日記・コラム・つぶやき

2017.12.14

今日は誕生日♪

Happy birthday to me (≧▽≦)
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2017.12.10

2017年の出来事

 そろそろ年賀状の準備の時期。年賀状のネタ用に、今年の出来事を書き出してみました。

 意識してたわけではないのですが、今年は人生初が多い年でした。
 でも…1位はこちら^^

1 カール東日本での販売を中止(カレー味は全国的に中止)(8月)
2 人生初「椎間板ヘルニア」発症(9月)。10月あたりは歩くのも辛い状態に。幸い1ヶ月程度で歩けるようになりました。
3 人生初 開腹手術か!? MRIで子宮筋腫が発見された(4月)けど、結局、手術はしない方向に。
4 人生初 断食道場(9月)
5 人生初 寝台列車体験。カシオペア乗車 (1月)
6 人生初 鳥取へ砂丘を見に行く(3月)
7 父、喜寿を迎える(10月)
8 誕生日にホテルディナー(12月)
9 父、胃がんの手術、無事成功(8月)
10 人生初 胃カメラ(10月)

 今年は台風の被害はあったけど、昨年に比べたら災害は少ない年であったような気がします。
 その代わり、北朝鮮からミサイルがバンバンとんできましたけど^^;
 トランプ後の世界で、何かとやはり不穏ですね。日本は突然の自己都合解散でも政権交代はなく、安倍総理続投。
 日本は、人口減少社会に着実に移行しつつあり、女性も高齢者もとにかく働いてもらわねば、労働力不足で大変なことになりそうです。仕事はあるのに賃金は上がらず、生活は楽にならない。

 大企業の不祥事が次々に明るみに出るのも不安です。
 今まで社会を支えてきた根幹の何かが崩れようとしているのかもしれない・・・

 政治家の不倫や大相撲界の暴力事件も大事ではないとは言わないけど、そういうことに気を取られている間に何か大事なことが失われつつあるのに、テレビはあえてどうでもいいニュースばかりをやっているような気するなぁ。

 なんて、まあそれは私もなんですが。
 社会全体の雲行きよりも、まずは自分の健康や、いろいろな人生初や、カールがなくなったことが気になるわけでして~

 ちなみにカールのカレー味は買いだめしたのが、まだ残ってます。
 賞味期限が12月なんだけど、もったいなくてまだ食べられないでいます。

 

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2017.11.14

実年齢×0.8

今日は面白い話をネットから拾いました。

日本人の平均寿命はぐんぐん伸びて今は80才くらいなのですが、昔は64才くらいだった時代がありました。

寿命が延びると、人が生まれてから死ぬまでの成長や老化が引き伸ばされて、年をとるのが遅くなる(のかもしれない)という説(仮説でしょうが)があるようです。

80才に0.8を掛けると64才になりますが、つまり今、50才の人は0.8を掛けて昔なら40才ということになる。
生まれてから死ぬまでの時間が長くなった分、ゆっくりゆっくり年をとっていくわけです。

面白いなぁ。
というか、もっと早くその話、知りたかったなぁ。

私はすでに40代で、私が子供の頃の感覚でいうと、30代、40代というともうおばさんで、恋愛もお洒落も引退、というイメージでしたが、もし0.8掛けが本当だとすれば、30才なら24才、まだまだ結婚適齢期ですし、40才でも32才、まだまだ働き盛りです。

感覚的にもこれって正しそうな気がするなー。

「もっと早くその話を知りたかった」
というのは、私は30代の頃、
「もう子供も結婚もないな」
と思っちゃってたんですよね。
でも寿命が長くなって、実年齢が30代に入っても20代でまだまだいけたのなら、もうちょっとがんばればよかったなぁと。
まぁ、それを言っても今更ですし、30代もそれなりにがんばってきましたから後悔はありませんけども。

後悔よりもまず…今までもう「40代」だからと思って諦めてかけてたいろんなことがあるんですが、0.8掛けするとまだ30代。
だったら、まだ老後の心配なんて先だ、とこの話を知って心の底からそう思いました。
常識って怖いな。
現実はどんどん変わっているのに知識が古いままだとこういう損をいっぱいするような気がする。

なのでもしこの記事をご覧になっている方がまだ30代でしたら。
20代をうかうか過ごしてしまったとしても、未だ全然遅くない。むしろこれから。
人生の本番をがんばって下さい。

いや、それは私もですが。
もうすっかり引退したつもりでいたんだよなぁ(笑)
まだまだがんばろう♪

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2017.11.03

平成30年の運勢

先日、スーパーに行って、たまたま、雑誌コーナーを見たらもう来年の運勢の本が並んでました。
そんなに真剣に気にしているわけでもないのですが、来年どうかなーと立ち読みしてみたところ…私、来年は近年にない低迷らしいです^^;;;;
婦人科系の病気に注意とかいろいろ出てたなぁ。

