日記・コラム・つぶやき

2017.03.28

「ひとり」の自分に10の質問

Q1 なぜ一人暮らしなんですか。

A1 親元を離れて一人暮らしを始めたのは27才の時。
  それ以来ずっと一人暮らし。それで困ったことないし、大人だし、働いているし、一人暮らしが「当たり前」って感じです。


Q2 一人でさみしくないですか。

A2 うん。むしろ一人が快適。一人の部屋に帰るとほっとします。


Q2 一人で困ったことってホントにないの?

A2 高いところのものが取れないのがちょっと困る。キッチンに作り付けの食器棚があるんですが、一番上は何も置けない~。


Q3 一人暮らしを始めてよかったことは?

A3 親と暮らしていた時と違い、自分の人生はそこから始まった気がします。何でも自分で決めなくていけない。その代わりなんでも自分の自由にできる。まさに「自分の人生」を手に入れた感じ。
 そんなに束縛が強い親でもなかったんだけど、親と暮らしていた頃は自分の人生を自分で主体的に生きていなかった感じがします。親がそうあれと望むように生きていたんだろうな。自分でそうとは気づかずに自分で選んだのではなく誰かが望んだように生きている人って案外多いのかもしれないけれど。


Q4 結婚しようと思ったことはありますか。

A4 「結婚」とはちょっと違うけど、この人となら一緒に暮らしたい、人生を共に歩みたいと思ったことはありますよ。残念ながら相手にふられちゃいましたが^^


Q5 もう結婚しないの?

A5 うん、しないなぁ~。だってもう子供を産める年齢も過ぎたし、この間、気がついちゃったのよね。私は「一人がいい」ことに。誰かがそばにいると安心できない。人に頼るのも頼られるのも好きじゃない。ほっとかれるのが一番楽。子供の頃から「誰もいない一人きりの場所」にずっと行きたかった。だから今は理想の生活なのです。


Q6 もし「結婚しよう」という人が現れたらどうする?

A6 本気で言われたら「ごめんなさい」します。


Q7 もっと年をとったら一人は困るんじゃない?

A7 目や耳がきかなくなって、頭も働かなくなって、体も思うように動かなくなる時がいつかは来るんだろうけど、そうなってもまともに人生を終えることができるように、とりあえず今は貯金をしっかりしています。公共サービスとかもできるだけ使いながら、可能な限り一人暮らしを続けていきたい。
 将来的には、独身の友達同士で隣同士で暮らしたりしたいなーと考えています。けっこう多いのよね、独身の友人。


Q8 ぶっちゃけ、何のために生きているの?

A8 あ~、それ、よく考える。でもね、命って別に何のためじゃなくても生きていていいんだと思う。というか「生かされている」んだと思う。何か、役目があるのかもね。ここにいるだけで。なんとなくそう信じています。


Q9 何が楽しくて生きているの?

A9 一人で一番いいと思うのは自分がやりたいと思ったことはなんでも出来ること。旅行が好きでね。見たことのないところ、行ったことのないところに行って、いろんなものを見たり、体験したりするのが楽しいよ。一人ならいつだってどこへだって行けるもの。


Q10 最後の質問です。でもホントは恋人ほしいよね?

A10 うん!(笑)
 お互いに一緒にいても苦じゃなくて、一緒にいるときが一番リラックスできて、全然気を遣わない、そんな相手がいたらな~。相手にとっても私が、私にとっても相手がいると、一人でいるときよりも癒やされて、断然、二人でいた方が幸せで。
 どこかにいないかなーーーーーーーー♪
 ま、ぜいたくだよね。分かってますとも♪

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2017.01.26

poem(114)

ツイッターでタレントの千秋さんが言っていた

>ほらやっぱりそうだ
>1月だけ進むのが超遅い
>お正月から随分経った気がするのにまだ16日、月の半分しか進んでない
>でも2月になった途端に超速くなるの
>知ってんの
>2月になったと思ったらあっという間に11月
>で、12月だけ少しゆっくり進んで
>またそれの繰り返し
>一年間ってそんな感じ!

