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May 2019

2019.05.21

「ブスの本懐」

 先日、我が家で中学校時代の友人二人と久々に再会し、昔話に花を咲かせました。

 もう一人、今、結婚してニュージーランドにいる友人がいて、ライブチャット。とても楽しかったです。

 でも、ライブチャット…ニュージーランドの友人には、動画メッセージも送りましたが、それを自分で見ると。

 友人二人は年を取っても美しいのに、私は…ブスだなぁ~(苦笑)

 

 表題の「ブスの本懐」はカレー沢庵という方の書籍で、存在を知ってからずっと一度は読んでみたいと思っていました。曰く、「ブス」はそれこそ「天空の城ラピュタ」に出てくる滅びの呪文以上のパワーをもつ呪いの言葉。その一言が全てを台無しにします。

 なんて他人事みたいに書かずとも、私はもう昔から、十分、この身をもって知ってますとも。母親にさえ「整形したらいいのに」と言われたことありますからねぇ。

 悟ったようなことを書いてしまいますと、なんだかんだ言ったって人間にとって「見た目」ってめちゃくちゃ大事なのです。そんな本もありますね、「見た目が90%」とかなんとか。

 ただ、いろいろブスと美人の所得格差などを語った本などを読んだりして私が思うのは、もちろん見た目で得する分野はたくさんあります。その分野で比べたら見た目がいい方に勝るに決まってるわけで。

 私は生粋のブスですから、最初から同じ「見た目」を競う場所でそういう女性達と戦うつもりはありませんでした。見た目が残念でも生きる方法はあるはずですし、実際あります。そのために情報収集、行動あるのみ。

 ブスを嘆いたり、美人との格差にジタバタしたって仕方ありません。

 ブスにはブスの生き方があります。

 それで私は十分、今、幸せ。

 「見た目」で競う戦場の最たるものはコンカツです。男性の争奪は見た目がいいものが絶対的有利で、それを知ってるからからこそ、女性はダイエットや美容やファッションに余念がないわけです。

 私はその戦場からは早々に離脱しました。だから幸せになれたのかもな。

 ブスでない人、美人や普通の人は結婚してください。そして幸せになってください。でも私はだめだわw

 でも、その代わりにたくさんのものが手に入りました。友達もそうだし、男性に振り回されない分、自分の本当に好きなことに没頭できましたし。実らなかったけど恋もしました。実らなくても恋の経験は楽しかったです。過ぎてみればね。

 ブスのいいところというのは本当に「男性に振り回されない」それに尽きます。

 友人が我が家を評して「女子力高いね」とほめてくれました。

 インテリアが素敵なものが多く、おしゃれだからだそうです。

 でも、それ聞いてびっくりしましたよ。誰に見てもらうわけでもなく、自分が暮らしやすいように自分が好きなものを揃えて生活しているだけなのにな。「女子力」? ちゃんちゃらおかしいわw

 男性に「女子」として評価されようなんて気持ちはとうにありません。そんなものがなくても私は十分生きていける。それが私の今です。

 

 なーんてね。ブログでは書きますが、人にはリアルには言いません。だって「イタイ」じゃないのw

 どう語ったって「負け惜しみ」と思われる。幸せ自慢なんてそんなものです。でも「ブスの本懐」を読んだら、ちょっとだけ語ってみたくなったので書いてみました。

 ふふ、やっぱりイタイかなぁ。ま、いいけどね(苦笑)

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2019.05.01

祝 令和

 昨日と今日は、平成から令和への移行に伴う、皇室の行事のテレビ中継をがっつり見てしまいました。昨日の夜はプリンセス美智子様もドラマも見ました。

 政教分離だから、テレビで放映する際になるべく宗教色を失くすことが必要なのは理解しているのですが、直観的に私が思うのは、おそらく皇室の意義って、この国を何らかの人智を越えた祈りで守ることにあるのではないかってことなのです。

 おかしいかなぁ。

 もちろん、そうした祈りや願いが強制力を持ち始めたらまずいし、その力を利用しようとする者も出てくるから表向き「ない」ことにしないといけないのだろうけど、おそらく「天皇家」というのはそういう神職なのだろうと思うのです。

 神職が権威と結びつき、支配者としての性格を帯び始めることを、私たちが注意深く警戒しなければいけない理由は歴史が証明しているんだけど、権力と結びつくことを可能な限り避けている分には、天皇家は「国民の安寧」という祈りのためにこの国にあるのだろうと。

 私の洞察は間違っているかしら。

 いや、何が言いたいかというと、お祭りを楽しんだり、正月に初詣出にいったり、受験の合格を祈願したりするのと同じように、私たちはもっと天皇家のことを知りたいのに、天皇家が古来のしきたりに基づき、国の繁栄を願ったり、五穀豊穣を祈ったりすることを、どうしてもっとテレビでやってくれないのかということ。

 あの方たちは、天皇家に生まれたというだけで、私たちにある基本的人権さえも保障されず、自由に生きることが許されていない。

 雅子皇后や美智子上皇后は、天皇家に嫁ぐという形で自ら決断してあの世界に飛び込んだんだけど、男性はガチガチに縛られて、私たちの象徴であることを生まれながらに強いられてしまっている。

 もちろんある程度の自由は昔よりはあるし、自分がどんな天皇になるかも自ら選べるんだろうけど、ね…

 その自由と引き換えに、天皇家が日本のために何をしているのか、もっと私たちは知っていた方がいいんじゃないのかなぁ。

 そして時として、天皇家と一緒に何かを祈ったり、願ったりすることも必要なんじゃないだろうか。わざと隠されているんだよね。そして、誰もそれを教えてくれなければ知る機会さえない。

 今はネットがあるから、これからは知ろうとしさえすればきっとそれも不可能ではないとは思うんだけど。

 無理やり政教分離して批判を避けようとすることが不自然に感じられてならないわ。私たちも、いや私たちこそ、国の繁栄を願わなければいけない立場にあるというのに。

 願ったり、祈ったりすれば全て解決するのかと言われればもちろんNOだ。

 私たちは行動し、自らの国を自らの手で作っていかなければいけない。神はいないし、仮にいたとしても、私たちは神ではなく自分たちの手で自らの未来を選択する。

 けれど、時として天災はやってくるし、想定外の事故はどんなに備えたって発生する。

 傷ついて、それでも立ち上がらなければならないときもあるだろう。

 その時になくてはならないのが、願いであり、祈りなのだ。

 上皇はそのことをよくご存知であり、それこそが天皇家の役割だと知っていたからこそ、各地の被災地や戦跡を訪問し、慰霊の旅をされてきたんだろうと思います。

 多分…神様まかせにするのはいけないんだけど、全てが自分の力で変えられると思うのは人間の驕りなのでしょう。

 

 退位の昨日はずっと雨が降っていました。でも即位の今日は、即位後朝見の儀の頃、おだやかな光が差していました。

 新しい天皇陛下の即位と新しい令和の時代の到来を、今日は心よりお祝い申し上げます。

 

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