日記・コラム・つぶやき

2018.07.10

国は「地方の終活」のモデルを示せ

アゴラに掲載されていた7月8日の八幡和郎氏の、

「危険地域に住むのはやめて地方でも集住すべき」

という記事を読んで、以前

「「村じまい」を考える時期なんじゃないか」

という記事を書いたのを思い出しました。

地方の基礎自治体が人口縮小社会の中で、今のままではもたないことは分かっているのに、個々の自治体で人口を増やそう、若者を増やそうと努力し続けるのは、何とも見ちゃいられないことです。

アゴラの記事は防災の視点で基礎自治体の再編を訴えているわけですが、総務省に「人口減少対策・国土再編審議会」でも立ち上げて、この記事を書いたような評論家を招聘し、地方再編の答申でも出させて、しっかり「地方の終活(村じまい)」について政府方針を出して取り組んでいかなくてはいけないのではないかと思います。

医療も、公共サービスも、物流も、民間の企業活動も、人はどんどん減っていくのにバラバラに住んでたら、とてもやっていけないでしょ。
「地方自治制度についていえば、人口15~20万程度を最低単位とした基礎自治体に再編すべき」とアゴラの記事で八幡氏は書いていますが「すべき」「すべき」といくら言ったところで、各自治体は動くわけないですから、再編の道のりを「モデル」として分かりやすく示し、必要なら補助制度などの施策を投入して、自治体が動きやすいように国が終活プランを作る必要があります。

もし、もうとっくの昔から国は検討していて動いているのを私が知らないだけなら、
「ここに出てるよ」
というのをコメントにてお知らせください。
できればそうであってほしいです・・・

でないと、にっちもさっちもいかなくなるような気がしてなりません。
人口減少は国難です。政府一丸で取り組まなければ。

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2018.06.14

グレイス=フィールドハウスを作ってほしい

この人口減少時代にあっては子供は次の社会を担う大切な宝なのだから、全ての子供に食べるところ、住むところを与え、しっかりした教育をすることが絶対、必要です。

子供を育てたい親がいて、子供のためにお金をかけられるなら個人に任せればいいけれど、そうでない子供もいるので、そういった子供にもちゃんと教育して、食べるところ、住むところに困らない環境を整える・・・

皮肉な例えになってしまいますが、大ヒット中のコミック、「約束のネバーランド」に出てくるグレイス=フィールドハウスのような施設を整備したらいいんじゃないかな、と考えていました。

「約束のネバーランド」というマンガを知らない方に解説しますと「グレイス=フィールドハウス」は孤児院をイメージしていただくとよいかも。
赤ん坊から12歳までの子供がそこで生活の全てを共有しています。
「ママ」と呼ばれる大人の女性が一人いて、赤ん坊の世話などを担当しています。
実質、本当に子供たちの「ママ」役を果たします。
勉強は、ハウスにコンピュータのような機械が備え付けられていて、それにいろんな問題が出て、解くというのが子供たちの日課となっています。

年齢がバラバラなので、年長の子供が下の子を面倒をみたりしていて、ママ役が全部する必要はないんですよね。
洗濯とか掃除とかも子供たちが自分でしています。
食事はレトルトのおかずとパン。給食のようにどこかから送られてくるようです。それを温めるくらいなら子供でもできるので、自分たちで支度します。
服はみんな同じ。真っ白で清潔な衣服。

勉強が終わったら、子供たちは外で遊びます。
本を読みたい子は本を読んでいてもいい。
書物はどっさりあるみたいですね。

グレイス=フィールドハウスは、とある目的のために、より優秀な子供を育てることが義務付けられています。
そのために愛情いっぱいに、ストレスなく育てられているようです。
マンガなのでその「目的」というのが驚くべきものなのですが、あとは作品を読んでいただくとしまして・・・

グレイス=フィールドハウスのような、優秀な子供を育てるための施設を作ることが現実は難しいとしたら、それは費用が掛かりすぎるからでしょうか。

実はグレイス=フィールドハウスは、優秀な子供を育てた後、その子供を施設から出荷します。つまり、子供たちは「商品」なのです。
優秀なら優秀なほど高く売れる。実際、このハウスの子供は富裕層にしか引き取られません。
グレイス=フィールドハウスが理想的な孤児院なのはそういう理由なのかなぁ。

