日記・コラム・つぶやき

2026.01.03

あけましておめでとうございます

 2026年になりました。あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いします。

 2025年12月10日に入籍して初めて迎える正月ですが、夫は本日も雪解けの街にINGRESSをしに出掛け、私は私で自宅でドラクエⅡリメイク版をプレイするという、趣味に全振りの2026年、年明けです。

 年越しは伊豆の片瀬白田という駅の近くの温泉に行ってきました。伊豆の東側なので初日の出を期待していったのですが、残念ながら今年は曇りで海から上る初日の出は拝めませんでした。またリベンジしたいなぁ。

 元旦は伊豆大川の「磯の湯」という海沿いにある立ち寄り湯へ。温泉サイコー!!

   温泉は夫の趣味で、付き合い始めてからずいぶんいろんな温泉に連れて行ってもらいました。東北は岩手の夏油温泉から、南は八丈島で湯めぐり、西は九州、大分の別府で地獄めぐり。日本っていろいろな温泉があって面白いです。山梨のぬる湯もよかったし、鳴子の湯滝もびっくりだし。

 元旦に磯の湯に浸かって、青空を眺めながらつくづく、夫と出会ってなかったら私はここにはいないんだな、と考えていました。

 SNSでのお題で「もし記憶を持ったまま人生をやり直せるとしたら何歳からやり直したいか」というのがあって、私はいじめられっ子だった小学校からやり直したい、やり直せたら今ならもう少しうまく立ち回れるんじゃないか、と考えていました。

 でも、あの頃からの少しずつの積み重ねで今があって、夫と出会ってるんですよね。
 やり直したら夫とは出会えないし、今と同じ年齢になったときに、今より幸せとは考えにくい。

 そりゃ、子供の産める年齢で結婚して、子供作りたかったなーとかはありますが、その年齢だとやり直しても彼とは付き合えてない気がする。

 仕事も子供いたら両立できなくてやめてそうだし、そしたら自分の収入はなくて、今みたいな生活はできてなさそう。

 50代で亡くなった母に対しても、そりゃ私がそばにいて介護オンリーだったら何か違ってたかもしれないけど、それで母が幸せだったかというとそうとも限らない。何より、母亡き後、再婚して穏やかな老後を全うした父が、今世よりも幸せに過ごせるとは思えない。

 なんて考えてくると、今の人生でよかったような気がします。やり直しはなしでいいや。大体、やり直せばやり直すほど悪くなるのが、そういう話の定番だものね。

 思い返せば、能登の地震があったのは2年前、令和6年の元日。
 2025年、令和7年は大きな災害はなく、概ね穏やかな1年だった気がします。大阪万博も成功したし。
 地震はそこそこあったし、熊被害も頻発したけれど、今年、2026年もこのくらいで何とか行ってほしい。大地震や原子力災害、台風被害、新型コロナなどは勘弁してほしい。
 
 私個人にとっては「結婚」という人生最大の奇跡を叶えてしまったので、もう後はそれほど望むことはないのですが、できるだけ長生きして、この世界の行く末は見守りたいです。
 そのためには健康でいなくちゃね。ダイエットもがんばります。

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2025.12.30

無事、入籍しました

 12月10日に無事、入籍しました。
 12月8日には、フォトウェディング、ウェディングドレス着て結婚式風の写真も撮影しました。やっぱり憧れだったのよね~。

 というわけで、もう一生独身だろうと思っていたのに結婚しました。

 結婚したら、女性は家事と夫の世話を仕事と両立させなければならず、自由を失う…なんて思っていたけれど、私の場合は、そんなことは全くなく。

 仕事は今までどおり。家事は、テレワークの夫が洗濯やってくれるし、水回りの掃除は月2で外注していて、一人の時より楽になりました。炊事も二人暮らしを始めてからも、昼と夜は別々で、朝のみ、私がしっかり食べたいので、夫はそれに付き合ってくれる形で二人で差し向かいでとっています。それも私がしたいからってだけ。できないときはしなくても問題ありません。