病気なら今年でもう間に合ってるのに~
すでにこのブログには綴っていますが、椎間板ヘルニアはひどい目にあいました。
6月に左足にしびれを感じ始め、ほっといてもよくないと思い、8月末から整骨院へ。
ところが9月の始めに、整骨院の施術のせいではないと思いたいですが、整骨院に行った後から痛みが悪化。長く歩けなくなってしまって、整形外科へ。整形外科でレントゲン、MRIをとったら椎間板ヘルニアが判明。
その後、左足がつったような痛みでひどくなり、整形外科では薬を処方されたものの、痛みに耐えきれず、理学療法(リハビリ)もお願いしました。あとマイクロ波をあてる電気治療。

理学療法(リハビリ)はストレッチみたいな感じ。理学療法士の方に足を曲げたり伸ばしたりしてもらうんですが、即効性はなく「効いてる感」がないのに、週2~1通っているうちにだんだんと痛みがなくなり、普通に歩けるようになってきました。
これが理学療法(リハビリ)のせいだけだとしたらすごいわ。

整形外科の医師いわく、椎間板ヘルニア、つまり腰骨の間のクッションがはみ出して神経を圧迫している状態になると、はみ出した部分は体が「いらないもの」として処理(貪食)してくれて、自然治癒することがあるとのこと。

どれくらいで自然治癒するかは人によるようですが、今、私はほぼ左足を気にせず歩けるようになったので1ヶ月か…これめちゃくちゃ早いです。

何が作用したのかは人体の神秘で分かりませんが、もしかしたら風邪で熱が出たせいも関係していたりするのかな。
そのときはつらかったですが、ありがたいことです。

今は毎日よくなってるのを実感できます。まだ完治というには違和感はありますが長く歩けるようになったしなー。

話がそれました。
そういうわけで、10月は椎間板ヘルニアに加え、風邪、風邪からきた中耳炎ともう大変でした。

これからもっと年をとったら、こうやって体が思うように動かなくなり、痛みが続き、治療してもなかなか治らないことが今よりも増えるのかな。それじゃ、あまり長生きしたくないわ。
それでも、やっとよくなってきたから、明るい兆しが見えてきたと思ったのに。

来年、もっとひどいの!?
病気はどんなに気をつけててもなるときはなるので仕方ないのですが、とりあえず無事に、運勢的には最低の平成30年を乗り切れるように日々、気をつけるしかない(-_-;)

実は来年は年齢的にも大台です。
無事誕生日を迎えられたら、それこそ盛大にお祝いしよう。

なんて、まだ今年の誕生日もきてないんですけど^^
来月、12月が誕生月です。来年の心配をするより、まずはまだ残ってる2017年を悔いのないように過ごしたいわ。

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2017.10.31

なぜ文化の日は11月3日なのか

なんとなく物事の理屈が気になるお年頃です。

来月3日は文化の日で祝日ですが金曜日。

「ハッピーマンデー」が導入されてから、春分の日は秋分の日のように理屈や成り立ちから言って「この日じゃないとだめ」という祝日以外は全部月曜日にシフトすると思っていたので、たまに金曜日や水曜日など月曜日以外に祝日がきていると
「何これ?」
という気分になりませんか。

私は「ハッピーマンデー」という制度が出来る前の時代を知っているので、どちらかというと祝日はその年によって曜日が違うのが当たり前という感覚なのですが、制度ができてしまったものは仕方ないので、新しい制度に適応しようと頭の中を整理するようにしています。

ただ、今のハッピーマンデーって分かりにくくないですか?
前みたいに日付に付随するなら全部そうすればいいし、連休の方が経済効果があるんだってんなら全ての休日を月曜日にシフトすれば分かりやすいのに(元日とゴールデンウィークはのぞく)、シフトするものとシフトしないものがあって、その理由もはっきりしないなんて。

ちなみに11月は11月23日も勤労感謝の日で金曜日です。
「文化の日」も「勤労感謝の日」も別にいつでもいいんじゃないの?
なぜハッピーマンデーにならないのだろう。

そう思ってちょっと調べてみました。

すると全てが解明できたわけではないのですが、少なくとも文化の日だけは、なぜ11月3日じゃなきゃいけないのかわかってきました。

私が、ハッピーマンデーが導入される以前のことや、週休2日ではなかった時代を知っているように、今の「文化の日」やら「建国記念日」やらという祝日ができる前の時代を知っている人もまだいらっしゃいます。

私が生まれるずっと前、戦前の話ですが、日本の祝日は皇室の祭礼と深い関わりがありました。

その中に「四大節」として定められた祝日があり、それが、四方拝(1月1日)・紀元節(2 月11日)・天長節(4月29日)・明治節(11月3日)だったそうです。

それを知っている人にとっては11月3日が祝日なのは当たり前なのでしょう。元旦が休みなのが当たり前くらいね。

要は「最近できた祝日じゃなくて、昔からその日に決まってて由来がちゃんとあるんだよね」というのが11月3日がハッピーマンデーにシフトしない理由のようです。

でもなんだか理由としては非常に主観的ですねぇ。そんなんでいいのかしら…?

