呪術廻戦~懐玉・玉折編~
「呪術廻戦」という作品との出会いは、たまたまアニメの第一話をテレビで見たのが始まりでした。セリフで聞いただけでは意味が分からない言葉(「秘匿死刑」とかね)が多かったので原作コミックをネットで購入、電子書籍で読み、アニメも見ています。呪術廻戦0が映画化した時は公開初日に見に行ったなぁ。
で、今回は「懐玉・玉折編」が映画になったので見てきました。「懐玉・玉折編」は呪術廻戦の主人公、虎杖(いたどり)君の呪術高専の先生である五条悟が先生にになる前、まだ自分が学生の時の回想が全編を占めるストーリーです。
後に現代最強の呪術師となる五条先生ですが、当時は自身も高専の学生で、夏油傑(げとう・すぐる)という友人と二人で最強でした。でも、五条先生にとってはおそらく「突然」だったんでしょうが、共に呪術師として、呪いが人々に及ぼす禍を払ってきたはずの夏油君が民間人を自らの呪術で殺傷し、高専を出奔してしまいます。
「懐玉・玉折編」のオープニングテーマは「青のすみか」という曲なんですが、あらためて歌詞を追ってみると、とても切ない内容となっています。
♪どんな祈りも言葉も近づけるのに届かなかった
(中略)
♪君を呪う言葉がずっと喉の奥につかえている
「懐玉・玉折編」の最後の方で、高専から姿を消した夏油君は一度、高専の友人だった家入(いえいり)さんと五条君の前に姿を現します。その時に五条は、民間人を殺傷した犯罪者であっても、自分の親友である夏油くんにどうしても自分で手を下せません。その時点で五条は最強だったので、やろうと思えばできたはずですが…見逃しちゃうんですよね。
それがまた後年、いろいろな禍根を残すことにはなるのですが。
このエピソード、私は原作コミックで知ってはいたのですが、あまりピンと来ていませんでした。主人公達のメインストーリーとはちょっと違う時間軸で進むこともあり、感情移入できていなかったです。
でも今回、このエピソード単体で映画になって、それを見ることで、五条先生や夏油さん、そして敵役である伏黒甚爾(ふしぐろ・とうじ)のそれぞれの気持ちや行動に改めて思いを馳せることになりました。
夏油さんは…愚かで無知な非呪術師のために、仲間の呪術師が呪いの犠牲になって命を落とすことや、本エピソードの中で甚爾に殺されてしまう天内理子(あまない りこ)ちゃんを救えなかったことが本当に許せなかったのだなぁと思います。
呪いのために多くの仲間が犠牲になってしまうなら呪いが生まれない世界を作るしかない。
呪いを生むのが非呪術師の負の感情であるなら、非呪術師をこの世界から消してしまうしかない。
絶望の末の選択だったんでしょう…
でもなぁ。五条先生は五条先生で、最強に成ったのは、きっと夏油さんと同じ絶望と後悔からだったんだと思うんですよね…民間人を殺傷してしまう前に夏油さんが五条に自分の苦悩やジレンマを打ち明けていたなら。
♪君の笑顔の奥の憂いを見落としたことを悔やみ尽くして
今回の映画の先のエピソードになりますが、結局、夏油さんは自分の理想の世界を作ることはできません。一度は見逃した五条ですが、次の再会は結局、最後は永遠の別れとなってしまう。
それで終わればまだしも、親友を救えなかった思いを心の奥に抱え込んいた五条先生は、後にそれを利用されて封印されてしまうというのが呪術廻戦のストーリーとなっています。そこまではもうアニメ化されているのでネタバレしてもいいでしょう。
…振り返るとなかなかえげつないストーリーだわ、呪術廻戦。
♪「また会えるよね」って声にならない声
呪術廻戦で私が大好きな東堂(とうどう)さんいわく。
「俺たちは呪術師だ。(中略)あらゆる仲間、俺たち全員で呪術師なんだ。俺たちが生きている限り死んでいった仲間たちが真に敗北することはない。(中略)お前は何を託された?」
このあたりのセリフは正直、難しくて、私自身ちゃんとは理解できていないのですが…
志半ばで死ぬことは呪術師に限らず、誰にでもあって。
呪術廻戦では、冒頭から死ぬことの意味、生きることの意味がずっと一貫して問われ続けています。
夏油さんにしても、五条先生にしても…そして虎杖くんたちだって私たちだって、時代の流れの中で一人一人が限りある時間を生きている。その中で後悔したり、選択したりしていくわけですよ…
夏油さんはあれでよかったのかな。五条先生は? その中のかけがえのない青春のエピソードが「懐玉・玉折編」です。
見てよかった。もう一度、「青のすみか」聞いてきます。


Recent Comments