 私はそもそも男性と付き合った経験もなかったので、男性と付き合ったら何でも相手に合わせなくてはならないから、自分の好きなようにできないと思ってきました。

 そういう関係も一般的なんでしょうけど、そうじゃない関係もあるんだな。

 結婚まで2年半くらい一緒に暮らしていますが、相手に束縛されている感じはまったくありません。好きにやらせてもらっています。
 相手も好きにやってて、お互い好きなことしながら一緒に暮らしています。

 お互いに自由で好きなことをやっていて、それで一緒にいる意味ってあるんだろうか…付き合い始めた当初に友人に聞いたら、友人はそれでいいんだと言ってくれました。お互いが好きなことしながら、同じ空間にいる。それでも意味はあるんだって。

 半信半疑で半同棲からスタートしたんですが、実際に共に暮らすことには意味がありました。少なくとも私は安心したなぁ。
 「受けられている」という安心感です。

 私にとって違和感なく、一緒に暮らせる人…多分、この世界でそんなに多くはいなくて。多くいたら、若い頃に結婚しているもんね。

 だいぶ年はとってしまいましたが、なぜか出会って、結婚という「今」があります。
 多分、これからもずっと一緒。

 自分でも信じられないけれど、本当に結婚しちゃいました。びっくりだわ。

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2025.10.14

結婚します…多分♪

 一人暮らしから二人暮らしになって、2年と半年が過ぎました。
 
 年齢も年齢だし、子供を持つ予定はないし、仕事はもう定年まで、いや定年過ぎても働く予定だし…ということもあり、結婚する気はまるでなかったんですが、付き合って3年以上経つしそろそろちゃんとしようかな、という思いが出てきて、2025年12月に結婚しちゃおうかと思ってます。

 彼からはその前に「結婚したい」って言われてて、後は私の気持ち次第でした。

 …いや、そもそも…この年になって誰かと付き合うってことがあると思ってなかったし、付き合ったとしても二人暮らしなんて今更できないし、二人暮らししたとしても「結婚」とかないって思ってたのに。

 予想外のことばかりですわ。人生って分かんないもんだなー。

 入籍はずっと迷っていました。結婚に憧れはありましたけど、実質、この年になっちゃうとあんまり意味ないし。

 と思っていたのに結婚しようと思ったのは、彼といるのがすっかり自分の当たり前になってしまったからで。元々、付き合い始めた当初から、この先、ずっと一緒にいたいと思っていて、その思いが付き合って3年経っても変わらない。ならば入籍してしまってもいい、むしろしないのが不自然って思ったからです。

 3年間、それなりにけっこういろいろありました(苦笑)。それでも、彼は変わらず私を大事にしてくれるし、私も彼といたい。
 環境や立場や、年を取ってくればやはり少しずつ変わることはあるんでしょうけど、それでも多分、ずっと一緒にいることは変わらないんだろうな。
 12月までまだもうちょっとありますが…多分…また入籍したら本ブログでも報告します。

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2025.04.20

いつか図書館で。

私は小さい頃、家にあった本は大人の本まで全て読んでしまうほどの本好きでした。
母親もマンガや本が好きだったし、親戚に本屋を経営している人がいて、こども文学全集やこども百科事典などが家にあって、ページが取れるくらい読んだっけ。
当時の住まいは、駅からだいぶ離れた新興住宅地にあって、たまに近くの公民館に移動図書館が来ていました。
小学校に図書室…はなかったと思う。あれば記憶にあるはずだけど。
確か、教室の後ろにみんなが持ち寄った本が並んでて、ノストラダムスの大予言とかはそれで読んだような。

小学校4年生の時、市立図書館が市内に初めてできて、自転車をとばして借りに行きました。
新しい図書館はピカピカで楽しかったなぁ。
4年生の終わりに引っ越したら、引っ越し先には地区ごとに図書館があって、そこもたくさん利用しました。
その頃よく読んだのは星新一や小松左京のSF短編集。筒井康隆も。

中学校や高校には図書室があってそこでも借りて読んだっけ。
グインサーガや幻魔大戦など巻数がたくさんある文庫は高校の時に読みました。
大学にも図書館があって、暇な時間に行ってはよくCDを聴いていました。ホルストの惑星とかよく聞いたなー。