でも、現実世界でも教育って、子供により優秀に育ってもらい、社会を担ってもらうための「投資」ですよね。

たとえばスポーツ選手。たとえば政治家。芸術家、学者、医師、弁護士、技術者・・・
各分野に秀でた能力を持つ、より優秀な子供のニーズってあるんじゃないかな。
そのニーズのために投資を集められないでしょうか。

若干、SFっぽい話になっていますが、私はもうかなり前から、子供は子供だけで集めて育てるべきじゃないかとずっと思っていました。

だって、今の社会って大人は女も男も働かないといけないのでしょ?
そのために保育所や学童保育が必要なんでしょ?
だったら、子供だけ集めて、集中管理した方がどんなに効率的か。
「約束のネバーランド」は最近のマンガですが、昔からSFの世界にはそういう発想が当たり前のようにありました。

グレイス=フィールドハウス、作りましょうよ。
親に十分な収入がなく、子供を貧困にするくらいなら、ハウスで引き取って育てましょうよ。
そして、そこの子どもには高度なエリート人材として社会に出て行ってもらうために、お金をかけて十分な教育もしましょうよ。
現実の孤児院は、高度な教育は親という個人がやるべきと整理されているのか、必要最低限しか満たしていない気がするんですよね。

実はマンガに出てくるグレイス=フィールドハウスは、子供たちの母親役となる「ママ」の教育にもかなりの投資をしています。優秀な女性でないとママにはなれません。ここもポイントだよなー

子供は親が育てるのが当たり前なのがこの世の常識ですが、子供の貧困問題を考えていると必ずしもそうじゃないのではないかと私は思ってしまいます。
「親はなくとも子は育つ」
仲間と、愛情をたっぷり注ぐことのできる理想的なママと、適切な教育さえあれば、エマやノーマンやレイのような、自分で考え、自分で学び、自分で世界を切り開く力を持った子供が育つんじゃないかと思うんですよね。
そういう次世代が私たちには必要なんじゃないのかな。

と、いうか、確実に未来はそうなるような気がする。
早くそうなって、親に無残に殺される子供が二度と出ない世の中になりますように。

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2018.04.23

母の日に

日曜日に電車とバスに乗ってイオンモールへでかけました。
車がないので普段はあまり行かないのですが、歩きや自転車で行けるところに食料品のスーパーはあっても、しまむらやイトーヨーカドーなど要するにお安い衣料品店がないので、普段着用のスラックスやチュニックなどを買えるところがないのです。
イオンモールなら品揃えは豊富だし、安いしね。
通勤経路にはおしゃれなブティックの並ぶショッピングモールはあるのですが、そういう個店じゃなくてしまむらで十分なんだけどな、といつも思います。

さて、イオンに着くと、4月のこの時期、イオンの衣料品売り場は「母の日向け」のコーナーが特設されていました。

母の日か~
関係ないわ、と通り過ぎようとして、ハタと気づきました。
私は独身だけど、十分、「母」の年齢。「母」の日向けの衣料は、私くらいの年代向けのものなんじゃない?

そしてさらに気が付きました。
今まで縁がないと思ってきたシニア向け衣料だってもう着てもおかしくないわ、私。あらま。

すみません。30代前半くらいの意識でいましたよ、私。
30代前半だって十分、おばさんといえばおばさんですが、今や不惑さえとうに過ぎて、天命を知る年齢なんだから、シニアじゃん、シニア。(シニアは「じゃん」とか言わない)

いやぁ、なんだか独身のせいか、中身が20年前くらいから進歩してないんですよ。
さすがに30年前からは年とりましたが、マンガは読むは、アニメは見るは、ゲームはするは、カラオケいくは…
まあもうかなり以前から理想は「コンピュータおばあちゃん」なので、たぶん、中身はこのまま年をとるのでしょうが、イオンの母の日向け衣料品特集を見ていたら思わず感慨に浸ってしまいました。
20代の頃も30代の頃も、何度もダイエットに挑戦し挫折し、スタイルのいい女性に憧れて、普通のブティックで洋服が買える人をうらやましく思ってきました。
でももう体形なんて気にしなくていいんだ。だって、おばさんだし!

