでしたが、そういうのもありという前例を作っちゃった。
小渕さんもそうなれるかも。。
旧体質の地元後援会との関係はクリーンにして、これでワインやベビー用品やねぎをプレゼントできなくなったって、
「しょうがないよね」
ってみんな思ってくれるしね。

いずれの日にか復活を。少し期待しています。

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2014.10.21

結婚するなら稼ぎのいい男がいい!?

 NHKの朝の連続テレビ小説「マッサン」を見ています。
 いろいろな意味でスゴイ展開で賛否両論だった「純と愛」を見て以来、朝8時になるとNHKにチャンネルを合わせるのが習慣になっているだけで、ドラマそのものはファンというほどでもないのですが、今回は中島みゆきさんが主題歌ですからね~。中島みゆきさんののびやかな歌を聞くだけで毎日、元気に出勤できます。

 その「マッサン」の中で標題のような話があって。
 ちょっといろいろ考えてしまいました。

 昔は「男性が外で稼いで、女性は家で家事」というのが日本の家庭のスタンダードでした。
 女性も子供も旦那の稼ぎで食べていた。男性の稼ぎにその後の人生がうまくまわるかどうかがかかっているわけで、そりゃ、稼ぎの少ない男性と結婚するよりも多い男性と結婚した方が幸せになれる確率は断然高くなります。

 けれど、今はもう違います。
 女性も働くようになって、男性の稼ぎだけに頼るのはよくないこと、という風潮になってきました。

 となると、女性の幸せ=男性の稼ぎではないのなら、家事や育児にしても、なんで女性ばかりがやらなければならないの?ということになるのは必然。だって男性の稼ぎで暮らしているわけではないですからね。

 そうなったら、男性側だってそうです。家事や育児も平等な分担を求められるなら、男性にとっては結婚で「面倒ごと」が増えるだけ。下手すれば何の見返りもないのに妻や子供に搾取だけされるわけですよ。結婚してなければ自分の稼ぎは全部自分で使えるのに。

 昔は食べさせてもらってるから、夫を立て、炊事・洗濯・育児、一切の家庭に関わる仕事は妻がやっていた。結婚というのはそういう「仕組み」の上に成り立っていました。
 そういう仕組みがなくなったのだから、非婚が増えるのは当然といえば当然のことです。

 朝ドラは「マッサン」の前の「花子とアン」もそうですが「恋愛結婚」至上主義です。「お見合い」は悲劇のように語られる。
 でも昔も今も「恋愛」で結婚できる人なんて、実はそんなに多くないんじゃないかな~。

 一方で「少子化」が大きな社会問題になっている。
 「少子化」の一番の原因は、私は「非婚化」だろうと思っているのですが、非婚が増える理由は明白。
 日本において「結婚」という制度がもっていた「仕組み」が失われたからです。

 結婚によって、男性が働き、妻や子を養い、その代わり妻は夫を立て、夫のために家庭を運営する。
 それが崩壊し、男性も女性も働いて自分の食い扶持は自分が稼ぐのが当たり前になった。
 だったら結婚する意味なんてそれこそ「恋愛」しかないわけですが、正直・・・男女が皆「恋愛」で結ばれるなんて 幻想でしかないんじゃないかと私は思われてなりません。

 いえ、個人的には、私は男性も女性も相手に依存することなく、自立して生きられるようになった今の世の中を大層気に入っていますし、「少子化」はもうそうなってしまっているのだから、社会のシステムを 少子化に対応するために見直していくしかないだろう、と思っています。
 失われた「仕組み」を復活すべし、と思っているわけではありません。
 失われたんだから「結婚しない」人が増えたのは仕方なく、その結果の少子化もしょうがないでしょう、ということ。

 ただ、この考えを突き詰めていくとだんだん「ぼのぼの」じゃないけど「怖い考え」になってきました。

 「男性も女性も人はみな自立して、自分の食い扶持は自分で稼ぐべし」

 この考えが浸透すると、自分の食い扶持を稼ぎ出すことが難しい、社会的な「弱者」にとばっちりが来ることになるのですよ。
 つまり、子供であったり、老人であったり。
 心身に障害を持つ方々であったり。