「1月だけ進むのが遅い」
うん、そうかもね

新年になってずいぶんいろんなことがあったけど まだ1月

いっそのこと ずっとこのまま1月だったらいいのに

「きっと今年はいいことがある」
そんな漠然とした期待がある1月
まだ何も結論を出さなくてもいい
まだ何もやらなくていい
モラトリアムな1月

外は今年は特に寒いけれど
家に帰ればお鍋でもしてあったかくなる
バスクリンを入れた家風呂も気持ちいい

大それた目標や
年をとることの不安や
そうして結局何もできなかったことへの焦りや
そんなものは関係ない1月

やりたいことはたくさんあっても
まだ動かなくていい1月

ずっと1月だったらいいのに

このまま永遠に年をとらないなら
私たちはこんなに生き急ぐことなく
自分のことだけでなくて 世界全体のことを考えたり
人にやさしくできたりするんじゃないか

もう何もいらないんだ
ただこうして幸せに生きていられるだけでいいんだ

そんなささやかな望みを打ち砕くように
あとたったの数日で
気が付くと今年もすぐに終わってしまうのか

永遠にここにいたい
この1月に


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2017.01.10

元日に困ったこと

2017年の正月はとある事情で札幌で過ごしました。

「とある事情」って何かというと、昔から「寝台列車」というのに憧れがあったのですが、乗らないでいる内にどんどん廃止されていってしまうので、ここはもう清水の舞台から飛び降りたつもりで、高くてもいいからとにかく今の内に「寝台特急カシオペア」に乗っておこう!と思い立ったからです。
1日に飛行機で北海道入りし、札幌のホテルで一泊、次の日の夕方に札幌をカシオペアで出発し、3日にさいたまに戻ってきました。

初めての寝台列車、楽しかったです。星空を眺めながらの列車の旅。最高ですー

札幌から上野までのカシオペアは、実はすでに2016年(平成28年)3月26日で北海道新幹線の開業と合わせて廃止されています。2017年の正月に私が乗ったカシオペアは団体専用列車としてのパックツアーで運行されたもので、でもそういう団体専用列車としても札幌-上野間での運行は、今年、2017年2月26日を持って完全に終了してしまうのですって。

残念です…
しょうがないのかな。飛行機も安くなりましたしね。

列車で一泊、食堂車でフルコースディナーを楽しみながらのぜいたくな旅。こういう需要ってまだまだあると思うんですけどね。私も今回体験してみて大変楽しかったので、また機会があれば寝台列車の旅をしてみたいのに。

という話を身内にしたら、カシオペアの時代は終わり、今は九州の「ななつ星」だそうじゃないですか。九州一周のクルーズトレイン「ななつ星」。ツアー料金、一人100万越えもあるという超高級寝台列車です。ひぇぇぇ~
正月のカシオペアも目玉が飛び出るほど高かったけど、さすがにこれほどでは。
上には上があるもんだ。まあ、さすがにしばらくいいや^^;

という、ここまでが前置きでして。

そういう事情で元日の夜、札幌市内で一泊した私が遭遇した「困ったこと」がなんだったかというと。

『晩御飯を食べる店がなかった』

いえ、厳密にいえば泊まったホテルで新春バイキングとかやってたんですが、一食3500円もしたんです。
翌日にカシオペアに乗ってフルコースが予定されている身としては連日の贅沢は慎もうと思いまして、泊まったホテルがすすきのだったので狸小路のアーケードを少しぶらついてみました。
個人的希望としては、せっかく北海道にいるので新鮮な魚介の海鮮丼かサッポロラーメンでも、というところ。

ところがアーケード街の店もほとんどお休み。
当たり前と言えば当たり前です、元日ですもん。
ところがアーケードは観光客でとっても賑わっています。たまに営業しているラーメン屋があるとものすごい列。
そもそも観光客ですから地元情報には不案内で手頃な飲食店なんて急に探せるわけもなく、それでもコンビニ飯だけは避けたいと思い、やむを得ず選択したのは空いていたサブウェイ。
何が悲しくてわざわざ北海道でサブウェイのサンドイッチなんぞ食べなきゃいかんの、とは思いましたが、サブウェイのサンドイッチは文句なく美味しかったです♪