ちなみに11月23日の「勤労感謝の日」も、昔からその日はお休みと決まっていた日みたいです。

ネットで検索すればすぐ出てきますがこの日は「新嘗祭」というやはり皇室の行事の日。

今も皇室では何かやってるのかもしれませんが、戦後においては「四大節」同様、戦前に「日本は天皇を中心とした神の国」というイデオロギーで戦争に突っ走ったことの反省を踏まえ天皇と関係するものは全て切り離してきたせいで、平成の世に生きる私達は、皇室の祭礼なんて一部のコアな皇室ファンしか知らないトリビアになってしまってしまいました。

新嘗祭といえば、秋の収穫を祝うお祭りで、私自身の個人的感覚からいえば、農耕民族である以上、秋の実りに感謝することは私達にとって非常に重要で、「勤労感謝」なんていうよりもずっとしっくりくるんだけどなぁ。

「四大節」もそう。年に4回、そういう由来をもった祝日があって…と解説された方が納得感がある。

私は決して右派ではないのですが、先の戦争の敗戦の後、それまでの日本の歴史を全否定するようなことが行われてきたという事実を、こうした祝日の変遷から実感して、なんとなく残念な気持ちになります。

全否定が悪いって話でもないのですが、私が現代の「祝日」に違和感を感じるくらいですから、きっと時代が変わって新嘗祭が「勤労感謝」に変わってしまったことをさみしく感じる人ってきっと他にもいるんじゃないかなー。

そしてその違和感がどこからくるのかさえ、後の時代になるにつれ、薄れていく。
「四大節」も「新嘗祭」も忘れ去られてしまうのかな。

たとえばこのブログをご覧の皆様は庚申塚とか庚申塔っていうのをご存知ですか。
埼玉に住んでいるとふとした道端などにいやにいっぱいあるのですが、ウィキペディアによると、道教に由来する「庚申」信仰に基づくものだそうです。「庚申信仰」とは何か知りたい方はウィキペディアを見てみてね。

同じくウィキペディアによると

(引用開始)
明治時代になると、政府は庚申信仰を迷信と位置付けて街道筋に置かれたものを中心にその撤去を進めた。
(引用終わり)

とのこと。

つまり、別に太平洋戦争だけでなく、それ以前も、政府や国の政策によって、それまで信じられてきたことの全否定ってのは日本では繰り返されてきたことが分かります。
無論、こういうことって日本だけじゃないんでしょうけど。

私は…単にロマンチストなだけかもしれませんが、昔のもの、古くから由来があるものが失われていくのがさみしいなぁと思います。すでに失われてしまったものも本当に数多くあるのでしょう。

でも道端の庚申塚を見たときに…
なぜ文化の日が11月3日なのかなと考えた時に…

こうした古い知識と出会えることが嬉しいというか切ないというか。

でもインターネットで調べるとちゃんと分かるだけ、ラッキーなのかもなぁ。

今はインターネットでこうして何でも調べることができます。
おそらくはこのWEBの世界でのあらゆる知識は、膨大なデータとして後生に引き継がれていく。

何百年前の地震や津波の記録は石碑でしか残っていませんでしたが、東日本大震災の記録はおそらく画像データとともに、劣化することなしに1000年先まで引き継がれるんだろうな。
人が忘れても人工知能が忘れない。

それがいいことなのかは分かりません。映画の「AI」のように、もしかしたら人類が滅びた後、この星を訪れた宇宙人が興味をもってくれたりするのかなー。

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2017.10.15

リベラル公園

 あるところにリベラル公園という公園がありました。
 ここにはいろいろな人達がやってきます。

小学生
小学校入学前の子供とそのお母さん(たまにお父さん)
犬の散歩の人
ベビーカーの赤ちゃんを連れたお母さん(たまにお父さん)
近所のお爺さん、お婆さん
公園の隣の病院に入院している入院患者
失業者
ニートの青年
目の不自由な方
足の不自由な方
喫煙者
路上生活者
貧困者

