« 2019年の始まり | Main | 「論理国語」とは »

2019.01.03

お正月に「家族」について考えてみた

 一人でどんなに気楽でぜいたくな生活をしたとしても「家族」がいる喜びの方が素晴らしい…

 読書メーターのサイトを眺めていたらそんなショートショートが掲載されていたので読んでいました。

 それから、ツイッターでは

「男が老いて独り身なのはかなり惨め。でも女が老いて独り身なのは毎日がサバイバルだ。危機感持てよ。」

 というつぶやきを目にしまして、ちょっと落ち込む(苦笑)。

 まあ、女とか男とか独身とか既婚とかで、一括りにできないことは重々分かってはいるのですが、こういう意見ってたまに目にするとやっぱり気になるのよねぇ。

 以前から、私個人は一人であまり困ったことはなくて、結婚も30代以降、早々に見切りをつけ、代わりに一人で生きていくための備えをしてきたわけで。

 後悔しないためにどれだけ準備をしてきたか。
 「危機感持て」なんて今更言われなくても、相当危機感、感じてやってきました。

 そのせいか、世間一般の声をよく聞いてみると、私はどうも「結婚できないままきちゃった高齢女性」の一般的なくくりと違うところにいるみたいです。

 いや、そうじゃないか。時代そのものが変わってきているのか。以前の「一般的なくくり」ともう私ら世代は、全員違うのかもしれない。

 思うに、私らよりも前の世代の高齢女性は、やっぱり男性に養われる存在で、男性に幸せにしてもらうという価値観が基本だったんでしょう。
 もちろん、今がそうじゃないとは言いません。そういう価値観がが悪いとも思いません。今もそうでありたい女性もいるし、私個人は男性が働いて、女性がそれを支えて、それが幸せならそれでいいと思っています。

 前にツイッターでちょっと書いたのですが、女性自身が医師になりたいと望む人もいて、それはそれでいいのですが、医師としてがんばりたい男性の妻としてその男性を支える女性がいてもいいと私は思うんですよ。
 いわゆる某医大の入試での女性差別の話ね。

 もちろん、女性が医師として働きたいならその道を入試の段階で閉ざすなんて許せないことです。
 ただ、医師という職業が非常に過酷な労働環境にあるのは事実であって、それ自体をなんとかしなければいけないというのは当然なんですが、現実に、今、現場に男手が必要で、女性は前面に出るのではなく後方支援に当たるというのはそれも有効な役割分担ではないかと考えたりしました。

 男女で語る話ではないのかもしれませんけど。
 第一線で活躍する人も、その後方支援に当たる人も、職業に貴賎はなし。
 昔から、私は主婦も大事な「職業」だと思っていたしな。

 ちょっと話がそれました。
 女性が男性に養われることは否定しないという話でした。

 ただ、そういう時代だったなら確かに「女性が年取ると悲惨」だったのでしょう。
 高齢になった女性は、夫婦ならともかく、他人だと男性からの評価は0でしょうし。
 若くてきれいなうちに、男性にパートナーになってもらう。
 男性にとっての評価が女性にとっての全てでした。

 高齢者のコンカツについてネットで情報を拾ってみると、私たちよりも上の世代のコンカツだと、高齢女性が当時の価値観に基づき、自分を養ってくれる男性を探したいと思って活動している構図みたいです。女性の方が会員が多いみたい。でも男性からしたらいくつになっても若い子がいいんでしょう。きっついなぁ。 

 女性は男性から評価されることが全て。過去は確かにそうでした。
 でも今はそうじゃない。

 今は「結婚」って選ばれた人しかもうできなくなっているんじゃないかと私は思っています。
 昔…といっても一世代前の話ですが、当時は結局、結婚するのが当たり前だったし、女性は結婚しなきゃ食べていけなかったから。誰でもいいとは言いませんが、たとえば多少、性格に難があったりしても、若くて経済的には厳しかったりしても、マザコンだったとしても、どんな男性でも結婚できたんだろうと思います。

 今は違います。
 女性は自分と合わない男性と無理に結婚したりしません。もちろん男性もね。

 結婚して幸せになれる人もいる。それで子供を持ち、家庭があって幸せな人もいる。
 でもみんながみんなそうじゃない。
 結婚しないという選択肢もあって、男性も女性も、それを選んでもいい。

 自分を幸せにできるのは結局自分しかいません。誰かに幸せにして欲しいと願い、その誰かが男性だったり、子供だったりしたとしても、人に頼っている限りは幸せにはなれないと私は思います。
 
 もちろん年を取ったら人に頼らずには生きていけないので「誰にも頼らない」なんていうのは驕りだと、私は常々自分に言い聞かせているところですが、ボケて何も分からなくなるまでは、若くても、年をとっても、自分が自分であることの尊厳って変わらないんですよね。 
 
 パートナーもいず、家庭がないと最後は「孤独死」なんでしょうが、これからの時代はそんなの当たり前になっていくんじゃないかしら。
 まあ死んで何日も放置されてしまったら後片付けをする方が大変なので、独居の高齢者には見守りシステムが必須になるでしょう。私の家にもつけて欲しい。

 だから、独身だから悲惨だ、とかじゃなくて、独身でも幸せでいられる道をちゃんと探しておこうよ、というだけの話のような気がします。
 結婚できなくて、家庭もないけど、私個人は今は幸せだし、これからも幸せでいるための努力はずっと続けていきます。

 そういう人がこれからは増えていく。
 そういう人のための世の中になっていく。

 というか、そういう世の中にするために、独身高齢女性の一人として、これからもがんばっていきたいわ。
 

|

« 2019年の始まり | Main | 「論理国語」とは »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference お正月に「家族」について考えてみた:

« 2019年の始まり | Main | 「論理国語」とは »