いえいえ、わかっています。スタイルのためじゃなく、健康のためには糖質を控え、野菜を食べ、タンパク質をとり、体をこまめに動かすのは大事。そうじゃないと年をとったら、今度は動けなくなっちゃうもん。

だけど服はね。
もう堂々と「しまむら」でいいのかも。
もちろんイオンでもいいし、ヨーカドーでもいいのだ。

イオンもさー、もうちょっとうまく売ろうよ。
「母」なんてこの日本でもはや完全に少数派で、これからは単身のおばさんとおばあさんが主流なんだから、「母の日」アピールじゃなくて、独身高齢女性を取り込みなさいよ。
金ならあんのよ?(笑)

私はこれから50代ですが、なんというか一昔前の50代とは完全に違う気がしています。
この超高齢化の時代、50代なんて完全に若者よねー。
無論、本物の若者とは違いますが、いわばある意味で『ニュージェネレーション』。
爺、婆、ではないけど、お兄さん、お姉さんでもない。
年代的には「おじさん」「おばさん」ですが、我々にその表現って今一つそぐわない気がするんです。
なんかいい言い方ないですか?

十分に力を蓄えて、我々にとってはこれからが本番。高齢化社会に殴り込むぜ!

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2018.03.31

桜2018

 武蔵浦和で電車を降りて、桜並木を通って別所沼公園まで。
 2018年の桜はかなり早く咲いて、もう散りかけでしたが、公園にはまだ見ごろの桜が残ってました。

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2018.03.14

原発反対は感情論か

「原発反対派の反対の理由は感情論でしかない」

 という主張をネットで見ました。いわく

「事故が起きれば『原発は危険。やめよう』となる。でもそれはまちがい。
 たとえば自動車事故で多数の死者が出ていたって車をやめようとはならない。
 それは車が社会にとって必要だからだ」

 読んでいて、これはどちらかというとロジック(論理)の話ではないかと感じました。

〇事故が起きると誰でもその事故の原因となるものは危険なのでやめるべきと考える
〇しかし車で事故は起こっている
〇なのに車をやめようと思わないのは社会にとって必要だからだ。
〇だから原発もやめるべきではない

 ある事象に対して、
「いや、それだったら他のこういう例はあるだろ。こっちがOKなのになぜこっちはだめなの? ダメなわけないだろ」
 という意見はしばしば出てきます。

 たとえば、私も以前ツイッターで

〇A国が核を持った。だから日本も自衛隊を軍隊と憲法で明確にし、自分の国は自分で守れるようにならなくては。

 という主張に対し、

『銃を使った犯罪があったとしても、国民はみな銃を所持して自分の身は自分で守るべき」とはならないのでは』

 という意見を書いたら、

「国民の銃の所持を認めていない国でも軍隊を持っているところはあるじゃないか」

 という反論をもらったことがありましたっけ。
 ふむ。

 論理学としては、各論で結論を導こうとしてもダメってことなんだろうな。

 としたら、ここは帰納法でいきますか。
 帰納法とは、複数の事象をもとに1つの結論を導き出す手法です。

 たとえば最初の事故の例。事故を起こすのは原発と車だけでなく、
〇飛行機
〇電車
〇船
〇自転車
 なども死亡事故はあります。いずれの場合も、事故があったとしても、なるべく事故を出さないように安全対策をとることで、安全に利用することが妥当であるとされています。事故があったって、そうした交通手段を放棄しようとはならない。

 うん、こう書くと確かにそうなんだよなぁ。
 帰納法で複数の事象を見ていくと、事故=やめる、というのではなく、事故があったとしても、そうした事故を二度と出さないように気を付けることで、引き続き利用していくのが普遍的原則なのかもしれません。

 ただ論理的にそれが正しくてもやっぱりひっかかるんですよね…原発に反対する理由は「事故」のリスクだけではないからなぁ。
 車や飛行機と原発には根本的に異なる点があります。
 ある意味、反対派の主張はほぼこれに尽きる。
 それは「放射性廃棄物」の捨て場所がないということです。これは事実で、原発賛成派も当然分かっている話です。