 リベラル公園はリベラルなので、あらゆる人を拒みません。
 でも、みんな本当は「自分」の居心地のいい公園であるといいと思っていて、現状に不満があるのです。

・あの公園ってボール遊びが禁止なんだよね。前に目の見えない人に当たったからなんだって。小さい子もいるから当たった危ないからだって。
・あの公園ってなんで全面禁煙にしないのかな。灰皿を無くしてほしいよ。
・あの公園にいつも汚い格好で段ボールに住んでいる人いるよね。ヘンな匂いもするし、役所がなんとかしてくれないかなぁ。
・あの公園は子供多くてうるさいんだよな。ずっと入院していてリハビリのために散歩に出るけど、子供がぶつかったりしてきて怖いよ。
・あの公園の水飲み場からいつも水を大量に汲んでる人いるよね。そういうの禁止にした方がよくない?
・あの公園にいつもヘンな男いない? 子供をじーっと見てて、誘拐とかそういう事件が起こらないかと心配。
・あの公園、犬を入れちゃいけないんだよ。路上生活者に吠えたり、子供が怖がったりするからだってさ。いつも外を散歩してるんだ。
・あの公園、好きですが、昼間はいきません。お母さんたちが占領してて入りにくい。
・あの公園で私も歩きやすいように点字ブロックを設置して欲しい。
・あの公園にもっとベンチを増やしてほしい。日陰を増やすために屋根付きだといい。そうすればお母さん達だけでなく老人も座れる場所が増える。
・あの公園に車イスでも入れるように、段差を無くしてほしい。入り口ももっと広くして欲しい。

「もっと『私に都合の』いい公園にしてほしい」

 ただ、喫煙一つにとっても、喫煙者は灰皿を置いて欲しいし、非喫煙者は禁煙にして欲しい。
 多様性を認めるリベラル公園では、喫煙者を追い出したりはできません。
 ホントは犬もボール遊びもOKにしたいのですけど。

 屋根付きベンチや点字ブロックの設置にはお金がかかる…

 みんなの公園です。みんなが使えるようにみんなが助け合える公園にしたい。
 車イスが入れない段差は近くの人が手伝ってあげてください。
 ベンチは長時間占領しないで、譲り合って下さい。
 失業者や貧困者や路上生活者の公園の利用も認めて下さい。排除しないで下さい。
 
 こういう公園がいい公園かは分かりません。
 いつも公園で子供達をじっと見ていた中高年男性が、ある日、3才の女の子を家に連れて帰っていたずらするような事件があったら、公園のせいになっちゃうんだろうか。
 ただ…誰でも入れる。誰も排除しない。そういう場所はあった方がいい。
 
 たとえば、子育て支援を掲げて当選した政治家が、その公園をつぶして保育園にしちゃったとしたら、いつもその公園を散歩していたお爺さん、お婆さん、入院患者、遊んでいた小学生、足の不自由な方、目の不自由な方、犬を連れた人などなどは行くところがなくなってしまいますし。
 
 「自分に都合のいい政治をしてほしい」
 思えば、自民党の政治ってのは究極これなんでしょう。
 だからお友達が優遇される。
 議員さんとお友達になれば、いいことがある。
 だから自分とお友達のセンセイを応援する。

 でも「政治」ってのは、ホントは、特定の誰かの都合のいいように配慮することが政治じゃなくって、リベラル公園のように、できるだけたくさんのいろいろな人が利用できる場を、限られた予算の中でしっかり話し合って作っていくことじゃないのかな。

 リベラルっていう言葉は使う人それぞれに定義が違っているので、私はあまり好きじゃない。
 でも私は基本的に自分は「弱者」で何かが起こったらまっ先に排除される存在だと思っているので、そうならない社会であることを願います。

 失業者には仕事を。
 路上生活者には住まいを。
 貧困者が水を公園で汲まなくてもすむように。
 問題の解決は、そうやって考えていくべきで「排除」が最初の答えであってはならない。

 …なんてね。やっぱ選挙の前はいろいろ考えますねー。

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2017.10.03

私、結婚します!

当ブログをご覧の皆様、こんにちは。

皆様は「自分婚」ってご存知ですか。
私も昨日まで知りませんでしたから、多分、日本での認知度はまだ低いんだろうなぁ。
ネットで検索してみると、こんな記事がヒットします。

「「自分婚」がトレンドの兆し?女性たちの決断とは」

「日本では流行らないんじゃないか」みたいな分析もあり、私にしても自分婚したとして、友達を結婚式に招くのは非常に抵抗があります。
正直、頭がおかしくなったと思われそう(苦笑)。
あんまり理解してくれる人、いなさそう。

でも私はこの「自分婚」、記事を読んでみたらすごくしっくり来たんですよ。
私が「自分婚」を知ったのは以下の記事を読んだのがきっかけでした。

梅宮アンナ、結婚相手として同性から「NO」くらう

この記事を読んでふと思いました。

(もし私だったら、私自身を結婚相手として考えられるだろうか?)

皆様はいかがでしょうか?

