パソコン・インターネット

2015.11.17

Facebookを見ると悲しくなる?

こんな記事を読みました。

Facebookを見ると悲しくなる理由:研究結果 | ライフハッカー[日本版]

私はフェイスブックもツイッターもGoogle+もgoxiもmixiもそしてこのブログもやってますが、別に悲しくなったことないなぁ。

「私は大丈夫」
と思っていても危ないらしいですが、インターネットとの付き合いは私の場合はもうずいぶん長く、それでも、うつや嫉妬とは無縁ですねぇ。

もしかすると、日本人だからですかね。

日本人はあんまり自慢になるようなことを他人にひけらかしたりしません。どうも日本以外の国の人は違うみたいだけど。控え目で、前に出過ぎるとはしたないと白い目で見られるため、自慢したくても黙っている。謙遜が美。ほめられても「そんなことない」っていう。だからフェイスブックでも他のツールでも、自慢ばかりの書き込みなんてあんまり見たことないですよ。

逆に、自分は人よりもこんなに不運で、なにもかもうまくいかない・・・

なんていうのはたまに見ます。

私もたま~に、誰にも言えない愚痴ををネット上に吐き出したりしますが、どちらかというと、そういう書き込みの方が多いようにように思うのです。

そういう人には励ましのコメントがいっぱいついたりして、それがホントに励ましになってまた元気になれたりする人もいる。

一人で悩んでいるよりも、ネットで誰かに聞いてもらうことで、心の整理がついたりする。そういう効用の方を強く感じます。

そういう日本人の傾向がいいかどうかはともかくとして、だからこの記事にはかなり違和感を感じました。皆さんはいかがでしょうか。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.04.21

「読書メーター」使ってみた。

 ある日、友人が「読書メーターって知ってる?」という連絡を確かLINEでくれました。
 全く知らなかったのですが、その友人が登録したというので、自分も登録してみました。

 「読書メーター」は自分の読書を記録できるサイトです。

 私は、普段、自分の読書記録は紙の日記帳につけていて、自分がいつ、何を読んだかは分かってるので「間に合ってます」という感じだったんですけどね。
 本の感想も、感動して記録に残しておきたい作品に関してはこのブログに綴っています。読書メーターにも感想欄はあるのですが、文字制限があって、感想をみっちり書くには物足りない。
 また、私にとって「読書」は娯楽ですから、囲碁で対局結果を記録したり、ダイエットで体重の推移をグラフにしたりする感覚とはかなり違っていて、その月に読んだページ数が自動計算されてグラフになっていても
「あ、そう。で?」
 ぐらいなもの。今月は何ページだったから来月はもっと読もうとか、そういう「努力」は読書に関しては必要ない。
 なので、最初「読書メーター」のメリットって何なのか、さっぱりピンと来ませんでした。

 以前、ツイッターを始めた当初も思ったっけ。ツイッターの何が楽しいのか、さっぱり分からないって。フェイスブックもそうだな。ブログは、私は書くことが好きなので、始めた当初から楽しかったですけども。

 読書メーターに関しては、記録を付け始めて数日~数週間経つ内にその真価が見えてきました。

 読書メーターの面白さは「共読」という耳慣れない言葉にあります。これ、検索しても辞書には出てこないから、造語なのかしら。
 読書メーターでは、自分が読んだ本を記録すると、同じ本を読んだ人がいると分かる仕組みがあります。その人が感想を書いていると、その感想も簡単に読める。
 つまり同じ本を読んだ人が、どんな感想を持ったのかが分かる。
 これは面白いです。

 普段、とても面白い小説を読んで、誰かとその面白さを共有しようと思っても、好みもあるし、友達がそれを面白がってくれるかどうかは分かりません。そういう意味で「読書」という趣味は基本、孤独なものでした。ところが読書メーターはその、本来孤独な「読書」を「共読」によってネット上の見知らぬ人と結びつけることができるんです。こりゃ画期的だわ。

 人の感想を読めるだけだったら、Amazonのレビューだっていいわけですが、読書メーターはそれをもう少し進めて、感想を書いた人と読んだ人を「ナイス!」という、フェイスブックの「いいね!」のような機能で結ぶ仕組みを備えています。
 この機能のおかげで、私は自分と同じ本を読んでいる人が、ほかにどんな本を読み、どんな感想を書いているかを知ることができます。
 それにより、
「へー、私はまだ読んだことないけど、この人が感想を書いているこの本、面白そう」
 という本を見つけることができます。もともと同じ本を読んでいる人ですから、傾向も似ていて、自分が興味を惹かれる本が次々と見つかるんですよ。これはすごい。