その後、ホテルへ戻る途中でコンビニに寄ってみると、おにぎりの棚が空っぽだった。
私同様の観光客の晩御飯難民ぶりが分かろうというものです。

アーケードの賑わいはほとんどが海外旅行客でした。みんな海外から日本に来ているお客さん。
そういう人達が手軽に夕飯をとろうと思ってもやってる店がない。
なんというか…非常にもったいないというか、ビジネスチャンスを逃しているというか、そんな感じがしました。

確かに正月といえば、家族で家でおせち食べて、雑煮食べて、というのが一般的といえば一般的。
正月から外食って日本人ならあまりしないかな。
でも、私自身が元日に旅行をしてみて、海外から日本に来ている人達であふれている観光地を体感し、
「こういうニーズ(正月こそ旅行して旅先で美味しい物食べたい)もあるんだな」
というのを実感した次第です。
それに合わせて働かされる飲食店側にしたらたまったもんじゃないのかもしれませんけど。
サブウェイの店員さんもご苦労様でした。

一方では、伊勢丹三越の社長が三が日くらいは百貨店も休みにしたほうがいいと言った、というニュースもありました。

正月も休みなしに営業するか、それとも三が日くらいはみんなで休むか。
昔は三が日はスーパーも休みでしたし、だからこそ年末にはいっぱい食料を買い込んで、野菜は冷蔵庫に入りきらないから軒先や物置に置いたりしてましたっけ。
それも懐かしく、正月くらいは家族で過ごすという価値観も分かるような気はします。

ただ個人的には、最近はよく正月に旅行の予定を組むようになりました。
父が再婚して実家に帰らなくてもよくなり一人で過ごすようになってからだな。
一人で家にいてもつまらないし、だったら、と。
自分自身のニーズが明らかに変わってきていて、それは、海外旅行客やこれからますます増える高齢者シングルのニーズでもある…

ちょっと面白い。
もしかしたら今は何かの過渡期なのかもしれません。
今後、どう変わっていくのか興味深いところです。

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2016.12.31

今年もお世話になりました

 今年は11月くらいにものすごく寒くなって、どうなることかと思いましたが、ここ数日は穏やかな年末となっています。

 例年のことですが、私はいつも年末に明治神宮にお参りをします。古いお札をお返しして、新年の新しいお札をいただきます。年末の方が空いていますしね。

 2016年の振り返りはすでに終えましたが、ほんと災害の多い年でした。
 来年は、この年末のように、穏やかな1年でありますように。

 今年もお世話になりました。
 来年もどうぞよろしくお願いします。
 

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2016.12.27

2016年の前代未聞・続き

12月8日に、2016年は前代未聞の出来事がいくつも起こったという記事を書きました。
本稿はいくつかその記事に追加をしたいと思います。

 追加その1
【「君の名は。」の大ヒット】
製作した関係者でさえこれほどヒットするとは思っていなかったという映画「君の名は。」
個人的には宮崎アニメ(ナウシカとかラピュタとか)ほどのインパクトはないのですが、地味に成功すると思われたこだわりの作品が、予想外にたくさんの人の支持されるというのはいいことだと思います。来年はどんな作品が表舞台に出てくるかな。楽しみ。

 追加その2
【糸魚川大火】
災害が多かった2016年のだめ押しのように大規模火災が発生してしまいました。たった一件の中華料理屋の火の不始末から市街をあれほど広範囲に焼き尽くす大災害になるとは。死亡者はいなかったようで何よりですが、着の身着のままで焼け出されてしまった被災者の皆様の胸中を考えると私も胸が痛みます。
心よりお見舞い申し上げます。

 追加その3
【SMAP解散】
人気グループの解散自体は、昔からよくある話ですが、SMAPの解散ほど裏の事情やもめ事が報道され、一時期は解散回避でSMAPメンバーが公開謝罪までさせられたあげく、結局、覆水盆に返らず。12月26日の最後のSMAP×SMAPで5人で歌う「世界でひとつだけの花」を聞いていると、恋人同士の別れのシーンを見ているかのようでした。
古い歌ですけど、ユーミンの「リフレインが叫んでる」を思い出してしまった。