 捨て場所がないのに、原子力発電を続け、「放射性廃棄物」を出し続けていいのか。
〇放射性廃棄物を捨てるところがない
〇わかっていて原子力発電を続ける
〇今必要なエネルギーのために、未来へ大きな負債を残すことになる。

 これを賛成派がどう考えるかというと
〇海洋投棄
〇地中に埋める
〇宇宙に捨てる
 そのどれかなのですが、地中に埋めたとして、いずれそこはいっぱいになりますよね。
 放射性廃棄物が無害になるまでには10万年かかると言われており、今必要なエネルギーのために10万年の負債を残す。これはどう考えても、メリットとデメリットのバランスがおかしいような。
〇10万年も保管する必要がある廃棄物はごく一部
 そういう説もありますし、
〇10万年の間にいい処理法が見つかるはずだ
 という主張がありますが、未来に託すのはちょっと無責任だよなぁ

 10万年・・・途方もない未来です。10万年保管できる「地中」は今の地球にどれくらいあるのでしょうか。「海洋」も同様です。
 少なくとも日本にはないんだよなぁ。10万年単位で見ると安全な地層の上に日本はそもそもないので。

 だとしたら、宇宙に捨てる方がまだ現実的か、なんて考えてちょっと調べてみたところ…

〇軌道エレベータで太陽に捨てる、という話がありましたが、それは原理的に無理(太陽に命中させるのが困難)。
〇太陽に命中させるのが無理なら宇宙空間に放り出すという案もありますが、地球の重力、太陽の重力の影響下の外へ廃棄物を射出するのがコスト、エネルギーともにかかりすぎ現実的ではない。重力のくびきを逃れられないと、廃棄物は地球の周りもしくは太陽の周りをまわり続け、地球に落下する可能性もある。

 うーむ。これもだめだわ。
 ただ、もし「軌道エレベータ」が実現化するような未来が来るとしたら放射性廃棄物を捨てるためでなくこちらの可能性があるようです。

〇宇宙太陽光発電

 宇宙で太陽光発電すれば、天候には左右されないし、効率もよい。地上に電気を送るために「軌道エレベータ」を利用するのですが、調べてみると、送電は軌道エレベータに限らず、マイクロ波送電、ビーム送電という方法もあるようです。

 もし実現化すれば、そもそも原子力発電しなくてよくなります。

 としたら地球上で原子力発電が必要な期間というのは「過渡期」なのかもしれません。
 基本、日本には先に書いたように、原子力発電による廃棄物を安全に保管できる場所はないのですが永遠に増え続けるのではなく、「宇宙太陽光発電」実現化までの、たとえば100年だとすると、100年分だけの放射性廃棄物をどうにか保管すればいい。

 まあ100年限定なら、化石燃料でつなぐというのもありか。

 袋小路だった問題に多少、光が見えてきました。

 これからの時代、難しい課題の解決策を考えるのは、人類ではなく、AIという強い味方もいます。
 あらゆる条件やデータをぶち込んで、課題を整理し、実現には何が必要か。
 ヒトの脳は物理限界がありますが、AIにはそれはないし、大量のデータを全て記憶できる。
 AIを適切に使って、エネルギー問題を検討していけば もしかしたら、次の100年で解決策が見つけられるかも・・・

 「原発反対は感情論か」からずいぶん遠くまできてしまいました。

 「宇宙太陽光発電」が実現化するといいな。


 なお、原子力発電の廃棄物問題については、こんな記事を読みました。
 とても分かりやすかったので、このブログでもご紹介しておきます。

考え続けている。原子力発電は本当に危険か?

 この記事の中で引用している「放射性廃棄物が無害化するには10万年」というのがそもそも正しいのか、ということについても書かれています。
 私もまた考え続けよう 、とこの記事を読んで改めて思いました。

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2018.01.19

新春のエゴグラム

 皆様は「エゴグラム」ってご存知ですか?
 質問に答えていって、その答えによって性格を診断できるというもので、ネット上にもいろいろ診断できるサイトがありますので、興味がある方はやってみてください。