 一人で図書館や書店でぼんやり本棚を眺めていても、それだけでは「面白い」本を探し当てられる確率ってそんなに高くありません。以前に読んで面白かった作家にどうしても偏ります。
 新聞や雑誌やネットの書評を読んでも、自分の好みと違っていればヒットしないことも多い。
 けれど「読書メーター」をやっていると、次々に読みたい本が現れます。

 小野不由美、貴志祐介、村上春樹、伊坂幸太郎、乃南アサ、篠田節子などが面白いのはもう知っています。まだ私が知らない作家で、面白い作品あるんじゃないか…そういうニーズに「読書メーター」のお気に入りさんたちは見事に応えてくれます。

 たとえば最近のヒット。

「犬身(けんしん)」松浦理英子
 これ、面白かったなー。人が犬になってしまう小説なんですが、馬が主人公だったり、こたつが主人公だったり、人でないもの目線の小説が大好物な私にとっては最高に面白い作品でした。ただ人が犬になるだけでなく…続きはAmazonのレビューとかで確認してください。この作家の作品は初めてで、多分「読書メーター」やってなかったら、一生知らなかっただろうと。

「白い部屋で月の歌を」朱川 湊人 
 テレビの「世にも奇妙な物語」が好きで、ホラーやサイコミステリーを読むのが好きな私は、角川がやってる「日本ホラー小説大賞」の作品は概ねチェックしているのですが、朱川湊人氏がこの作品で短編賞を取ってる作家さんとは知りませんでした。同じ年に大賞を取ってる「姉飼」は読んだのにな。「夜市」の恒川光太郎など、同賞の受賞で作品を読んで、その後も注目している作家さんがたくさんいます。「白い部屋で月の歌を」は短編ですが、「はがし屋」の連作にして、もっとこの物語のキャラクターが活躍する話が読みたかったー。コミックなら、たとえば「デスノート」が最初は読み切りだったけど、長編になったみたいに「白い部屋で月の歌を」もシリーズ化したらよかったのに。そのくらい魅力あるキャラクターのお話でした。朱川湊人作品もこれから読んでみたいです。

 「読書」という世界がネットを介してこんなふうに広がるなんて。
 「読書メーター」ってすごい! 

 インターネット歴はけっこう古いんですが 今まで知らなかったのが惜しいくらいです。読書好きでまだ使った事無い方は、ぜひ一度お試しを。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2010.02.03

不思議なツール「ツイッター」

男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。(土佐日記)

巷で評判のツイッターといふものを、我もしてみむとてするなり・・・ってわけで、私もツイッター、やってみています。

とはいえ、なんなんだろう、これ。不思議なツールだなぁ。

ツイッターには二つの機能があります。情報の「発信」と「受信」。

ブログやホームページやmixiなどのSNSがどちらかというと発信側に重きを置いているのと比べ、どうもツイッターは「受信」機能がメインのように感じられます。

使っている人の多くは、広瀬香美さんや鳩山さんなど有名人のつぶやきを読んでみたくて使ってるのかな。
その心理はちょっと分かりますが、私は昔から情報を「読み飛ばす」ということが苦手なので、今のところフォロー(受信する人)は3人しか登録していません。100人も登録したらそのつぶやきを全部なんて読めないもの(いや、読めなきゃ読まなくたってほんとはいいんですが)。

一方、「発信」側の問題としては。
ツイッターは自分のつぶやきを誰に発信するか、制限するようには作られていないようです(アクセスブロックの機能はあるのかな。まだあまり分からないのですが)。

たとえば、mixiでは自分の日記を、自分が「友達」だと登録した、いわゆる『マイミク』だけに公開することが可能です。つまり「発信」機能を制限することができるので、自分の発信を受信できる人が分かっているから安心していろんなことを書くことができます。一般公開のブログじゃ書けない本音の話とかね。

それにmixiは参加者がそれぞれ自分も日記を書いたり、プロフィールを公開してたりしているから「得体の知れない誰か」に日記を見られることはある程度防ぐことができます。

ツイッターのつぶやきはどこで誰が見てるか分からない。これじゃ怖くてたいしたことは書けないな・・・ツイッターを始めて一番最初にそう考えました。
文字制限もあるからどっちみちたいしたことは書けないですけども。

だから「おなかが空いた」とか「今日は雪が降った」とかどうでもいいようなことを書く。
誰が見ても別に問題ないようなことばかり書く。
でもそれって、面白いの???