♪どうしてどうして私達離れてしまったのだろう
♪あんなに愛してたのに
♪どうしてどうしてできるだけやさしくしなかったのだろう
♪二度と会えなくなるなら

まったく、どうしてなんですかねぇ。
いや、理由は想像できますし、この先はそれぞれで独立して活動していった方がいいとは思いますがこの解散は誠に後味が悪い。解散コンサートを派手にやって、お互いにありがとうを言い合って、気持ち良く卒業できればよかったのに。
やっぱり引き際を誤ったということなのかな…

何にせよ、前代未聞の2016年の出来事でした。もう…ないよね?

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2016.12.21

月=タイムマシン!?説

本日は西暦2016年の冬至。1年で一番、昼が短い日です。
なぜ日本には四季があり、夏は暑くて冬寒いのか、というと、地軸が傾いているからなんですが、なんで斜めになってると温度差が生じるのかというと、斜めから当たる日光よりも、真上から当たる日光の方が単位面積あたりの熱量が多いから、という説明になっています。
現代は便利だなぁ。検索するとなんでも分かるんだもんね。

しかし、分からないこともあります。
月は自転と公転の周期が一緒で、常に地球に同じ面を向けています。それってなぜなんですかね?
物理学の法則でそうなるようになってるの?

検索してみると、公転と自転が一致してしまう現象は比較的よくあるらしく、要は物理的作用によりそうなることが一番安定しているということみたい。
一説によると、月の重量は均一ではなく地球に向いた部分が一番重くて、つまり、重い方を下(地球に引っ張られる方)に向けているだけという説明もありました。だったらそうなんだろうなぁ。

ただ以下の疑問は検索してもこれが正解、というのにたどり着けなかった。
「月と太陽の見た目の大きさが同じ理由」です。

偶然にしちゃあまりにもできすぎなので、何かしら物理的な理由がありそうですが、ネットで検索しても要は理由は不明。

太陽の直径は月の約400倍ですが、地球からの距離が月の約400倍あるので、同じ大きさに見えるそうですが、なぜそういうことになっているのかはどうも偶然・・・

いや、偶然じゃないよねぇ。
そう思って検索するといわゆるトンデモ理論の方がもっともらしく思えてきます。

「月は何者かが意図的に造った」説。

何でも月ってのは表面こそ普通に地面ぽいけど、ちょっと掘ると金属でできた堅い層があって、その内部は空洞という説がありました。そこに何か住んでいたりして。
月に行った人間もいますが、その証言では実際に月には人類以外の何者かがいて彼らが造った建造物などもあるようです。

いや、正直ね。
何で月の開発が進まないのか訳が分からない。これも月の謎の一つです。
昭和40年代に人類が初めて月に行って、物理的には可能なんだから、もっと開発されててもおかしくないはず。なのに、あれから何十年も過ぎてんのに昭和40年代とほとんど状況は変わっていない。経済的にペイしないからと言われてはいますが…

おかしくない?
きっと何か大衆に知らせたくない不都合な真実が月にあるんでしょ。
限られた一部の人だけが知っていて、月を造り今もそこに存在する何者かとコンタクトしているのかもね。

その何者かが、月を造り、地球のそばにそれを配置している理由に関しては明らかに地球の生命体を観察しているからに思えます。
地球に生じた「生命」と呼ばれるものが、宇宙全体にとってどういう位置づけになるのかは想像も付きませんが、地球という太陽系の第三惑星にそういうものがある、というのは全宇宙的に見てもかなり特殊なことなんじゃないかな、って。

「生命」って何ですかね?