 昔の「仕組み」とは、つまり、家庭の長である男性が妻も、子供も老親も、働くことがかなわない弱者をフォローする仕組みだったわけです。
 それが崩壊すると、割を食うのは子供や親。
 人間は誰でも生まれた時は自分で自分を養えない子供だったし、いずれ年を取っても働けなくなります。
 事故や病気で働けなくなることだってあるでしょう。
 でも「自分で自分を養う」ことが当然になった世界では誰もそういう人をフォローしません。

 それは、まずいよな。
 一人で自分の食い扶持を稼げる人はいいけど、みんなが生まれてから死ぬまでそうできるわけではなく。
 家庭がその仕組みを失ってしまったのなら、社会的にそういう仕組みを作って行かなければ、今、元気に自分の食い扶持を稼いでいる人だって安心して生きては行かれないことになります。

 すでに現代はそういう時代です。
 家庭に代わり、年をとって働けなくなった人の面倒を見る施設も、子供を預かる施設も社会のニーズに応えて増えてきました。
 増えてきたけど、まだ足りない。
 そのコストを捻出するために働く人からはさらに税金を徴収する。
 そういう流れができつつあります。
 税金は「保険」と考えるしかないのかもしれません。自分がそうなったときに備えるための。

 書いている内に、自分がすごく当たり前のことを改めて書いていることに気がつきました。

 昔、家庭が持っていた、人と人とが「家族」という最小単位の中で助け合う仕組みがなくなったため、社会的にそれを担う必要がでてきた、と。
 老親を子供が見ることも少なくってきたし、子供を預ける施設ももっと増やすことが必要だと言われている。

 ただ・・・「家庭」というものがなくなり、そういうふうにシステマチックになることで本当にいいのか?と、改めて自分が考えているのに今、気がつきました。
 いえ、そうなるしかないなら仕方がないのですが、私は本当は…

 いやいや、それが自立や自由と引き替えにして得られた社会なら。
 まさしく「仕方のない」ことなのかもしれません。
 それを前提にした上で、どうみんなが幸せになれるのか考えるしかないんだけど。

 みなさんはどうお考えになるでしょうか。

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2014.10.17

小渕優子さんがピンチ

女性5人が入閣して話題になった第二次安倍改造内閣の注目閣僚の一人、小渕優子さん。

なんと今週、その政治資金の使途について、公職選挙法違反等の疑惑が持ち上がっています。
支援者を観劇に連れて行ったけれど、その会費と費用として支払った額に大きな乖離があり、もしも政治資金で差額を払っていたなら、有権者の買収に当たる、と。外にも政治資金でネギ買ったり、ベビー用品を買ったり、姉夫婦の経営する店から後援会が贈答品を買ったり。お土産や贈り物は政治資金で買っちゃいかんでしょうし、そもそも贈るのがまずい。

何やってんだか(+_+)

ついこの間の号泣県議にもあきれました。空出張でお金を捻出しようとかってどうかしています。それと同様に、まったく小渕さんの後援会もやっていいことと悪いことが分かってないとしか思えない。本人は知らないまま、後援会の経理なんかは詳しい人の仕切りに任せていたのでしょう。でももちろん「知らなかった」では済まされません。

これは・・・スピード辞任コースだなぁ。
せっかくの経済産業大臣への就任だったのに。残念。

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2014.10.16

読者投稿欄が好き

 小学生の頃、新聞を読んで興味が湧いた記事を切り抜いてスクラップブックに貼り付ける、という課題が出たことがあって、そのとき初めて、テレビ欄以外の新聞記事に目を通すようになりました。

 そうしてよく新聞を読んでいた当時、好きだったのがいわゆる「読者投稿欄」。
 テレビ欄も、読者の感想が載っているコーナーがあって、それを読むのが面白かったです。
  当時、とっていた新聞は読売だったので、朝刊は「気流」でしたし、今はなくなったようですが「Do!コンポ」という若者の投書が掲載されるコーナーがあって、そこには私も投稿して掲載されたことがありました。

 要は自分も世の中の事件やその他もろもろについての意見や感想を書くのが好きで、それが新聞に載ることに憧れがあった、ということです。

 今はもうなくなってしまいましたが、故やなせたかしさんが編集していた「詩とメルヘン」という冊子は、読者が投稿した詩がすてきなイラスト付きで掲載されるという、詩を趣味とする人間にとっては垂涎の的でした。
 この冊子に詩が掲載されるのも夢でしたが、残念ながら夢は叶わぬまま。
 「イラストに詩を付ける」という逆の企画の方では採用され掲載されたことがあったのと、「メルヘン」の方は1次選考までは残ったことがあったっけ。懐かしいな。
 ただ、この冊子にも読者のお便り欄がありまして、お便り欄の方は常連でした。出せば載る(笑)。
 ま、競争率が低かったのかもしれません。