その後、独立して一人暮らしをするようになってから何度か引っ越しましたが、引っ越し先で最初にチェックするのは図書館。今も職場の近くや住まいの最寄りの図書館をよく利用しています。

いつか…図書館で働いてみたい、というのが夢です。
貸出も返却も大きな図書館では自動になってきていて省力化されているけれど、返却された本を書棚に戻したり、予約の対応をしたりするのはまだまだ人力だから、人手は多分、まだいるんだと思う。
今の仕事を引退したら、給料は少なくてもいいので…最悪ボランティアでも図書館のお仕事、してみたいなぁ。
この夢、かなうかしら。

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2025.04.12

3年目の墓参り

 一昨年、2023年の春から付き合っている彼との同居を始め、また春が来て二人暮らし3年目を迎えました。
 
 私と彼はこれまでけんかは全くしたことがなく、お互いを束縛することもなく、お互いが好きなことしながら朝は一緒に朝ごはんを食べ、夜は布団を並べて眠る毎日を過ごしています。

 もう子供を作るような年齢でなくなってから男女が二人で暮らすのって何のためだろうと、彼と出会って今のような生活を始める前にはよく思っていました。やっぱり家事とか求められてるんだろうなぁと。でも私はフルタイムで働いていて、毎日帰宅するのは遅いし、炊事ももちろん洗濯や掃除だって毎日するような生活はできそうになく。そのことを彼に話したら彼は私に「家事をすることを求めているわけじゃない」と言っていました。
 家事をするためじゃないなら何のために二人で暮らすんだろう?

 でもそれは二人暮らしを始めてみて分かりました。
 私たちは二人でいてもそれぞれ自分のしたいことをしていて、それはもちろん一人でもできるんだけど…
 二人でいて、相手が自分を認めてくれている。
 それを日々、感じることができる。その安心感は自己肯定感を日々、上げてくれます。

 具体的な話、家事も洗濯やごみ捨ては彼がやってくれます。炊事は私で朝ごはんは自分が食べたいものを作り、彼の分もついでに作り、二人で朝ごはん。お互いが自分ができることをして、助け合いながら一緒に生きているこの感じが好き。
 ちょっとしたときにハグしたり、寝る前に手を握りあったり、肩をもみあったり、というスキンシップもいい。
 お互いがお互いを好き、というのを伝い合えるこの距離感が日々、幸福感をもたらしてくれます。

 今日は27年前に亡くなった私の母と昨年6月に亡くなった私の父の墓参りに、彼と一緒に行ってきました。昨年も母の命日が4月10日なので、一緒に墓参りに行ってほしいと言ったら来てくれて今年は2度目。まさか2度目は父も同じお墓に入っているなんて想像してませんでしたが。
 私の両親の墓参りにも誘ったら快くきてくれる。こんなところもホント、大好きなんだよなぁ。

 今のところ入籍はしてなくて、この先も入籍はするかどうか分からないけど、多分、私と彼は…

 いえ少なくとも私は、最初に二人暮らしを始めた2年前の春から、この先もずっと彼と一緒に過ごしていきたいと思っています。とりあえず次の春も。ずっと仲良くこれからの人生を共に歩いていけたらいいな。どうぞよろしくね。

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2025.01.02

【ごあいさつ】2025年もよろしくお願いします

今年は喪中なので「おめでとう」は言えませんが、今年もよろしくお願いします。
今回の年明けは、清水の舞台から飛び降りたつもりで(笑)浦和の高級ホテル、ロイヤルパインズホテルに一泊。一度でいいから泊まってみたかったのよね~
一泊33000円もしました。同じ値段出せば都内のそこそこいいホテルにも泊まれるし、横浜や東京湾岸の景色のいいホテルだって泊まれる。無論、大好きな横須賀ラビスタ観音崎テラスだって!!