私は、私自身を結婚相手として考えた時に、
「この人こそ理想のパートナーじゃないの!」
と大げさではなく思ったんですよ。

けっこう頼りがいがあるんですよね。
ピンチのときにずいぶん助けられています。
困った時にも肝が据わり、じっくり考えられる。
この人とならどんな困難も乗り越えていけそう。

病気の時や弱ったときもそばにいてくれる。
私は甘え下手であまり他人に弱みを見せることができませんが、このパートナーになら、好きなだけ甘えられるし、弱音も吐ける。

真面目だけど、根は明るく、いつもユーモアを忘れない。
好奇心旺盛で、新しいことにもチャレンジするフロンティアスピリットがあり、刺激もずいぶん受けています。
趣味も多彩ですし、頭の回転が早く、でも謙虚で、身の程を知っている感じも好感が持てます。
何より他人を否定することなく、どんな在り方も受け入れられる広い心を持っていて、優しく懐深く、どんな私でも受け止めてくれる安心感がある。

こんな人が自分の一生のパートナーになると思ったら、心の底からほっとしました。

今まで…まあなかなかそういう相手に出会えず、一人で生きていく覚悟はとっくにできているんですがやっぱり不安でした。寂しさもあった。

でも「自分と結婚するのもあり」と気づいたら、そういう不安から解消された感じ。
私は私と生きていく。
それは今までもそうだったしずっと私は私のそばにいたわけですが、パートナーとして結婚しようと思ったらもう一人じゃないんだ、安心していいんだと思えました。

「私」にとって、この、もう一人の私との二人旅の感覚はそれほど目新しいものではありません。
まあ、ずっとお馴染みの人ですからねぇ。
でも結婚相手として意識したことはこれまでなかった。
けっこういい奴で頼りがいもあることは分かっていたけど、そういう対象ではないというか。

ずっと友達としてしか思っていなかった相手が、実は理想の結婚相手だったという、そういう感じに近いかも。

もうね、この人と結婚することにします。
大好きなんだもの。

昨日はたまたまちょっと具合が悪く、自宅で伏せっておりました。
そういう時もこのパートナーは静かにそばにいてくれます。
黙って手を握っていてくれるような気がしました。
(この人に任せておけばきっと大丈夫)
そう思いました。

また元気になったら一緒に旅行しよう。
見たことのないものを一緒に見に行こう。

まだまだ人生、楽しいことはたくさんある。
その残りの半生をこの人とならずっと一緒に歩いていける。

不思議なんですよね。
「自分婚」してもしなくても、する前とした後で何も変わらないはずなんですが、ずっと自分自身をパートナーとして、これからはこの人とやっていくんだ、と思えただけで人生変わった感じがします。

すみませんが、式はしませんw 
やっぱちょっと恥ずかしいので。
でもね、気持ち的には今、新婚さんのラブラブな感じ。
このパートナー最高ですよ。

よく「プロポーズの言葉は」と聞くと、特にそういう言葉はなくなんとなくって答える人、いますね。
私の場合もそうかも。以心伝心ですし。
「私、この人が好きだなぁ」
と思ったら、その瞬間に相手も絶対に自分を嫌いにならない、この人なら信頼できるって思っちゃって、もうそのときには結婚することにしちゃってました。

というわけで、昨夜より、私は私と結婚することにしました。
というか、実質もう同棲しちゃってるし、婚前旅行もしてるし、
「私達、結婚しました」
くらいな感覚ですが。でもそのうち、指輪くらいは買おうかな。今日の記念に。

本日、10月3日は結婚記念日になりました。
せっかくならおしゃれなレストランで食事でもしたいところでしたが、ちょっとまだ体調が本調子ではないので、お預けです。ま、ラブラブのパートナーと一緒なら、どこで何を食べてもおいしいし。

この記事をご覧の皆さまで、独身の方がいたら、自分婚、いかがでしょうか。
これほど頼りになり、安心できるパートナーは他にいない。
自分で自分にそう言えるのって、けっこううれしいことだったりしますよ。

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2017.07.24

一人暮らし事始め

 私は27才の5月に一人暮らしを始めました。

 職場は実家から通える距離にあって、それまでは実家から通ってたから通勤が理由ではありません。
 実家が嫌で、早く一人暮らしをしたかったわけでもない。

 私は2017年7月現在、独身で、高校時代の女友達も結婚してない友人が何人かいますが、みんな大抵、学生時代と同じで親と同居のままです。

 では私はなぜ一人暮らしをしようと思ったんだっけ?