つい自分のことをつぶやいちゃうからそういうことになるんでしょうか。
これ、「ケータイ小説」とか連載するのにはいいのかも。架空の世界、架空の自分でつぶやけば個人情報垂れ流しの心配もない。
それを面白いと思ってくれる人がいればフォロワー(自分のつぶやきを受信する人)が増える。つまんなきゃ増えない。
有名人でもない一般の人々にとってのツイッターの「発信」機能はそういうことなのかもしれません。

それに、なんなら個人は別に「発信」は使わなくたって「受信」専用でもいいわけで。
「発信」はたまに有名人の発言に返事したいときに使えばいい。相手はそれをフォローしてないかもしれませんが(苦笑)

ツイッターについてはこう言えるかもしれません。
受信は「私」(プライベート)に属し、発信は「公」(パブリック)に属する。

だから、好きな人の好きな情報をいくらでも受信できるけど、自分が発信するときは気をつけないと。
使う人が限られていた今まではたいしたことはなかったんでしょうが、これ、普及すれば、いくらでも個人情報を収集できちゃうし、悪用しようと思う人がいたらけっこう・・・若く美しい女性などは気をつけた方がいいです。ストーカーされちゃうかも。
思えばmixiだって、ユーザーが少なかったときは性善説でいけたんでしょうが、個人情報を利用しようとする業者とか諸々入ってきてから、かなり中身も変わってきたようですし。

いつの時代、いつのツールでも、結局道具をどう使いこなすかは、ヒトしだい。インターネットが世界に誕生してから、見知らぬ誰かとのコミュニケーションというのはいつだってリスクと隣り合わせです。
その中でどんな情報をどう得て、どう発信するのか。ツイッターはこれからどんな方向に成長していくでしょうか・・・

まだ、始めたばかりの私には、有名人でもない一般の人が、どうでもいいつぶやきを公開の場に綴り、それを常に見知らぬ誰かがチェックしているのってなんとなくちょっと不気味な気はしますが・・・。
(それを言ったらブログだって同じでしょうか(笑)。でもブログはまだ少しは人に読ませようと思って書いてるからなぁ~)

なんてことを言いつつ、たとえば中島みゆきさんがツイッターを始めたら、ぜひフォローしたいと思う私です。
でも、きっとみゆきさんはしないだろうな~。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2010.01.23

Googleで○○を検索したら。

今日、友人が面白いことを教えてくれました。
偶然、Googleで、とある単語を検索したら、そのトップに出てくるのがこのブログだったそうです。

とある単語・・・それは「アルム地方」だそうです。ご覧の皆様もよければやってみてね。

ヒットする記事はこちら、「白鳥の城~ノイシュパンシュタイン城~」

ドイツ旅行記の記事です。2007年の記事なので、もう3年前になってしまいました。

インターネットのブログというのはちょっと不思議です。私にとってはもう3年前のことも、今、検索してくれた人にとっては今、手に入れた情報ってことになる。
もう亡くなった人がまだ健在の頃やっていたブログがずっと消えずに残っていて現在もファンが見に来る、なんていうニュースもたまに聞いたりします。

そして今日のこの記事だって、私が今、この瞬間に思ったことや考えたことが、ずっと残っていって、未来の人が検索して読んでくれたりするのかと思うと、なんだか不思議。

・・・そうか。
ネットのホームページやブログに限らず、人がこうして文章を書き綴ることって、そもそもが「未来」へのメッセージなんですな。

インターネットというツールが生まれたのはまだほんの十数年前。
書くことはずっと好きでしたが、ブログを始めた頃でさえ、このツールがこんなふうに2010年の今に受け継がれるなんて想像もしてなかった。
この先はどうなっていくのでしょうね。ホームページからブログへ、ブログからSNSへ、そしてSNSからもっと短いつぶやきのツイッターへ。