 インターネットがこの世界に登場して以来、こういういわゆる「読者の声」的なものは「ブログ」という形でいくらでも目にすることができるようになりました。

 私自身、こうしてこのブログを書いているわけですが、読み手としても昔同様、いろんな一般の人の意見を読むのが好きです。

 だからインターネットを使い始めた頃は「掲示板」にはまりました。2ちゃんねるには、運良く縁がなく来ており、利用してたのはyahooの掲示板や、個人の方が自分のホームページに設置している掲示板。自分も書き込んで知り合いが出来たりして。これも懐かしいな~

 「掲示板」という「形」から、個人的にはすっかり離れ、今はツイッターなどで巷の声を拾っています。あと好きなのはAmazonの書籍に関する読者レビューや映画のレビュー。とても参考にしています。映画のレビューはyahooに自分でもたまに書いてたりします。

 あとは、たとえば「BLOGOS」というサイトをご存知でしょうか。
 このサイトをよくチェックするのですが、記事そのものよりもその記事に対しての意見の方が面白い。
 一つの物事にもいろいろな見方があるのだなあと思います。
 私などは、本文を読んで
「なるほど、そのとおりだったら大変だ」
 と思うわけですが、それに対する意見を読んでみると、本文記事の意見の偏りや分析の不足などが指摘されていて、目からうろこが落ちたりするのです。
 批判も支持も両方あって、言いっ放しにならない。そういう仕組みっていいですね。

 どうして記事本文よりもそれを読んだ人の感想の方が面白いと感じるのでしょう。
 ちょっと不思議な気がして考えてみたら、自分が読売新聞の投稿欄が好きだった昔からそうなのに気がつきました。
 なんでなんだろうな~

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2014.10.14

「紙の月」

 「紙の月」(著:角田光代)という小説を読みました。
 銀行に勤める女性が巨額の横領をしてしまう、という話ですが、読んだ後に分かったのですけど、この話は映画になるそうです。宮沢りえが主演ですって。NHKのテレビドラマにもなったそうです(こちらは原田知世が主演)。

 う~む。テレビドラマ化や映画化という話を知って、私が最初に感じたのは
「あんまり見たくないな」
 でした。
 ・・・この物語の中にあるんですよ。
 知り合いが横領事件を起こしたと知って、面白半分にその話題を取り上げて話題にする元同窓生達。
「男に貢いだんだろう」
 と単純な型にはめて、その話題がカンタンに消費されていく。
 この話をドラマや映画にするのはまさにそういうことのような気がして。

 ドラマを私は見ていないし、映画の公開はこれからだけど、そういうのになっちゃうと、あまりにも単純で表層的な話になってないかなぁと心配です。いえ、この物語の中で語られる事件自体は、まさに単純でもしかするとよくある話なのかもしれません。だから、この物語をそう表現することはカンタンです。
 でも、この小説の魅力は「単純でよくある話」な事件の裏側で、そういうことをしてしまった女性が何を考え、どうしてそういうことになってしまったか…読む者を彼女の側へ引き込み、自分の物語として私たちが再構成することにあると思うのです。

 いやぁ、私、引き込まれました。そしてこれがどんな話であったか、自分の気持ちの中で、整理せずにはいられませんでした。

 阪神大震災と地下鉄サリンの事件が出てくる描写があり、照らし合わせると私はおそらく主人公の彼女とほぼほぼ同年代。だからだと思うのですが、なんかねー。身につまされるのよね。

 ただ、私には少なくともああいう類の衝動はないな。自分の価値をお金で証明してみせたりはしないし、できると思ったこともありません。
 主人公は馬鹿だと思います。若い男の子にいいものを食べさせたり、旅行させたり、車買ってあげたり、別に彼が望んだわけでもないのに、自分の生きる意味みたいなものをそこにしか求めることができないなんて。
 なんというか…いやあ「馬鹿」しか言いようがない。
 最初から何もかも捨ててタイに行っちゃえばよかったのに。