 当時を振り返ると、それほど固い決意や一人暮らしをしたい必然性があったわけではありませんでした。
 ただ、自分よりも年下の後輩が一人暮らしをしているのを聞いて
「私にも一人暮らしができるな」
 と思っただけです。
 たまたまその後輩が当時住んでいた住まいが不便なため、新しい部屋探しをしていると聞いて、自分もそれに便乗して一緒に部屋探しをしました。
 結果、その後輩と同じアパートに住むことになり、一人暮らしが始まりました。
 もし、その「たまたま」のタイミングがなかったら、今でも実家で暮らしていたんだろうなぁ。

 一人暮らしを始めてみたら、それまでに思っていた以上に私は一人暮らしが性に合いました。
 もともと一人が好きだったしな。
 一人暮らしを始めた今からが本当の自分の人生だという気がしました。
 元々、そんなに束縛しない親ではありましたが、それまでは基本、親のいうとおりに生きてきたけど、これからは自分で何もかもを決める。
 そして、案外、私は一人でなんでも出来る力があったみたいです。
 母親には
「あんたに一人暮らしなんかできるわけない」
 と言われてましたけどね。

 私は一人っ子です。
 そんなに甘えて育ったつもりもないんですが、親からはそう見えてたのかなー。
 でも、このブログには何度か書いたことがありますが、子供の頃から母が年に何度も何ヶ月もうつで布団から起き上がれなくなることがしばしばあり、家は荒れ放題。
 私は自分でご飯を炊き、ワカメの味噌汁を作り、レトルトのハンバーグを温めたり、缶詰めを開けたりして食事をしていました。
 父はがよく晩御飯のおかずにラーメン屋で餃子をおみやげに買ってきてくれたなー。
 当時はコンビニもほか弁もなかったし。懐かしい。

 そういうわけで、一人っ子は一人っ子ですが、親に何でもやってもらった一人っ子ではないので、私自身には「一人じゃ何にもできない」という自覚はありませんでしたし、事実、そうでした。
 基本、私は一人で何でもできた。
 一人でできなかったのは結婚と子作りですね、やっぱ。

 今から思うと、27才ってちょうど普通なら結婚して家を出るタイミングですね。
 「今まで育ててくれてありがとう」
 なんて挨拶して家を出ればかっこよかったんでしょうが、当時はそんな自覚はなく、フラフラっと一人暮らし始めちゃったなぁ。
 そこから数年は、今で言う「コンカツ」もがんばってはいたんですが、もらってくれる相手に巡り合えず、そのまま年とっちゃった。

 でも当時も、結婚願望はなかったんだと思います。
 誰かに頼ったり甘えたりするのは苦手。
 甘えられるのも嫌い。
 コンカツしたのは「結婚」するのが当時は当たり前だと思っていたからで。

 私は、一人でいるときが一番ほっとできる。ありのままの自分でいられる。誰にも自分に係わってほしくない。傷つきたくない。そういう思いが人一番強い人間です。
 臆病者だし、コミュ障なのかもしれない。何より自分に自信がない。
 一人で自分のことは何でもできるけど、人のことはできない。
 相手の望むとおりの自分でいられないことで怒られたり叱られたりするのが怖い。

 結婚するような相手と巡り合わなかったのは「だから」でしょう。

 こういう対人関係が苦手な感じは今もあってずっとこれをなんとかするのがライフワークだったわけですが、それを克服できなくても、私は仕事ではそれほど困りませんでしたし、友達にも恵まれました。

 そして私の目の前に「インターネット」が登場する。
 リアルなコミュニケーションは苦手ですが、子供の頃から読書が好きで作文が得意だった私にとって、インターネットのコミュニケーションというのがどれだけ向いていたか、これを読んでいる皆様には想像がつくでしょうか。
 私はそこで交友関係を広げ、ブログを始め、今に至ります。

 楽しかったな。
 そしてそれは今も同じ。
 一人というのは本当に自由です。やりたいことはなんでもできる。
 海外旅行にもずいぶんいったし、3.11の後は仕事で復興にも携わることができ、いい半生でした。

 子供は大人になると、結婚して家を出て行くのが一つのパターンですが、結婚しなくても家を出るのがいい場合もある。
 私はそのパターンの一つなのかもしれません。
 もちろん、今の時代は一人一人、あらゆるパターンがあって、私のケースが当てはまらないこともたくさんあるのでしょうけど…

 一人暮らし、楽しいですよ。
 何より自分で自分の生き方を決められるのがいい。
 楽しかった、幸せだった、と言えるのは、自分で自分の思うとおりの生き方をできたからです。

 この人生も折り返しを過ぎてからしばらく経ちました。
 これからはどうしようかなぁ。
 このままずっと一人でいいけど、それには一番に健康第一。
 年をとるのは仕方ないので「ソフトランディング」がテーマです。
 
