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2022.05.11

芸能人の自殺の報に触れて思うこと

2022年5月現在、芸能人の自殺が続いています。
相手が芸能人で会ったこともない人でも「自殺」の報を聞くといつもちょっと混乱します。
気持ちの整理のために今日のブログは書いてみたいと思います。

明日、5月12日はかつて東北で私の同僚だった女性が亡くなった日です。
GW空けのタイミングで本当に驚きました。
まるでそんな気配はなかったので…

最近の芸能人の自殺もどの方も「まさか」って感じですよね。
自ら死を選ぶほどに何に悩んでいたのか周りは誰も分からない。

全ての自殺がそうとは限らず、子供のいじめによる自殺などは、苦しんでいたのを分かっていたのに周りが関わりたくなくて放置した結果だったりします。
大人の自殺は原因が分からないことが多い。
本人も周囲に悩んでいることを言わないし、言えるくらいなら自殺しないでしょうし。
子供のように逃げる手段や方法を知らないわけでもないはず。
だから余計に周りは混乱してしまいます。

同僚が亡くなるもっとずっと前に、私の母の弟の妻、私から見ると叔母が自殺しました。
叔母は病気で入院していて、病院を抜け出して飛び降りたという経緯だったので、自殺の原因は病気だと当時子供だった私は思っていましたが、本当のところは分かりません。
優しくて素敵な叔母でした。治せない病気でもないはずだったのになぜ…
叔母が死ぬほど苦しんでいたのに気づかなかった自分にショックを受けました。
自分がもっと何かできなかったのかと。

私の実母はずいぶん前に病死していますが、その前からずっと病気がちで鬱状態になることがしばしばありました。
その度に「死にたい」と言っていたので、最後の病死の原因は癌でしたが、やっと苦しかった生涯を終えることができて本人はほっとしたんじゃないかとも思ったりしました。

自分もこの年になると、こんなふうに身近に亡くなる人が徐々に増えてきます。
友人、知人の親御さんの訃報を聞くことも多くなりました。

自殺の知らせはショックですが、人間はやっぱりいつかは皆、死ぬんだな、と思うしかないような。
もちろん、自分も含めて。

子供の頃は、母が死んだら自分も死ぬんだと思っていました。
でもいざ実際に母が亡くなったら、上記のように意外と「やり尽くした」感しかなくて、喪失感もまるでなく母の存在は自分に受け継がれているからいなくなった感じがしませんでした。
今も、です。
夢にはよく当たり前のように母が出てきます。

以前から何となく思っていることなんですが、自分もいつかは死ぬので先に逝った人達ともまた死んだ後に会えるだろうという気がしてなりません。
だからあんまり悲しくない…なんて書くと冷たい人に見られるかな。

自殺された方を「なぜ、どうして」と責めたくはない。

気づけなかった自分を責めても相手が生き返ってくるわけじゃない。

だったら「いつか私もそっちにいくからその時にまた会おうね」と思っていた方がいいんじゃないかな…いつかまた…きっとね。

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