 でも、よく考えると「昔」はそうだったのかも。
 無意味に自分のプライドのために、女性を下に置いておかなければ気が済まない夫。今でも実際はそういう男性は多いのでしょうけど、だからこそ、そんな男性と無理して家庭を持つようなことをしない女性が多い世の中に、現代(2014年)はなってきました。だから非婚率は上がってるんですけどね。
 引き替え、彼女の時代は、短大出て結婚して、みたいなことが普通でした。それ以外の女性の生き方は、ない、とは言わないけれど非常に少なかったし、女性が結婚しないで年を重ねるとマイナスの評価を受けたりもしました。だから、彼女も自分の夫に小さな違和感を覚えつつも、その枠の中で、どこへも行けずに、お金を使うことで自分を表現するしかなかったのかもしれません。
 

 自分がどう生きるかは、自分で決めるもので、誰かに決めてもらうものじゃない。
 誰かの評価がなければ生きていく意味がないわけじゃない。
 
 道ばたに咲く野花は誰かに評価されるためにそこで咲いているのか。
 実をつけずに抜かれてしまうのなら、そこに存在しない方がよかったのか。

 「意味」を問うこと自体が無意味のような気がしてなりません。
 思いのままに、そこに在ることだけで、十分に意味はあるのではないかしら。私はそう思いながら日々を過ごしています。

 タイでやり直せたらよかったのになぁ、彼女。

 「生きる意味」とか高尚なことはともかくとして、私は読み終えた後、自分の貯蓄額チェックをしてしまいました。
 貯蓄したと思ってた額がいつの間にか消えてたりしたらやだもんなあ。
 皆様もどうぞお気を付け下さい。
 お金は、自分を表現するものではないけれど、生きていくにはけっこう大事ですので。

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2014.10.10

御嶽山噴火

 3年と7ヶ月前、地震ともに信じられないほど大規模の津波が東北地方沿岸を襲い、町を飲み込み、多くの方々が命を落としました。
 安全だと言われていた原子力発電所が津波を被ったことによる全電源喪失により、原子炉の冷却機能を失い、その結果、水素爆発を起こして放射性物質が放出されたため、周辺市町村の住民が避難を余儀なくされ、今も原発周辺の地域は立入りが制限され、自宅に帰れない状況が続いています。

 その災害に比べると被災の数や規模では比較にならないのですが、平成24年9月27日午前11時52分頃、長野件の御嶽山が突然、噴火。当時、紅葉を楽しむ多くの登山客が山頂にいて噴火に巻き込まれ、死者55人という戦後最大の被害となりました。亡くなられた皆様のご冥福をお祈りいたします。

 大津波も原子力発電所の爆発も信じられない災害なのですが、ある意味ではそれ以上に、まさに「想定外」としか言いようのない自然災害です。

 よく晴れた土曜、絶好の観光日和。
 まさかすぐそばで噴火が起こって、火山岩が降ってくるなんて万が一にも考えませんよね。自然相手だから言っても仕方ないことですが、タイミングがこれ以上ないくらいに最悪。時間も日にちもこのタイミングじゃなかったなら、これほど多くの人が亡くなることはなかったでしょう。

 噴火の経緯等については、ウィキペディアに詳細にまとめられています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/2014%E5%B9%B4%E3%81%AE%E5%BE%A1%E5%B6%BD%E5%B1%B1%E5%99%B4%E7%81%AB
 津波にしても噴火にしても、最近の日本列島は想定外の自然災害がやけに多い気がしませんか。
 コミックや小説の読み過ぎなのかもしれませんが、目に見えないどこかで何かが起こっているような気もするんですが。

 そういうオカルトチックな話は抜きにしても、そういえば小笠原列島で、噴火によって新しい島ができたっていうニュースがありました。確認したところ、今も噴火が続き、島は拡大を続けています。

 その噴火を大地震の予兆とみる向きもあるようで。不安だ・・・東南海大地震がいよいよ来るのでしょうか? そのとき、私は生き延びられるか?