件の友人の薦めもあり、ついに私もケータイでツイッターに登録をしてみました。「書くこと」が大好きな私なので、つぶやくことには事欠きません。
どちらかというと長く書くのが好きなので、ブログ向きではあるんですけど、ツイッターもぼちぼち使ってみることにします。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

2008.08.21

友達やめますか?それとも…

ちょっと考えたことを一つ。

ハンゲームというゲームのサイトに、自分の部屋を作って公開し、いろいろな人と友達の登録をしてお互いの部屋を行き来したりして楽しんでいた時期がありました。しかし、ちょっと忙しくなってしまったり、囲碁の方でもSNSを始めたり、mixiにも入ったりして手が回らなくなってしまって。ハンゲームからは足が遠のいておりました。

最近、ちょっと夜、時間が空いて、囲碁をするにはそれほど時間がとれないけれど、寝る前にゲームをちょっとだけ、なんてときにハンゲームにいって遊んだりしていたのですが、先日、かつて、交流があった人からメールが届いていました。
「まだ私のことを覚えていてくれたのね」
とちょっとうれしくなって浮き浮きとメールを開けてみましたら、それは友達登録の削除依頼のメールでした(^^;)。

「もうお互い今後関わることもないでしょうから、友達登録を削除してください。さようなら」

もちろん、ずっとご無沙汰していたし、ハンゲームにログインしても友人の部屋をまわるでもなく、ゲームだけしてたわけですから仕方のないことなのですが、そのメールに「今までありがとう」の返事を出し、友達登録を削除したら・・・なんだか無性にさみしくなって、自分が大変な不義理をしたような気分になりました。

たまにmixiなどでは、足跡だけでコメントを残していかない人を批判したり、自分はよく相手のページを見に行ってコメントも残すのに、相手が自分のところにこなかったりすることを批判したり、なんてことがあると聞いたことがあります。
携帯のメールでも、すぐに返事が来ない(即レスじゃない)人は常識はずれということになったりするらしく。そして、そういうふうに非難されることが怖くて、常に携帯をチェックしたり、メールが来たら即レスしないといけないというのが脅迫観念になったりするケースがあるらしいです。
そうなってしまうのは、おそらくナンセンスだと思うのですが・・・

ちょっと考えたのは、現実世界と違う、ネットでのそういう人と人との距離感についてです。

私の場合、ネットの世界とのつきあいを大人になってから始めたので、ネットの中で人と接するのも、やはり現実世界を基準に物事を考えます。
だから、たとえば、一時期親しくしていて、何らかの事情で疎遠になってしまう人がいても、
「忙しいのかな」
と相手の状況に想像を巡らすことで・・・すぐに返事が来なかったりしても、それほど相手を不義理に感じたりすることはありません。

それとも、逆かな。

そもそもネットの世界でのつきあいは、現実とは違うと思っているから、いつも仲良くしていた人が、いきなりいなくなっても「仕方ないか、ネットだし」と思えるのかな。

ネットでのいろいろな人とのつきあいや新しい出会い。
私はけっこうそれが好きな方で。

私にとっては・・・一度仲良くなった人といつの間にか疎遠になっても、それは互いに事情があるから仕方ないことで・・・でもそれで互いの関係が本当に切れてしまうことはないとなんとなく思っています。
だから自分から人間関係を「整理」するという発想はあまりなく。
相手から「友達やめましょう」と言われればそうしますが、自分からは切ろうと思ったことはほとんどありません。

かといって日々連絡を取り、自分にプレッシャーになるほど、ネットにどっぷりということは物理的にできませんし、それはお互いにそうなんだから、仕方ないことだと思っていたり。

ある意味、矛盾してるかな。
でも人間ってそういうものだと思っていたい「願い」みたいなのがありまして。
学生時代の友人のように、卒業してずっと遠くなっても、また会ったら昔のように話せる。そんなふうでいたいな、と。
う~ん、ネットだと無理なのかな。所詮は、顔も知らない同士だし^^;

ただ、最近気がついたのですが、これってお互いの温度差の問題もあるのかもしれませんね。

ずっとそばにいてほしい、とか、いつも相手を近くに感じていたい、と強く思っているのに、相手が何の説明もないままに、いきなりいなくなってしまったら、誰だって戸惑うし、不義理と感じることがあります。ひどい場合、相手は自分ともう友達でいたくないんじゃないか、なんて考えちゃうこともあるわけで。