認知するもの、記録するもの。
長期の時空に渡って変化しながら存在し続け、特にその進化の末端にいる「人」って生命体は、時間を認知することができ、文字やその他の手段によって、過去の時空に起こったできごとを未来に受け渡すことができる。

月があそこに設置された時点で人類の誕生をその何者かが知っていたのかどうか、そもそも、私達は時間の1点しか認知できないけど、その何者かは全ての時間にいて、生命の誕生から消滅まで全部分かってんのかもしれなくて。

でもそういう存在からしても地球に存在する生命はありのままにしておきたかったのかもしれません。

私達から「それ」が月と呼ばれ、いつも天空に存在する。
彼らは私達からそんなふうに認知されていることを分かっているのかしらねぇ。

まあもしかすると、あそこに月を設置した何者かってのは、他でもない、私達の遠い祖先である同じ生命体なのかもしれないけど。
遠い未来、我々は時空を遡る方法を見つけることができるようになるのかも。
その証として、月は今も空にああして浮かんでいるのかもしれない。

そう思っちゃうほど、あまりに人為的、作為的じゃないですか? 月って。
遠い未来の人類がついに時空を遡る術を見つけ、でも過去に干渉することはできないから「観察」のみをあそこからできる。
つまり「月」とはタイムマシンなのかもよ?

もしそうだとしたら、ずっと昔から目の前にヒントを出され続けているのに、その謎をなかなか解けない私達。
私が今、こう書いているのも仮説に過ぎず、こう考えたことがあるのが私だけかどうかも分かりませんが、インターネットが普及した今は、遙か未来に渡って記録されることになります。
いつかの未来に、この想像が勘違いだったのか、ちょっとは真実に近づいていたのか、答えが出る時がくるかも。
その日のために私の駄文をここに置いておきます。

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2016.12.16

○回目の誕生日

12月14日は誕生日でした。
特に予定はなかったのですけど仕事はお休みをとり、一人で家でまったりしていました。

別に隠す必要はないんですけど、やっぱり何回目の誕生日かはっきりは書きたくない・・・
でも今年は申年で年女だった、ということは書いておきます(苦笑)。

10年前はこれからが人生の本番だーと、希望に燃えていました。
で、この10年どうだったかというと、うん、本番らしい波乱万丈な10年でした。

10年前というと2006年。この間、海外旅行は三回行きました。
2007年にずっと憧れだったドイツ。
2011年はスイス。レマン湖きれいだったな。
2014年にオランダ&ベルギー。風車を見てチョコ買って。

旅行と言えば、2008年に東北の三陸海岸を車でドライブしました。私は車の免許がないので父親と(笑)。
旅先で夫婦に間違われたのもいい思い出です。
まさかその3年後に東日本大震災があろうとは。

仕事はずっと同じ職場に勤めており、基本、あまり転勤はないんですが、2009年からは2年間、東京の本社勤務を経験しました。

さらにその後、2013年から2年間は東日本大震災の対応のため東北勤務。勤務地は仙台でしたが、担当は岩手県だったので三陸沿岸までちょくちょく出張してました。
三陸では地元の方はもちろんがんばっていましたし、日本各地からたくさん支援の方が集まってきていて、復興に向けた動きを肌で感じることができました。そして、あの震災からの復興がどれだけ大変なことかも。
昨年秋に埼玉に戻ってきてからも東北にはプライベートでしばしば足を運んでいます。

今年6月は東北での業務経験から熊本地震の関連で2週間、博多でも勤務しました。

災害対応の場に身を置くと個人の力はとても小さくて自分に何ができるんだろうと思うことも当然あるんですけど、その中でしっかりと自分の役割を果たすことも、被災地のために、困っている誰かのために、なるのだろうと今では思います。
というか、そう信じることで、私個人も、そして被災地でがんばる人達みんな、また明日も一緒に未来へ進んでいける。

多分、これがこの10年で私が学んだ一番大きなことだったと思います。
自分が何のためにここにいるのか・・・長年の命題の答えがなんとなく分かってきたような。

有名な論語のフレーズによると

(引用開始)

子の曰く、吾れ十有五にして学に志す。
三十にして立つ。
四十にして惑わず。
五十にして 天命を知る。
六十にして耳順がう。
七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。

(引用終わり)

うん、大体、このとおりに来てる感じ。そうか、これが天命でしたか。
って年齢バレバレやん(爆)。

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2016.12.08

2016年ってどんな年?