 ネットを検索してみると、同じように感じている方もいるようです。東日本大震災以来、何かと不穏な気配を感じつつも、私とてどこかに逃げ出すわけにもいかず。

 いつ、何が起こってもいいように覚悟だけは決めておかなくてはいけない時代のようです。皆様、しっかり備えて、毎日をすごしましょう。私も防災用品、チェックしなくちゃ。
   

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2014.10.08

月食のなぞ

 2014年10月8日、今夜は月食がありました。
 月が地球にすっぽり隠れている時間が長い、じっくり観測できる絶好のチャンスだったそうです。

 月食を見ていると、普段考えないことを考えます。

 月食のとき、月が地球の影になり、また影から出てくるように見えるのは、地球の自転のせいなのかしら?

 太陽が東からのぼり、西に沈むように見えるのは地球が自転しているせいで、太陽が動いているわけではないです。また、それって地球が公転しているせいでもない。当たり前ですけど。

 つまり…地球の影っていうのは、地球の自転によって、すぐに月の見え方が変わっていくほど、ちっちゃいものだってことですよね。地球と月の距離によっては金環食っていうのもあるくらいで、つまり見かけの月の大きさよりも、地球の影は小さい。

 でもそれってなぜなんでしょう?
 太陽⇒地球⇒月という順番に並んでいるとして、地球の方が月より大きいのだから、太陽から出た光が地球に遮られたら、月は公転によって、地球の影から出るまでまっくら、って感じがするんだけど。

 実際そうならないのは、光の回折とかが関係するのかなー。
 
 月食の仕組み、とかをインターネットで見てみたんですが、あまりよく分らなかった。
 案外、もしかしたら、難しい仕組みなのかも^^;
 
 もし、分かりやすいネット上の解説をご存じでしたら、コメントで教えてくださいませ。
 

 
 
  

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2014.10.04

「家事ハラ」について考えた

 今朝、NHKで「家事ハラ」=家事ハラスメントを取り上げていました。家事ハラねぇ・・・
 
 働く母と働く父が、家でいっしょに家事をしようとするとき(相手に家事をやらせようとするとき)に生まれるもろもろの軋轢の話なんですが、「妻が夫に家事の仕方でいちゃもんをつけてやる気をなくさせる」という問題だけでなく、そもそも「家事を軽視する社会がいけない」「長時間労働がいけない」という論調になっています。

 自分で考えてみて家事ハラが生まれる背景に一つ気づきました。

 私は今、一人暮らしですが、家事ってそんなたいしたことじゃないです。
 一人分って、まったくたいしたことじゃない。
 ただ、二人分、三人分・・・つまり、人の分までやるのがめちゃくちゃ面倒くさいんです。自分のことぐらいみんな自分でやってくれれば「家事負担」ってそんなきつくないはずなのになー。

 それと・・・なんか完璧を求めすぎる。
 一人暮らしなら、洗濯ものを貯めたって、毎日掃除しなくたって平気なんですが、夫が妻に文句いったり、妻は完璧を求めるから夫が手伝った内容に文句を言ったりする。
 そこまでしなくたっていいのに、とよく思います。
 

 仕事で疲れたら夕飯のおかずはスーパーのお惣菜でいいような気がします。一人だったらみんなそうでしょ。

 
 で、もしも、子供がいても。
 もちろん、子供がいたら、掃除も洗濯も自分でやれないのが子供ですから、誰かがやってあげる必要があるのですが、(自分の分+子供の分プラスα)÷2(父と母)だったら・・・確かに赤ちゃんは大人と同じものは食べられないし、病気もするし、おむつ替えもあるし、普通の家事労働以外のこともたくさんあるけど、その時期さえ乗り越えれば・・・そのための育児支援サービスも賢く使ってね。

 
「〇〇しなければいけない」
 というやらされ感が家事を負担に感じさせます。

 
 私の母は病気がちで家事をあまりやれませんでしたが、子供である私もなんとか生き延びました。
 小学生になれば自分のごはんくらいはなんとかできました。内容はほめられたもんじゃなかったですが、まあそれはしょうがない。
 より上を目指せば不満も出る。そういうことじゃないのかな。
 
 それと、誰かがやってくれるのが当たり前という意識ね。

 でも実は、この記事の「 家事ハラが生まれる背景の一つ」とは、そもそも今、私が上で書いた
「家事労働なんてホントはそんなたいしたことないでしょ」
 という意識なのよね、きっと(汗)。

 一人暮らしが長くなり、最近、物の考え方が「夫」側に近くなってる。女性に嫌われないよう、気を付けなければ^^;

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