でも、そういう場合、相手はそういうつもりはないことがほとんどです。
離れても友達なのは変わらないし、忙しさが一段落したらまた連絡をとりたいと思っているし、自分からは連絡をとらないくせに、こちらから連絡があるとうれしく思ったりしている(笑)。

その温度差によるすれ違いが、友達を切る、切らないという事実として現れているような気もします。

ネットでつきあう人たちはたいがい私よりも年下ですし。mixiなどのトラブルのケースを見ても、ネットのコミュニケーションをどっちかというと、私が考えるイメージよりも『濃く』捕らえる傾向があるのかも。

または・・・

世界は目に見えるものだけが全てではない。
現実に生きていると私たちは自ずとそのことを知っています。

でもネットの世界はある意味、目に見えるものだけが全てだからな。
相手からコメントがこなくなったり、足跡がなくなったりすると「友情」も消えてしまったように感じる。
それは・・・あるのかもしれません。

なんて、この記事、半分は私が友達登録を削除されたという話なのですが、半分は親しくしていた友人からまだ連絡がないことが気になっている自分へのエクスキューズだったり(苦笑)。
お盆も過ぎたのにまだ帰ってこないのかな~。
こちらからもう一回メール出してみよう^^;

もし皆様にも。過去、仲良くしていたのに、最近疎遠になっちゃった人がいたりしたら。

本日の標題は「友達やめますか?それとも…」ですが、「それとも…」のあとはこう続きます。

それとも…信じてみますか^^ 「友情」や「愛情」や「思いやり」は目には見えにくいものですけれどもね。

| | Comments (19) | TrackBack (1)

2006.07.25

好きなものについて語るのは難しい

 私はいがらしみきおの「ぼのぼの」という作品が好きで、たまにこのブログでも言葉を引用したりしております。基本的にファンなんですよね。大好きなんです。・・・え? なんでしつこく強調するのかというと・・・

 どんなに好きなものでも「好きだけど、ここはちょっと」みたいなのってありませんか?

 先日、あるホームぺージでちょっとそのことを書いたら、
「だからってあなたが(こういう作品を)書けますか? 書けないでしょ」
 と言われてしまいました^^;
 その昔、やっぱりあるコミックが大好きで、そのファンサイトの掲示板に感想を書いたことがありました。その時も、「そんなに納得いかないんだったら読まなきゃいい。文句言うなら作者に言え」って言われたのを思い出しました(汗)。
 
 好きなものについて語るのって、簡単なようで、案外難しい。
 語りたいという欲求は当然あっても、「好き」の気持ちは千差万別、そしてそれが「感情」に基づくものである以上、たとえば自分が好きなものに対して「それはちょっと」と言われた時の感情的な反発は、リスクとして常につきまとうものです。そのリスクは覚悟してでも、一歩踏み込んで語り始めなければ、きっと、本当に、大好きなものについて、いろんな人と意見交換をすることなんてできないのだろうな~

 でも、ネットでは、こういうことは「よくあること」で。
 分かってたから、あまりそういう「ファン」サイトには近寄らないようにしていたのに、ついまたやってしまいました^^; こりないなぁ、私も。好きも嫌いもやっぱり自分のブログで語るのが無難のようです。たまには「これは嫌い」とか書いちゃう時もありますが、寛容な気持ちでこれからもお付き合い下さいませm(_ _)m

| | Comments (2) | TrackBack (0)

2005.11.05

スピーカーを買ってみた

 住まいの近くに安売り電気店ができたもので、ちょいとのぞきに行って見ました。
 私はたまにパソコンで音楽を聴いているのですが、どうもヘッドホンがわずらわしいのです。
 ので、ちょっとパソコンに接続するスピーカーを買ってみました。初聞きは、みゆきさんの「愛から遠く離れて」だ~
・・・ ・・・
 うーん、やはり、1020円のスピーカーだけあるなぁ。買い物に付き合ってくれた職場の後輩が「音楽はパソコンで聴くものではないっ!」って言ってましたが、一理ある。
  結局週末の土曜日、いつものコンポで、みゆきさんのアルバム「グッバイガール」を聴いております。このアルバムに「吹雪」が入ってるのよね。あ、そうだ、ギターもちょっと練習しとこ。