なのに浦和のロイヤルパインズにしたのは、さいたま市の旧浦和市に住んでいてロイヤルパインズは憧れだったんです。ホント、一度は泊まってみたい。

泊まったのは客室としては最上階の17階、東側。これは初日の出も拝めると期待しました。
夕日は当然見られませんが、大晦日の夕刻にチェックインして部屋に入るとちょうど黄昏時。少しずつ暗くなっていく地平線を眺めながらゆっくりコーヒーで一服。うん、ホテルステイはこれよ、これ(笑)

夜になると夜景が美しく。宝石をちりばめたように地上がキラキラ見えます。

そして朝の初日の出。だんだん空が明るくなって…2025年の朝は天気もよくて最高でしたよね。
残念ながら、私の部屋からだとちょうど朝日がビルの陰に隠れてしまってビルの合間からの初日の出になりましたが、やはり朝日が射す瞬間はよかったなー。

ホテルバイキングの朝食は、元旦のお約束、黒豆や伊達巻、栗きんとん、かまぼこなどのおせち料理やお雑煮なども出ました。ホテルの年越しはこれがいいのよね。自分で用意しなくても正月料理が味わえるのよーーー。ロイヤルパインズホテル、そこは期待に応えてくれました。

正直なところ、33000円の元がとれたかというとこの半額なら妥当な感じ。
まあでも、贅沢してダブルの部屋をシングルユースしたから二人分だと思えばいいのか。

ちなみにロイヤルパインズホテルのすぐ近くに行きつけのチョコザップがあるので、大晦日はチョコザップで運動して、ローソンでチョレギサラダ買って、夕飯はホテルでコンビニ飯。翌朝のホテルバイキングに備えて減らしたせいか、体重は年末よりも大幅に減量できてホクホクしています。

高級ホテルで年越し、いいなぁ。癖になりそう。

…え? なぜ彼と一緒じゃないのかって?

彼は彼でこの年越しは飲み仲間の集まるバーで朝まで楽しんでいたようです。
お酒がダメで、知らない人ばかりのところは私がちょっと苦手なので一緒にいくのはパス。その代わり、家でさみしく彼を待つなんてのはやめてこの機会にと、高級ホテルステイを楽しんだというわけ。

お互いがお互いに気を遣わず、それぞれ楽しむことができるのもいいんじゃない?
実は年末は二人で、伊豆伊東に2泊3日で温泉三昧していました。
一緒にいるときは一緒に楽しんで、そうでないときもあって。
そんな二人で今年も一緒に過ごしていけると思っています。

ということで、このブログ、更新頻度低くて申し訳ないんですが、見てくださった方、ありがとうございます。
今年もよろしく。

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2024.10.21

肉じゃがチャレンジ

10月から11月、肌寒さを感じると思い出すことがあります。

 今、私は恋人と一緒に暮らしています。一昨年の9月から付き合っているので、付き合って2年2ヶ月経ちます。

 去年もそうだったんですが、季節が巡ると、最初の1年目のことを思い出して何だか甘酸っぱい気持ちになります。

 最初のデートが7月だったので、暑くなると、 

「汗かきながら二人で町を歩いたな」 

「あのときは行きたいと思っていた店がいっぱいで入れなかったな」

 なんて思うし、次第に日が短くなってくると 

「夕暮れの駅前で彼と最初に待ち合わせしたの、ここだったな」 

とか思って、なんとなく感傷的になったりします。 

1年目は… 私はずっと恋人っていなくってもうこのまま一人で一生、生きていくんだろうと思っていたので、彼と出会って付き合うことになって、自分でも信じられないような気持ちでした。

 7月に初デートして、9月に「付き合いましょう」ということになり10月…11月。 

9月に付き合いを始めた時はお互いに知らないことも多く、私自身、かなりネコ被っていましたので、付き合う内にお互いを知って行かなくちゃと思っていたのですが、付き合って2ヶ月くらいになってもお互いの距離が縮まらないことに、当時、かなり焦っていました。 

もういい年なので結婚に焦っていたわけではありません。

 恋人ができたことがない…つまりは他人とそこまで近い関係になったことが私はなかったので、

 「このまま自分の外面の、いいところだけ見せたまま、付き合いが続く」 

ことに焦っていたのです。 

誰でもそうかもしれません。 自分のダメなところ…だらしなかったり、劣等感を抱いていたりするところをなるべく隠して他人と接していますよね。

 でもその相手が、この先もずっと共に人生を生きるかもしれない相手ならそれではダメだと私は思っていました。 

当時の自分の心境を思い返すと、彼の方から私に「付き合おう」と言ってくれたんですけど、 

(私はそんなに素敵な人間じゃないし、私と付き合って彼に何かメリットがあるわけじゃない。 仮に結婚とかしても、家事一切を私がやるようないい奥さんにはなれそうにないし… それでもホントに私でいいんだろうか???) 

