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2018.07.12

「半分、青い。」がもやもやする理由

 以前にも、

「半分、青い。」第70話を見て

 という記事を書きました。

 その後、ドラマの中の主人公、鈴愛(すずめ)はマンガ家でいることを辞めてしまいました。
 辞めて自由になって、引っ越しをするときはとても晴れ晴れした様子でしたが、その後の鈴愛はあまり幸せそうではありません。

 マンガ家を辞めて、今、働いているところが100円ショップの店員で、時給も安いから…なのかな?
そうではないように私には思えます。

 鈴愛は「今の自分には何もない」と言っていました。
 マンガ家になれず何者にもなれなかった自分が嫌なのかもしれません。

 「半分、青い。」を見ていていつももやもやするのは、今の時代って、どんな生き方でもありで、自分が全て自由に選択できることが幸せなはずなのに、鈴愛はそうやって自分で選択してやりたいことをしているのに文句ばかりだからです。

 田舎を飛び出して、大好きなマンガ家の先生の弟子になり、本も出した。それでもマンガ家を辞めたのは、自分の才能に限界を感じたからであり、それはそれでありでしょう。全部自分の選択で自分のせいなのに、いつも人のせいにしている感じなんですよね。または、全部、片耳が聴こえないせい? まさか。
 
 今、鈴愛は100円ショップで知り合った男性と恋仲になり、結婚するかも、というところにいるんですが、もしそれで鈴愛が幸せになるなら、それでよいと私は思っていました。

 ところがどうもそうではないようです。
 その男性はどうも「ダメンズ」らしいです。
 
 私はダメンズでもいいと思うんですけどねぇ。
 だって、見た目もかっこよく、性格もよく、お金もあって、一流企業に勤めている男性なんて今の世の中、ほんの一握りでしょう。
 くだんの男性が、まったく自分で稼げず、いつもお金がなく、ちょっと稼いでも映画製作という夢のために全部使ってしまうような「ダメンズ」だったとしても、そういうダメンズと一緒に苦労して未来を作り上げるなら鈴愛を応援するつもりだったんですが・・・

 どうも公式のあらすじを見ると別れるらしい・・・
 そして、幼馴染の律くんとよりを戻すらしい・・・
 ホント、がっかりしてしまいます。

 世の中に100%満足な人生なんてないと私は思います。
 でも、かなわなかった望みや果たせなかった夢を抱えながら、私たちはまた次の一歩を踏み出す。
 自分が歩んできた人生は、子供の頃思い描いた「夢」とはかなり違うかもしれないけれど、それでも自分の選択を自分で引き受けて後悔せずに歩いていく。

 鈴愛にもそうなってほしい。
 夢はかなわなかったかもしれないけれど、その先に続く人生を自分で引き受けてちゃんと自分の人生を歩いてほしい。

 この結婚がもし失敗に終わるのだとしても、それをもう人のせいにはしないでほしい。律くんがいるからって、またマンガ家を目指していた日々のように「なかったこと」にはしないでほしい。

 現実の私たちは、皆そうして自分のしたことを自分で引き受けて生きています。そうでない人もいるのかもしれないけど、少なくとも「私」は。
 というか、人のせいにするほどつまらないことはないし、実際にそれが自分ではない「誰か」のシナリオどおりの選択をした結果だとしたらそれって最悪です。

 「半分、青い。」は今年の9月いっぱいで最終回を迎えると思うので、あと2か月半あります。鈴愛が、片耳の難聴もそれはそれでよいこともあるんだと思っていた子供の頃のように、どんな人生だろうと自分の人生を前向きに明るく生きていってくれるようになってくれないかな。

 正直、もう律は出てこなくていいのですが、そうもいかないか(汗)
 佐藤健さんは映画の「いぬやしき」でファンになった役者さんなので、他の作品で応援したいと思います。

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