 「吹雪」・・・以前この曲を元にお話を作ったことがあります。
 もしよければ、ちょっと読んでください。上にアップしておきます。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.08.25

♪広がる海の彼方から (「ネット依存症!?」続き)

 子育てにしろ、恋愛にしろ、職場の悩みにしろ、人が追いつめられてしまう時というのは、極端に視野が狭くなってしまう時なのではないかなぁと思います。
 恋愛なんてのは、一般に、その相手しか見えなくなるものですから、そんな視野狭窄の一番の典型と言えるのかもしれません・・・なんだか実感・・・(笑)

 何かに悩んだ時に「なぜ自分だけがこんな目に会うのだろう」と思ってしまって、自分しか見えなくなってしまうと、人はやはり追いつめられてしまいます。
 そういう時にインターネットが効果的なんじゃないかな。

 人が心理的な視野狭窄に陥った時、昔からよく言われる解決策は、旅に出る、ことでした。旅に出て、大自然に触れたりすると、自分の悩みなんかなんてちっぽけだろうと・・・ほんとに思えます^^

 でも旅に出られない人もいる。たとえば子育て中のお母さんは、赤ちゃんをおいてくわけにもいかないし、赤ちゃんを連れて旅に出るのは・・・できなくはないのでしょうが、かなりの工夫や努力や根性がいるみたい。子育て中の友人を見ていると、ホントにその期間は、ほんの近所さえでかけるのが大変になってしまうようで。ネットで子育て支援サイトが必要とされるのは、それも一つの理由なのだろうなぁと思います。

 子育てにしろ、恋愛にしろ、職場にしろ、ある特定の環境の中に閉じこめられた時に、ネットは世界への窓口になります。
 これは個人的な印象ですが・・・旅にでて、海に行って、断崖絶壁に立って、波が絶え間なく打ち寄せ砕け散る様や、どこまでも続く海の、沖の方を遙かに見渡した時と、ちょっと似ている。

 ♪広がる海の彼方から~何が呼ぶというのだろう~
           (アニメ「海のトリトン」の主題歌、「GO!GO! トリトン」より)
http://www4.osk.3web.ne.jp/~noho/kasi/toritonn.html 
・・・あはは、ちょっと1人で浸ってしまった^^

 私は、ネットでのコミュニケーションって「いいもの」として捉えたいです。
「依存症」や「中毒」のように、ネットにはまりこんで、それそのものが心理的視野狭窄を引き起こすケースも、世の中には多くあるのですが、実際にはそうでない、いい面もたくさんある。

 というか、言い方を変えれば、狭い方と広い方の両方に、インターネットというツールは拓けているというふうに考えるべきなのかもしれませんね。どちらを選ぶかは、利用者しだい。

 と、いうわけで、自分のブログを持ってから、ここが、私にとっての、世界への入り口の一つになっています。トリトンのテーマをBGMにしながら、では今日もちょっとでかけることにしましょうか^^
 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.08.24

ネット依存症!?

 昨日と一昨日は出張だったので、同行した後輩と、道中、いろいろな話をしました。

 私は、一時期、gooのコンテンツの一つ「教えて!goo」によくアクセスしていたことがありました。
 これ、とっても役にたつのです。たとえば、実例ですが、私は職場である日、眼底出血をしまして、右目が見えなくなったことがありました。びっくりして医者には行きましたが、それとは別に「この症状は一体なんなのだろう? 何が原因なのだろう? 今後どうなるのだろう?」といろいろ心配で・・・。医者に聞いても、今一つよく分からなかったため、当時、「教えて!goo」にその症状を書いて、同じようなことがあった人がいないかどうか、質問をしてみました。そうしたら、なんと眼科の先生から意見がもらえまして、大変助かった、という経験があります。
その後も何度か「教えて!goo」を利用しましたが、どんな質問にも必ず、親身になって答えてくれる方がいて、それってすごいことだなぁと思いました。
 この間親知らずを抜いた時も、このブログでいろいろな人に体験談やアドバイスをいただきました。そういう人と人とのつながりっていいなぁと思います。迷っている時や困っている時にとても参考になります^^

 ・・・という話を後輩にしましたところ。
 後輩は、そういう目に見えない相手と、コミュニケーションを取ることに今ひとつ抵抗があるようで。私がブログでこうして日々の出来事や思ったことを綴っていること自体も不思議に思うようです。
 
 うーん、どうなんだろうなぁ。まあ、そういうのって人によるのかもしれませんが、私が普段、1人だからかなぁとふと思いました。身近にいろいろ相談できる人がいる人は、ネット上で、コミュニケーションってとらなくてもそれほど困らないのかもしれないなぁ。そう思ったらちょっと淋しくなってしまった^^;

・・・ん? もしかして、私、インターネット依存症かしら????