そういう思いでいっぱいでした。

 彼が私に何を期待していて、私はそれに応えられるのかどうか、とても不安でした。 私は元々、自分に全然自信がありません。美人でもない。 それなのにこのまま彼と付き合っていいんだろうか? だましていることにならないか? そういう「焦り」です。

 彼は普段、とても無口で、自分の感情をあまり表に出しません。 出会ったばかりで私自身も彼のことをあまり知らないので、心の中を推し量ることもできない。 

ずっともやもやしていたのですが、ある日、気づきました。 相手を知りたいなら、自分から自己開示しなければ、と。 

そして10月の終わりに、意を決して彼を初めて自宅に招待しました。 それまで自分の住まいは明かしていなかったんですけどね。

 いやぁ大変でしたよ、部屋中掃除するの(笑) 念のためと、風呂の排水溝まで掃除し、布団のシーツも替えて…思い出すと笑ってしまいます。 がんばったなぁ、私。

 というのが10月の終わりから11月の初めにかけての私の、強烈な彼との思い出で、今年も同じ時期になり、当時を思い出します。

 家に来る彼のために「肉じゃが」を作りました。 なのでこのときの一連の出来事を「肉じゃがチャレンジ」と私は自分の中で呼んでいます。

 結果として「肉じゃがチャレンジ」は成功し、今も私は彼と一緒に暮らしています。 あれほど他人と近づけず、一人ぼっちだった私がこんなふうに一緒に暮らせるなんて、ホント、今でも毎日が奇跡。 

この先、来年も再来年も…年をとっておばあさんになっても、キンモクセイの香りがする頃、日がすっかり短くなって肌寒さを感じる頃になったら、私はこのときのことを思い出すんだろうな。 

そのときにもどうか彼の隣にいられますように。

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2024.07.13

慌てて救急車を呼ばないで

6月に自宅で父の看取りを終えました。
父は自宅で緩和ケアを受けながら最期は眠るように息を引き取りました。
友人知人にそのことを伝えながらふと、これ…病院だったら点滴とか胃ろうとか延命措置が取られたのかなぁ?と考えていました。
延命措置についてネットで検索すると以下の記事を見つけました。
読んでみると少し違和感がありました。それもそのはず2018年の記事ですから今から6年も前の記事です。

「延命か自然な死か」家族に迫られる重い決断—終末期医療の現実
https://news.yahoo.co.jp/feature/1145/

裏付け等はないのですが、素朴な実感として2020年から2023年にかけての3年間のコロナ禍を経て、看取りの考え方も大きく変わったんじゃないかと考えています。
なぜコロナ禍によって看取りのあり方が変わったかというと、当時はコロナ対応のため医療機関が逼迫して「医療の質」をより厳選する必要があったからです。
加えて、コロナ禍の中で入院すると家族も面会ができずそのまま亡くなるということもありました。
救急車が来ても受け入れてもらえる病院がなく、それ以前に救急車も間に合わず自宅で亡くなったというニュースも後を絶ちませんでした。

つまり…病院で延命治療など手を尽くした上で亡くなるということがコロナ禍を経て「当たり前」ではなくなり、自宅で自然に息を引き取ることが当たり前になったのではないか、と。
6年前だとコロナ禍前。つまり6年前は記事のような状態が当たり前でしたが、今はもう違うように感じます。

もちろん地域差はあるでしょう。
私の父の自宅は、東京の隣県のベットタウン、人口40万人超の市にあり、地域には高齢者も多く、訪問医療、訪問看護、ケアマネージャーなども相応に地域で活動しているような地域です。

がんになった高齢者が全員入院できて、従来のような延命治療を受けて永らえるような余裕はおそらくないのではないかと。それが悪いわけではありません。だからこそ父は意味のない延命治療を受けることなく穏やかに逝けたのですから。