 でもきっとどうなったとしても、それが自分の選択だから悔いは残さず人生を終えることができそうだな。
 それが今の私の一番の誇りです。

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2017.06.13

ひとりでも『孤独』ではないわけ

40年ぶりに連載を再開した萩尾望都の「ポーの一族」を読みたいためだけに買っている小学館の月刊フラワーズで、先日、こんな話を読みました。

ゴミから生まれた醜い妖精のお話。
妖精からも人間からも嫌われてひとりぽっちで暮らしています。
「さびしいよう、さびしいよう」
と独り言を言っていました。

そのお話では、妖精が生まれた時から見守っていた人間の女の子が、その妖精と友達になって…と続き、まあまあハッピーエンドになるのですが。

ちょっとひっかかりました。
こういう昔話って子供の頃、よく読んだ気がするんですが、
「醜いために人から嫌われて、誰にも見られないように一人でひっそり暮らす」
それって私? みたいな。

いや、今の時代、けっこういますよ。
人より秀でた才能もなく、見た目もたいしたことなく、だから社会の片隅でひっそりと一人で暮らしている人って。
てか、それが「デフォルト(標準設定)」なのでは?

子供の頃、そういうお話を読んでいた頃は、
「醜い妖精、かわいそうだなぁ。見た目はよくなくてもいい妖精なのになぁ」
なんて上から目線で(笑)そういう妖精のことを認識していました。
で、大体こういうおとぎ話は、醜いからって邪険にした人間にはバチが当たり、美醜に関係なくやさしくした人には思いがけない幸福が訪れるという王道ストーリー。

「何事も見た目じゃないんだな。私は誰にも平等に優しい人になろう」
という教訓が刷り込まれます。

しかし、大人になった今、こういう物語を読むと、ちょっと現実は違うんじゃないか、と。

子供の頃って、自分がまさかその妖精側になると思ってない。
自分はお姫様のような何か特別の存在で、誰にでも平等に優しく、要は清く正しく生きることで、いつか夢のような幸せになれると思っている。

そんなの「思い込み」でしかないよなぁ。
清く正しく生きたって、別にそれだけで、天から素晴らしい幸せが降ってくるわけじゃない。

…ということに今頃気づきました(苦笑)。
というか、「それだけで天から素晴らしい幸せが降ってくるわけじゃない」のは少し前から分かってはいましたが、それ以前に自分が信じていた物の正体にね。

私は、誰にも迷惑をかけず、悪いことをせず、人には親切に、贅沢をせず、つつましく生きていれば、いつか幸せになれると思っていたんだなぁ。

それが間違っているとは言いません。
実際、今、私は幸せですもの。
ただ、それっておとぎ話のお姫様のような「幸せ」ではないな。

「ひとりでひっそり誰にも支配されず、自由に生きる幸せ」
です。もちろんこれも悪くないんですけど^^

少し前に

「何をどうすればよかったのだろう」

という記事を書きましたが、世の中で結婚できない(しない)男女が増え、少子化が進んでいるという問題の根幹には何か大きな勘違いがあったのではないかという気がしています。

「勘違い」というか、「価値観の転換」というか。
私が子供の頃は普通に信じられていた価値観が変わってきている。
最近は当たり前のように、
「待っているだけでは結婚はできない」
と言われて、結果、手遅れになっている男女には容赦のない非難が集まりますけど、昔はそもそもガツガツ、コンカツなんか誰もしなかっただろうしなぁ。
それでもその時代は男女が適齢期になれば結婚するのが当たり前だったので、それこそ「自然に」結婚していったわけですが、今は全然違う。

言うまでもなく、今は結婚は、しなきゃいけないわけではないので、しなくても幸せならそれはそれでいいんですけど、ただ・・・

正直に言うと、子供の頃から、今みたいな幸せを目指していたわけではなかった。
やっぱり一人ではなく、信頼し合える誰かと二人で人生を生きてみたかった。

それって、私だけではなく、全員とは言わずとも、世の中の結婚していない男女の多くの人の願いだと思うんですよねぇ。

じゃあ、どうすべきだったんだろうと私は思うわけですよ。
私は別にもういいけど、これからの世代のためにね。

ガツガツ婚活すりゃいいってもんではない。
もっと的を射た解が何かあるのではないかと。

・・・
・・・
あら、まずい、タイトルで書こうと思ったことと違ってきちゃったわ。
「結婚する人を増やすためにはどうすればいいか」はまた考えることにして、今日、書きたかったことに話を戻します。

ひとりで目立たないように世界の片隅でひっそりと生きている妖精が、思わず自分とだぶってしまった私ですが、この妖精のように
「さびしいよう、さびしいよう」
なんて思って毎日を生きてはいません。

「孤独」ってのは人間を蝕むらしいですが、多分、私がひとりで幸せなのは「孤独」ではないからだろうなぁ。

もちろん毎日仕事にいっていますが、仕事があっても孤独な人は孤独です。
けど、物は考えようというか。

これはある意味、私の哲学なのかもしれませんけど…
人って一人では生きていないのですよ。
たとえ家族がいなくて、毎日、晩御飯はコンビニで買って一人で食べているとしたってね。