12月、2016年の総まとめの時期に入っています。
流行語大賞や検索大賞も発表されましたし、10大ニュースなどもまとめられつつあります。
オリンピックイヤーでリオ五輪では日本人が大活躍するなど、多少は明るいニュースもありましたが、今年は前代未聞の信じられない出来事が多発した年だったように思います。

「前代未聞」
それが2016年っていう年ではなかったかと。

まず災害。
4月の熊本地震は言うに及ばず、10月には鳥取中部でも大きな地震がありました。
夏は大型台風の来襲、台風がUターンして東北を直撃するというこれこそ前代未聞の出来事でした。
自然災害だけでなく、1月の長野出起きたスキーバス転落事故も衝撃でしたし、11月の博多の陥没事故も過去、憶えがないくらいのすごい規模でした。

犯罪も前代未聞。
川崎市の高齢者養護施設で職員が入所者をベランダから投げ落としたり、相模原市の障害者施設で元職員が障害者を刺殺したりという、弱者を対象としたひどい犯罪がありました。

東京都知事もまさか無党派の小池百合子さんが勝っちゃうなんてね。
アメリカ大統領選もまさかトランプさんが勝つとは少なくとも日本じゃ誰も予想してなかったでしょ。

前例にない、想定外の出来事ってこんなにポンポン起こるものでしたっけ?
時代が何か大きく変わろうとしているのかも。
東日本大震災から5年、まだ東北の復興もままならないというのに。

熊本地震前は、東日本大震災も西日本ではなんとなく遠くの出来事って感じじゃなかったですかね。
それが熊本の災害で他人事ではなくなり、南と北で起こったら次はいよいよ東南海かっていう…大変なことです。
「シン・ゴジラ」や「君の名は。」を見ていてもフィクションだと思えなくなっちゃう。
未知の生命体が海からやってくるのも、彗星が降ってくるのも、あり得なくないんじゃないの?と。

前代未聞といえば、天皇陛下の「お気持ち」の表明もまさにそれ。
前例踏襲ではなく、本当にあるべき姿のために、本来の意味での「抜本的見直し」がいろんなところで必要になっているんだなと思います。

過去、同様に前代未聞な出来事が起こった年といえば、私は1995年が思い浮かびます。
1995年は、地下鉄サリン事件と阪神淡路大震災があった年。

昭和から平成に変わった年や、1999年から2000年になった年も知ってますが、今年に比べたら平和だったな…気のせいかしら。
もちろんもっと前、太平洋戦争の頃や高度経済成長期はもっと日本は激動の時代だったんでしょうけど。

私もそんなに長く生きてるわけではないですが、昭和40年代、50年代、60年代、そして平成の始めあたりは比較的落ち着いてたような気がするんですよね。1億総中流、貧困や格差も今ほどではなかったような。

来年は2017年(平成29年)。どんな年になるのでしょう。
いつやってくるか分からない災害には常に備えが必要ではあるのですが、そればかり考えてもいられない。
何を目指し、未来に向けて何を積み上げていくのか、再び振り返り考え直す時期でもあるような気がします。

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2016.11.21

ぼのぼの的おひとり様考

昔の記事ですが、当ブログで【「だってみんなひとりだろ?」byアナグマくん】という記事を書きました。


なんで思い出したかというと、読売新聞の発言小町で、

【「お一人様」「ぼっち」「1人」って、ナニ?誰基準?】

という記事を見たからです。
私にとっては今更な質問だなぁ。人間、みんな一人なので、別におかしくはないです。私なんぞは一人が気楽で気持ちいいからなー。

ただそれに対し、もし「あの人いつも一人だよね」とかいう人がいたとしても、私はこの質問者のように突っ込もうとは思いません。

だって、自分は一人で楽で気持ちいいとしても、たとえば私の友達が結婚したら「よかった」と思うだろうし「私は一人でいいんだ」とその友達が言ったら
「そんなこと言われたら私がさびしいじゃないの~♪」
というに違いないですもん。

私は結局、結婚しませんでしたが、一般論として結婚はできるんならした方がいいとも思ってます。
独身だと思っていた友達が、実は恋人がいて一緒に暮らしていると言う話を聞いた時も、心からほっとしたっけな。これで安心だわって。自分のことは棚に上げてね。