ネット依存症かどうかチェックしてみよう!
http://www.so-net.ne.jp/vivre/kokoro/comexm.html
http://www.peacemind.com/easycheck/check.php?title=internet

 二つのページで、チェックをしてみたところ、確かに、依存度が高いので今後、注意は必要なものの、とりあえずは、大丈夫みたいです。ほっ(笑)。

 ちなみに「ネット依存症とは何か?」ということで、私が見た中では一番ショッキングに書かれた記事にもリンクをはっておきます。
 「ネット依存症という名の病魔」http://journal-izm.hp.infoseek.co.jp/v6-tokusyu.html

 ・・・うーん、読んでると心当たりがちょっとあったりして^^;
 大好きな人が海外に行っちゃって、実際に会えなくなってもう数ヶ月。会えないと、どうもやはり「思い」ばかりがふくらんでしまうのですよね。いかん、いかん^^; そのさみしさをネットで紛らわしているのであろーか・・・

 でも、いろいろなサイトを見ていたところ、こんな記事も見つけました。
http://homepage1.nifty.com/pikkari/hajimeteF/tyudoku.htm

 この記事は子育て関係のサイトに掲載されている記事の一つのようなのですが、「ネットでコミュニケーションをとることは、現実逃避か」という、ネット依存症やネット中毒に関する、一番の争点にちょっと触れています。

 「現実から逃げるためではなく、現実と向き合うために、インターネットでのコミュニケーションがよい効果をもたらす」

 と、私は、この記事を読みました。私もその点にはおおいに同意。
 
 おそらく、このツールにはいろいろな使い方があるのですが、賢く使えば、より深く、広く、現実の世界とも関わっていけるんじゃないかなと私は思っています。
 みなさんはどう感じているでしょうか・・・ この記事が参考になれば幸いです^^

| | Comments (2) | TrackBack (0)

2005.07.26

知らない人からのメール

 最近、全然知らない人からたまにメールが入ります。

 私の場合、ここでオープンにしているアドレスはyahooのフリーメールアドレス。ネット上でオープンにしている以上は、迷惑メールがそのアドレスあてに入るのはある程度仕方ないのですが、幸いなことに、yahooメールの場合、迷惑メールは自動的に迷惑メールフォルダに分類されます。そのメールも、迷惑メールに分類されていたため、私個人あてでなく、ネット上で自動採取したメールアドレスに、大量に送っているのが丸分かりなのですが、添付ファイルがついているわけでもなく、ウィルスチェックでも問題なかったため、試しに本文を見てみました。

 すると、「最近離婚したばかりで家にいて何もすることがなく寂しい。話し相手になって欲しい」などという文面。ひええええ~これはひっかかりそうだ。私はこういうメールに弱いのです。何か、私にできることがあれば話し相手くらいならいつでもなってあげますよ・・・なんて、「迷惑メールフォルダ」に入っていなければ返信確実です。やばいやばい。
 
 みなさんも気を付けて下さい。仮に、そのメールが本物で、誰か話し相手を求めているのだとしても、それだったら、迷惑メールフォルダに分類されるほど、不特定多数に同じ文面を送ったりしない。つまり、相手が誰でも、通用するような内容なら、それは迷惑メールです。

 よくかかってくるセールス電話と同じ。こっちが何者かも知らないのに、勝手に自分の要件だけを話し出す。「どちらへおかけですか?」と聞いても言わない。そんな電話には付き合えません。

 しかし・・・オレオレ詐欺なんかもそうですが、どんどんこういうのって巧妙になってきますよね。私は自分で自分のことを「だまされやすいタイプ」だという自覚があるので、一層気を付けるようにしています。
 みなさんもくれぐれもご用心を。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

より以前の記事一覧