 性格診断は、何がいい、悪い、というものではなく、自分の性格の傾向を知ることができます。
 そこから自分の強みや弱みを知ることができる。

 今日、職場の研修で、久々にエゴグラムをやってみました。初めてではないような気がするけど、たぶん、えらい久々です。

 エゴグラムは、一回だけでなく何回かやるといいそうですよ。
 そしてやるたびに違う結果が出ることも。

 全般に、気持ちが弱っているときは低い点が出るそうですし、そういう意味でも自分が今、元気なのか、少し弱ってるのか、それも分かります。

 エゴグラムの結果には5つの指標があり、ある指標が高く出れば、性格的にその傾向が強く、低ければその傾向は弱い。そんなふうに読みときます。

 指標は「CP」「NP」「A」「FC」「AC」の5つ。
 Pは「parent」、つまり親で、Cは「child」、子供です。

 「CP」はcontrolling parent、説明を聞いて私は、これってつまり父親度だと思いました。
 責任感が強く、秩序を守り、信念があり、他人の言いなりにならずに、はっきりNOと言える。
 他人にも自分にも厳しい。
 これが強すぎてしまうと、権威的で支配的な感じになり、反感を買うことがあるようです。

 「NP」はnurturing parent、同じ親でもこちらは母親度でしょう。
 思いやりがあり、他人を受け入れることができる。
 人にやさしい言葉をかけ、親しみやすい。
 これが強すぎると、親切の押し売り、おせっかいになるようですね。

 「A」はadult。まんま「大人」ですが、この場合の大人とは、感情に惑わされず合理的に判断できる性格傾向のことです。
 仕事をする上では、生産性も高く、能率的で、いい相手のようですけど、強すぎると打算的で冷たいと思われがちみたいです。

 
 「FC」はfree child、天津爛漫な子供です。自由奔放で直観的で行動的、感情に素直。
 好奇心があり、積極性もあり、創造性に富む。
 強すぎるときまぐれで自己中心的って感じになります。

 最後の「AC」はadapted child、順応した子供。従順で他人に依存し、感化されやすい。
 周囲に合わせようとしすぎて主体性に欠けるきらいがあります。
 しかし忍耐強く、協調性に富み、他人に対しては寛大です。

 私の今日の結果は「A」が突出してました。
 冷たいと確かにたまに言われるなぁ。
 でも仕事に向いていると言われればまんざらでもありません。

 特に低いものはなかったのですが、標準より低めだったのは「FC」。
 エゴグラムで低くでるのは自分の弱点なので、それを自分で補おうとするのではなく、仕事の時は、自分に足りないものを補ってくれる人とチームを組むとうまくいくそうです。

 確かに、私、企画しろとか自分でなにか新しく創れと言われると超苦手なのよね。

 もし、誰かそういうアイデアマンが近くにいれば、それを取り入れて、合理的にそれを実現できるように助けることができるかも。メリットとそれに伴うリスクを考えながら、実現のためのベストな方法を考える。そういう仕事が結構好きかも♪

 そしてもう一つ低めだったのは「CP」。
 責任感は強くないんだよなぁ。
 いや、もちろん、やらなければならない仕事はしますが、理想とか使命とか信念よりも、できるかできないかの方が確かに私には大事で、つまりできない目標は立てないというか、そういうところで妙に打算的。
 冒険はできないし、できないものはできないと、自分に甘いし、要はかなりのヘタレです。

 だから「CP」の強い人がリーダーシップをとって、方針を示してくれたらうれしい。

 リーダーシップのとれる上司、アイデアマンの部下、両方がいれば、私がプロジェクトの実現のためにいくらでもお助けしますよ♪

 そんな気持ちになりました。

 いやぁ、面白いな、エゴグラム。

 私はNPやACもそこそこの得点なので、合理的で打算的な割には人と協調することもできるし、受け入れる度量もあるようなので、リーダーをやらせたり、企画をやらせたりしない限りは、組織の中でうまくやっていけるんだよな。

 これ、自分のことがよく分かっていいなぁ。また何年後かにやってみよう♪

 

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2018.01.05

作ってみた!