ただ記事を読んでいると家族の立場として頷けることがいくつかありました。
特に父と一緒に暮らしていた母のうろたえようを見ていたので、容態が変わった時に救急車を呼んでしまう家族の気持ちはよく分かります。
自力で食べることも飲むこともできなくなった人を目の前にしてやっぱり家族としては
「このままでいいのか?」
と思うんですよね。母もよく言っていました。「訪問看護が来ても何もしてくれない」と。
私自身は死んでいく人というのはそうなるものだから、無理に食べさせたり、飲ませたりしなくていいと、ある意味「達観」していたんですが、母は「食べられなくてかわいそう」「水を飲めないのでは薬も飲めない。飲まなきゃ死んじゃう」と必死になって食べさせよう、飲ませようとしていました。

父が亡くなったのが「今」でよかったと私は思っています。
自宅での看取りに関して私自身はほぼ違和感はありませんでした。
人の「死」は人それぞれで何が正解かなんてありませんが、少なくとも父自身はやはり延命措置をされて母に負担をかけながら永らえることは望んでいなかったと思います。
肺がん末期になるとかなり苦しいという話も知っていたので、その前に命尽きた方が本人のためでもあると私は思っていました。冷たいかなぁ。

母も、父が亡くなった後は自宅で看取れてよかったと言っていました。
父もそれを望んでいただろうとも。

これからの死はこれがスタンダードになるだろうと思います。
…まあ私自身は、平均寿命前に病気になったりしない限りは、長生きしてしまって係累が誰も居なくなり、誰も看取ってくれる人がいなくて、自宅で誰にも知られず亡くなるケースだろうなと思っていますが。

火葬とか死亡届とか骨を市営墓地の合葬墓にもっていくとかそういう手続きはどこかに委託しとかないとなぁ。

合葬墓も増えているみたいですね。散骨でもいいし。
というか、父を看取ってくれた母は父の再婚相手で、お墓には病死した私の母、つまり父の元妻も入っているため、自分が亡くなったら一緒にその墓に入るのは抵抗があるそうです。そりゃそうだ。なので、いずれは私が父の墓も墓じまいして、合同墓に納めるなり散骨するなりしないといけないわけで。
自分の死ぬときの話よりもまずはそこからか。

時代はどんどん変わるので、いずれは墓の話ももっと簡単に解決するようになっていくのかもしれません。

 

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2023.10.14

一人暮らしから二人暮らしへ

…長らくお待たせしました。

 今年の最初のブログの記事で、昨年、自分史的に大きな事件が勃発し、進行中なので、なかなか報告できないという話を書きましたが、ようやく一区切りというところまで来たように思いますのでご報告します。

 実は昨年、人生初彼氏ができました。

 いやぁ、もうずっと彼氏とかできたことがなく、一生一人で生きてくしかないと覚悟してたのに。

 というか、もういい年なので、この年齢になってまさかお付き合いする人ができるとは!! 自分でもびっくりです。

 彼は私よりも7つも年下です。それも我ながらびっくり。…ほんとに私でいいのかしら???

 付き合い始めた当初はその疑問でいっぱいでした。

 そもそも彼氏ができたことがないので異性とのお付き合い自体、こんなんでいいのか、よくないのか、よく分からないままに、この1年やってきた感じです。

 彼とはIngressというスマートフォンの位置情報を使ったゲームのプレイヤー同士で、Ingressの説明から始めると日が暮れてしまうのですが、要はゲームとは言っても現実の町の駅や公園などにスマフォを持っていって陣地取りをするゲームなので、人と人とのリアルな出会いもたくさんあるゲームなんですよ。以前、そのゲームの東京決戦があったときに、彼とは同じチームで参加していたので、そういう意味での知り合いではありました。それが縁でTwitter(今は「X」)でお互いをフォローし合っていたので、お互いのつぶやきに「いいね」し合ったりしていました。

 昨年、私と付き合い始める前は彼はコンカツをがんばっていました。

 私はTwitterでそれも知っていたので気軽に応援、みたいに思っていたのですが、いろいろTwitterでやりとりをする中で彼が私のことも「彼女候補」だと言ってくれるので