コンビニで買ったサラダやパンは誰が作ってくれたんだろう。
さらに野菜や小麦は誰が作ってくれたんだろう。
今日は電車に乗って会社から帰ってきました。
電車は誰が運転してくれた?
テレビにはいろいろな人が出演しているし、
ニュースは世界のいろいろな出来事を知らせてくれる。
このパソコンの向こう側には多くの人がいる。
ツイッターにはたくさんの人の思いが綴られている。

なんというか…一人だけど一人じゃない。
ちょっと手を伸ばせばそこに誰かがいて、私を生かしてくれている。
生かされている。

だからね。さみしくないんですよ。

あのひとりぽっちの妖精は道端に咲くタンポポとか雑草たちの花を見たことなかったのかなぁ。

私は一人でどこへでも出かけていきます。
まだ見たことのないものが世の中にはたくさんある。
私はここにいてそういう世界の全てと一緒に生きている。

本当の意味で、私はもう「おとぎ話」からは卒業したのかもしれない。
一人で生きていけることが大人になるってことだものな、うん。
ホントに、「今更」な話ですけどもね。

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2017.06.06

「村じまい」を考える時期なんじゃないか

こんな記事を読みました。


【滅びと戦う 6割が高齢者の村】
3人に2人が高齢者、群馬県南牧村から人が減った理由

私は女性ですが、結婚せず子供も産まなかったので、少子化の戦犯だという意識があり、もうずいぶん前からこれからの人口減少時代をどう私達は生きていけばいいのか、ということを考えてきました。
私の場合、兄弟もいない一人っ子なので、私の代で終わりです。
父も母もそれぞれ兄弟はいて、いとこはいて、その子供もいるので、血筋が絶えるってことはないのですが、私の後はいない。
つまり、お墓も家も何もかも私が片付けてこの世を去るしかないということ。
終活が大事です。
これは私だけでなくて結婚していない人は激増していますから、自分の生きてきた人生を上手にお終いにする情報や技術は、今の時代に多くの人に必要なことなのだと思います。

同様に。
人口減少で地方の村や町は存続の危機に直面することは明らかです。
もちろん、誰だって自分の生まれた故郷がなくなるなんて嫌でしょう。
でも嫌だといっても、それを避けることはできない。

地方でいかに若者を増やすかって対策を立てたところで、都市部でだって人口は減って高齢化は進むんですから、パイの奪い合いでしかない。
限られたリソースを狭い日本の国土で奪い合ってどうするんだ、という気がします・・・

自分の代で家族が途絶えることをもうずっと前から覚悟してきた私は、いわば、滅び行く村の最後の1人のようなもの。

この村でどんな営みがあって、みんながどんなふうに生きてきて、どこからきて、どこへ去ったのか、誰もいなくなったら忘れられてしまう。
人がいなくなるのはもうしょうがないことなんだけど、ただなくなってしまうのはさみしくないですかねぇ。
記事で南牧村が昔は栄えていた様子などを知るとより一層そう思ってしまいます。

私が東日本大震災の復興支援でよく訪れた、岩手の三陸沿岸の町も「生滅可能性」が高い地域として挙がっていました。
ただいたずらに町や村の間でなかなか有効な手も打てないままにジリジリと人口が減っていく。

人口が減れば、これまでどおりの行政サービスは維持できなくなっていくのだから集約化を図るしかない。
広い地域に数世帯が点在するような場所は、公の手が行き届かなくなっていく。
それを「見捨てられた」と表現するのは簡単だけど、実際問題、サービスを提供する側の人口がどんどん減って、サービスを受けたい方が増えてしまうのだから、どうしようもないよなぁ。

そう考えると、やはり地域も「終活」が必要なんじゃないかと。
必要なら、公共サービスの効率化のために移住も選択肢の一つで。
移住されたら、移住された側の村がなくなってしまうからと無理矢理にでもそこに住んで欲しいと考えるのが今のそれぞれの「地方」なんでしょうが、それももう限界に近いのでは。

「居住移転の自由」は無論、憲法第22条に定められた私達の権利なので、どこに住みたいか、選ぶ自由があるんですけど、住みたくてもそこにもう生活の母体となる買い物をするところもなければ、病院も銀行もないなんてことになったら。
そういう状態になってしまったことを行政の責任にしても、日本全体そうなんだからしょうがない。
そうなったらなったで、その環境でどう個々人がベターな選択をし、地域を作っていくのか、考えるしかないでしょう。

何度も書くようですが、私は私の代の「最後の1人」なので、どうしてもそう思ってしまいます。

私はいなくなっても誰かが続いていけばいい。
あの村がなくなってもあの村の記憶は誰かが覚えていてくれればいい。
変化しないものはありませんからね…

地域にも「終活」を。できることなら前向きに「村じまい」できたらいいのにな。

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