作ってみたよ。美味しくできました!
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2018.01.03

牛丼問題

 あけましておめでとうございます。
 今年も当ブログをよろしくお願いします。

 さて、新年最初の記事のテーマですが、ツイッターを眺めていたらこんなツイートが流れてきました。

(引用開始)

独身男性の皆さん、まだ牛丼チェーン店でご飯を済ませているんですか?国内産霜降り牛の切り落とし¥1000(400gくらい)を弱火で放置するだけで味の染み込んだ牛丼の頭ができます…。大盛りでも4食分ほどあります…。1食¥250です…。まだ牛丼チェーン店に通うつもりですか…。

(引用終わり)

 こちらのツイート、今年の元旦に投稿されていまして、以降、非常に多くの反響を呼んでいます。
 たくさんコメントがついていて、読んでいて、いろいろ考えさせられました。

 このツイートの後に、おいしい牛丼の頭を作るためのレシピも投稿されています。
 久原醤油のあごだしつゆを使うレシピでしたが、無論、普通のしょうゆでもよし。
 フライパンで肉と玉ねぎを炒め、酒、砂糖、みりんで煮て白滝を入れるだけ。私も作ってみようかな。
 
 で、まあ、それはいいのですが、この記事には、反論のコメントがたくさんついていました。

 それが皆、ごもっとも、というか、なかなか面白くて。いろんな考え方があるのだなーと。

(反論その1)
 面倒。

 久原醤油のあごだしのくだりもそうなんですが、私も一人暮らしなのでよくわかるんですけど、料理を普段しない人にとって、これだけのレシピがどれだけ面倒か、という話。

 作る人にとってはなんでもないことなんですけどね。

 要は自分で作る方が簡単でおいしくて衛生的だというのは分かっている。分かっているけど、自分で作るのは大変だから、牛丼チェーンにいく。そこで食べる一杯の牛丼がとてもとてもおいしい。

 分かるなーw

 実は私の家には砂糖がありません。みりんと酒は最近、煮魚をよく作るようになったので、あるんですけどね。
 なので、普段は、レシピに砂糖とあるだけで、そのレシピは使いません。

 独身男性なんて、みりんや料理用の酒だっていちいち買ってこないとないでしょう。
 
 もちろん、買えばいいだけではありますが、砂糖もそうですけど、たとえばたまに牛丼のあたまを作るためだけに砂糖や酒やみりんを買ったとして、次に使うのいつって話。

 ソースや醤油だって、使い切らずに賞味期限が切れて冷蔵庫の肥やしになるというのに・・・

 自分で作る方がおいしいし、安いのは分かっていても、作んないよなぁ~。
 普通に牛丼チェーン行くよなー。

 私は反論コメントの方に非常に共感してしまいました。

 でもね、こっちの反論コメントは意外でした。

(反論その2)
 人の作ったものの方がおいしい。

 へぇ。男性ってそうなんだ。
 いや、男性に限らず、家庭の主婦だって、旅行にいって、食事が出てくると、
「片づけもしなくていいし、誰かが作ってくれるっていいわねー」
 とおっしゃるので分かる気もしますが、それは楽だってことで「その方がおいしい」かどうかはまた別の問題な気がしていました。

 楽だというだけでなく、本当に自分が作るものよりも人が作ったものの方がおいしいってあるのかな?

 いや、たとえばね。風邪で寝込んでいるときに、旦那が心配して作ってきてくれたおじやなんかおいしそうですよね。

 そうじゃなくても、一流の料理人が一流の食材を作って作った一品をレストランとかで食べたら、自分で作ったものよりもそりゃおいしいでしょう。

 でも牛丼チェーンでも? 自分で作るんじゃなく、人に作ってほしい? その方がうまい?
 これにはびっくりしました。

 私は自分で自分のごはんを作るようになってもう長くなりますが、外食よりも家庭で作ったものの方がおいしいです。たとえば餃子でもハンバーグでもね。作るのが面倒なので、餃子もハンバーグも一人暮らしでは作りませんけど。

 料理ってのはレシピどおりに作れば大体そのとおり出来上がるものなので、そんなに難しくないです。
 少なくとも自分が食べる分にはね。
 人に食べさせるのは難しいです。その日、何が食べたいかは人によって違うからなぁ。好みもあるし。
 私は家族に食事を作る主婦(夫)を尊敬します。