「だってみんなひとりだろ?」は「ぼのぼの」というマンガのアナグマくんのセリフですが、同じ「ぼのぼの」でこんなフレーズもあります。

(引用開始)

「ボクらは誰かといっしょにいるのがふつうだから、 ひとりでいたらさびしそうに見えるのはあたりまえなんだって」

(引用終わり)

これはフェネギーくんのセリフなんですけどね。一人でいるのが快適そのものの私ですが、このセリフにも納得、なのです。

だから、一人でいるのがさびしく見えるのは、当たり前。
一人でいることを「あの人、いつも1人だよね」と言われて気になるなんてまだまだ甘い。
というか、この言葉って質問者自身に言われたわけでもなく、第三者について、誰かが論評していることを質問者がたまたま耳にしてむかついたって話です。
それこそ「余計なお世話」ってもんじゃないかしらw
この質問者には「ぼのぼの」を読むことをぜひお勧めしたいです。

>1人って、オカシなことですか?

おかしくはない。でも一人だと他人からはさみしく見える。
さみしいと見られたくないなら誰かといる必要はあるけど、他人への見栄のために「誰か」を求めるのもおかしな話なので、言いたい人には言わせておけばいいんじゃないの?というのが私の結論です。

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2016.10.27

かわいがられたくない

今でもたまに見かけますが
「男性にかわいがられる女性になろう」
とか
「夫にかわいがられる妻」
とか
「上司にかわいがられる部下」
というようなことが推奨されているのを見ることがあります。

そりゃ嫌われるよりは好かれた方がいいのは決まってますが、私は昔からこの「かわいがられる」という価値観があまり好きではありません。

なんだか「気持ち悪い」のです。

別にかわいがってもらわなくても、対等な人間同士として付き合えればいい。
仕事でもプライベートでも。
好き、嫌いで人を判断するのはよくないと思うのですよね。

そう考えると私自身はもしかすると人を好きになったことないのか?
いえ恋愛の一つもしたことないというわけではないのですが、私が人を好きになるポイントは、誰にも分け隔てなく優しい人を見ると、その人のことを
「素敵だなぁ」
と思うんですよね。
「えこひいき」が嫌い。
だから私も好きになった人を特別にひいきしたりしない。意識して、他の人と同様に平等に接したりします。好きだなんて伝えたら嫌われちゃうような気もします。

ずっと独身で、それどころかろくに男性と付き合ったこともないというのはこれが理由なのかもしれない、ということに最近気が付きました。
だって、男性から特別扱いされると「気持ち悪い」んだもん。
気持ち悪いんじゃなぁ。

もしかしたら何か障害なのかとLGBTの診断チェックをしてみたら意外とそうでもありませんでした。
なんだ、じゃあただの甲斐性なしってだけやん(爆)

過去、好きになった相手に自分から気持ちを伝えたことは何度かあります。
でもあんまり「相手に好きになってもらおう」という気持ちはなかったような。
好きになってもらえたら嬉しいとは思いましたが、自分に自信がないので、私のことなんか好きになってくれるわけはないと思う気持ちの方が強かったです。
相手にもそれが伝わったのかもしれません。

実は本心では、誰にも「好きになってもらいたくなかった」のかも。
特別扱いしてかわいがってもらうのが嫌だから。
自分は「その他大勢」でいい。誰かの特別にはなりたくない。

なんでこんなふうに思うようになったのかなぁ。

一人でいる方が安心する。
他人に自分に係わって欲しくない。
ほっといて欲しい。
それが「私」です。

今、その願いは叶って、私はとても幸せなのですが、やっぱり人並みに
『これでよかったのかな…?』
とはたまに思います。
でも、そう思ったって、結局はよいも悪いも私はこう在るしかなく、そんな自分に正直に自分が一番欲しいものを手に入れたのだから後悔はありません。

ただ、なぜ自分がこう在るのかは興味があります。不思議なんですよね。

折に触れ、また考えてみたいな。

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