「ええ? こんなに年上とも知らないでまたまたそんなこと言っちゃって~(笑)」

 くらいのノリで最初のデートをしました。それから何回か二人で会う内に、彼に付き合って欲しいと言われまして…いやぁ、そこからがびっくりのスタートです。

 本当に私でいいのかしら…その確認もあって、今年の4月からは私の住まいも残したまま、彼の住まいで二人暮らしも初めてみました。付き合おうとなったのが昨年の9月の初め。一緒に暮らし始めてから半年。

 うん、どうやら私でいいみたいです(苦笑)

 一人で暮らすことと二人で暮らすことの何が違うのか、私は実際にやってみるまで本当に何も分かりませんでした。

 一般に男性って、結婚とかで女性のパートナーを求めるのは家事をやってもらいたいからなんじゃないですかねぇ?

 私はフルタイムで働いているので、夜は帰りが遅いので晩ごはんの支度はほとんどできません。一人暮らしでは掃除や洗濯も週末しかやってなかったし。

 というような話を彼にしたら、別に家事をしてもらうことを望んでいるわけじゃないと言っていました。

 じゃあなぜ、一緒にくらしたいの? ホントに疑問だったんですけどね…

 二人でいると一人でいるときよりも安心です。なんだかね、ほっとする。具体的に何がメリットってわけじゃないけど…

 暮らし始めて最初に思ったのは、お互いがお互いのために何かをして、それに相手から感謝されると自己肯定感がすごく上がります。

 それが心地よくてね。

 私と彼の二人暮らしはそうしてお互いにプラスのフィードバックをしあうことで、一人でいるときよりも幸せになれるみたいです。

 ということが分かって…11月からは私の住まいは引き払い、彼と本格的に二人暮らしを始める予定です。

 自分が実際にそういうことになるまでは、異性のパートナーができるということってマイナスしかないようなイメージをもっていました。

 でも実際は…二人でいるっていいわねぇ。

 私はずっと片思いしかしてこなかったので、両想いなんて奇跡だと思ってきました。今もそう思います。だから彼が私を好きでいてくれることが本当に嬉しくて、感謝しかない。

 私がこうしてプラスの思いを送り続けることで彼が幸せになってくれるなら私も幸せ。お互いが相手の幸せを願えば、どんどんそれってプラスに積み上がっていくんだよなぁ。こんな奇跡がどれだけ続くのか、分かりませんが、少なくとも1年は続きました。

 これからも彼と二人でずっと一緒に人生を送っていけたらいいな。

 引っ越しでココログも一区切りつけなくてはいけないかと思ったのですが、今日、@niftyに聞いたらココログは続けられそうですので、今後も…いや、更新がこんな具合でごくごくたまにって具合ですが、またご報告させていただきます。

 読んでくださった方、ありがとうございました。

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2023.01.01

あけましておめでとうございます

 新年、あけましておめでとうございます。

 宣言どおり元旦にブログの更新にやってまいりました。

 前の記事「近況」にちょっと書きましたが、昨年は自分史的に大きな事件が勃発し、現実についていくのがやっとですっかりブログの更新もできなくなってしまいました。

 「自分史的に事件」は今も現在進行形で、状況が日々変わっていくので、このブログでまとめて総括することができるタイミングがなくて…だって今、何か書いても、ひと月後には「1ヶ月前にはあんなこと書いてたのに」って思うとうかつなことが書けない感じなのです。

 とりあえず2023年も引き続き人生の激動期が続いていく…というのはここに綴っておきます。

 2022年がどんな年だったか簡単に書いておくと、1月から3月まではひたすら仕事、4月からはその反動で、ひたちなか海浜公園のネモフィラに始まり、観音崎京急ホテルに最後に泊りに行ったり、富士山を見に行ったり、仙台に2年ぶりに七夕祭を見に行ったり、快晴の利尻・礼文へ旅行したりといろいろなところに一人で行って、旅を堪能していました。

 で、後半…うーん、やっぱりまだ書けない(汗)

 いずれこのブログではご報告することになると思いますので気長にお待ちください。待てない人はTwitterへどうぞ。

 リンクが上手くいっているかどうか分からないので、アカウントが「@BUBI_SAN」であることを書いておきます。

 今年もどうぞよろしく。皆様もすばらしい1年をお過ごしください。

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