 自分で食べるものは自分が食べたいものを自分で作る。
 私はこれが全ての基本だと思っていました。

 人の作るものは、自分で作るよりも概ねおいしくないけど、作る手間をお願いしているんだから、それは文句を言ってはいけない。 
 そう思っていたので、「人の作ったものの方がおいしい」という人がいるのにはびっくりしました。
 
 ・・・男子厨房に入らず、なんて人が今もいるのかな。
 料理なんて、人がするもので俺様がするもんじゃない、的な。
 いやぁ、でも俺様が作った方が絶対うまいって(笑)。

 面白いなぁ。
 とりあえず、ちょっと牛丼のあたまは、私、自分で作ってみたいと思います。私にあの牛丼チェーンの味が出せるかな。
 それにはそうか、砂糖を買わないといけないか・・・大体、ちょっと使った後、固まって何年も放置されることになるんですよね。スティックシュガーにするかなー。
 少し考えてみます。みりんの甘みだけでもいけるかもしれませんしね。

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2017.12.18

人間関係はGive&Take~おっさんレンタル(再)~

クリスマスが近づき、街のあちこちでイルミネーションがきれいに輝いています。
お一人様で、誕生日も12月の私は毎年何となく心穏やかでいられない季節。

今更カップルでクリスマスを過ごしたいという年でもないはずなんですが、今でも、クリスマスにはちょっとお洒落して、ホテルでディナーでもしたいなーと思っちゃうんですよ。

女性同士でいくのもいいんですけど、女性同士ならもっと気楽に、
「ウチでいっしょに鍋でもしない~?」
っていう感じ。
お洒落して高級なところにでかけるよりものんびり温泉でもいって浴衣でくつろぐ方がいいかな。

ホテルディナーならやっぱりカップルに限る。
こういうときに彼氏がいないと困るのですが、そういうときこそ「レンタル」ですわ(爆)。

以前、おっさんレンタルを利用した時のことを当ブログに書きました。

そのときの記事はこちら

もう1年以上前ですが、この時はレンタルした方とランチしてカラオケにいきました。
楽しかったな。

レンタル彼氏というのもあるらしいですが高そう。
別にイケメンでなくていい。ちやほやもしてくれなくていい。自然体でご飯に付き合ってくれればいい。

ということで、前回と同じ方を二時間レンタルし、ディナーに付き合っていただきました。

おっさんレンタルは1時間1000円。格安だと思います。
こっちもおばさんなので、釣り合いがとれていいし^^
今回も楽しかったですねぇ。

楽しく過ごしたあと、なぜレンタルじゃなきゃダメなのか、普通に付き合ってくれる友達はいないのか、もう一度考えてみました。

人間関係がギブアンドテイクだとすると、私はあまりギブできるものがありません。
例えばプライベートで誰かを誘ったとすると、相手がそれで楽しいかどうか、けっこう気になります。

レンタルは商売ですから、そういうことに気を使わなくていい。
レンタルだとしても相手が楽しんでくれればそれはそれでいいんですが、つまんなくても相手はそれが仕事ですからねぇ。
私が楽しめばそれでいい。
そういう割り切りがめっちゃ楽なのです。
1時間につきたった1000円でその快適さが買えるなら安いもの。
ホテルディナーの場合は、食事代もこちら持ちではありますが、そのくらいおごります。

もし、これがレンタルじゃなかったら、相手の機嫌が気になります。
女におごられたらプライドが傷つきそう。
レンタルはあくまで仕事ですからプライド関係ないw

まぁ、私の場合、レンタルした方がたまたま私のニーズにぴったりだった、ということもあるのかな。
あの自然体はすごいわ。気負いもこだわりもない。あるのかもしれないけど感じさせない。

一般に…
医者にも相性があります。
美容院にも相性ってある。
どちらも私は自分にぴったりのところを探せてないのですが、おっさんレンタルに関してはそういう意味で単純にラッキーだったのかしれません。
試しに他の方をレンタルしてみればいいのかもしれないけれど、それで嫌な思いをしたら元も子もないので冒険はしません。

また来年も彼氏がいなかったらレンタルして、今度はもっと夜景がきれいなレストランに行きたいと思います。
ありがとう、おっさんレンタル。

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2017.12.14

今日は誕生日♪

Happy birthday to me (≧▽≦)
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